第一次世界大戦に参戦しましたが、直接戦場とはならなかった日本にとって、第一次世界大戦の終結と第二次世界大戦の始まりの間の時期を指す「両大戦間」という言葉は、あまり馴染みがないかもしれません。現在開催中の企画展「両大戦間のモダニズム:1918-1939 煌めきと戸惑いの時代」は、戦後の経済復興と世界恐慌、民主的国家の成立とそれに逆行するファシズムの台頭など、わずか20年間ながらも世界に大きな変化をもたらした時代の美術を扱っています。戦争の影が色濃く残る作品、パリのファッション雑誌を飾った華やかなポショワール(ステンシルの一種)、シュルレアリスム作品など、変革の時代を反映した多様な版画作品が展示されています。
 展示作品で私のお気に入りは、本展でも核になる版画家のひとりであるジャン=エミール・ラブルールの「アンドロメダ」(1935年)です。アンドロメダを大星雲の名前として知っている人が多いと思いますが、もともとはギリシャ神話に出てくるエチオピアの王女です。母のカシオペアが自分の美貌が神にも勝ると豪語したことから海神ポセイドンの怒りを買い、怪物ケートスの生贄として海中の岩に鎖で縛りつけられますが、通りかかったペルセウスに救出されます。西洋絵画では岩場に縛り付けられたアンドロメダの足元に怪物ケートスが迫っている光景がよく描かれるのですが、ラブルールはおぞましい姿をした一頭の怪物ではなく、まるで撒き餌に引き寄せられるかのように無数の魚たちが集まってくる様子を描いています。通常、絵の主役として大きく描かれるアンドロメダは魚たちよりも小さく、しかも生贄に供された悲壮感は漂っていません。

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ジャン=エミール・ラブルール《アンドロメダ》、1935(1939あるいは42の刷り)、
エングレーヴィング、当館蔵

 魚たちの姿は多種多様ですが、生物学的にかなり詳しい描写になっています。サメ、カジキ、マグロ、エイなどの大型魚に交じり、異様な形態をしたフクロウナギやミツマタヤリウオなどの深海魚も見いだせ、画面下方にはカブトガニに加え、カニの幼生であるゾエアなどの動物プランクトンも多数描かれています。当時の魚類図鑑などを参照したのだろうと思いますが、ひとつひとつ見ていくとそれぞれに個性的な形態をしているので、飽きさせません。

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 怪物ケートスに代えて無数の魚たちを描いたことになにか寓意が込められているのか、本展の担当学芸員に質問しましたが、どうもそうではないようです。ラブルールは1930年にメーテルリンクの『蜜蜂の生活』『蟻の生活』などに生物学的に正確な挿絵を描いて高い評価を得ていますが、「アンドロメダ」の場合は、たんに自然界の造形の面白さに関心があったのかもしれません。なぜか、私は仏教絵画の画題である「釈迦涅槃図」を思い浮かべてしまいました。