ネパール勝手な通信

カトマンズで生活している男が、勝手に、あまり正しくない情報や、受け売りをを含めて、ぐだぐだと書きます。

6月初旬、ドラカ郡でキリスト教徒7人が逮捕された。2人は郡内私学2校の校長,他の5人はキリスト教団体のメンバー。この7人は,私学2校の放課後に,聖書小冊子を、生徒に配布した。これを地元政治家が聞きつけ,郡役所を動かし,警察に7人を逮捕させた。容疑は,憲法26(3)条により禁止されている改宗勧誘・他宗教妨害。この事件は,一般紙はあまり報道していないが,現政権の姿勢は根底にヒンズー教中心があるようだ。ネパールのキリスト教徒は,公式には37万5千人だが,実数は230万人に上るという。すでに一大宗教勢力だ。これによって、今後、キリスト教対ヒンズー教の構図が激化する恐れがある。

6月9日(木)午後1時23分肺炎のため、都内の病院で亡くなられた。近藤先生は、新潟大学農学部助教時代、JAICAの果実栽培指導としてネパールに行き農業指導にあたった。JAICA辞した後ネパールムスタンにわたり、MDSA(ムスタン開発組織)立ち上げ、全国から寄付を集め、不毛の地ムスタン地方で、リンゴ栽培を指導して、、日本並みのリンゴ生産に成功して、カトマンズでは、ムスタンのリンゴとしてブランド化している。そのほか、稲作や、鱒の養殖やその他野菜の指導や、植林をして緑豊かな土地へ変えようと努力している途中でもあった。
また、子供たちを学校で勉強させるため、給食制度の導入や、ジョムソンの上部のガミに診療所などの開設もした。多岐にわたる活躍をしていた。私との関係は、麻雀仲間でした、カトマンズやジョムソンでよく麻雀をしました。
もう一つ覚えているのは、近藤先生が、ムスタン藩王夫妻を新津市に呼ばれた時、同じ飛行機で日本に帰ってきたことが印象に残っていました。ご冥福をお祈りします。

ネパール政府は、今までの教育制度を新制度にしました。今までは、小学校1年から5年、6年から8年、9年から10年、11年から12年が、新制度では、Basic Level として1年から8年として9年から12年までをSecondary Levelとした。簡単に言うと、今まで4区分だった制度が、2区分になったということです。

長い間、休んでました。仕事が多忙で更新できませんでした。また、カトマンズ行きは、地震とガソリン問題で昨年諦めました。もういけないかも。
 中国が、蘭州からKTM行きの5月11日1番列車をスタートさせた。ルートはラサ経由KTM行きです。シガツェまでは、青蔵高原列車でのルートを使用しますが、その先は、トラックに積み替えてカトマンズまで輸送する定期的運行です。43両編成で、コンテナ84個です。出発から10日間かかります。いずれか、カトマンズまで中国は鉄道を敷きます。
KTM号

1990年憲法では、ヒンズー教立憲君主制の王国でした。宗教に関する規定では、何人も、他人をある宗教から他の宗教に改宗させる権利は有しない。他の人の宗教を害してはならない。とあったので、宗教の自由はなかった。今次の2015年新憲法では、ネパールは世俗的な連邦民主共和国であると。ネパールの世俗的とは、古来の宗教と文化の保護並びに宗教的および文化的自由の保護を意味する。ということは、宗教の自由になったと思った。しかし、新憲法でも、宗教勧誘禁止規定は憲法の中に残された。ネパール体制派は、改宗特にキリスト教への改宗を強く警戒してきたことがわかる。
 これを受けてか、オリ政権は、刑法改正で、何人も他の人々を改宗させてはならないと規定し、違反したら禁固5年、または5万ルピーの罰金で、外国人は、禁固刑その後、7日以内に本国送還となっている。成立すれば、あらゆる布教活動ができない。どうもヒンズー教回帰の匂いがする。昨年の12月25日クリスマスは公休日で無くなった。とにかく、キリスト教に対して、ピリピリしているようです。

ネパールの新年は、今年は、4月13日です。ネパールの暦ビクラム歴で2073年です。ちなみにネパールの暦は、陰暦ですので、新年は、毎年異なります。
 ネパール人は、日本の盆と正月にあたるダサインを祝うので、正月は1日の休日だけで、盛り上がりません。正月は、民族ごとにあるのでなおさらです。このころの、天候は、乾季で昼間は、夏みたいな天候です。ネパールは、相変わらずで、1日14時間近くの計画停電です。でもネパール人なので、計画的では、無いので、電化製品を使用している人は大変です。

ホーリー2


ホリーの女子大生

3日前の22日が、ホーリーでした。日本で言う墨付け祭りと同じです。ネパールでは、水かけ祭りと顔に赤い着色料を塗り付けます。最近は、色はカラー化しています。親しみを込めて、誰でも構わず塗ります。水かけ祭りの方は、ビニールの小袋に水を入れて、歩いている人にぶつけるのです。最近は、エスカレートしていて、2階から下の歩行者にバケツでかけたり、大型の水鉄砲でかけたりしています。今年は、ガソリン問題で、外国人観光客が特に日本人が少なかったので被害者は少なかった。
このブログの写真は、自由に無許可で使用してよいです。私の写真の多くはカトマンズポストから、数年前許可を取って載せています。

ネパールは、すごい。国の重要な役職は、女性です。最高裁長官、大統領、連邦議会議長の3人が女性です。首相は、男性です。以前に書いたように、出入国カードには、男、女、に加えてothers(第3の性)を書く欄があります。ガソリン問題は、一応解決を見ました。詳しいことはわかりませんが、ネパール側が不利な約束事とのこと。

待つ民族になってしまった。ガソリン待つ、パスポート発行を待つ、ガスボンベに待つ、銀行でも待つ、病院でも待つ。病院では、順番を早く欲しい人はお金を払う。待ち写真は、ガソリンスタンドとパスポート発行するイミグレーション。ネパールは、出稼ぎ国家になっている。マレーシアで、10万人受け入れるとか、それで待つのだ。最近、日本にも、多く労働者が来ているようだ。また、ネパール人学生が、日本に来て、難民申請をしたとか。申請中は、保護されるので、生活は安泰。でも、日本は、難民を受け入れない国。どうするのか。

落ちたところは、ポカラとジョムソンの間とのこと。天気も乾季なので良好だったとのこと。ポカラとジョムソンの直線距離は、50Kmぐらいなので飛行機(18人乗り)なら20分ほど。現在は、ジョムソンまで車がはいれるはずですが、地震の影響はどうなったか不明。
 この路線の飛行機について、思い出があります。年数は覚えていませんが、現役の教員時代に8月末に、ジョムソンから、ポカラへの便を予約。雨季なので、雨がひどく、4日間またされ、ヘリをチャータして、脱出したので
私たちは難を逃れました。ヘリをチャータした日も雨で、翌日の便を予約しました。幸いにもヘリが来てくれたので、私たちは、キャンセルしました。翌日、私たちがキャンセルした飛行機が落ちて、ドイツ人が全員死亡しました。その飛行機には、私たちのシェルパ頭が乗っていたはずでした。しかし、彼はお金がもったいないと徒歩で下山したとのことで助かりました。ネパールで飛行機の墜落のニュースを聞くたびに、このことを思い出します。紙一重でした。それとも悪人の長生きでしょうか。

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