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原文入力:2010-03-26午後09:58:03(1702字)
安重根義士 殉国100年…旅順で南北共同追悼式
南北子孫・宗教人 旅順監獄に集まり
"安義士の遺志を受け継ぎ 民族和合成し遂げよう"
‘われらの願い’合唱

パク・ミンヒ記者

←手を握った南北宗教人  安重根義士殉国100年を迎え安義士を追慕する南北の宗教家たちが手を取り合った。安義士が死を迎えた中国,旅順監獄で26日午前に開かれた南北共同追悼行事に参加したハム・セウン神父(右側・安重根義士記念事業会理事長)とチャン・ジェオン朝鮮宗教家協議会会長が安義士の胸像前で握手している。 大連/キム・ポンギュ記者 bong9@hani.co.kr

"私どもは今日 安義士を心に戴きます。南北8000万民族の心が全て安義士の墓所です。" 安重根義士が日帝の刑場で死を迎え、ちょうど100年が流れた26日、旅順監獄がある中国,大連のあるホテルで追慕ミサが挙行される間、南と北の子孫たちは暫し葛藤を忘れた。安重根義士記念事業会(理事長 ハム・セウン神父)と北韓の朝鮮宗教家協議会の長期にわたる準備の末、初めて南北が共に用意した追慕行事だ。

ハム・セウン神父など司祭たちは安義士を殉教者として賛える意味で赤い司祭服を着、祭台には赤いろうそくを灯した。安義士が刑場へ向かう最後の瞬間、2人の弟と母親,夫人に残した遺言が朗読された。「私は天国に行っても我が国の独立のために働くだろう。大韓独立の声が天国に聞こえてくれば私は踊って万歳を叫ぶだろう。」

ハム・セウン神父はスピーチで「安義士の遺骸は探せなかったが、南北8000万民族が彼の精神と意志を再確認し、安義士のように生きていくこと、第2の安重根になるべく努めることが重要だ」とし「裂けた南北の一致と和合のために」祈った。北韓のチャン・ジェオン朝鮮宗教家協議会会長は「一世紀前、安重根義士は侵略者日帝に奪われた我が国を取り戻し自主独立,繁栄する祖国を建設するために大切な自分の命をごみのように捨てた」とし「南と北が安義士を共同で追慕するように、思想と理念を超越し自主統一に向かって積極的に力強く立ち上がろう」と話した。

南北巡礼団は続けて安義士が殉国した旅順監獄へ向かった。100年前の彼の最後の日には一日中雨が降ったが、この日はとてものどかな天気が一行をむかえた。国会外交通商統一委員会追慕団(委員長 パク・ジン議員)の追悼式と旅順安重根研究会・大連聖堂の記念行事なども開かれ、旅順監獄は追悼の足で混みあう様子だった。

旅順監獄内の抗日烈士記念館,安重根義士銅像の前に心を込めて韓服を着た一折のハルモニが韓国から大切に抱いて来た花鉢を捧げた。シン・ドンスク(81)氏,統一運動をして1975年に人民革命党事件で無念にも命を失ったト・イェジョン先生の夫人だ。彼女は「独立のために殉国した安義士と統一を念願し命を失った夫の心は同じと思う」とし「安義士の遺志を受け継ぎ、我が民族が心を一つにして立ち上がることを願い花を捧げる。亡くなった夫も必ず一緒にここにいるだろう」と話した。巡礼団の一員として息子ソクヒョン(12),娘アヨン(8)を連れてきたヤン・ウギョン(46)氏は「子供たちに安義士の精神と歴史を知らせたくて連れてきた」と語った。

安義士が殉国した死刑執行場の場所に用意された記念館には、南北が共に歌う‘われらの願い’が流れた。北韓のチャン・ジェオン会長は「以前にも何度も来たが今日は全く違います。南北が共にいるから」と話した。慎重な言葉づかいだが南北はこの日、安義士の精神の中で一つになった。

一方、南と北は黄海道にある多くの安義士関連遺跡を復元し庚戌国恥100年を迎え、今年10月には平壌で南北共同学術会議開催を推進する予定だ。
旅順(大連)/パク・ミンヒ特派員 minggu@hani.co.kr

原文: http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/412567.html 訳J.S