「江戸の滑稽」展に関して、前回のブログではコミカルな猫又をご紹介しましたが、今回も猫のネタでいきたいと思います。
今回の展示には錦絵だけではなく大津絵も多数出ています。大津絵は東海道大津宿の近くで土産として売られていた民衆絵画ですが、江戸末期の浮世絵の戯画や風刺画の画題にもさかんに取り入れられました。大津絵の人気画題のひとつに「猫と鼠」があります。鼠が大きな盃で酒を飲み、猫が酒の肴に唐辛子を勧めている図です。「聖人のおしへを聞ず終(つい)に身をほろぼす人のしわざ成けり」との道歌が賛に添えられることが多く、猫にまんまと酔わされた鼠はあえなく餌にされてしまう、すなわち酒に呑まれて身を亡ぼすことを戒める画題だともいわれています。テレビアニメとして人気のあった「トムとジェリー」だと、抜け目のない鼠のジェリーはいつも猫のトムを翻弄するのですが、この絵では鼠は食べられてしまう運命にあるようです。「しめしめ」といった狡猾な表情からも、猫の計略がうまくいきそうな感じが見て取れます。
「猫と鼠」江戸時代、町田市立国際版画美術館蔵
ところで、この画題に関してあまり触れられることがないのですが、そもそも赤唐辛子は酒のつまみになるのでしょうか。それだけを食べるのには辛過ぎると思いますし、唐辛子の辛み成分であるカプサイシンは鼠避けに使われるという説もあるようです。もしかすると唐辛子にも何か重要な意味が込められているのかもしれません。夏はビールのつまみにシシトウを好むものの、なぜか家族の中で自分だけ激辛に当たってのたうち回ることが多い身としては、ネズミの行く末につい同情してしまうのですが。
江戸末期の戯画や風刺画には大津絵の画題が多く取り入れられるといいましたが、その流行をつくりだしたのは歌川国芳かもしれません。今回の展示でも大津絵のキャラクターを取り入れた戯画で、嘉永元年(1848)の「流行逢都絵希代稀物(ときにあうつえきだいのまれもの)」、同6年の「浮世又平名画奇特(うきよまたへいめいがのきどく)」を展示していますが、後者は世相風刺だとの噂が立って大ヒットし、後世に大きな影響を残した作品です。なお、「猫と鼠」の画題も、楽亭西馬作で国芳が挿絵を描いた草双紙『稲妻形怪鼠標子(いなづまがたねずみびょうし)』(嘉永5年刊)の口絵に取り入れられています(今回の展示にはありません)。
3月24
大久保純一(おおくぼ じゅんいち 町田市立国際版画美術館館長)
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