09 ジョージ・バクスター《磔刑(大)》
ジョージ・バクスター(1804-1867) 《磔刑(大)》
1855(c. 1868刷り) バクステロタイプ 東京工芸大学中野図書館

十字架にかけられたイエス・キリストと、その周りで嘆く人々。斜め上からの光に照らされ、彼らの姿は彫り出されたかのように浮かび上がって見えます。それはなぜかといえば、この作品がフランスの彫刻家ジュスタン・マチュー(1796-1864)のレリーフをうつしたもの、正確に言えば、マチューのレリーフを撮影した写真を版画にしたものだからです。

基にされた写真はダゲレオタイプではありません。紙のかわりにガラスをネガに用い、鶏卵紙という感光度の高い印画紙に焼き付けた、画像が鮮明で焼き増しも可能な写真です。ではなぜそれを版画にしたのでしょう?

作者バクスターは、仕上がりの質と保存性の高さをその理由にあげています。
1850年代の写真は太陽光で焼き付けを行っていたため天候の影響を受けやすく、露光を繰り返すうちにネガが劣化するため、多くの枚数を一定の品質でそろえるのは簡単ではありませんでした。またできあがった写真は光や熱の影響によって褪せやすいという欠点もありました。

 バクスターが「バクステロタイプ」と名づけたこの技法は、銅版の主版に木口木版の色版を刷り重ねたものです。すでにバクスターは、同じ原理を使った「バクスター版画」で多色刷り版画の商業化に成功していました。時に十数枚の色版を刷り重ねるバクスター版画に較べれば、2枚程度の色版しか使わないバクステロタイプは簡単なものといえるかも知れません。しかし写真製版が完成していないこの時代にイメージを描き写し、アクアチントで主版を作り、混色の効果も予測して色版を準備し、何枚かの版を刷り重ねるのはそれなりに手間がかかり、商業的に成り立つにはかなりの部数を出版する必要があります。何よりも問題なのは、制作プロセスに人の手が入ることで「機械による正確な記録性」という写真の長所が損ねられる点にあったのではないでしょうか。バクステロタイプ事業はわずか2年ほどで失敗に終わりました。

 伸びざかりの新技術である写真は、版画の領域を急速に侵食していきました。とどめることができない写真の脅威に対する、バクステロタイプは版画のささやかな反撃だったのかも知れません。

 美術史家でバクスター版画の研究をされている大森弦史氏は、バクスターの重要な支援者で、早くから写真に関心を寄せ、その育成に力を注いでいたアルバート公(ヴィクトリア女王王配)との関係からもバクステロタイプを読み解いています。バクステロタイプについては『イギリス美術叢書V メディアとファッション』(ありな書房、2020年刊、ISBN 978-4-7566-2072-9)をぜひご一読ください。