1-1-14_獨協大学 ダゲレオタイプマニア
テオドール・モリセ(1803-1860)《ダゲレオタイプ狂》
1839.12.8.『ラ・カリカチュール』紙掲載 リトグラフ 獨協大学図書館

ダゲレオタイプ公表のわずか4か月後、1839年12月8日に『カリカチュール』紙に掲載されたテオドール・モリセの諷刺画。新発明が巻き起こしたセンセーションの大きさを示す作品としてしばしば紹介されます。

右下には肖像撮影装置、その建物の上には「紙に焼き付けたダゲレオタイプ」と書かれた幕、空には気球で浮かぶカメラ。この時点ではどれもまだ存在していません。

技術改良によってダゲレオタイプの露光時間が短縮され肖像撮影が実用化されたのは1841年、鮮明な像が得られる印画紙である鶏卵紙が発明されるのは1850年、そして気球から世界初の航空写真が撮影されたのは1858年。この諷刺画には新技術への大きな期待も表現されているのです。

とりわけ驚かされるのは「紙に焼き付けたダゲレオタイプ」という言葉。
ダゲレオタイプは銀板写真とも呼ばれるように金属板に画像を定着させる技法で、ネガ・ポジ法の写真のように焼き増しができません。モリセがどのような意図でこの言葉を書いたのかは分かりませんが、もしものちに発展する紙焼き写真のようなものを思い描いていたとしたら、実に素晴らしい想像力ではないでしょうか?

この段階ではまだそこまでに至っていないものがもうひとつ。それは貸首吊り台にぶら下がった版画家たちです。

「貸」首吊り台って妙な言い方と思われるかも知れません。
この首吊り台は絞首刑用で、変な言い方ですが、誰もが日常的に利用できるものではありません。ダゲレオタイプに仕事を奪われた版画家たちのために「特別に」設置されたというニュアンスを伝えるためにあえて直訳にしました。

版画は写真に実用的な役割を奪われていきます。でもこの諷刺画が発表された時点では、まだ首を吊るほどではありません。1枚しか作れないダゲレオタイプは版画にされて広められ、版画家たちに仕事を提供するのです。それは次回に。