版画家の黒崎彰(1937-2019)は、生涯を通じて表現スタイルを大きく変えたことで知られる作家です。現在当館で開催中の特集展示「黒崎彰 50年の軌跡」(3月10日まで)は、彼の初期から最晩年までの画業をそれぞれの時期の代表作約30点でもってご覧に入れる企画で、いまさらながらその作風の振幅の大きさと、それぞれの時期における完成度の高さに目を瞠(みは)らされます。
木版画のさまざまな可能性を追求した黒崎の創作の背景には、幕末の浮世絵版画の強烈な色彩感覚に魅了された体験があることはよく知られています。ある時点までの黒崎作品のカタログレゾネに当たる『黒崎彰の全仕事』(2006年、阿部出版)、の巻頭に作家と美術史家の三木哲夫氏の対談が載っていますが、その中で、黒崎が月岡芳年らの幕末浮世絵に注目したのはまだ美大の学生だった1960年代初めのことと語られています。近年でこそ人気のある芳年ですが、美術史の分野で注目を集め始めるのは1970年代なので、その炯眼(けいがん)には驚かされます。
1970年の「赤い闇」シリーズは、とくに画面を埋め尽くす強い赤と黒の配色が幕末浮世絵の影響を感じさせますが、上記の対談によれば、枠を通して覗き込むような構図も、浮世絵からヒントを得たものとのことです。四角い枠や階段など幾何学的なモチーフで構成された画面ですが、よく見るとそうしたモチーフの間に女性の裸体の一部がいくつか横たわっており、それらと強烈な色彩とが相まって生み出された官能性も芳年の作品に通じるものを感じさせます。
『近江八景』(2011年)、『万葉』〈大和〉(2014)年は、いずれも晩年のシリーズで、また大きく作風を変え、具象性が強くなっています。いずれも私の大好きなシリーズですが、今回の展示作品中で目をひくのは、光明皇后の「我が背子とふたり見ませばいくばくか この降る雪の嬉しくあらまし」に触発された「雪の佐保/光明皇后」です。雪の積もる畑の上に落ちた一輪の椿の花を表現した白と赤のコントラストがとても印象的で、雪の白と寺院の建物などの赤のコントラストをうまく生かした歌川広重の晩年の風景画を想起させます。「名所江戸百景 浅草金龍山」などその代表例ですが、この名所絵はまさに画面の枠を通して覗き込む視点で描かれています。
『万葉』シリーズは対象を摂津や難波に広げていく予定だったそうですが、残念ながら作家の死去により果たされませんでした。それらもぜひ見てみたかったものです。