特集展示「夢の江戸へ―美人画と歴史ロマン」の会期も後半に入りました。展示替え後の作品のなかで、とくに画面に動きを感じさせるのは、月岡芳年の「風俗三十二相 けむさう 享和年間内室之風俗」(明治21年・1888)でしょう。

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月岡芳年《風俗三十二相 享和年間 内室之風俗》明治21年(1888)【後期展示】

 おおよそ画面の対角線に沿ってもうもうと立ち昇る煙に思わず顔を背ける女性が描かれています。「内室」とは昨今耳慣れない言葉ですが、他人の奥様に対する敬称です。庭での焚き火ではなく、食事の準備中、竈の火を団扇で扇いだら予想以上に煙が出てしまった、という情景なのでしょう。ガスコンロどころか火を使わないIHコンロが普及してきた現代のキッチンでは、まず目にしない光景です。
 竈の煙に顔を背ける女性を描いた錦絵としては、寛政(1789~1801)後期の喜多川歌麿の「台所美人」や、その人物の一部を流用した歌川国芳の「山海愛度図会 けむつたい」(嘉永5年・1852)などが想起されますが、芳年はおそらく師匠の作である後者にヒントを得てこの図を描いたのでしょう。ただ、細く均一でしなやかな線描による煙の表現は、やはり師匠国芳の「二十四孝童子鑑 呉猛」や「唐土廿四孝 呉猛」に描かれる蚊遣りの煙にヒントを得たのかと推察します。
 旧来の浮世絵の煙には見られない流れるような流麗な線描は実に印象的で、芳年の「風俗三十二相 けむさう」ではまるで煙が主人公であるかのようです。これは現代の芸術家も惹きつける魅力があるようで、福田美蘭さんもこの芳年画を素材にした作品を手がけておられます。

歌川国芳《山海愛度図会 けむつたい》 国立国会図書館デジタルコレクション
歌川国芳《山海愛度図会 けむつたい》 国立国会図書館デジタルコレクション

歌川国芳《唐土廿四孝 呉猛》 当館蔵
歌川国芳《唐土廿四孝 呉猛》 当館蔵