2017年06月13日

昔の記憶〜直感100%の珍しい記事になたよ〜。


高校生の頃、私はクリスチャンとして生きてる、という自覚があった。メッセージは一生懸命メモを取り、ひばっこと語り合い、必ず祈り合い、通学電車で聖書通読をし、集会は行けるだけ行き、学校の友達をhi-b.aに誘い、初めて集会に来た子には積極的に関わり、奉仕した。とても純粋で、前向きで、怖いもの知らずだった。

tcuに入って、アンチhi-b.aの人達も沢山いる事を知った。そしてここ数年、アンチtcuの人達も沢山いる事を知った。「ああ、hi-b.a行ってたんだ」「あー、tcuね」と、嘲られるような顔をされることが多かったから。いろんな考えの人がいるのは分かるけど、悔しかった。なんで?私はその場所で尊い時間を過ごしたから。

でもいろんな波にもまれ、高校生のころのあの熱量はいつのまにかなくなっていたことに気づいた。後ろ向きで、リスクを恐れるようになった。そして「高校生の私」の事を、まるで他人のように見るようになった。つまり「今の私」とはとても遠い存在として見るようになった。現実の自分の姿に失望し、停滞し、クリスチャンの生き方に対する向上心はほとんどなくなっていた。あの頃関わった人は山ほどいたのに、まだ繋がってる人はほんの数人。あれはほんとに私の人生だったのだろうかとさえ思う時がある。hi-b.aに行っていた、tcuに行っていた、とは自分からはあまり言わないようになった。

それがこの前行った結婚式で、hi-b.aのキャンプで一度しか会ったことのない女の子と再会した。印象的な名前だったので覚えていたし、共通の友人もいた。その子は私の顔を見た瞬間私の名前を呼び、「あのキャンプはhi-b.aも初めてで、キャンプも初めてだったからすごく緊張してたけど、はるこちゃんがすごい話しかけてくれて、とっても嬉しかったの!だから忘れなかった!」と言ってくれた。

「高校生の私」、やるな!と思った。と同時に、まるで他人のように思っていたあの頃の私は、紛れもなく「今の私」自身なのだということに気付かされた。高校生の私がした些細な言動が、彼女の中のhi-b.aの印象にポジティブに残っていた。そのことを思った時、神様に用いられていたんだ、と素直に感じることができた。それは純粋な心だった。でもどうせ今は、、、とはならず、ただ、感謝だった。神様を第一に生きる、とは、こういう純真な感性で、喜びながら歩むことなのかな。

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2017年05月02日

松坂桃李くん激推し

おひさー。

最近は桃李くん熱がすごい。
本当に好きな芸能人トップ5

ガッキー
松坂桃李
戸田恵梨香
トータルテンボス
mayj

って感じだね。


2月から学習塾でチューターのお仕事を始めたんだけど、それに伴って不眠症も大分改善されてきたよーん。
なんで仕事を始めたかといいますと。一番は家にいない時間を作るため。なんかずっと家にいて、掃除して、急に人が来て、ご飯作って、片付けて、洗濯して、買い物行って、またご飯作って、を繰り返して1日が終わる。

趣味とかないしね〜 運動も嫌いだし、お金も使いたくないし、生活範囲がスーパーと家しかなかった(´;ω;`)
家にずっといるということは、急な来客も、電話も、ご主人様が応対してるところに、ずーーーーっと居合わせなきゃいけなくて、それが結構しんどかった。職業上避けられないことだから仕方ないんだけどね。

二番目は、自分が主体になって働く場所が欲しかったから。教会の平日集会は多いときに週3日あるけど、私の役割は特にない。牧師の妻ってそういうもんかもしれないけど、集会にでてもくだらない話が出来るわけでもなく、私が誰かの相談相手になれるわけでもない。あ、別にいじめられてる訳ではなくて、おばあちゃん達が一方的なマシンガントークを繰り広げているのです。これはべつに悪いことではないんだけど、いっぺんに何人も話されると頭痛くなっちゃうんです。狭い空間で大きな音が何個もあると、飽和状態に耐えられないというか。マシンガントークに対する疲労感だけが残り、なんのためにいるのかなワタシ、、となって1週間がおわる。教会の中に存在意義が見出せなくて、苦しかった。

ただ家事してるだけって、それもそれでゆったりできてよかったし、新婚生活満喫して楽しかったんだけど、やっぱりなんのためにいるのかが分からなくなってくるんだよね。ご主人様が牧会、伝道するのを支えるだけ!なーんて私には到底無理でした、、、。笑 つまり私自身が働きたいということ。ジコチューですかね。

