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原文入力:2009-06-15午後08:33:19
オ・テギュ記者

←オ・テギュ論説委員

“私たちは犬だ。私たちは噛めと言われれば噛み、噛むなと言われれば噛まない。」金泳三政権時の1995年11月末、ソウル地検に12・12および5・18特別捜査本部が電撃構成された直後にある検事が自嘲して吐きだしたという言葉だ。それから13年以上の歳月が流れたが検察は全く変わっていないようだ。むしろ気質はより一層乱暴になっているようだ。主人でさえ彼らを統制できないという言葉を気兼ねなくするところであるからだ。その上 ‘パク・ヨンチャ ゲート’ 捜査結果の発表内容を見ると厚かましくさえある。

盧武鉉前大統領の逝去を契機に検察改革が最大の社会的話題に浮び上がった。検察は今でも捜査の正当性を強弁しているが国民の大多数は全く違うと考える。‘権力の走狗’ である検察が盧前大統領を死に至らしめたし、この際そのような検察をすっぱりやり直さなければならないというのが大半の意見だ。

日本国民の絶対信任を受けている日本検察の姿を見れば、なぜ韓国検察に対する信頼が地を這っているのか知ることが出来る。日本検察は2次大戦敗北以後に最大危機に瀕した。ダグラス・マッカーサー占領軍司令部は占領後、直ちに軍国主義の尖兵の役割を果たした警察と検察を無力化する作業を始めた。警察には自治警察と国家地方警察に分割して力を削ぎ、1次捜査権を与えられ今の韓国同様に極度に肥大化していた検察は第2次的・補充的捜査機関に転落させた。

だが日本検察は2次捜査権という糸口を利用し ‘巨悪’ の清算に出てこういう大胆さが国民に認められ派手に復活した。その中心にあるのが49年5月に発足した東京地検特捜部だ。88年田中角栄前総理(ロッキード事件),88年竹下登総理(リクルート事件),92年金丸信自民党副総裁(佐川急便事件)等、当代の ‘ぴんぴんしている権力’ を相手にした東京地検特捜部の追想されるような捜査は日本検察を信頼の頂点に持ち上げた。

反面、1981年4月全斗煥軍事政権の ‘社会浄化運動’ 過程で誕生した大検察庁中央捜査部は生まれからして権力の下請け機関という限界を帯びるほかはなかった。最高検察庁中央捜査部も権力を相手にして時々は成果を上げたりもしたが、それでも政治・標的・請負捜査というレッテルを剥がせなかった。

日本検察にもう一つ見習わなければならない点は、検察出身は政界に身を投じないという暗黙的な伝統だ。実際、日本の国会議員検索サイト(www.publistella.net)で調べてみると、衆議院480人中に検察出身は公明党にただ1人いるだけだ。参議院242人の中でもやはり民主党の1人だけだ。反面、韓国の場合には18代国会だけ見ても、在籍議員296人の内、何と22人が検察出身だ。執権与党のハンナラ党に16人も集まっており、民主党4人,無所属2人だ。この中には最高検察庁中央捜査部や地方検察庁特捜部で政治事件を担当した検事たちが並んでいる。

職業選択の自由を否定することはできないが、これほどになれば現職検事の相当数が ‘検事という職業を人権の砦であり公益の代弁者というよりは国会へ行く中間経路程度に考えているのではないか’ という疑いを避けにくいだろう。はなはだしきは現職検察総長が服を脱ぐやいなやバッジを付けるために汝矣島に走って行く場合すらあるので ‘政治’ と ‘検察’ を分けて考えることがおかしいほどだ。

日本検察は国民から ‘真の野党’ という賛辞まで聞くのに、なぜ韓国検察は ‘犬察’ ‘検セ’という嘲弄を受けるのか。検察が自ら変わらないのなら国民が変えるほかはない。

オ・テギュ論説委員ohtak@hani.co.kr

原文: http://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/360580.html 訳J.S