2011年08月

2011年08月31日

出穂、開花〜葉っぱ塾の田んぼ

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<穂が出揃った23日の田んぼ>

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<穂には小さな花がついていました>


  イネたちに会いに田んぼに行って、1週間もたってしまいました。昨年はお盆のころに穂が出ていたのですが、今年は田植えが1週間遅かったこともあるのでしょう、そのころはまだ穂が出ていませんでした。23日に訪れたときには、上の写真のように穂が出揃って、さながら、成人になりたての若者の風情。

  田植えの早かったお隣のよその農家のイネは、この日はすでに穂が少したわみ始めていました。

  心配な放射能については、県が行なう調査を待つしかありません。祈るような思いです。

  なお、当日は「農家せんせい」の見学会を兼ねますので、もしかしたら、外部の方がおいでになるかもしれません。

  稲刈りは、予定通り10月9日(日)に実施します。翌日の10日に、「六十里越え街道大岫峠トレッキング」を行ないますので、あわせてのご参加も可能です。



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happajuku at 04:59|PermalinkComments(6)TrackBack(0) 葉っぱ塾田んぼオーナー 

2011年08月30日

デュオ・ケーナルパ、被災地公演 イン 東松島

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<「愛とヒューマンのコンサート」のメッセージボード>


  「愛とヒューマンのコンサート委員会」が被災地にデュオ・ケーナルパを派遣するということで、その準備にあたってきていました。

  記憶の片隅に、オウム真理教事件の犠牲になられた坂本弁護士一家のことがおありの方もいらっしゃると思います。行方不明だったこの一家の救援活動を長年にわたって音楽の分野から支援し続けてきたこの「委員会」が、震災の被災地への音楽家の派遣活動を開始したのは4月のことでした。

  デュオ・ケーナルパも、5月末、南三陸、陸前高田などの避難所を回りました。今回2回目の派遣にあたって、1日目の会場を「葉っぱ塾」が探すことになっていました。「アウトドア義援隊」の活動でたびたびお世話になっていた東松島市でということはごく自然の流れでした。

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<体育館は響きが抜群でした!>


  人的つてもほとんどない地での公演をつくることはなかなか難しいことだと思っていましたが、幸い、地元で復興支援活動の中心となっている若者、尾形さんが協力を快く引き受けてくださいました。ご自身の母校でもあり、数ヶ月間避難所としても使われていた宮戸島の小学校の体育館の使用を交渉してくださいました。

  休日にもかかわらず校長先生と担当の教員も学校においでくださって、最大の便宜をはかってくださいました。また、会場の準備には、東松島で活動している「アウトドア義援隊」のメンバーの女性3名が手伝いに来てくださいました。初めてお会いしたばかりの方もおられましたが、労をいとわず裏方を務めてくださったことも、ありがたいことでした。

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<生後5か月の赤ちゃん>


  休日は、様々な用事が錯綜しているようでしたが、音楽好きの方々30名余りがおいでくださいました。中に幼い乳飲み子を連れた若いお母さんがおられました。「何ヶ月ですか?」と尋ねましたら、3月2日生まれ、5か月ちょっとですとのこと。このお子さんが生まれてまだ10日もしないうちにあの震災に遭われたのでした。寒さの中での避難所生活、どんなに大変だったことでしょう。

  一方、裏方を務めてくださった「アウトドア義援隊」のAさんが、地元の知り合いのおばあちゃんにも来てもらおうとお誘いのお電話をかけたら、何とその前日に亡くなっていたということが開演前にわかりました。目を赤くしたAさんは、その方の家の片づけを手伝って親しかっただけに、ショックの様子でした。復興の道のりの険しさを象徴するような悲報でした。

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<熱心に耳を傾けてくださった島民のみなさん>


  島民のみなさんは、海に関わっておられた方々特有とでもいうのでしょうか、明るくおおらかな態度で聞いてくださいました。まさに「音」を「楽しんで」おられたようです。コンサート後は、「山形の温泉にご招待されてこれから出発だ」と元気そうに出かけてゆかれました。

  また、この2日前に仮設住宅にチラシ配布したときにお会いしたおじさんは、音楽好きでたくさん持っていたCDの全てを津波で失ってしまったとお聞きしたので、デュオ・ケーナルパのCDを1枚進呈したのでしたが、そのお返しだと、ご自身が昨年作られた海苔をたくさん持ってきてくださり、かえって恐縮してしまいました。CDデッキも失い、今もそのままだそうですが、いつかCDを聞いてほしいものです。