外に出る時間が定期的にできたことで、いろんなことにメリハリがついた。家事も、教会の奉仕も、限られた時間でできるようになったし、やっぱり自分の仕事があるってとっても嬉しい。ご主人様も積極的に家事を手伝ってくれるようになりました〜ありがたい。

ところで小中学生の勉強なんて大っ嫌いだった私にとって、その年代の彼らに勉強を教えるのはそんなに簡単なことではない。。なぜなら勉強を教わる、という行為をしてこなかったから。分からなかったら自分で調べる!最悪答え丸暗記!というやり方をずっとしてきたから。。

基本的に数学全般ニガテなので、二次関数なんだっけー 平方根ってなんだっけー!。゚(゚´Д`゚)゚。みたいになっている笑 高校も大学も筆記試験しなかったし記憶もハルカカナタ。高校では高1の数Ⅰしかやらなかったし(言い訳)。当時は決しておバカな成績ではなかったの!!(試験前だけ進研ゼミで必死に頑張っていた)

教えること自体は好き。どうやったら伝わるのかな、こういう言い方したらやる気になってくれるかな、ってやってみて成果が出ると嬉しいしね。聖書のことを子供に伝えるときの思考回路に似ている。あと境界線のひき方とか、関わり方とか、キャンプでこどもたちと関わってきたことが生かされているような気がする。
やりたいことをやって、お給料までいただけるなんて、こんな嬉しいことはない。


はたして牧師の妻としてどうなのかなこのスタンス、、。という疑問ももちろんある。想定していた牧師の妻像とは大分離れてるしねー。でも教会で求められていること(csと奏楽と唱歌を歌う会と人形劇と掃除とゴミ捨て)はやってるし、こういうスタイルもあっていいかなーと。わたしたちのグループは割とそういうのユルイから助かる。笑

そんな訳で元気にやっとりますよん〜
あ、調子乗って食べ過ぎなので最近少し太ってきました。

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2017年01月10日

暗雲




疲れてるのに寝れなくて、寝れなくてさらに疲れて、やっと寝れると思ったら誰か人が来て、対応しないとあとでチクチク言われて、それの繰り返しで眠れない。
結果いつも眠くて不機嫌になってしまう。少し働いただけで疲れてしまう。と、なんだか不調が続いている。

いよいよ不眠症かもしれないので本気で病院に行こうかと思い始めたりしてる。もともと神経質なところはあったんだけど、ここまでプライベートと教会の境界線がないとは思ってなかったので参ってしまった。

教会の人にこれを分かってもらう必要があるのかも、伝えかたも分からないので、ご主人さまを通してお世話になった先生に今日相談してもらった。現実的なアドバイスを頂けて感謝だったし、なによりもやっぱり私愛されてるんだなって本当に嬉しかった。

でも同時になんかこんな自分がとても不甲斐なくて、もう泣くしかなくて、久しぶりに涙腺崩壊している。。
そういうシーズンじゃないのにな。。

嫌な言い方されたり、トゲのある言葉をかけられたり、けなされたり、あることないこと言われたり、まあそれは今まで嫌という程あって免疫はあるんだけど、プライベートに侵食されるのが一番こたえるんだな。


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2016年06月25日

整えられるっていうコトバが好き

新生活が始まってもう1ヶ月半。
社会人になってからおばちゃん恐怖症になったわたしにとって、教会で暮らすなんてことは結構ハードルの高いことだったりします。結婚を考えていた時や決めたはもちろん何の抵抗もなく、まあ大変なことも勿論あるけど何とかなるっしょ〜と思っていた。
でもおばちゃん恐怖症のおかげで、表面的には親切なことしてくれたり労ったりしてくれるけど、心の中ではきっと「家事もしないで何やってんのよ」とか、「こんなこともできないのかしら」とか思われてるんだろうな、、、という恐怖が常にある状態になりました。笑
まあでもその恐怖のおかげといったらなんでふが、逆に気を遣って挨拶やお世話や言葉遣いの配慮が出来るようになったので、結果的におばさまたちとは和やかに関わることができています。。
過去にどんなことがあったとしても、それを自分の強みとして習得できる能力も賜物として磨かれたということだと思っています( ´ ▽ ` )ノ

