ハンギョレ・サランバン

韓国の革新系新聞『ハンギョレ』の記事を日本語に訳し、基本的に毎日更新します。ハンギョレ新聞社公認のサイトです。翻訳の責任はすべてハンギョレ・サランバンにあり、万一誤訳があった場合はコメント欄でご指摘ください。

朴露子ハンギョレブログ

世の中で最も悪い行為

原文入力:2012/10/11 19:17(3385字)

朴露子(パク・ノジャ、Vladimir Tikhonov) ノルウェー、オスロ国立大教授・韓国学

 うちの子は私にたまに「世の中で一番悪いことは何なの?」と尋ねてきます。そんな時は彼にこう答えます。考えもせずに権威や権力に服従することこそ最も危険で悪いことだと。しかし、残念ながら、これはほとんどの社会が最も要求し最も奨励する事でもあります。

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[朴露子ハンギョレブログより] 資本主義の属性

原文入力:2012/10/04 15:26(2090字)

朴露子(パク・ノジャ、Vladimir Tikhonov) ノルウェー、オスロ国立大教授・韓国学

 私は今生後20ヶ月の娘を膝に乗せて私の昔のレニングラードのマンションでこのポストを書いています。東洋学関連の学会に参加する件でレニングラードを訪れていますが、育児まで兼ねているので、大変なことったらないです。そのため、今回のロシア訪問に関する詳細な感想は今後の機会に回すことにし、今日は取り急ぎ最も印象的な部分だけをお伝えしたいと思います。

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[朴露子ハンギョレブログより] 心の準備

原文入力:2012/09/27 20:00 (3400字)

朴露子(パク・ノジャ、Vladimir Tikhonov) ノルウェー、オスロ国立大教授・韓国学

 人間は過去は知っていても未来は知りません。常に過去に向いているということです。未来を想像する時は、おそらく過去とあまり変わらないだろうと想像するきらいがあります。そのため、急に迫ってくる変化にまったく対応できず、挫折し自分自身を裏切ってしまうのです。たとえば、87〜88年のPD運動圏の意識構造を考えてみましょう。85年以来、運動の波が激しさを増し、軍事政権が揺らぎ出し、遂に87年に一応の形式的な民主主義がある程度復元されたのを目の当たりにした彼らは、引き続き革命の熱気が溢れるだろうと想像していました。実際、東欧が崩壊しそれなりに豊かになった南韓がまもなく形式的な民主主義を全面的に導入するとともに、やや保守化するだろうとみた人はほとんどいませんでした。結局、89年以降の現実を見てから彼らはどうなりましたか。変わった状況の中でも引き続き社会主義的な理想を求めて努力する人々もあったものの、ものすごい挫折を味わってから単なる生活人になってしまったか、それとも金文洙(キム・ムンス)などの教科書的な事例のように、180度変わった場合も少なくありませんでした。歴史のまったく望ましくない展開に対する心の準備がなかったし、それに備える戦術も戦略もなかったのです。

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左派政治―シジフォスの労働?

原文入力:2012/09/20 21:56(3384字)

