現在、ゴッホの展覧会が巡回中で、目玉は「夜のカフェテラス」です。南仏アルルの広場にあるカフェを描いたもので、画期的な夜景表現がのちの「星月夜」につながるものとして、彼の画業の中で重要な位置を占めるものとされています。現在当館で開催中の企画展「プレイバック! ミレニアム1991→2001―版画が/版画で越えた境界―」に展示されているマティアス・ヴァスケの「MERIDIONAL(triptych)」は、そのパロディ作です。
 ゴッホはカフェの面した通りを1点透視法でとらえていますが、ヴァスケは広場とそこから放射状に出る通りを2本描き足して広い画角の作品とし、ゴッホゆかりの地を訪れた数多くの観光客を描き加えています。広場の中央にあるブロンズ彫刻の大きな耳は、ゴッホが自ら切り落としたものをモニュメント化したものです。ゴッホが描いたカフェは現存しますが、この耳のオブジェは実際には存在しません。
 この他にもヴァスケはさまざまなものを描き加えています。向かって左側、白髪の紳士(アメリカのポップアートの旗手、アンディ・ウォーホルのようです)が手にする新聞は1969年11月14日付の南仏の地方紙『ル・メリディオナル』で、この日、アメリカのケネディー宇宙基地から打ち上げられたアポロ12号に関する記事のようです。右側の女性が読んでいる新聞は、フランスを代表する高級紙『ル・モンド』の1990年8月26-27日。1面は湾岸戦争に関する記事で、クウェートに侵攻したイラクに対して経済制裁をおこなうため、国連安保理が禁輸措置実行のための海上封鎖を承認したという内容です。
 両紙ともに鑑賞者によく見えるかたちで示されているため、なにか深い意味があるのかと思われます。アポロの記事は夜の星空(ゴッホの描いた夜空は実際の星座配置を同じであることが指摘されています)と関係があるのでしょうか?
 多数の国々を巻き込んだ湾岸戦争の記事、商店を世界規模で拡張するマクドナルドに変えたこと、ゴッホゆかりの観光地をカメラを手に歩き回る観光客など、ボーダーレスかつ商品化しつつある現代社会への批判かもしれません。ショーウインドウの中の下着姿のマネキンがマリリン・モンローらしい点も意味深な気がします。
 画面中央の耳も、もしかすると、たんにゴッホの耳をブロンズ化したものというだけではないかもしれません。フランス語で「ル・モンド」の意味が「世界」であることを踏まえれば、世界の声に耳をすませよ、という意図が込められているのでしょうか?
 いえいえ、作者はただ見る人になにか考えさせる材料を提示しただけなのかもしれません。そうした仕掛けは他にもいろいろほどこされているかもしれません。実際の作品で探して、ご自身なりの解釈をしてみるのも楽しいと思います。

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マティアス・ヴァスケ《MERIDIONAL》1996年、オフセット、当館蔵