2010年10月21日

JR東日本中央線快速201系、遂に終焉

既に数日前のニュースとなってしまい、今頃取り上げるのもどうか、と思った話題ですが、個人的な想い出もあるので、敢えて取り上げます。

オレンジ色の中央線ラストラン 半世紀余の歴史に幕(47NEWS)

中央線快速の201系が、去る10月17日の豊田〜松本の臨時列車を最後に同線から引退となりました。
最後の編成は、現地到着後、廃車解体されるとのことです。

この日は最後の晴れ姿を記録に収めようと、数多くの鉄道ファンが沿線に集まったとのことです。

私自身の中央線快速ユーザーだったのは、大学卒業後4年間ほど日野市に在住していた頃でした。
当時は緩行線には、もう今では想像することさえ難しいのですが、103系・201系・205系が走っていた時代でしたが、それらと対比して快速線は201系に統一されていることが、上京時に最初に感じたことでした。

その後、私の東京生活におけるライフラインとして利用してきましたが、ライフライン、という割にはトラブルが多いのは当時も同じでして、NHKの番組に取り上げられたこともありました。
参考:クローズアップ現代 なぜ止まる?中央線〜もろい超過密ダイヤ〜(NHKアーカイブス)

一番印象深かったのは、私が寮を引き払って帰阪する日(正確に言えば翌日の朝に出発するの前泊で新小岩の知人宅に向かう時)、即ち中央線快速を日常のライフラインとして利用するまさに最後の時、輸送障害が発生し、運転見合わせに遭遇したことでした。
あの時は、「中央線でこういう体験をするのは最後だ!」ということで振替を利用せずにひたすら列車が動くまで車内で待っていました。
勿論、その時の車両も201系でした。

そんな感じで思い入れのある中央快速線と201系オレンジ塗色。
普通は入れ替わりの激しいJR東日本に車両の引退に逐一エントリーは立てていないのですが、この線だけは特別ということで記してみました。
心からお疲れ様でした、と言いたいと思います。

今後中央線快速を担っていくE233系の今後の活躍も祈念して、エントリーの締めとさせていただきます。

最後に、中央線201系引退関連のブログ記事のご紹介を。
さよなら中央線201系H7編成 ラストラン山梨そして信州へ 中央線201系最終編成引退(TOMOの鉄日誌)
中央線201系ラストランは・・・(鉄道の小箱)


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hanwa0724 at 00:00│Comments(4)TrackBack(0)この記事をクリップ!鉄道(JRグループ) 

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この記事へのコメント

1. Posted by おっさん   2010年10月21日 08:00
ちょっと 話の筋違いですが

ようやく 阪堺線の先行きに 光が差してきました
堺市が資金援助の方針を打ち出したので 当面の廃止は 無くなりそうです。

しかし 都市交通の今後のあり方については 更なる検討が必要です。 今のままでは また経営危機が・・・
車もひっくるめた交通体系の再構築がないと未来はないと。。。
2. Posted by hanwa0724   2010年10月21日 22:11
おっさん様>

コメント有難うございます。
当ブログでも触れた阪堺への支援スキームが基本合意に達したので、当面の廃止はなくなることとなりました。
とはいえ、これは急場をしのいだだけ、ともいえますので、逆に言えばこれをスタートに阪堺線を活性化させ、公共交通中心のまちづくりをどのようにするか、逆に課題への解決を進めていかないといけない、と思っています。
3. Posted by かにうさぎ   2010年10月23日 10:40
私自身も、学生時代を、中央線沿線で過ごした者です。
当時は、中央線快速にも103系が使われていた時代で、201系は新型車両でした。
いよいよ201系も追われる身になったのですね。

当時から比べると、特快が国分寺に停車したり、新宿−国分寺ノンストップ特快ができたり、国分寺駅が2面4線になったり、大きく変わっているようです。

三鷹−立川の高架化も進んでいるようですが、依然として、複々線化は未定です。
4. Posted by hanwa0724   2010年10月31日 22:41
かにうさぎ様>

お返事が遅くなり申し訳ありませんでした。
私自身は103系が中央線快速で運用されている時代は実際に体験していませんでした。
103系・201系と続いてきたオレンジ色一色の塗色も終わりを告げましたね。

新宿・国分寺無停車は通勤特快ですね。
平日朝のみの運行のため、在住中であっても乗らずじまいでした。

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