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原文入力:2010-03-09午後09:03:21(2296字)
[2010特別企画 省察と挑戦] 庚戌国恥100年 新たな100年<2部>忘れられた記憶 癒えない傷 遺骨身元の端緒が含まれた寺刹文書

10butu2←麻生族が経営した山内炭鉱近隣にある寺刹 光正寺の遺骨預置帳。一番左側に朝鮮人鉱夫たちが麻生邸放火謀議をしたという記述が見える。

結婚前日 炭坑事故で死亡
18才 無縁故犠牲者などの名前
過去帳など寺刹文書にぎっしりと
日本人鉱夫を救おうとして惨事にあった朝鮮人も記載
韓-日仏教 協力活動 必要

日本,九州筑豊地域の中心都市は飯塚だ。19世紀末から20世紀中葉までの数十年間、炭鉱都市として栄えたそこには麻生族の雄壮な邸宅がある。麻生太郎前総理の3,4代先祖が炭鉱開発で集めた資金で鉄道・セメント・銀行・病院などに事業を拡張し、地域の領主として君臨した跡と言える。この邸宅が怒れる朝鮮人労働者らの手により焼けてなくなるところだった。

朝鮮人労働者たちが麻生邸宅襲撃を謀議したという記録は、日帝時思想警察の特高文書や麻生系列企業の資料ではなく、ある寺刹の文書に残っている。麻生一族が筑豊一円で経営した7ヶ炭鉱の一つである山内炭鉱の入口に光正寺という寺がある。<ハンギョレ>が入手した光正寺の遺骨預置長に麻生邸宅放火計画が言及されている。 "昭和7年(1932年)夏 深夜、本堂で麻生本邸放火謀議をする" と書かれている。続けて "放火未遂事件, 約15〜16人が参加し、住職が事前に防ごうと説得した" という部分が続く。

放火謀議は事実だろうか? 筆跡の主人公は当時住職であった藤岡セイジュンだ。彼の記載は当時の情況に符合する。1929年ニューヨーク証券市場の大暴落以後、景気不況が続くと筑豊地域の炭鉱も厳しい霜に当たった。財閥系の炭鉱会社に対抗し低賃金と下請け雇用で持ちこたえた麻生一族は一部鉱区を閉鎖し高齢者と朝鮮人から解雇し始めた。朝鮮人労働者を組織しようとしていた日本石炭坑夫組合と処遇改善を望む朝鮮人鉱夫たちの利害が一致し、1932年8月飯塚一帯で全面ストライキが広がった。警察,青年団,朝鮮人労務担当などがストライキ粉砕のため暴力を振るったが朝鮮人労働者たちは神社・寺刹などに散り3週間にわたり闘争を継続した。

遺骨預置帳には炭鉱で事故で亡くなった無縁故犠牲者たちの名簿がぎっしりと載っている。書式に合わせて死亡年月日・法名・俗名(実名)・年齢・死因・備考(参照事項)の順で書くようになっている。犠牲者名簿を見れば、朝鮮人の名前がすぐに眼につく。日本名が併記されていたり、日本名だけが記載されたケースもある。年齢帯は10代から40代までにまたがっている。死因は坑内即死や殉職と記載されたものが多い。殉職と言っても事故死と別段変わりはないだろう。

37年9月29日坑内事故により18才で亡くなったノ・カプソンは子供たちを除けば名簿の中で最年少者だ。彼の欄外には‘結婚式前夜’と別途記載されている。金堤郡,白鴎面の出身で、結婚式を上げるまさに前日に悲劇的な死に至った朝鮮未婚男性に対する藤岡住職の複雑で息苦しい心情が込められているようだ。預置帳に半島出身報国隊所属で日本名だけが記載されていたある朝鮮人は、日本の市民団体と強制動員真相究明委の努力により実名が明らかになった。当時の新聞報道と火葬認許証を調査した結果、チェ・ヨンシク(28)は忠南,瑞山の出身で、43年9月3日の落盤事故で潰された日本人鉱夫を救おうとしたが、惨事にあった。

遺骨預置帳にはこのように種々の情報がある。さらに詳細な情報が含まれた寺刹文書としては過去帳がある。17世紀初葉から日本のすべての寺に備え置かれた過去帳には、故人の戒名・俗名・死亡年月日・享年などが基本的に入る。寺によっては死因・身分・生前の行跡などが含まれ、何代にわたる一族の記録も出てくる。この頃の言葉で言えば個人情報のデータベースと言えるほどだ。強制連行の実態把握と犠牲者検証と関連し、過去帳が重要な意味を持つのは日本政府と企業が敗戦直後に関連文書を焼却したり隠匿したためだ。キム・グァンヨルのような一部在日同胞研究者たちは数十年前から筑豊地域の寺刹を歩いて回り住職たちに過去帳の閲覧を懇請した。やっとの思いで収集された情報は何冊かの研究書として出された。

だが現在、過去帳閲覧は原則的に禁止されている。(いわれのない)部落民差別という日本の内部事情のために、個人の私生活を保護するという名分で厳格に禁止されている。部落民とは白丁のような賎民などを指し、以前は人ではないという意味で非人という言葉を使うことさえした。新入社員の身元調査をする際や、結婚を控えて相手方の家を調べてみるために興信所に過去帳調査を依頼することが以前には多かったという。

朝鮮人犠牲者の遺骨問題と過去帳閲覧の相関関係に対する認識は、日本の宗教団体や寺刹別に差が大きい。その格差を解消するには両国仏教団体の交流と信頼回復が重要だが現実はそうなっていない。韓国では関心のある僧侶が個別的接触をする程度であり、宗教団体次元での関心表明と体系的活動が望まれると専門家たちは口をそろえる。

飯塚/文・写真 キム・ヒョスン論説委員 hyoskim@hani.co.kr

原文: http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/409047.html 訳J.S