

版画はイギリスの画家ディヴィッド・ロバーツが1838~39年にかけて中近東を巡って制作した水彩画に基づくリトグラフで、写真はフランスの文学者マクシム・デュ・カンが1849~51年に中近東旅行で撮影したものです。
バールベックは中東レバノンにある古代ローマ時代の3つの神殿を中心とする古代遺跡。ふたつの作品はそのうちのバッカス神殿の南面をとらえたものです。デュ・カンの作品は「ジュピター神殿」となっていますが、これはフランス国立図書館所蔵の写真アルバムの手書きのタイトルに従ったもので、実際は「バッカス神殿」のことです。
インターネットで「バールベック」と検索してみて下さい。パルテノン神殿のように巨大な柱にぐるりと囲まれたバッカス神殿の画像がたくさん出てきます。神殿の北面には12本、西面には8本の石柱が残されており、外観の特徴を把握するにはこの2面が眺められる北西からの角度が最も適しています。現在の画像の多くはこのアングルから撮られ、19世紀にも同様の版画や写真があります。興味深いことに19世紀には北面の柱は9本、西面は立っているのは3本で、途中で折れた5本が転がっている様子が描かれています。1759年に起きた巨大地震の被害でしょうか。
その一方で、ふたりが描いた神殿の南面の現在の画像はなかなか検索にひっかかりません。どうも南面に続く道は一般客が入れなくなっているようです。
19世紀の版画やスケッチでは、神殿の南側は開けた草地になっており、なだらかな丘の上から神殿全体が見渡せます。ロバーツもデュ・カンも難なく近づくことができたでしょう。南面にはもともと15本の石柱が並んでいましたが、残っているのはふたりが描いた4本と反対側の端の1本、壁の真ん中にもたれかかった柱1本のあわせて5本だけ。建築の見せどころである列柱はほぼ失われています。
さらに言うと、バールベック遺跡最大の建造物であるジュピター神殿はバッカス神殿の北側に位置しており、南面はいわば裏手にあたります。ロバーツは神殿の裏側にかろうじて残った端っこの4本の柱を切り取り、「#映える風景」を作り上げたというのは言い過ぎでしょうか。デュ・カンがこのアングルで撮影したのは、やはりロバーツのイメージが脳裏に焼き付いていたからなのでしょうか。現地を訪ねて、こんな端っこを絵にしたのかなんて驚いていたら面白いですね。
図版キャプション:
ディヴィッド・ロバーツ(1796-1864) 『聖地 シリア、イドゥメア、アラビア、エジプト、ヌビア』より《バールベック》 1842-49刊 リトグラフ、手彩色 町田市立国際版画美術館
マクシム・デュ・カン(1822-1894)『エジプト、ヌビア、パレスチナ、シリア―1849年、1850年、1851年に撮り集めた写真デッサン』より《シリア ジュピター神殿、バールベック》 1852刊 塩化銀紙 東京都写真美術館
a.展覧会の詳細はこちら⇒
http://hanga-museum.jp/exhibition/schedule/2022-515
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