朴露子(パク・ノジャ、Vladimir Tikhonov) ノルウェー、オスロ国立大教授・韓国学

 朴槿恵を阻止するために、「ムン(文在寅)」を選ぶべきか、「アン(安哲秀)」を選ぶべきかをめぐってあちこちで交わされている熱っぽい議論を聞いていると、とてもいたたまれない気持ちになってしまいます。たとえば、卒業して借金だらけの身になり、専門と関係のないつまらない低賃金(おそらくは非正規)労働をするか「 プータロー」にならざるをえない、貧困層出身の3〜4年生の人文系大学生は一体何故にこれら自由主義的なブルジョア候補たちにかくも「片思い」を寄せているのか、そんな思いを振り切ることができません。「ムン」も「アン」も、その学生のために授業料を半額やそれ以上に値下げしたり、人文系にも入りやすい良質の働き口を公共部門に作ったりする確率がゼロに近いにもかかわらず、一体何を思ってそこまで彼らにこだわっているのでしょうか。敢えて歴代のブルジョア自由主義者たちと比べてみても、金大中(キム・デジュン)くらいなら「ムン」や「アン」に比べて、本来の経済観はもとより、(彼の「参与経済論」をご記憶でしょうか。ほとんど社民主義者の水準でした)「人物」からして比較にならないほど異なっていました。金大中を好もうが好むまいが、彼が彼が命をかけて闘争したこと、何度も死に直面したことなどはすべて事実なのです。税務弁護士出身の盧武鉉(ノ・ムヒョン)は金大中とはまったく異なる、遥かに順応的な人生を送ったのですが、とにかく「ムン」や「アン」と違い、労働闘争に少しでも関わっていました。現今のブルジョア自由主義者たちは、労働とはまったく無縁なのです。にもかかわらず、お金も未来もない人々が「ムン」や「アン」に簡単に期待を寄せている理由はとても簡単です。彼らに「ムン」や「アン」より左側にいる人々、すなわち左派はまったく見えないからです。政治的左派は韓国社会では、目立つ力も汎社会的に訴える力なども全然ありません。故に、韓国社会で左派政治をするということは、時にほとんど「シジフォスの労働」のような気がします。やってもやってもどこまでやり続けても、結局は25年前の原点、すなわち様々な「批判的支持論」に舞い戻ってしまうということです。どうしてそうなってしまったのでしょうか。私は大体次のような要因を考えています。

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メディアによって想像された世界?

原文入力:2012/09/13 20:26(3496字)

朴露子(パク・ノジャ、Vladimir Tikhonov) ノルウェー、オスロ国立大教授・韓国学

 私は韓国内で学会を終えて約1週間前にノルウェーに帰ってきました。国内で見て感じたことはたくさんありましたが、中でも最も印象的だったのは、おそらくタクシーでたまたま聞いたラジオの「ニュース」でした。私はテレビやラジオのような官辺性の強いメディアに対して体質的な反感が強く、ここ15年間家にも全く置かず視聴することもめったにありません。しかし、特にタクシーに乗る時はたまに図らずもこのような「官の言葉」を聞くことになりますが、いつも驚かされます。

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[土曜版] キム・トゥシクの告白 パク・ノジャ オスロ国立大教授

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原文入力:2012/09/14 21:00(7120字)

"家事をたくさんして罪ほろぼしをしています"

←カフェでインタビューを始める前、ソウル、中区(チュング)、巡和洞(スノァドン)の塩川橋交差点でポーズを取ったパク・ノジャ教授。 彼はいかなる私的な質問にも公的な返答に切り替える驚くべき能力を持った人だった。 カン・ジェフン先任記者 khan@hani.co.kr

  9月初め、国際シンポジウムに参加するためしばし帰国したパク・ノジャ教授と苦労の末に約束を取りつけ、彼の文に断片的に登場する話を集めて質問紙を準備したが、彼の口から個人史を聞くことは容易ではありませんでした。 うわさ通り彼はどんな私的な質問にも公的な返答に切り替える驚くべき能力を持った人でした。 ポグロム(pogrom, ユダヤ人迫害)で苦労した年長の人たちの苦痛に満ちた人生を尋ねれば、20世紀初期ユダヤ系社会主義者の歴史と分派に関する講義が続くという形でした。 「知識人が公共の利益と関係なく個人の話をならべ立てるのはからだを売る道化師」というのが彼の信念でした。 それでも対話は愉快で有益なものでした。 高いトーンの声にのせられた驚くほど豊富な彼の知識ゆえでした。 あらかじめ準備した軽い質問は最初から使う余裕がありませんでした。 メニューの‘アメリカーノ’を見るやいなや、ユ・シミン氏に対する思いが続々と語られました。

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[朴露子ハンギョレブログより] 「国家」の越え方?

原文入力:2012/09/05 21:37(3284字)

