2017年05月29日

あいたい 55

「そう言う事だから、ミレイはおばさんを困らせないように待っていてくれないか?おばさんには、連絡を入れておいたから・・・・・今度春になったらみんなで行けばいいから、わがまま言わないで待っていてくれないか?」
ハニは、リャンの背中を見ていた。
見よう見ようとしても輪郭と着衣の色しか見えない。
声や足音でしかリャンだと判別できない自分が悔しかった。
何も記憶が無くなった自分が頼れるただ一人の人。
好きかどうかと聞かれれば、頼れる人としか答えられない。

「ミレイも行きたいって言っていたでしょ?」
「本当にミレイはハニが大好き過ぎて、留守番をするのが嫌だと引き下がらなかったよ。連れて行ってもいいけど、一度釜山に帰ってから行くにしても、ハニの体力が心配だからと言ったら、やっと諦めてくれたよ。」
年齢が近いからリャンよりもミレイと早く親しくなれた。
ミレイが姉のように慕い、ハニが妹のように可愛がっていた。
リャンが宿に宿泊の空きがあるか電話を掛けていた。
壁を伝って窓際に行くと、背の高い男性が歩いていた。
不思議とその男性の後ろ姿を見た時、急にその人が今の自分の視力ではっきりと一瞬だけ見えた。

何だろう。
あの人は確か、入院をする時に一度会ったけど、胸の深い所でザワザワとする。
それが何の感情なのか知らないけれど、思い出せそうで思い出せない・・ううん、思い出してはいけない事があるような気がする。

「ハニ?」
「え?」
「具合が悪いのか?」
「悪くないよ、どうして?」
「いや・・・・今、温泉宿に予約の連絡を入れたけど、今週末しか空いていないって。何だか知らないけど、旅行雑誌の特集で宿泊したいという問い合わせがあって大変らしい。」
4年前に火事になるまでは、毎年リャンはミレイと温泉で休暇を過ごしていた。
「今週末って、あと三日もあるよ。」
「それでも、無理を言って空けてもらったんだよ。4年も行かなかったのに、それまで毎年泊まりに来ていたからと言って融通を利かせてくれたよ。」
ハニはリャンが無理を言う人ではない事は知っていた。
その人柄で、どんな人もリャンの為ならと言ってくれている事は知っていた。

「明日の夕方に退院だけど、行く途中でハニを治療してくれた診療所で、当時のハニの様子を教えてもらおうと思って。私は、あの時ミレイがまだ小さくて、火事のショックで不安定になっていたから、あの診療所の先生にお礼も言っていなかったから寄ろうと思う。」
ひとつずつ前に進むために、不安ではあるけどひとつずつ辛い事も乗り越えて行かなければいけない。
断片的にも思い出せば、それはそれで良かったが、今のハニは断片的にも思い出せないでいた。





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hanysweet at 10:31|PermalinkComments(0)あいたい 

2017年05月28日

あいたい 54

心の問題だった。
何か忘れたい事があって、生い立ちから火事の日までの記憶を自分で封印しているのが原因って・・何だろう。
それさえも、私は判らない。
「ハニ、明日の夕方に退院だって。」
「明日・・・予定通りだね。」
「大きな病院に来たから、他に診てもらいたい診療科があったら明日の朝受付けしておくよ。」
「怒らない?」
「ハニ、今は止めよう。ハニが見てもらいたい診療科は判っているけど、前回の流産からもう少し間を開けてからにした方がいい。今のハニは気持ちが焦っているよ。目が見えるようになりたい、無くした記憶を取り戻したい、早く子供が欲しい。一つずつ解決して行こうよ。」
不安だった。
目が見えない事も記憶が無い事も、原因が自分の心だとしても今の幸せな生活が続くのなら思い出せなくてもいいような気もする。

「リャンさん、私の目が見えるようになって、記憶が戻って本当の自分の住む所に帰りたいと言うかもしれないよ。その時はどうしたらいいの?」
「そこがハニのいるべき所なら、そこに戻ればいい。」
「そうなったら、リャンさんが・・私を助けてくれたリャンさんに申し訳ない・・・」
ハニの見えていない目が、本当は見えているのじゃないかと思ってしまいそうになるくらいに、黒い瞳がリャンを見ていた。

