阪和線の沿線から

阪和線沿線在住の筆者が記している日記です。
鉄道を中心に、バス・航空・フェリーといった交通全般に関する話題や、
管理人の乗車記録や旅行記、撮影記録などを気の向くままにお送りしています。
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カテゴリ: 鉄道全般の話題

こちらのエントリーでもご紹介しているように、経営再建に向けて国交省からの監督命令が発出され、今後の状況によってはいまの姿が大きく変わっていく可能性もあるJR北海道。

その、いまの姿のJR北海道を見にいくのに、この夏のシーズンは気候的にも良いでしょうし、何よりこちらでご紹介したように、来年3月で廃止となる石勝線夕張支線については、これが最後の夏、といえます。

そんな北海道へ行ってみよう、という特集が、先月発売された鉄道ダイヤ情報2018年8月号で組まれていましたので、ご紹介します。
タイトルは、「行こうよ北海道 乗って、撮って、楽しさ再発見!」
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今回の特集で目をひいたのは、冒頭に「北海道の鉄道旅行ことはじめ」として、本州以南との違いを、面積・車窓・気候などの点、それに加えて冒頭の経営再建の課題にもなっているローカル線の状況などを紹介しており、初めて北海道を旅行する読者に対するガイダンス的な構成になっている点でした。


関西在住の私が初めて北海道に行ったのは、丁度20歳の時でしたが、ある程度事前情報を仕入れて旅立ったにも関わらず、現地では気候やスケール感といったものの違いに終始圧倒された記憶があります。

専ら撮影(世間で言うところの「撮り鉄」)向けの鉄道ダイヤ情報では、他誌に比べると年齢層の低い読者の割合も多いのではと推測されます。
そういった、遠隔地である北海道への渡道体験も無い読者に向けて、改めて北海道の違いを冒頭に持ってきて、学生の夏休み期間である夏休みに合わせて特集を組んだ、というのは、些か勘ぐりすぎなところはあるかも知れませんが、他誌では特に説明ない内容であっても、スペースを割いて紹介しているところは、面白い構成だと感じました。


加えて注目した点としては、「乗って、集めて列車旅」で、釧網本線や富良野線といった北海道らしさを実感できる路線や、今や北海道だけとなった非冷房キハ40形で楽しむ長距離鈍行列車、また、「JR北海道わがまちご当地入場券」の紹介といった記事が続いているところでした。
撮影情報が主体のはずの「鉄道ダイヤ情報」で、こういった記事を見かけるのは、違和感を抱いた読者もあるのかも知れません。
更に、「花咲線で絶品風情にひたろう」では、花咲線(根室本線・釧路〜根室間)の絶景ポイントやこの6月から開始した普通列車による観光列車の取組、といった紹介がありますが、こちらも「乗る」「買う」系の記事です。


鉄道ダイヤ情報の特集で、これだけ「乗る」「買う」系の記事がメインに来るというのはちょっと珍しいのかな、とも感じました。
こういった構成が、最近の鉄道ダイヤ情報の編集方針かは知る由もありませんが、自分が推測するに、日頃鉄道事業者にお金を落とさない撮影主体のファンにも、少しJR北海道にお金を落とすことを考えて欲しい、という意図からの構成なのではないか、とも思われます。


いわゆる「撮り鉄」な趣味では、必ずしも鉄道事業者にお金を支払わずしてもその趣味は成立します。
一方、鉄道そのものは、旅客・貨物からの収益により運行されているわけで、その維持のためには、乗車すること等により、何らかのお金を落とす必要があるのも、これまた言を待たないところです。

乗車やグッズ購入といった趣味ならば、購入という行為で、比較的容易に鉄道事業者へお金を落とすことができますが、撮影という趣味なら、それは難しいでしょう。
しかし、冒頭でも記したように、JR北海道の経営再建は待ったなしで、経営再建のためには、鉄道事業者にお金がどれだけ落ちるのか、というところか求められるわけですが、いくら鉄道事業者にお金が落ちない撮影趣味主体の雑誌であっても、上記の事実には目を背けるわけにはいかない。

