全世界をパニックに陥れた新型コロナウィルス感染症によるパンデミックが終了してもう3年余りになります。コロナウィルスの一種であるとはいえ、ウィルス自体に対する十分な知見もなく、まだワクチン開発もなしえていない時期、人々は未知の感染症ととらえていたのではないかと思います。人との接触を減らすことがほぼ唯一の予防策だった中で、不安に駆られた人々の間で真偽取り混ぜてさまざまな情報が飛び交っていました。高齢者に足を踏み入れかけ、主治医によれば基礎疾患を持つ身である私も、国内メディアの情報だけでは安心できず、英米の新聞報道などをウェブ上で読み漁っていました。
 そうした体験をへたことで、命にかかわるような病気が蔓延したときに江戸時代の人々が抱いた強い不安が実感として想像できるようになった気がします。
現在では予防接種でほぼ感染が避けられる麻疹も、江戸時代には10数年から20数年の間隔で大流行を見せていました。有効な対症療法も無いために小児の死亡率は高く、「麻疹は命定め」と言われていました。また、幼少時に流行に逢わなかったために免疫を獲得していない大人が、感染して命を落とすことも珍しくありませんでした。
 文久2年(1862)の大流行時はとくに症状が重かったようで、江戸市中で17,000人余もの死者が出たという記録もあります。この年、麻疹を題材にした錦絵が約90種も発行され、今日「麻疹絵」と呼ばれていますが、それらの中には予防策や、罹患しても軽く済ませるための方法などが記されたものが少なくありません。
現在当館で開催中の企画展「うき世のたわむれ 笑いつづける浮世絵と幕末明治の渦」では、そうした麻疹絵も多数展示しています。その中の1点、この年の4月に出た歌川芳虎の「麻疹養生之伝」を紹介してみましょう。
この絵にまず江戸初期以来、麻疹が流行した年を列記し、それに続いて「まじない」として、東向きの厩で使っている馬盥を頭に被せると麻疹に罹らないか罹っても軽く済むとか、また常緑樹タラヨウの葉かそれを模した紙に「巽」と書いて門口に吊すと麻疹除けになると説いています。絵はそれに呼応して、神馬を連れた神官が子供の頭に盥を被せています。これらのまじないに効果があったとは到底考えられませんが、当時の人々にとっては藁をもつかむ思いだったのかもしれません。パンデミックの時に情報を求めて右往左往した自分に、それを笑い飛ばす資格はなさそうです。(「麻疹養生之伝」は前期展示、10月12日までです)。

歌川芳虎《麻疹養生之伝》文久2年(1862)4月【前期展示】
歌川芳虎《麻疹養生之伝》文久2年(1862)4月【前期展示】