とくに美術に詳しくない人が版画と聞いたら何をイメージするでしょう。小学校の図工で習った紙版画や木版画、近頃は結構珍しい木版画の年賀状などはすぐに頭に浮かぶでしょう。あるいは消しゴム版画を思い浮かべる人もいるかもしれません。みな比較的小さな画面のものが多いと思います。版の大きさや技法にかかる手間などの制約で、油彩画などに比べると大画面の版画をつくりにくいのは事実ですが、頭から小さいものと決めつけるのは早計です。当館の収蔵庫には大きな油彩画の額を収蔵するようなハンガーラックが設置されており、すでに巨大な版画作品で埋まってしまっています。版や技法の制約を乗り越えて、大きな画面に挑む作家も少なくないのです。
3月22日まで開催中の特集展示「はんが探検隊―大きな版画の世界にようこそ!」は、館蔵作品の中から大画面の版画を選んで展示しています(収蔵作品中、最大のものから順番に選んだわけではありません)。さまざまな技法の作品が並ぶ中で、ややもすれば小画面のイメージが強い木口木版の大作を取り上げてみます。
木口木版は樹木の幹を横断するかたちで版を取るため、一枚の版木の最大の大きさは幹の太さ以下となります。そのかわり、幹の縦方向に版を取る板目木版に比べて堅く密な板が得られるため緻密で繊細な表現が可能になり、かつては活版印刷の本の挿絵に多用されました(板目木版と木口木版の違いは、当館HPの版画の技法もご参照ください)。
この本来は大画面には向かない木口の版を複数枚、精密に組み合わせて大画面に仕上げるのが、小林敬生さん(1944~)の作品の特色です。今回は縦855、横2160ミリの「群舞 94-10D」を展示しています。この巨大で精緻きわまりない画面が、木口木版の組み合わせで、しかも版の継ぎ目がまったく見えないことは驚きです。また個展で最初に作品を見たときには、完璧な左右対称の絵柄がどのようにつくられているのかも不思議でした。これは極薄の和紙に刷った絵を裏返しにすることで反転画像を得る「鏡貼り」という手法を用いていますが、裏から刷ったとは思えないほど左右の図のインクの濃さに差が見られません。
表現された内容の異様さも作品の大きな魅力です。まるでモンスターのような巨大な樹木のまわりに鳥や昆虫、魚などさまざまな生き物が配され、さらに背後には高層ビルも林立しています。一体、これは何を表しているのでしょうか。氏の作品には水中に廃墟と化した都市が沈んだような作品もあるので、核戦争で人類滅亡した後に動植物が繁茂するディストピアなのかとも思えますが、巨樹の一部が幾何学的な人工構造物で出来ていることからすると、そう単純な解釈で済みそうではありません。
表現された生き物の中には生きた化石といわれるシーラカンスもよく登場します。何か象徴的な意味があるのでしょうか。「群舞 94-10D」のような左右対称の作品を見ていると、これは氏の世界観を表す一種の曼荼羅なのかとも想像させられます。
直接作家ご本人に伺えばいいのでしょうが、「陳腐な解釈をするな」といわれそうなので、いましばらくは作品の前で自分なりに考えてみたいと思います。


小林敬生《群舞94-10D》1994年、木口木版