そんな問題意識もあって、今回敢えて乗車主体の記事をメインに据えることで、JR北海道に少しでも収益に貢献して欲しい、それが今後も被写体を走らせ続ける原資になる、ということを言外に訴えたのではないか、とも考えたりしました。


管理人自身は、今シーズンは忙しくて北海道に行く機会は無さそうですが、ともあれ、今回の特集記事を読んで、今からでも北海道に行ってその魅力を楽しむとともに、JR北海道の直面する現実を理解して、それに対して鉄道ファンができること、特に撮影主体のファンとしてできることを考える契機となればいいのかな、とも感じた号でした。



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管理人の手元に残っている過去のきっぷをちまちまご紹介する「過去のきっぷから」。
今回は、今年夏の利用期間が既に始まった「青春18きっぷ」をご紹介したいと思います。

「青春18きっぷ」とは、既に多くの方がご存じの通り、JRグループの普通列車(快速等含む)が一日乗り放題が5回有効のきっぷで、春・夏・冬休みといった、学生の長期休暇の時期に併せて発売されます。
1982年春(当時は「青春18のびのびきっぷ」の名称)から毎シーズン発売されている、今や貴重な国鉄時代から継承されてきたトクトクきっぷの一つでもあります。


この「青春18きっぷ」ですが、発売当初は1日有効の券面が5枚つづりで発売されており、バラして使うことが可能でした。
この仕組が仇となってか、金券ショップでもバラ売りで取り扱われるようになった結果、本来の設定趣旨から些かかけ離れたものとなってきたことから、1996年春の発売分から5人(回)がまとめて1枚の券片にまとめた発売されるようになりました。

その後、整備新幹線並行在来線の第三セクター化等により、利用区間の変更や特例の追加が適宜行われてきましたが、きっぷの仕組みとしては大きな変化は無く、現在に至っています。

今回ご紹介する「青春18きっぷ」は、1991年(平成3年)から1994年(平成6年)頃に購入・入手した、「L型マルス券」とも称される、ドットプリンタで印字された「青春18きっぷ」をご紹介したいと思います。

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▲青春18きっぷ
平成3年7月19日、日本交通公社堺支店で購入

このように、「表紙」「ご案内」にきっぷ本体が5枚組み合わさったものとなっています。
「ご案内」の内容も、現在発行されている青春18きっぷに比べると、随分シンプルなのが分かります。

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▲平成4年3月9日、小淵沢駅で購入

この青春18きっぷは、JR中央本線の小淵沢駅で購入したものです。
駅名が「コブチザワ(原券面は半角カナ)」となっているのが特徴でしょうか。

以下でご紹介する青春18きっぷですが、発売日が同一で、発売箇所が全て異なるものです。
これは、グループ旅行の際に青春18きっぷが何セットか必要だったので、どうせなら全て違う旅行会社で買ってみて、「表紙」「ご案内」の違いも含めてコレクションしてみよう、という、グループ旅行をダシにして、きっぷ収集趣味的な観点から思いついて実行したものです。

以下、いずれも1994年3月17日に、堺市内の旅行会社で購入したものです。

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▲名鉄観光で購入

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▲近畿日本ツーリスト(○近)で購入

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▲東急観光(○東)で購入

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▲日本旅行(○日)で購入

同じ日に発売された、同じL型マルス券の青春18きっぷでありますが、よく見ると様々なところが異なっていることが分かります。

例えば、
・文字の大きさの違い
・券面左上の企画乗車券を表す「○企」の囲み方
(丸付き文字「○企」と、大括弧の「(企)」)
・「表紙」に付されたカッコ
(墨付きカッコ(【表紙】)と大括弧((表紙))
・「表紙」の文字の大きさ
(全角・縦倍角・横倍角)

