「そう言う事だから、ミレイはおばさんを困らせないように待っていてくれないか?おばさんには、連絡を入れておいたから・・・・・今度春になったらみんなで行けばいいから、わがまま言わないで待っていてくれないか?」
ハニは、リャンの背中を見ていた。
見よう見ようとしても輪郭と着衣の色しか見えない。
声や足音でしかリャンだと判別できない自分が悔しかった。
何も記憶が無くなった自分が頼れるただ一人の人。
好きかどうかと聞かれれば、頼れる人としか答えられない。

「ミレイも行きたいって言っていたでしょ?」
「本当にミレイはハニが大好き過ぎて、留守番をするのが嫌だと引き下がらなかったよ。連れて行ってもいいけど、一度釜山に帰ってから行くにしても、ハニの体力が心配だからと言ったら、やっと諦めてくれたよ。」
年齢が近いからリャンよりもミレイと早く親しくなれた。
ミレイが姉のように慕い、ハニが妹のように可愛がっていた。
リャンが宿に宿泊の空きがあるか電話を掛けていた。
壁を伝って窓際に行くと、背の高い男性が歩いていた。
不思議とその男性の後ろ姿を見た時、急にその人が今の自分の視力ではっきりと一瞬だけ見えた。

何だろう。
あの人は確か、入院をする時に一度会ったけど、胸の深い所でザワザワとする。
それが何の感情なのか知らないけれど、思い出せそうで思い出せない・・ううん、思い出してはいけない事があるような気がする。

「ハニ?」
「え?」
「具合が悪いのか?」
「悪くないよ、どうして?」
「いや・・・・今、温泉宿に予約の連絡を入れたけど、今週末しか空いていないって。何だか知らないけど、旅行雑誌の特集で宿泊したいという問い合わせがあって大変らしい。」
4年前に火事になるまでは、毎年リャンはミレイと温泉で休暇を過ごしていた。
「今週末って、あと三日もあるよ。」
「それでも、無理を言って空けてもらったんだよ。4年も行かなかったのに、それまで毎年泊まりに来ていたからと言って融通を利かせてくれたよ。」
ハニはリャンが無理を言う人ではない事は知っていた。
その人柄で、どんな人もリャンの為ならと言ってくれている事は知っていた。

「明日の夕方に退院だけど、行く途中でハニを治療してくれた診療所で、当時のハニの様子を教えてもらおうと思って。私は、あの時ミレイがまだ小さくて、火事のショックで不安定になっていたから、あの診療所の先生にお礼も言っていなかったから寄ろうと思う。」
ひとつずつ前に進むために、不安ではあるけどひとつずつ辛い事も乗り越えて行かなければいけない。
断片的にも思い出せば、それはそれで良かったが、今のハニは断片的にも思い出せないでいた。





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