「青春時代が夢なんて…」とは森田公一のヒット曲「青春時代」の歌詞の一部です。曲の最後は「胸にとげさすことばかり」で終わりますが、今回の企画展示「版画の青春」が扱う1930年代から40年代にかけては、創作版画運動やその担い手たちにとって青春時代まっただなかだったとはいえ、けっして夢のようなバラ色の時代ではありませんでした。日本が急速に戦時体制に向かい、芸術家らの創作活動にもさまざまな規制が加えられていた受難の時代だったでしょう。プロレタリア美術展への出品歴を持ち、自らが中心となって設立した新版画集団において時代や社会への問題意識を表現することを提唱した小野忠重にとっては、生きづらい時代だったと思われます。本展には1930年代の労働者や工場風景を描いた彼の作品も何点か展示されていますが、黒く染めた用紙の地を太い輪郭線として摺り残す重厚な画面からは、たしかに時代の重苦しさも伝わってくるようです。
一方、戦後の1950年に発表された彼の「工場」は、紫がかった茶褐色に染めた用紙の地を摺り残したものです。何本もの煙突が空に煙を吐き出し、その前をやはりもくもくと煙をたなびかせて汽車が疾駆しています。画面上半分がそうしたエネルギッシュなモチーフで占められているのに対し、画面の下半分にはバラックのような住宅が低く軒を連らね、ロープに吊るされた無数の洗濯物が風に揺られています。日本がいまだ高度経済成長の恩恵には浴していない時代の貧しさが伝わってくるような気がするのです。と同時に、大気の汚れを示唆するような赤系統の色で支配された画面からは、時事問題に敏感なこの作家が、まもなく大きな社会問題となる公害を予告しているかのようにも見えてきます。
後人によるそんな解釈、あとから勝手に思うもの、とのそしりをうけるかもしれませんが。