9月4日から特集展示「明治時代の歴史物語―月岡芳年を中心に」が始まりました。前後期それぞれで36点展示されますが、芳年の代表作のひとつで、怪奇場面を特集した揃物「新形三十六怪撰」から前後期あわせて18点が並びます。その中の「清盛福原に数百の人頭を見る図」(前期展示)を取り上げてみます。
この絵を見ていつも思い出すのは、「化物の正体見たり枯れ尾花」の句です。江戸時代の俳人、横井也有の俳文集『鶉衣(うずらごろも)』に載るもの、現在広く使われている「幽霊の正体見たり枯れ尾花」のもとになっています。意味は、怖い怖いとおびえていると、なんでもないものを見誤って恐ろしく感じるというものです。
『平家物語』巻五「物怪之沙汰(もっけのさた)」によれば、人々の反対を押し切って強引に福原遷都した平清盛は、その地で数々の怪奇現象に遭遇することになります。そのひとつ、ある朝、庭を見ると無数の髑髏(どくろ)が寄り集まって巨大な髑髏となって彼を睨みつけたのです。江戸時代末期の歌川広重や葛飾北為(ほくい)の錦絵では、原典に依拠して庭中の無数の髑髏を縁先に立つ清盛が睨みつける姿が描かれています。しかしながら、芳年は場面を室内の情景に変え、かつ秋草の中に浮かぶ満月と襖の引手を髑髏に見立てています。世の批判にさらされて精神不安定な清盛が、秋の野を描いた襖絵の絵柄を妖怪変化と見誤ったというような設定です。
そもそも芳年自身が長く神経衰弱に苦しんだ経験を持ちますが、この絵には幽霊を見るのは精神に異常が生じているせいだとする当時の近代的な考えを反映したものだとする解釈が下地にあるとの説もなされているのです。
もう9月にはいりましたが、長期予報ではまだまだ残暑は続くようです。冷房の効いた展示室で芳年の怪奇画を見て涼んでみてはいかがでしょう。