ダゲリアン モスクワ
ノエル・マリー・ぺマル・ルルブール(1793-1860)編『ダゲリアンたちの世界旅行』より
《モスクワの聖ワシリイ大聖堂》
1840-43刊 銅版画(アクアチントほか) 東京工芸大学中野図書館

1839年のダゲレオタイプ公表から間もなく、パリの光学機器商ルルブールは、ヨーロッパや中近東など各地の風景をダゲレオタイプで撮影させ、『ダゲリアンたちの世界旅行』と題する画集を出版します。

ダゲレオタイプは金属板に定着した1枚の画像しか得られない写真技法です。
現在のような写真製版印刷はもちろんまだありません。
ではどうやって画集を出版したのかというと、ダゲレオタイプをもとに版画を作ったのです。

以前に「版画の役割」と題してご紹介したように、美術作品をもとにした版画は何世紀にもわたって制作されてきました。ダゲレオタイプを版画で複製するというのは当たり前の発想だったのでしょう。ただし『ダゲリアンたちの世界旅行』の版画の大きな特長は、それらがほぼアクアチントという技法によって制作されていることにあります。
 
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拡大した部分図をご覧ください。細かい点で明暗を作り出すアクアチントの特長がよくわかります。アクアチントは、エッチングによる線描と組み合わせて補助的に用いられることが多い銅版画技法です。しかしこの版画集の多くの作品はほぼアクアチントだけ、つまり細かな点描でイメージが描かれています。

ダゲレオタイプの画像は金属板の上に銀粒子による像を固定したものです。粒子、つまり点によって像ができているのです。アクアチントはダゲレオタイプを複製するにはうってつけの技法といえるでしょう。

私の知る限りですが、アクアチントだけの複製版画というのはそれ以前には例が少ないように思えます。そうした表現を用いることで、これが新技術ダゲレオタイプに基づく画集なのだということをアピールしているのかも知れません。