朴露子(パク・ノジャ、Vladimir Tikhonov) ノルウェー、オスロ国立大教授・韓国学

 最近東アジアは瞬く間に「紛争地域」になってしまいました。同じ米帝の軍事的保護領である韓・日間の「独島」をめぐる言い争いは概して一幕の外交的なコメディーにすぎないのですが(いくら争っているふりをしてみたところで、韓日両国は結局は米帝主導の軍事的連合の一員として残り続けるのです)、中国と日本の間の釣魚台(釣魚台群島ないし尖閣諸島)問題は遥かに深刻です。互いに軍事的なブロックの異なる中国と日本の間に地域的な覇権をめぐる緊張・葛藤が実際にかなりの水準に達しているからです。MBの「独島巡行」(?)が原発問題や景気の低迷などで瀕死の状態に陥っていた日本の右翼をここぞという時に立ち直らせ、新たなエネルギーを吹き込んだ彼らの「黄金の機会」だったのですが、日本の右翼が本気で「戦争」の可能性を考慮しているのは中日関係の問題です。拉致問題を口実にした日本国内における「北朝鮮悪魔化」作戦も、巨視的な次元では窮極的に対中国戦略上の問題に属します。北朝鮮が東アジア、東南アジア全域にとっては中国の唯一無二の完全な同盟国だからです(中ロ関係は同盟というより遥かに緩く、ミャンマーやベトナムさえも最近はやや親米的傾向を仄めかしており、モンゴルは中ロ米の間で均衡外交をしている模様です)。

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[朴露子ハンギョレブログより] 特権的知識人の責任遺棄

原文入力:2012/08/31 08:55(3188字)

朴露子(パク・ノジャ、Vladimir Tikhonov) ノルウェー、オスロ国立大教授・韓国学

 私は今このポストを、再び10キロ以上の上空で書いています。学会と講演の件でもう一度ノルウェーを暫し離れることになったのです。パソコンのバッテリーがまもなく切れるので、とりあえず「飛行する監獄」で私の頭に浮かんだ最も重要なことを簡単にまとめたいと思います。

 「飛行する監獄」で長時間座っているのは身体的に苦痛ですが、私にとても役に立ったのははオスロ空港で運良く買ったノーム・チョムスキー先生の『帝国的な野望(Imperial Ambitions)』という本でした。この本はイラク侵略直後に成されたチョムスキーとの一連の問答・対談で構成されていますが、私はその中から極めて重要な部分を一つ読み取ることができました。「責任の倫理」を論ずるチョムスキーは、責任は特権に正比例すると言い切っています。「特権」ということがここでは広義に使われているわけです。教育や社会的位置なども「特権」ですが、たとえば、ある発言や非暴力的な政治的行為をしでかしても、監獄や拷問室に入れられずに済む所に住んでいられるのも一種の「特権」なのです。かなりの人類は表現や政治的行為の自由が抑制されている政治体に生きているからです。まあ、敢えて「上」からの圧迫がなくても、「生活」に忙しい地球人の絶対多数は実生活と直接関係がない限り、「政治」などを考える暇などあろうはずがありません。そんな余裕を持つということも一つの「特権」なのです。分かりやすく言えば、長時間高強度労働でいつ重病にかかり障害者になるか分からない製造業の下請企業の労働者が、横で働いている朝鮮族の同僚に暴言を浴びせながら「朝鮮族が私たちの働き口を脅かしている」と放言しまくったら、彼は確かに加害者になりますが、韓国の移民者政策が犯罪的で国内のメディアによる中国ないし中国朝鮮族関連の報道が極めて惑世誣民的な中傷に近いということを指摘しない、言い換えれば権力批判という知識人の固有の任務を遺棄したSKY(訳注:韓国3大名門 ソウル大・高麗大・延世大)の教授たちは、その労働者より百倍も千倍も重い責任を負っているのです。彼らは国家の移民政策やメディアによる移民者関連の報道の犯罪性を十分認知し体系的に批判できる位置にあるからです。

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[朴露子ハンギョレブログより] 言語と階級

原文入力:2012/08/23 18:21(3194字)

