原文入力:2010-03-26午後07:03:36(1077字)

昨日 安重根義士の殉国100周年を迎え、国内外各地で追悼式など記念行事が多彩に開かれた。ソウルでは遺族とチョン・ウンチャン総理など政府要人および光復会員などが参加する中央追悼式が開かれ、安義士が亡くなった旅順監獄では南北が共同追悼式を開いた。

しかし、各種記念行事が繰り広げられはするものの、心の一方で起こる恥ずかしさを押さえがたい。安義士が民族の独立と東洋の平和のために侵略の元凶である伊藤博文を射殺し刑場で亡くなった後、100年が過ぎた今も彼の遺骸さえ収拾できずにいるためだ。政府は安義士に関する記録を持っている日本、そして遺骸が埋葬されている中国と積極的に協力し、早い時期に遺骸を発掘・奉安し国民がこれ以上恥ずかしく思わないようにしなければならない。

これに劣らず重要なことは安義士の精神を継承することだ。安重根義士の義挙は単純に民族独立のためではなかった。安義士が日本に対抗し独立運動を繰り広げ さらに伊藤博文を射殺した根本には、人類の平等と共存を追求する平和思想がある。

彼は<東洋平和論>序文で "今日 世界は東西に分かれ、人種が各々異なり互いに競争することが日常茶飯事だ。 …若い青年たちを訓練させ戦場に追い詰め無数の貴重な生霊たちが犠牲物のように捨てられ、血が流され川となり死骸は山を成し遂げる" として、帝国主義の角逐が産む問題点を正確に指摘した。彼はこういう西勢東漸による患乱の時期には "東洋人が一致団結し防御することが最上策" であるのに、日本はそのような大勢を見られないばかりか中国と韓国に対する帝国主義的侵略を企てているとし "東洋平和のために義に徹した戦争" を始める他はなかったと伊藤を射殺した理由を明らかにした。

こういう彼の東洋平和論は1世紀が去った今日の現実で より一層の光を放つ。資本主義的角逐はより一層深刻になり、半世紀以上続く民族の分断は東アジアの平和を威嚇しているためだ。最近になって急速に東アジア共同体論が活気を帯びているのはこういう現実と関係がなくはない。そのような点で安義士を将軍と呼ぶことは、東洋平和のための彼の義挙の意味を民族主義水準に引き下げることと見られ望ましくない。安義士を賛える上で最も重要なことは平和に対する彼の信念を継承することだ。

原文: http://www.hani.co.kr/arti/opinion/editorial/412506.html 訳J.S