といったところが目につきます。
購入した当時も、同じきっぷで、同じマルス券なのに、こんなに違うものなのか、と驚いた記憶がありますが、今回スキャンしてみて、その違いの多さを実感した次第です。


現在のマルスでは、恐らくどの旅行会社に置かれている端末でも、ほぼ同時にアップデートされることと思われ、このような違いは出てくることはまず無いのかな、とも思われるだけに、こういう比較自体が貴重な資料なんじゃないのかな、とも感じました。


次回も、過去のきっぷを中心にご紹介したいと思います。

参考:
L型マルス券 - JNRっぽいもの



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毎週日曜日を基準にご紹介している「過去のきっぷから」。
今週のきっぷはこちら。

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▲特急「あかつき」特急券(平成8年2月28日乗車)

今はなき寝台特急「あかつき」。
2008年3月の運行終了まで、関西と九州、特に山陽新幹線全線開業後は関西と長崎・佐世保を結ぶ寝台特急として、長らく運行されてきました。

その「あかつき」廃止からはや10年が経ちましたが、今回はその「あかつき」に連結されていた普通車指定席「レガートシート」の特急券をアップしました。

このきっぷ、発行箇所が西鹿児島駅となっていることからも分かるように、九州旅行の途中に帰阪のための列車を確保するべく、乗車日前日に購入したもののようです。
ということは、逆に言うと、帰りの列車は前日まで手配していなかったことにもなるわけで、社会人となり現地の往復までの交通機関は事前に手配することが当然となった今では、およそ考えられない、学生時代の呑気な旅行だったと思われます。


寝台特急「あかつき」のきっぷは、他にも手元に残っているきっぷがあったように思うので、見つけ次第このシリーズでアップしたいと思います。



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このブログでは、鉄道のみならず、バス・航空・船舶と、公共交通機関の話題を広く取り上げています。
この国内でも津々浦々にこれらの公共交通機関の路線網が張り巡らされているのは周知の通りですが、それらを乗り継いでいき、本当の「果て」の先で、毎日のように動く公共交通機関の姿はどんなものか・・・

それらをまとめたムック本を見つけましたので、ご紹介したいと思います。
その名も、「サイハテ交通をゆく」
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表紙に「陸!海!空!全国60路線以上を網羅」とあるように、本数が非常に少ない路線のみならず、その路線に乗りに行くためのアクセスも非常に困難、またその路線自体が天候等の影響により予定通り運行されることも困難。それらが故に、容易にたどり着くことのできない「最果て」の路線を運行する公共交通機関をターゲットに、それらの乗車レポートが主体となっています。

一口に「最果て」といっても、どれほどの路線が収載されているのか、少しご紹介したいと思います。
●小笠原諸島の各種公共交通機関(おがさわら丸・小笠原村営バス・ははじま丸)
●酒田市営定期船「とびしま」
●伊豆諸島開発「八丈島〜青ヶ島航路」・東邦航空「東京愛らんどシャトル」(青ヶ島村)
●庄川遊覧船・小牧〜大牧航路(砺波市)
●おきしま通船(滋賀県近江八幡市・沖島)
●フェリーとしま(鹿児島県十島村)
●フェリーみしま(鹿児島県三島村)
●仁淀川町コミュニティバス椿山線(高知県仁淀川町)
●大東海運「だいとう」(沖縄県北大東村・南大東村)
●三州自動車・垂水〜根占〜佐多〜大泊線
●最西端観光・祖内〜久部良・比川線(沖縄県与那国町)


これらの路線のラインナップを見ただけでも、まさに国内の最果ての公共交通機関であることが容易に分かるかたも多いのではないかと思われます。

一例を挙げると、小笠原諸島の場合、本土との公共交通機関は「おがさわら丸」のみで、東京からの所要時間は約24時間、しかも運行は週に1往復程度と、訪問そのものが非常に難易度が高いものとなっています。