朴露子(パク・ノジャ、Vladimir Tikhonov) ノルウェー、オスロ国立大教授・韓国学

  人間を人間、すなわち社会的な存在たらしめる一義的な記標体系(ユリ・ロトマン http://ko.wikipedia.org/wiki/%EC%9C%A0%EB%A6%AC_%EB%A1%9C%ED%8A%B8%EB%A7%8C 先生の定義)は言語です。しかし、階級社会では人間の総体的な存在がその階級的な位置によって左右されるだけに、その一義的な記標体系も常に階級的です。いかなる階級社会であれ、上流層の言語は「古典的」で「文化的」で文語により近い反面、被支配層の言語は文語の標準からはややかけ離れています。文化的に周辺部的な社会の場合は、支配者たちは例外なく「中央/文明」の言語を使います。朝鮮半島南半部の支配者たちは順に漢文、日本語、英語を支配言語として駆使してきましたが(開化期に生まれ南韓時代まで影響力を及ぼした李丙のような勢力家知識人は漢文、日本語、英語のいずれにも堪能でしたが、こうした例は少なくありませんでした)。このことは、たとえばロシアの歴史にもそのまま当てはまります。1812年の露仏戦争の際にかなりのロシア軍将校たちが卒兵たちの誤射撃で死んだのですが、その理由はなんと、彼らが常に互いに当時の貴族たちの国際語であるフランス語を使っていたからです。実際、ロシアの歴史上、「主導層」になる資格から「国際語」の駆使が抜けた唯一無二の時期はすなわちソ連時代でした。後にも先にもなかったことですが、労動者出身のソ連の指導者たちの多く(スターリン、フルシチョフ、ブレジネフ等々)はいかなる外国語も話せませんでした。まあ、今なら独裁者のプーチンはヨーロッパ資本の言語であるドイツ語を母国語以上に駆使できるし、彼のパシリであるメドヴェージェフは国際資本の言語である英語を母国語以上に話せるなど、再び階級社会の「正常」な状態に舞い戻ってしまいました。主人たちの言語と民たちの言語は再び離れてしまいましたね。

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[朴露子ハンギョレブログより] ギリシャ断想:怒りと挫折を乗り越えて

原文入力:2012/08/17 10:11(3319字)

朴露子(パク・ノジャ、Vladimir Tikhonov) ノルウェー、オスロ国立大教授・韓国学

 私は今このポストを、高度約10キロの上空で、下にブルガリアとハンガリー、ポーランドの領土を通過しながら書いています。何日間かの休養のため子供と一緒にギリシャのクレタ島で休んで、またオスロに帰るところです。私にとっては夢のような古代文明の遺跡地巡りでしたが、クレタ島に住む人々には今の暮らしは何と言おうが夢というより悪夢のようなものなので、今も申し訳ない気持ちでいっぱいです。1930年代初頭の大恐慌以来の最悪の災いを迎えている人々を眺めながら心安らぐ休息などできるはずもありません。私はギリシャを訪れて、実は10才の息子にB.C.2000〜1400年未のミノア文明について案内をしようと思いました。私は小さい頃からミノア文明について学んできたため、クノッソスにあるミノア時代の宮殿の廃墟へ行っても初めてのような気がせず、目を瞑っても歩けるほど親しみのある場所です。ところが、今回の旅は息子にとって古代史の授業になったというより、不平等と恐慌、怒りと絶望と挫折についての授業になったようです。まあ、資本主義が次第に壊れていく最近の状況では、この方がむしろ時宜を得ていたかもしれません。

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[朴露子ハンギョレブログより] 反外勢闘争の進歩性

記事登録:2012/08/09 19:33(3914字)

朴露子(パク・ノジャ、Vladimir Tikhonov) ノルウェー、オスロ国立大教授・韓国学

 私たちがよく使う用語の中で「進歩」はおそらく最もその意味が曖昧だと思います。「進歩」とは果して何でしょうか。「社会主義」だけをとっても政派ごとにその意味に対する解釈は異なっていても、一応あらゆる解釈の間には少なくとも「主要な生産施設の社会化」とか「多数に利する経済構造」などの最小限の共通分母はあるというのに、「進歩」にはそれすらもありません。実は歴史発展の段階ごとに「進歩」が新しく意味付けられ、さらに歴史の発展によってかつての「進歩」は今日の「保守」になるのが一般的です。たとえば、1900年代に申采浩(シン・チェホ、1880〜1936)と朴殷植(パク・ウンシク、1859〜1925)を魅了させた清末の大論客・梁啓超(1873〜1929)を思い浮かべてみましょう。1900年代末の朝鮮知識人の目に、梁啓超の立憲君主制構想や上からの国民国家建設論などは実に「進歩」に見えました。10数年が過ぎた後はどうなったでしょうか。最早アナーキストとなった申采浩の観点からはもちろんのこと、概して国民党を支持した在中国亡命客になった朴殷植の目からも梁啓超は既にや保守的な人物にすぎなかったのです。1900年代と異なり新しい歴史の展開は今や民衆によって、下からかなり成されていたにもかかわらず、エリート政治家の梁啓超はそれを受け入れることができなかったからです。もちろん国民党との関係作りに専念していた上海臨時政府の要人としての朴殷植も、同じ上海の地でちょうど共産主義的な活動を開始していた若き日の朴憲永(パク・ホニョン、1900〜1956)の立場からは紛れもない保守主義者にすぎなかったのです。それほど「進歩」というのは時代ごとにその意味が変わり、常にやや相対的なのです。

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[朴露子ハンギョレブログより] 憎悪は己の力?

