両頬がひりひりと痛いはずが、それよりも心の痛みの方が辛かった。
どこをどう歩いたのか分からなくはないのは、父の店に行く通りを歩いていたから。
覚えているのはヘラの敵意のある瞳と、これ以上酷い言い方があるのかという言葉。
人の往来のある場所でプライドの高いヘラが、見る人が見れば妊婦姿のハニの両頬を平手で叩いたのは、それだけハニに対しての怒りを抑えきれなかったからだろう。

「ハニと結婚をする、春には子供が生まれるって聞いて驚いたけど、彼のお父様の会社を援助するくらいの力はあなたのお父様にあるのかしら?ハンダイの経営者の彼の縛るつもり?医学部に行っても彼なら経営も出来る頭脳を持っているわ。」
大きな声でヘラが一方的に責めるだけで、ハニは何も言い返せなかった。
我慢しよう、スンジョ君にはこの事は言わなくても、今のこの状況を耐えれば乗り越えられる。
自分達を見る人の視線も気になったが、今は結婚できないと言ったが時期を見てスンジョが結婚してくれることを信じて耐える事が出来たのは数分だけ。

「消えてくれない?私の目の前は勿論、彼と彼の家族の前から。彼の事を私が真剣に好きだったのは知っているでしょ?それに、お互いの親の仕事の関係ではあるけど私はお見合いをしたのよ。」
ヘラの言った事で、スンジョがなぜ今は結婚が出来ないと言ったのか納得がいった。
普通に恋愛をして結婚が出来ると思っていたけど、スンジョの父スチャンの会社は玩具メーカーとしては大手で、ヘラの父と祖父はこの国で一番大きな投資会社一族。
大企業の一族が婚姻を結ぶ事は、一般人のハニでもよく知っているが、それは特別な事でまさかスンジョが自分よりもヘラを選ぶとは思わなかった。

「分かった?そのお腹の子供が生まれる前に・・いいえ、今すぐにでも消えて!」

消えてと言われて、その意味とヘラの想いが分からなくはなかった。
大学に入って初めてのテニスの合宿に行った時、ヘラがスンジョに想いを告白した。
あの時はまだスンジョとはただの同居人で、ヘラにどんな返事をするのか気になって物陰から様子をうかがっていた。
うやむやにしてその場から逃げたスンジョは、偶然を装ってハニにテニスの特訓だと手を引いてコート近くまで連れて行った。


「ねぇ・・・どうしたの?ヘラに返事をしないの?」
「こそこそついてくる奴がいるから、返事が出来ないだろう。お前はおしゃべりだから。」
「付き合うの?ねぇ、ヘラと付き合うの?」
あの時のスンジョに握られていた腕の痛みは覚えていた。
ヘラの告白にどうして応えなかったのか、はっきりとあの時もその後も言わなかったが、ハニのおしゃべりをふさぐようにキスをしたのが答えだった。
好きだとも付き合おうともはっきりと言われた事はなかったが、ただ言われた言葉は【ずっとオレの傍にいろ】という言葉だった。

ハニは父の店のドアを振るえる手で開け、父の笑っている顔を見ると体中の力が一気に抜けて行った。




人気ブログランキング