2006年07月29日

言語の変化のダーウィン主義的研究

生き延びるために言葉も変化する

言語を生物と同じように進化するものだとみなすというのは、面白い研究成果を生み出してくれる考え方だと思う。

なのだが。

では、なぜ言葉は変化するのだろうか。それも、他の動植物と比べてみれば答えが出る。動植物が外見等を変化させる理由は色々あるが、突き詰めていけば『生きるため』だ。言葉が変化するのは、時代のニーズや人々の使い勝手に合わせることによって『生き延びる』ためなのだろう。もちろん昔から変わらない言葉もあるが、それはその言葉がどんな状況においても生き延びることができる強さを持つ証明であろう。


例えばキリンの首がなぜ伸びたか、と問うた場合、キリンが生き残るために首を伸ばした、と考えるのは間違っている。これは19世紀にダーウィンが否定したまさにその考え方で、実際のところは、キリンの先祖(キリンほど首が長くなかった)のうち、より首の長いものがたまたま(高いところの葉っぱが食べられるなどの理由で)生き残った結果、キリンの首は長くなった、と考えるのが現在の生物学だ。夏毛と冬毛の変化のような個体の一生の中で起こる変化は確かに生き延びるための変化なのだが、種が変化する場合には、種は生き延びるために変化するわけではない。生き残った個体がある種の性質を備えているから種は変化するのだ。

こういう考え方を念頭に置くと、言語の変化がなぜ起こるかについても、おのずと別の結論が引き出される。好奇人に言わせれば、説明の必要があるのは言語の変化よりも言語の無変化のほうだ。言語というのは変化する状態の方が一般的で、特に理由がない限り変化のないままではいない。

なぜか。我々の言語複製機能が不完全だからだ。Aが「あお」という言葉を使って、Bがそれをまねする、と。このとき、AとBとが同じ意味で「あお」という言葉を使う保障はない。Bはみどりを「あお」に含めるけど、Aはそうではない、とか。CがBのまねをすると、CはAとはまったく違う意味で「あお」という言葉を使うかもしれない。

複製機能が不完全であるということにかけては、生物も同じで、DNAの複写は時々間違いが起きる。そして複写の間違いがあるからこそ生物の進化は起きる。

複製の失敗は大抵の場合、あまりよくない結果を生む。言語の場合であれば上手く意志伝達できなくなるし、DNAであればタンパク質が元の機能を果たせなくなる。なのでDNAの場合も言語の場合も、複製の間違いを修正する仕組みがある。DNAの場合、複製の間違いを修正するためのタンパク質というものがあったりして、ミスの出る確率を減らしている。言語の場合、どういう意味で言葉を使っているか話し合うというのがこれに当たるし、辞書もこの役割を担う。とはいえ複製の失敗を修正することには常に労力がいるわけで、どうしたって複製は完璧とは行かない。

一般的に言って、複製の失敗が生む結果が悪ければ悪いほど、最終的に複製の失敗が正される可能性は高くなる。ここでは正される方法が言語とDNAではちょっと違っている。言語の場合、複製を間違えた個体は、正しい複製を身につけるのに対して、DNAの場合、複製を間違えた個体は、子孫を残せずに死ぬことになる。

(この辺の言葉と遺伝子の違いは、専門的に言うと自己複製子とヴィークルという用語のかかわる領域で、ちょっと面白い話なのだけれど、長くなるのでまた機会があれば)

というわけで、言語が変化するのはある意味「自然」なことである。もっともここに「自然」なことが望ましいという含意は全然ないのだけれど。ほとんどの言語の変化は「進歩」ではなく、複製の失敗がたまたま生き残っただけだ、と好奇人は考えている。一般論として言語の変化は許容されるべきだと好奇人は考えているが、それは言語の変化が望ましいからではなくて、変化しないように保っておくのには多大なコストが必要とされるからである。

(専門用語を使うと、ほとんどの言語の変化は遺伝学でいうところの遺伝的浮動であって、適応ではない、ということになる。大阪弁は標準語よりも大阪に適しているから、今のような形になったのではない)

初めてトラックバックをいただいた人に対して批判するような内容になってしまって、少々心ぐるしいのだが、大学で生物学の哲学をやっていた身としては、書かずにはいられなかったというか。まあ軽く流していただければありがたく存ずる。

hao9i at 10:12│Comments(0)TrackBack(0) ダーウィニズム 

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