また、青ヶ島村では、火山島で海底からの急峻な絶壁がそそり立つという地形上の点から防波堤を設置することができず、桟橋が外海に直接面していることから波が少々高くなると船の発着もおぼつかなくなることから、定期船の寄港率が非常に低く、その一方で空からのアクセスとなるヘリコプターも定員9名と常に満席と、かようにアクセスの非常に厳しい島であります。

本書では、これら、非常にアクセスの厳しい路線を中心に、実際に搭乗・乗船等を行った記録として、それを容易に経験できない多くの人にとっては、読むだけでもその最果ての気分を味わうことができる、面白い書籍であると感じました。

特に「フェリーとしま」の就航する十島村でも、本土との交通は「フェリーとしま」に限られ、こちらも週2便程度の運行となりますが、本書では何と、十島村にある7つの島すべてに一度に上陸するという、これまたある意味偉業とも思える旅行を敢行した旅行記も記されています。
「フェリーとしま」のダイヤ上、野宿等を絡めて最短約2週間で7島全島を訪問することができるようですが、その記録はまさに読みごたえがあるものと感じました。

離島へのフェリーと言えば、南北大東島へのフェリー「だいとう」に乗船した記録も貴重です。
乗船しようと那覇泊港に向かうと、天候の関係から既に前日に出港していたことから、「昨日出港してしまいました」「次の便は多分4日後…」という窓口でのやり取りに始まり、ようやく乗船できたのは4日後、そして外洋の大きな揺れを克服し、たどり着いた南大東島では、クレーンに吊されたカゴによる下船

これは、南北大東島が隆起サンゴ礁によりできた島であることから、周囲が断崖絶壁に囲まれ、海底からなだらかに島に続く陸地がなく、島を船に付けることが不可能なことから、沖合に停泊した船からクレーンで人や物を積み降ろしているためで、これが経験できるのも、この「だいとう」のみとなっています。

その他、人口わずか1名の集落へのコミュニティバス(仁淀川町コミュニティバス椿山線)では、デマンドバスの予約をすると、何と数年ぶりの予約であったらしいという珍体験から始まり、断崖絶壁の先の椿山集落では、その唯一の住民の方から集落の話を聞いたりと、離島路線のみならず、本土でもこのような最果てへの路線と、そこに住んでいる人の生の声をレポートした、貴重な記録であるといえるのではないかと思われます。

このような、通常ではなかなか経験し難い「最果て」への公共交通機関に乗ってみた旅行記。
「狭い日本・・・」とはよく言われますが、そんな日本にも、これほどまでに容易に訪問しづらい場所があったのか、そんなことを知るだけでも価値ある一冊だと感じ、今回ご紹介しました。



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毎週日曜日を基本にアップしている「過去のきっぷから」。
今週は三連休の中日にアップとなりますが、今回ご紹介するきっぷはこちら。

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▲仙崎→140円区間の常備券(平成8年5月1日)

山陰本線の長門市から一駅、仙崎まで延びる支線。
「仙崎支線」などと称されているようですが、その仙崎支線を乗りつぶし、長門市に戻る際に購入したきっぷがこちらです。

このきっぷをどこで購入したのかは、はっきり覚えておらず、そもそも仙崎駅自体無人駅だったのかどうかの記憶も怪しいところです。
(きっぷの発売駅も長門市となっていますし…)
ただ、発駅名のところに(ム)印があるところからみると、無人駅で、周辺の商店で委託販売が行われていた、とも考えられるのかも知れません。


本当は入場券を購入しようと思っていましたが、恐らく無人駅か何かで入場券の口座がなく、この140円のきっぷを入場券の替わりとして購入し、実使用がてら収集しておいた、といったところでしょうか。

