本格的な冬に入り、当館も大型の企画展はしばらくお休みとなりますが、「新収蔵作品展 Present for You」(2月19日まで)と「パリのモダン・ライフ―1990年の版画、雑誌、ポスター」(3月12日まで)を開催しています。ふたつ合わせて優に100点以上の作品が展示されます。見ごたえのある作品も多く、これらが無料で見られるとあっては、いかな冬枯れとはいえ芹ヶ谷公園に足を運ばないという手はありません。
今回のブログは、新収蔵品展の中で私が面白いと思った作品をご紹介します。現代の木版画を代表する作家のひとりである黒崎彰(1937~2019)の晩年の木版画シリーズです。
『近江八景』(2010年~2011年)は、現代的なモティーフ選択と描写でもって、伝統的な画題を新しく生まれ変わらせています。琵琶湖の花火大会に題材を得た「瀬田の夕照」は、瀬田の唐橋の向こうに打ちあがる花火のポップな表現が斬新で、また、「堅田の落雁」は明暗のコントラストを効かせた浮御堂(うきみどう)こそ現代的ながら、群舞する雁には宗達の「鶴図下絵和歌巻」を連想させるところがあるなど、8図それぞれに楽しめるシリーズです。
「近江八景」に続き、『万葉集』をもとに制作された『万葉シリーズ』(2014年)も、10図それぞれ変化に富んで、飽きさせるところがありません。琵琶湖の岸辺に打ち寄せる無数の波を平面的に意匠化し、一種豪華な千代紙を見ているような印象を与える「逢坂山 詠人不詳」と、香具山を背に強い風にはためく白い布地を対角線上に配して奥行きを出し、まるで動画のワンシーンを切り取ったかのような「天の香具山 持統天皇」とは、じつに対照的です。降り積もった雪の上に一輪だけ真っ赤な椿の花を落とした「雪の佐保 光明皇后」には、どこか象徴的な雰囲気さえ感じます。
よく知られた黒崎の作品のイメージとはまた一味違う作風ですが、むしろより親しみを感じる方も少なくないかもしれません。私としては、古典的な主題を作家がいかに再解釈して造形化したのか、その手並みの意外さに感心されられるところ大でした。

黒崎彰『近江八景』より「瀬田の夕照」 2011年

黒崎彰『近江八景』より「瀬田の夕照」 2011年

黒崎彰『万葉シリーズ』より「大和 天の香具山/持統天皇」2014年