原文入力:2012/08/03 03:28(4758字)

朴露子(パク・ノジャ、Vladimir Tikhonov) ノルウェー、オスロ国立大教授・韓国学

小さい頃、ソ連時代の優れた民衆的な吟遊詩人ヴィソツキー(http://ko.wikipedia.org/wiki/%EB%B8%94%EB%9D%BC%EB%94%94%EB%AF%B8%EB%A5%B4_%EB%B9%84%EC%86%8C%EC%B8%A0%ED%82%A4)の歌をよく聴いていましたが、その中の一曲はどうしても理解することができませんでした。「憎悪へのバラッド」という主題の歌でしたが、ファッショ侵略時代のソ連人たちのファッショらに対する感情を極めて赤裸々に表現した作品でした。歌詞の一部をご紹介すると次の通りです:

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[朴露子ハンギョレブログより] 闘いの意味

原文入力:2012/07/28 01:55(3874字)

朴露子(パク・ノジャ、Vladimir Tikhonov) ノルウェー、オスロ国立大教授・韓国学

  今朝私は韓国からノルウェーに帰って来ました。アムステルダム行きの飛行機が3時間半も遅延するなど、様々な苦難を経て、アムステルダム空港周辺のあるホテルで過ごした夜を含めて都合約20時間の長くて辛い旅路の中でたった一つだけ頭にこびり付いて離れないものがありました。それは、2000日を迎えたコルト/コルテック闘争のことでした。コルトコルテック闘争が2000日を迎える数日前に私は闘争現場を訪ねましたが、以来その時の印象は一瞬たりとも忘れることができません。私が生業としているのは歴史を書くこと、歴史を教えることですが、私がその闘争の現場で見たものは、まさしく想像を絶する苦痛の中で歴史を作っている労働者たちでした。ただし、そこで歴史が作られているという事実を、大韓民国の善男善女の絶対多数がまだ気付いていないだけなのです。考えてみれば、東一紡績闘争を見守っていた1970年代の韓国の知識人たちは「女工」たちのやっていたことが新しい歴史、すなわち下からの低賃金被差別労働者たちによる民主的な組職の始まりということを果してどの程度わかっていたでしょうか。維新反対闘争が「すべて」だった時代に、労働問題に対する認識はまだやや鈍感だったのです。

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[朴露子ハンギョレブログより] 私はなぜ「大統領選挙」に無関心なのか?

原文入力:2012/07/18 12:18(2964字)

朴露子(パク・ノジャ、Vladimir Tikhonov) ノルウェー、オスロ国立大教授・韓国学

 私が最近頻繁に受ける質問の一つは、「来る大統領選挙についていかがお考えか」といった類のものです。大統領の名目上の権限が朝鮮王朝における国王の実質的な権限より遥かに多い社会では当たり前の質問なのかもしれませんが、正確に「大統領選挙」の問題のどの辺に注目しているのかと質問者に詳しく問い返すと、大概は「朴槿恵の政権獲得の阻止方法」程度で悩んでいる場合が多いようです。そのような時、私は質問者にあまりにも申し訳なくなってしまいます。なぜなら、私はこのような問題設定そのものにそもそも同意できないし、「朴槿恵を抑えて民主候補を押している」大統領選挙運動論に対しては無関心なのです。私にも大統領選挙をめぐる政局がいろいろと面白い可能性として見えたりするものの、私は大物候補たちの間に優劣順位を決め、「最悪を抑え次悪を大統領にしよう」という論理を到底受け入れることができません。

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[朴露子ハンギョレブログより] 「あなたは本当に平和主義者なの?」