流石に現在は、こんな形の常備券は恐らくないかと思われますので、そういう意味でも貴重なきっぷ、といえるでしょうか。


次回も、適当に手元に残る過去のきっぷをきままにご紹介したいと思います。



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毎週日曜日にお送りしている「過去のきっぷから」。
今回は、この4月に民営化され、大阪市の組織としての歴史に幕を閉じた大阪市交通局の一日乗車券をご紹介したいと思います。

現在は、「エンジョイエコカード」という名称となっていますが、この名称が付けられる前は、単に「一日乗車券」という名称となっていました。
以下、主に私が学生時代(平成一ケタ台)の時期に購入した「一日乗車券」をご紹介します。

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▲平成2年8月1日、梅田駅購入

現在は予めデザインが印刷されたものとなっていますが、この頃は、券売機ではまだ購入できなかったと思われ、定期券売り場で購入すると、このように定期券と同じ用紙(磁気券)に印刷されたものが手渡されました。
子供心に、定期券みたいなきっぷを使えるということで、何だか嬉しく感じたことを覚えています。


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毎週日曜日にお送りしている「過去のきっぷから」。

今週ご紹介するきっぷはこちら。

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▲南海電鉄・特急ラピートα11号(難波11:00発)特別急行券(難波→関西空港、スーパーシート)

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▲南海電鉄・特急ラピートα16号(関西空港14:05発)特別急行券(関西空港→難波、レギュラーシート)


南海電鉄の特急「ラピート」の特別急行券(特急券)です。
これだけだと、現在も入手できる何の変哲もない特急券ですが、注目していただきたいのは、券面に記されている列車。

1枚目は難波11時発のラピートα11号、2枚目は関西空港14時05分発のラピートα16号。
いずれも日中のラピートαであります。

現在、南海空港特急「ラピート」のうち、天下茶屋〜泉佐野間無停車の速達版「ラピートα」については、平日朝の下り3本、平日・土休日いずれも夜の上り7本となっており、日中の列車は全て、標準の特急停車駅となる「ラピートβ」となっています。

しかし、関空開港(1994年9月)からしばらくの間は、「ラピートα」と「ラピートβ」が交互に30分間隔で運行されていました。
しかも当時は、難波〜関西空港間をノンストップで運行していて、現在は全列車停車となる各駅も、全て通過していた、という時代でした。

とはいえ、この運行体系は関空利用者の伸び悩みもあって、その後大部分が「ラピートβ」化されて、現在に至っています。


今回の「特別急行券」は、その日中に「ラピートα」が運行されていた時代の特急券ですが、そのうち1枚目のきっぷは、「スーパーシート」料金が300円の時代のものです。
現在は210円のスーパーシート料金ですが、当初は300円となっていました。
当初は300円となっていましたが、ドリンクサービスが実施されていたように記憶していましたが、約30分の乗車時間にプラス300円という割高感もあってか、利用が低迷していたことから約100円値下げしたものと思われます。

そのスーパーシートですが、今や下記エントリーでもご紹介したように、レギュラーシートの満席が頻発することもあり、ネット会員等向けに同価格で利用できるサービスも実施されており、当時とは大きく状況が変わったな、と感じた次第です。
参考:【南海電鉄】「特急ラピート グレードアップキャンペーン」を実施。特急チケットレスサービス・定期特急券の利用でスーパーシートがレギュラーシートの料金で利用可能(H28.8.1〜) : 阪和線の沿線から


来週もまた、少し前のきっぷをご紹介していきたいと思います。



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このブログでも時折ご紹介している鉄道関係の雑誌。

今月発売された雑誌の中で、「これは!」と思い購入したのはこちら。

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▲鉄道ピクトリアル2018年8月号、特集は「DF50形」。