教会の奉仕については、来月からいろいろ始まります。想像していたよりも固定奉仕が多く重い。でも合唱の頃培った発声練習をはじめとする簡単な歌の指導や、hi-b.aのころ鍛えられたトラ配や路傍伝道とか、今までの経験はここに来るためにあったのかと思うほど自分に備えられていたことに驚きを隠せない。決して自分はいわゆる 出来る人 ではないのに、ここで働くために神様が整えてくださったとしか考えられない。


あとは、毎食ごはんを食べてくれる人がいるので、人のためにする料理は作りがいがあるし、毎日新しいメニューが作れるようになって楽しい〜。

それからずっとおろそかにしていたデボーションも復活。2012年から書き始めたデボーションノートがやっと使い切れたww 読み返してみるとあの頃は必死だったな〜あの頃の純粋さを忘れちゃいけないなーと思う。

それと退職してからも元職場から賛美の奉仕を依頼され、繋がりが切れないことが嬉しいようなこわいような。笑 次は9月に歌うことになったー。でも本当に上の方々には良くして頂いた(くせに2年で辞めた)手前、このくらい役に立たなきゃ申し訳ない。。という変な背徳感。変かな。

きっとあと3ヶ月経ったら違うこと思うんだろうけど、とりあえず今の私。けへっ。


hangary at 08:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2016年01月25日

つまりキャンプ行けて良かったなあ、ってこと。

年末、2年ぶりにhi-b.aキャンプに行ってきた。
信仰の原点であり、リーダーとして、クリスチャンとして尊敬する人たちが働く場所。

プレッシャーも感じるし、プログラムハードだし、拘束時間長いし、お風呂以外お湯でないし、すごくエネルギーを費やすけど、いつもそれ以上に刺激を受けて帰ってくる。
それはスタッフの情熱とか、メッセージとか、高校生の祈りとか、語り合いがあるからかなー。

もう自分クズ過ぎて嫌になって、こんな状態でカウンセラーなんて出来ないと思ってた。
前は「こんな状態でカウンセラーなんて、、、」って言ってる人の気が知れなくて「何をそんな贅沢なこといってんの?!」って思ってたのにね。。。人って変わるよなー。

正直に言うとすごく高校生と仲良くなれた訳じゃないし、深刻な悩みや思いを聞いた訳じゃないし、決心に立ち会うこともなかった。大きなことはしてない。
ただ一緒にいて、わちゃわちゃして、友達になっただけ。

もっと関われたかもしれないし、
もっと真剣に向き合えば違う関係ができたかもしれない。
これが等身大の私!と認める部分と
もっと頑張れたんじゃないの?と後悔する部分がある。

その結論はさておき、メッセージにグサグサさされ、私もこの高校生たちと一緒に成長させてもらいたいと思った とても感謝な3日間だったなあ。。
私はクリスチャンの環境にいないとクリスチャンでいられないまだまだ幼稚なクリスチャンであることを突きつけられた。

職場に結婚や退職の報告をして2カ月が経つけど、
皆さん祝福してくれて、すごく過ごしやすくなった。
もう居なくなる人間として、仕事を新たに振られることもなくなったし。笑
未だに胃が痛くなることもあるけどw

私は多分ここでの仕事を続けていたらストレスで体を壊してたと思う。
去年は「1年目だから」、と辛い動機付けで納得しようとしてたけど、私のポジションは1年目だろうが5年目だろうが、上司が変わらない限り辛いことには変わりないのだと悟りました。

部下だから守ってくれるわけではないし、怒るために休みの日でも電話かけてくるし、
上司の失敗はふりかかってくるし、むしろ誠実にやればやるほど濡れ衣着せられるし、八つ当たりされるし まあ口を開けばいくらでも出てくるわ。笑

まとめると、
ストレスだらけの環境
自分らしさを感じられない仕事
そこでクリスチャンらしく歩めない自分
恵みを数えられない自分
でいる期間をこれ以上長くしてしまうとおかしくなりそうだった。ということ。

その話を少し先生にしたら、
マッチングの問題で、ただ合わなかっただけっていう可能性も充分あるんだよ。牧会もそうだよ
と言われ、すごく慰められた。。
今まで自分に厳しい神学というか、環境のせいにしていませんか 自分が変えられる必要があるよ的な考え方が強かったので、
なかなかこういう捉え方は出来なかったんだけどさ。
出口の見えない無限ループに終着点が見えたような気がした。

そんなこんなで、なんとかやっております。


hangary at 20:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)