原文入力:2012/07/06 00:45(3257字)

朴露子(パク・ノジャ、Vladimir Tikhonov) ノルウェー、オスロ国立大教授・韓国学

 私と考え方の異なる人々と議論する際、しばしば受ける質問はこんなものです。「あなたが本当に平和主義者ならどうして赤軍や10月革命などの暴力闘争を肯定するのか。暴力闘争を肯定する以上、平和主義者でありうるのか。あなた本当に平和主義者なのか。」これはどうあれ重要な原則の問題なので、痛みがやや治まっている間に一度簡単にまとめてみたいと思います。

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[朴露子ハンギョレブログより] 良心を踏みにじる社会?

原文入力:2012/06/29 00:11(4080字)

朴露子(パク・ノジャ、Vladimir Tikhonov) ノルウェー、オスロ国立大教授・韓国学

 国内には知られていないと思いますが、ソ連初期、ボイノー-ヤセネツキー(Войно-Ясенецкий、1877〜1961:http://en.wikipedia.org/wiki/Luka_(Voyno-Yasenetsky) )という、かなり面白い宗教活動家かつ医療専門家がいました。 痲酔と炎症専門の外科医学専門家として既に1920年代には世界的な名声を得ていましたが、医学だけでは飽き足らず、早くから宗教にも身を投じ、後にいくつかの正教会で司教職を受け持っていました。彼とソ連の権力層との関係はかなり面白いもので、「宗教弾圧国家ソ連」という私たちの固定的なイメージとはあまり合致しません。一面では彼は都合11年間にわたり配流生活を送るなど、相当な苦難も経験したものの、他面では医学的な功労により彼は1946年にスターリン賞を受賞するなど、実は公認された「権威者」でもありました。40年代後半に「南朝鮮の人民たちの意志に対する米帝の新植民主義的暴力」を糾弾するなど、かなり進歩的な立場を取っていた彼は、実はかなりの面でキリスト教社会主義者に近く、「労働者の政府」そのものには反対せず、ただスターリン主義的な宗教政策に同意できなかっただけなのです。とにかく、正教会とボルシェビキたちとの関係は革命初期から良くなかったし、ボイノー-ヤセネツキー個人に対して「赤い軍隊の傷痍兵たちの治療にまともに当たらなかった」と誤解されたりもし、彼は1921年に一度「革命裁判」を受けたことはありました。検事が彼に「人を手術する君は、いったい神様を彼らの内に見たのか?見なかったのなら、何故に神様を信じるのか」と問うと、ボイノー-ヤセネツキー曰く:

 「私は人間の脳をたくさん手術した。ところが私はその中に物質的な「知能」も見たことがなければ、「良心」もそのどこにも見られなかったのだ。」

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[朴露子ハンギョレブログより] 私の「愛国歌論」

原文入力:2012/06/20 22:50(2818字)

朴露子(パク・ノジャ、Vladimir Tikhonov) ノルウェー、オスロ国立大教授・韓国学

 まもなく世界恐慌の狂風に巻き込まれ、墜落の一途を辿っている国内経済を回復させる方策がないためでしょうか。大統領選挙が近づけば近づくほど「複雑な」経済の話より感性に訴えやすい「象徴」にかかわる政治の話が人気を誇っています。数日前に左派民族主義者に分類されるある国会議員が南韓の公式的な「愛国歌」よりむしろ「アリラン」の方を真の国歌とすべきという主旨の発言をして右派たちに袋叩きにされました。私は左派民族主義とはなんら関係ありませんが、彼がなぜ袋叩きにされなければならないのかが到底理解できません。正しい話でしょう。南韓の「愛国歌」も北朝鮮の「金日成将軍の歌」も南北韓双方の人民たちが共に歌うには不都合があるため、「南北共同の愛唱」用としては「アリラン」のような歌などが適切だろうという話のどこが間違っているでしょうか。南北韓の接近、平和共存と相互理解を念頭に置きつつ南北が一緒に歌える歌を不断に共同体の象徴化していくことは悪い話ではないはずです。もちろん、私の場合なら、個人的に北朝鮮の人々に会えば、「アリラン」以外にも一緒に歌える曲はいくつかあります。たとえば、北朝鮮の「赤旗歌」は『シルミド(実尾島)』のおかげで南韓にも知られましたが、私は学生時代に英語で原曲をよく愛唱していたので、今でも -音痴ながら- いくらでも歌えます。

