表
カミーユ・コロー(1796-1875) 《森の騎士(大)》
1854(1921刊) クリシェ=ヴェール 町田市立国際版画美術館

この作品は版画と写真のどちらでしょう?
手の動きがそのまま伝わるような活き活きした線は、コローのエッチングを思わせます。

 
裏

では、こちらはどうでしょう? 
なんだか全体にぼんやりしています。よく見ると最初の作品と左右逆転しています。 
 
このふたつはクリシェ=ヴェールという技法で制作された作品で、同じ版を使っています。
版を使うなら版画ですが、版を刷ってはいないし、インクも絵具も使っていません。
フランス語でクリシェはネガ、ヴェールはガラスのこと。クリシェ=ヴェールはガラス板でネガを作り印画紙に焼き付ける技法です。皮膜で覆ったガラス板をニードルなどで引っかいて絵を描き、印画紙にのせ感光させると、線の部分だけ光が通り画像を焼きつけることができます。その際には絵を描いた面を下にして印画紙に密着させます。これを上向きに置くと裏焼きを作ることができますが、ガラスの厚みのため画像がぼんやりしてしまうのです。

銅版画技法のひとつ、エッチングでは銅版の表面を皮膜で覆い、ニードルなどで引っかいて絵を描き、版を酸の溶液に浸します。すると皮膜がはがされ金属が露出した線の部分だけが腐蝕され、凹版を作ることができます。そう、版に絵を描くところまではクリシェ=ヴェールとエッチングはよく似ています。線の感じがよく似ているのはそのためです。

印画紙に光で焼き付けるクリシェ=ヴェールの表面は平滑です。それに対して、インクを使って刷り上げるエッチングの表面にはインクの凹凸と独特の風合いが生まれます。ぱっと見てエッチングだと思って近づくと、質感のあまりの違いに戸惑いをおぼえるかも知れません。

シンプルなクリシェ=ヴェールは散発的な試みが繰り返され、技法として展開することはなかったようです。しかし20世紀に入ってもポーランドの詩人ブルーノ・シュルツが印象深い作品を残すなど、まだまだ調査の余地はありそうです。版画史にも写真史にも明確な位置づけがなされていないこの技法は、その曖昧さゆえに版画と写真が支え合い競い合った時代の状況を伝えているのです。