「英名二十八衆句」に代表される凄惨な流血描写で熱烈なファンのいる月岡(大蘇)芳年ですが、明治を代表する浮世絵師のひとりだった彼は、リアリティ豊かな歴史画や艶冶な美人画でもたいへん人気がありました。
現在開催中の特集展示「夢の江戸へ―美人画と歴史ロマン」に出ている「風俗三十二相」は芳年の美人画の代表作です。「三十二相」とは本来、釈迦の姿の特徴を表す仏教用語ですが、錦絵揃物(シリーズ物)を組むときの名数としてしばしば利用されています。美人風俗を描きわける揃物としては、歌川国貞(三代豊国)の「当世三十弐相」や「今様三十二相」などが知られています。
芳年の「風俗三十二相」は明治21年(1888)に出版されています。寛政時代から明治まで、時代ごとの女性の仕草や表情、風俗を描き分けたもので、32図中23図が江戸時代の女性を描いています。過去の女性風俗を振り返る錦絵揃物は人気があったようで、やはり本展に出ている水野年方の「三十六佳撰」や、2023年の『楊洲周延』展に出た「時代かゞみ」などが知られています。

月岡芳年《風俗三十二相 うるささう 寛政年間 処女之風俗》明治21年(1888)【前期展示】

月岡芳年《風俗三十二相 うるささう 寛政年間 処女之風俗》明治21年(1888)【前期展示】
若い娘がいとおしそうに愛猫にほおずりしている「うるささう 寛政年間 処女之風俗」は、「風俗三十二相」の中でも人気のある図です。この絵の場合、「うるさい」は「煩い」すなわち、わずらわしいという意味でしょう。娘にとってこの猫は可愛くて仕方がないという風ですが、肝心の猫にとっては主人の過剰な愛情表現がいささかうっとおしいという感じです。猫は気持ちいいときの目を細めてうっとりとした表情ではなく、みょうに醒めた感じに受け取れます。「ツンデレ」の「ツン」のほうに当たるのでしょう。
芳年の師匠にあたる歌川国芳は猫好きで有名で、猫を懐に入れて絵を描いていたといわれます。弟子たちはいやおうなく師の愛猫の表情を観察することになっていたはずですが、あまりに猫好きの師匠にあきれていた弟子の醒めた目をこの猫に重ねてみるのも一興かもしれません。
ところで、美術館業界では、猫とお化けの展覧会は来館者が増えるといわれています。わずか1点では虫のいい話ですが、猫好きのお客さまが大勢いらしていただける、招き猫となってくれればと思います。