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[朴露子ハンギョレブログより] 私たちの邪教、「先進性信仰」

原文入力:2012/06/14 21:17(4325字)

朴露子(パク・ノジャ、Vladimir Tikhonov) ノルウェー、オスロ国立大教授・韓国学

 15年も前のことだったと記憶していますが、初めてソウルで暮すようになってから私は一度ラジオ放送を聞いたことがあります。私はテレビ嫌いなので絶対に購入しませんが、ラジオはうちの家族の住んでいた借家に当初からあったもののようです。その放送とは、国内外の「史学界の元老」たちの座談会でしたが、そこで最後に北朝鮮の話が出て、特に保守的だったある「元老」は「これは国家、国家というより、単なる邪教集団にすぎない」としゃべりまくりました。かなりの年配の方だったように記憶していますが、本人もひょっとすると土地改革の際に地主と目され財産を奪われて越南したことに対する凄まじい恨みを持つようになったのではないかという気がするほどでした。声の調子からは「邪教集団」に対する感情は全く個人的なもののようでした。彼の興奮した声と「邪教集団」という悪口に近い北朝鮮社会に対する規定は、なんとなく脳裏に焼き付けられ、今でもありありと覚えています。

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[朴露子ハンギョレブログより] 「全大協世代」の悲劇

原文入力:2012/06/07 23:41(3937字)

朴露子(パク・ノジャ、Vladimir Tikhonov) ノルウェー、オスロ国立大教授・韓国学

 近頃は先進化時代らしく、私たちの美しい言語も日進月歩し先進性の新しい地平を開いているようです。先進化時代以前は、北朝鮮傀儡を敢えて私たちと同等な人間として扱い、三星(サムスン)の李氏や現代の鄭氏、LGの具氏などの約10の家門が国内経済の半分以上を所有する神聖な権利を敢えて疑った種子たちを果して何と呼んだでしょうか。そうです。「アカ」でした。まったく、なんという時代遅れで美感の劣る、冷戦的な名称でしょうか?今は先進国大韓民国らしく、卑しき非国民たちに付与する名称もとても立派に変わりました。「アカ」は廃止され、今は「従北主義者」という、やや敬う呼び方(?)がされるようになりました。素敵でしょう。もちろん内容は大体同じようなものです。「従北」になれば、一応公論の場から追い出され、象徴的な「市民としての死刑」が下されるのです。うっかり口が滑ったら先進的な(?)監獄にも入れられかねない状況で、「従北主義者」らが自ら発言に気をつけていますが、デリダやボードリヤールなどで武装した私たちの先進的な「進歩」も勿論「封建王朝」と「唯一思想」に好感を持っているような人々は一応「相手」にしないようです。三星の李氏などが大韓民国を所有している現代版豪族たちは果たして「王朝」でなくていったい何だというのでしょうか。趙百(チョ・ヨンギ)やキム・ホンドなどのキリスト教が北朝鮮の「唯一思想」と果してそのレベル(徹底した二分法、味方の神聖化、反対側の悪魔化など)においてそんなに違うのかということは、ごく自然に起りうる質問であるにもかかわらず、私たちは自らにそのような質問をあえて投げかけようとはしません。極貧で「後進的な」人々の暮らしや思考の多くが私たちと切り離せない関係にあるということは、今や恥ずかしく感じているようです。

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[朴露子ハンギョレブログより] 「お前、ユダヤ人だろう?」

原文入力:2012/06/01 00:24(4415字)

朴露子(パク・ノジャ、Vladimir Tikhonov) ノルウェー、オスロ国立大教授・韓国学

 体調不良のせいか、思い出したくない子供の頃の記憶が蘇ってきたりします。小中学校に通っていた頃、クラスにユダヤ系の子供が私を含めて二人いましたが、たいてい次のような手口でいじめられていました。他の学生たちのいる公開の場所で力のあるロシア人の子供がやってきて、次のような言葉を歌うように投げかけたりしました。

Ну-ка, ……, не робей,
Признавайся, что еврей!
(よ、お前(名前)、もうためらうな、
ユダヤ人だということを自認せよ!)

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