幼児や学童に対する虐待の報道に接することの多い昨今からすると意外かもしれませんが、幕末から明治初期に来日した外国人たちが、日本人が子どもをとても可愛がる姿を見て驚いたという証言が複数残っています。親たちに見守られながら自由に遊ぶ様子に、日本は子どもにとって天国だ、という感想を持つ外国人も少なくなかったようです。

そうしたお国柄だからでしょうか、当世風俗を主題とする浮世絵の中には、子どもの姿を描いたものが少なくありません。母親が幼子を慈しむ姿や、子どもたち同士で無邪気に遊ぶ様子、あるいは雛祭りや端午の節句など子どもが主役となる年中行事を描く作品が浮世絵の歴史を通して無数に見出せるのです。風俗統制がおこなわれた寛政の改革の時代には、母子像にかこつけて官能表現をおこなったり、戊辰戦争のときには、水鉄砲で遊んだり雪合戦をする子どもたちの姿に偽装して、官軍と旧幕側諸藩の戦いを描くなど、政治的な背景を持つ子どもの絵も少なくありませんが、そうしたものも加えると、子どもを主題とする作品は、浮世絵全体のなかでけっして小さくない部分を占めるものと思われます。くもん子ども研究所で子どもを描く浮世絵の収集と研究に長く携わってこられた中城正堯氏は、子ども向けの「おもちゃ絵」なども含め、子どもに関わる浮世絵を「子ども浮世絵」と総称しておられます。たしかに、従来の「美人画」「役者絵」「名所絵」といったジャンル分けでは、漏れてしまう作品も少なくありません。

明治になると西洋式の学校教育が始まり、子ども向けに啓蒙や教材としての目的を持つ浮世絵も多数作られ、「子ども浮世絵」は、ますます多彩さの度合いを増していくようです。今年330日から521日の会期で、当館は国際交流基金の運営するパリ日本文化会館において、「文明開化の子どもたち」と題した展覧会を開催いたしました。公文教育研究会に特別協力をいただき、同会ご所蔵の「子ども浮世絵」と、当館所蔵の作品、あわせて約140点を展示したもので、コロナ禍のもととはいえ、たいへん好評をいただきました。私は現地に行っておりませんが、現代のフランス人も日本人の子ども好きに感心しながらご覧になったのでは、と想像しています。

その凱旋展示という意味も込めて、713日から925日まで、同じ展覧会名でミニ企画展を開催しております。ミニ企画展で展示しているものは当館の所蔵作品だけですが、前後期の展示替えで75点ですので、「ミニ」といいながらもそれなりの分量です。企画を担当した学芸員がおすすめの作品は宮川春汀が明治の子どもたちの遊び姿を描いたシリーズ「小供風俗」です。竹馬、鬼ごっこ、いとかけ(あやとり)など、私たちにとっても馴染み深い遊びも多数含まれています。絵師の筆触を再現した丁寧な彫りと淡い彩色を活かした繊細な摺りにより、目の肥えた大人の鑑賞に堪える作品に仕上がっています。こうした上質の作品に描かれた子どもたちの微笑ましい姿を、優しいまなざしで見ていた大人が数多くいたということは、やはり子ども好きの国民性であるのに違いないのでしょう。

大久保純一(おおくぼ じゅんいち 町田市立国際版画美術館館長)

宮川春汀「小供風俗 たけうま」明治30年(1897)
宮川春汀「小供風俗 たけうま」明治30年(1897)