「助けたのは、私とミレイに縛り付ける為じゃない。怪我をした人や事故に遭った人がいたら助けるのが人間だ。それに、私は医師だよ。怪我をしたハニを助けて、私の病院で過ごして行くうちに、お互いに相手を必要と思う様になって結婚したと思っている。ハニが私に対して、助けてくれた恩として妻になってくれたのなら、それはとても悲しい事だ。」
「リャンさん・・・」
リャンはハニの細い肩に、その肉厚のある温かい手を軽く乗せた。
「大丈夫だから・・・あの温泉宿に行ってみよう。あれから改築して、今は普通に営業をしている。ハニと私とミレイが初めて会ったあの宿に行こう。もし時空というものがあったら、あの時と同じ季節だ。その目が見えるようになるかもしれないし、記憶が戻るかもしれない。どちらかしか治らなくても,それをきっかけにして少しずつ良くなると思う。」
リャンはハニを優しく抱きしめると、その温もりにハニは身を任せた。

「思い出す時に怖いと思うのなら、私とハニふたりであの宿に行こう。ハニの心の中に封印した物が少しでも開ける事が出来たら、その時にまた子供の事を考えよう。出来るだけ心に負担を掛けないで思い出しなさいと、教授が言っていたよね?ハニが過去の封印を固くしているのは、思い出そうという気持ちが心に負担を掛けているのだから。何も負担に感じるなと言う事は難しいけど、心を楽にしてみないか?時々見せてくれるハニの笑顔、あれはとても綺麗で私は好きだよ。ハニのその笑顔が、もっとたくさん見たいから、怖いかもしれないけど、もう一度あの宿に行こう。」
リャンがいれば、思い出したくない過去を思い出しても、辛くないかもしれない。
ぼんやりと見える優しいリャンの顔を、もっとはっきりと見たい。
新しい自分になる為に捨てた過去かもしれないけれど、この先見えないままで生きて行く方が、もっと辛いかもしれない。

辛い事も乗り越えれば、きっとそこにはまた別の幸せがあるのかもしれない。






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hanysweet at 10:17|PermalinkComments(0)あいたい 

2017年05月27日

あいたい 53

廊下の先を歩いている若い女性と、その女性の付添と思われる30代後半の男性。
スンジョはその二人が心療内科の看護師に付いて歩いているのを、遠くから眺めていた。
さりげなく妻を支える手が習慣の様に添えられ、妻の手と添えられている反対の手がしっかりと握られていた。

「ペク先生、急患が搬送されて来ます。」
心療内科の診察室のドアが開けられ、入って行く二人の後姿を見て、スンジョは自分を呼びに来た看護師と一緒にその場を離れた。


「リャンさん、何を言われるのだろう。」
「大丈夫、何も心配する事はないよ。」
ハニとリャンは椅子に座って、心療内科の担当医と教授が来るのを待っていた。
不安だった。
ハニの不安は、思い出したら今の幸せはなくなってしまう。
リャンとミレイと静かな時間を過ごし、時の流れも気にならず世間で起きている事も気にならず、今あるこの時間だけが自分の幸せなのだと思っていたから。
ただそう思う反面、思い出せない原因が何なのかを知りたい気持ちもあった。
その気持ちはスンジョと話していた時に、フワッと思ったのだった。
この人を知っているような気がすると。

「お待たせしました。」
担当医が見るからに教授だと思えそうな人と一緒に入って来た。
リャンとハニは立ち上がって挨拶をしようとしたが、担当医はそのままでいいですと声を掛けた。
「色々とお話を聞いたり、オ・ハニさんの今までの検査結果での判断ですが・・・・外傷性の物ではないと言う診断に菜違いはないです。」
「火事が原因ではないのですね。」
「いえ、家事が原因でハニとは言い切れません。頭を強く打ったりしていないという事です。」
家事の時のハニは確かに頭を打ってはいない。
それは、助けたリャンも当人であるハニも判っていた。

「それでは・・・・・」
「はっきりと申します。ハニさんの記憶が無いのも視力に問題があるのも、心因性が原因です。」
「心因性・・・・」
「忘れたい出来事があったのではないかと言う事です。」
忘れたい出来事。
それが何なのか知りたいが、結局はそれが原因で記憶が無く物を見る事も出来ない。

「恐らく、お二人が最初に会った時よりも前に、ハニさんが深い心の傷を負って、忘れたい・見たくないという気持ちが強く、家事のショックがそれを抑え込んだのではないかと思います。」
担当医の話は、ハニとリャンに怪我による記憶障害ではないという一つの不安はなく安心したが、忘れたいという自らの思いが何であるのかが気になった。





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hanysweet at 10:20|PermalinkComments(0)あいたい 
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