当時SLが主体だった昭和30年代初頭に、動力近代化の先駆けとして投入されたこのDF50。
その特徴は、何と言っても電気式ディーゼル機関車であるところでしょうか。

そのDF50形の開発の背景と効果、そしてDF50形のあゆみや、高松近郊のDF50形の記録や運用といった内容の記事が掲載されており、わずか1形式でありながら、これだけのボリュームの特集として成立するところが、毎度の鉄道ピクトリアルのすごみである、と改めて感じた次第です。

圧巻は、「DF50 Collection」と称した、DF50形各車両の形式写真でしょうか。
可能な限り収集したDF50、各車両の写真を18ページ(各ページ4両ずつ)に渡り掲載しているのは、ほとほと感服するしかない内容ですし、よくもまあ古い時代の写真をこれだけ集めることができたなあ、と感心するほかありません。

データベースとしてもぬかりなく、編集部作成のDF50形機関車移動表が掲載されており、0番台・500番台ともに全車両の移動、廃車までの経緯が一覧で整理されており、様々な研究に役立つ、資料性の高い特集ともいえるでしょう。


今回の特集を読んで感じたことは、DF50形は割と全国各地で運用されていたことに改めて気づかされたことでしょうか。
イメージ的に、四国と九州南部で運用されている印象が強いのですが、その他にも山陰線や紀勢線はもとより、東北や信州、北陸といった地域でも運用されていたということは、本書で初めて知った次第です。

昨今のディーゼル機関車といえば、JR貨物が導入しているDF200形、HD300形、DD200形のように、専ら電気式の車両が主体となっているのですが、DF50形が(取りあえず)最後の電気式ディーゼル機関車であった時代を長らく過ごしていた身からすれば、本当に隔世の感があるな、と感じた次第です。
今回の特集で、今や国内ディーゼル機関車の主力に返り咲いた電気式ディーゼル機関車の先祖ともいうべきDF50形が過ごした当時の様子を少しでも学び取ることができればいいな、と思っています。

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▲当時交通科学博物館で保存・展示されていたDF50 18。
同館の閉館後、現在は岡山県津山市の「津山まなびの鉄道館」で保存されています。

ところでこのDF50形、私自身にとっても思い入れのある機関車の一つであります。
といっても、本線上で活躍していた姿をみたというわけではなく、思い入れができたきっかけとなったのは、子供の頃、私の父親が知人から譲ってもらってプレゼントしてくれたNゲージ鉄道模型の車両がこのDF50形だったからであります。

当時は、既に引退していて、なおかつ「電気式」というマイナーな方式のディーゼル機関車、ということで、何故にこんな車両を?と訝しんだりしましたが、それでも子供心に20系客車や旧型客車と連結して運転させていたりしているうちに愛着が湧いてきたりしました。

実は当時父親から譲ってもらったDF50形、今でも走行可能な状態で自宅に保管しています。
今回の特集で取り上げられたこともあるので、久しぶりに走らせてみようかな、とも思ったりしました。


閑話休題、今回の鉄道ピクトリアルに話を戻すと、売れ行きは好調なようで、私もリアル本屋に買いに行ったら品切れとなっていたので、ネット通販で購入した次第です。
鉄道ピクトリアルの公式ツイッターアカウントでも、売れ行きが好調な旨の投稿があったので、そうとう人気になっているのではないかと思われます。


気になる方は、早めの購入をお勧めしたいと思います。

管理人は、今回はヨドバシ.comで購入しました。
ヨドバシ.com - 鉄道ピクトリアル 2018年 08月号 [雑誌] 通販【全品無料配達】



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今回の「過去のきっぷから」は、正確に言うと「きっぷ」ではありませんが、それに類するもののご紹介をしたいと思います。

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▲寝台特急「あかつき」乗車記念オレンジカード
(1989年12月に寝台特急「あかつき」車内で購入)


国鉄・JRのきっぷ購入用プリペイドカード「オレンジカード」。
現在では交通系ICカードの普及により既に発売は終了されており、既に過去のものとなっています。

このオレンジカードの図柄ですが、全国で様々なものが見られただけでなく、今回のように特定の列車内で限定で発売される「乗車記念」的なものも発売されていて、ファンの収集欲をかきたてていたのは、記憶にある方も多いのではないのでしょうか。


今回ご紹介した「あかつき」乗車記念オレンジカードも、その類いの一つで、当時「あかつき」乗務を担当していた下関車掌区が「あかつき」車内で限定販売していたものと思われます。


注目していただきたいのは、図柄に採用された写真。
撮影地は明記の通り、宝殿〜加古川間の加古川橋梁で、時間帯的に上り「あかつき」であることは確かです。

その中でも、機関車より数えて2両目の客車に注目していただきたいと思います。
この客車だけが、前後の銀帯と違って白帯となっていて、ここだけやたら目立っていますが、これは当時人気を博していた夜行高速バス「ムーンライト号」(大阪〜福岡)に対抗して、安価で利用できるよう、14系客車の座席車・オハ14を1両だけ連結していたものです。

とはいえ、このオハ14の座席は、あくまで特急形普通車の標準である横2列の簡易リクライニングシートであったことから、前後幅・リクライニング角度ともに夜行高速バス「ムーンライト」に対抗できるような代物ではなかったこともあり、1990年3月に独立3列シートを設置し、夜行高速バスに対抗しうる設備を備えた「レガートシート」に置き換えられることとなりました。

その後、その「レガートシート」は、「あかつき」廃止の2008年3月までの18年に渡り運行されてきたわけですが、一方で、このオハ14を連結した「あかつき」は1986年11月から1990年3月の3年4ヶ月と比較的短い期間でもあったことから、貴重な写真、ともいえるでしょうか。


かくいう私も、この「あかつき」普通車指定席車に乗車したことがあり、このオレンジカードはその際記念に購入したものです。
年末の帰省ラッシュ時の長崎・佐世保行きで、寝台車は割と混んでいたように覚えていますが、この普通車指定席は予想以上に空いていて、数人程度しか乗車していなかったように覚えています。

年末と言うことで、相当の混雑を予想していただけに、拍子抜けというほかありませんでした。
その分横に他の乗客が来ることもなく、ゆったり過ごせはしましたが、あくまで座席車でしたし、リクライニング角度もわずかでしたので、あまり熟睡できたわけではないわけでしたが、当時学生だった時分にしてみれば、寝台料金が浮くこと自体が有り難かったことは事実でした。


今やこの「あかつき」は勿論、その対抗として座席車を連結する契機となった夜行高速バス「ムーンライト号」さえも休止となり、流石に30年もすれば時代は変わっているよなあ、なんていうことを思い出しながら、今回ご紹介した次第です。


では次回もお楽しみに。



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今朝は平日なので、いつも通り出勤しようと身支度をしていたら、緊急地震速報が鳴り、しばらくして少し揺れました。
大阪府北部では震度6弱だったようで、地震直後より運転見合わせが続いていました。

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▲和泉鳥取駅で抑止中の快速天王寺行き

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▲列車運行情報も、全ての路線が赤(運転見合わせ)となっていました。


併走する南海線も、勿論運転見合わせだったため、自家用車で出勤しました。

そして夕方は、諸事情により早めに帰宅しましたが、まだ阪和線は運転見合わせで、今朝方見た快速天王寺行きがそのままの状態で和泉鳥取駅に停車していました。

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▲本日の17時頃の撮影で、和泉鳥取駅に未だ抑止されていた快速天王寺行き

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▲17時過ぎにも関わらず、電光掲示は地震発生時のままで止まっていました。

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▲遅れは120分以上の表示。

阪和線に関しては、19時20分に運転再開となった模様です。

今回の地震で犠牲になった方のご冥福をお祈りするとともに、被害に遭われた方のお見舞いを申し上げます。
また、引き続き余震の可能性がありますので、建物等には十分ご注意下さい。



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