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<午後の会場は仮設の集会所>


  午後の会場は市内矢本にある大きな仮設住宅団地の集会所。ここも尾形さんが市役所と掛け合ってくださって確保された場所です。前日夕方、一人で家々のポストにチラシを入れて回りましたが、あまりに戸数が多すぎて、持参したチラシが不足するほどの規模でした。

  体育館とは違って天井が低いプレハブの建物でしたが、空調を効かせていただいて、快適な環境での演奏となりました。本当に音楽好きの方々が集まってくださったことが肌で感じられました。

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<終演後、みなさんと記念撮影>

  ケーナルパの二人が『広い河の岸辺』を演奏してから、みんなで一緒に歌ってみましょうと提案しましたら、実に楽しそうに歌ってくださいました。ストレスの発散に役立ったかもしれません。

  様々な形の支援活動があります。音楽はそれで腹が満たされるわけではありませんが、やはり人間らしい生活には不可欠のものだと思います。大変な状況であるからこそ、その必要性は大きいのだと思います。

  デュオ・ケーナルパは翌日は石巻で演奏の場を準備していただいていました。二人の演奏の場を、多くの方々が汗して作ってくださったこと、ほんとうにありがたいです。心から御礼を申し上げます。



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happajuku at 04:22|PermalinkComments(3)TrackBack(0) 東日本大地震・「アウトドア義援隊」関連 | やぎりん、木星音楽団関連

2011年08月29日

まだまだ続く「アウトドア義援隊」

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<朝のテントサイトでのひととき>


  先週の金曜日から東松島に出かけていました。「アウトドア義援隊」の活動に久々に参加するのと、弟たちのデュオ・ケーナルパの被災地公演の広報を兼ねての「出張」でした。

  大阪からずっと一人でおいでになっているKさんが、地域のいろいろな要望をまとめてくださっていて、私たちの活動も当分続きそうです。それだけまだ人手が足りていないということです。

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<こんな勇ましいTシャツも>


  初めてお会いするメンバーも多くいました。一度参加した人からそのまわりへと活動が伝わり、人の心を動かしてゆく。そしてその連鎖による広がりです。大阪から、東京から、埼玉から、千葉から、山形から。全く知らなかった人との心地よい連帯感が心を満たしてくるようです。

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<小学生の通学路確保のための草むしり>


  27日私たちの班は、老人介護施設の前庭の草むしり。ここに仮設の小学校校舎がまもなく建設されるというのです。最初は果てしない作業に思えました。

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<機械が使える人は大きな戦力>


  自分で機械を持ち込んでくれる人もいます。

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<人の手ってやっぱりすごい!>


  午前中でこんなにきれいになりました。施設にボランティアで来ている男性が、「あんだら、金ももらわないのに、何がよくて来てるんだ?」と不思議そうに尋ねてきました。考えれば不思議なのかもしれません。被災地の方々の喜ぶ顔と、仲間たちとの交流でしょうか? それは参加する人ごとに違っているかもしれません。

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<空も秋の風情>


  作業の最中は汗がしたたるのでしたが、ふと見上げた空は何だか秋の気配が漂っていました。まだ雪が舞う天童での物資支援の活動が、こんなふうに継続されるとは予想もしないことでした。

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<みんなでむしった草の山>


  数時間の作業でむしった草の山は軽トラックで4台分ほど。敷地の隅に積み上げました。

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<「破壊系チーム」の現場は大変でした。>


  もう一つのチームは、個人宅の床はがしと床下の泥上げ作業でした。狭い空間で重い砂を取り除く作業は、これだけの広さでも一日では終わりません。このお宅では庭にヒマワリを植えてあって、大きく育っていましたが、「塩分のせいか、種が実らないうちに花が落ちてしまう」と話しておられました。

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<さすが「大観荘」からの眺望>


  作業のあとのお風呂がやっぱり楽しみです。初めての大きな旅館のお風呂からの展望はなかなか素晴らしいものでした。青空が映っている海が松島らしさを演出しています。

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<みんなでにぎやかに食事するのも大切な交流>

  
  それぞれ買い込んだり準備してきたものを持ち寄って、テントサイトで食事です。こんなとき、山の道具はとっても役立ちます。この日はスペインから大阪に国連職員として来ている若い女性が参加したので、英語やスペイン語も飛び交うにぎやかな時間となりました。初めてお会いした方と共通項が見つかると、何だか旧知の友のように感じられます。

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<テント村の夜が更けてゆきます。>


  日中は暑さを感じても、夜は半袖ではいられないぐらいの気温になっています。みなさんはテントで、私は車の座席を倒して寝袋で休みます。10時にはそれぞれの場所に引き上げました。

  私たちがどこまでこうした活動を行なえるのか、行なうべきなのか、全体の復興への道のりの中で時に立ち止まって考えることも必要です。次第に夏の暑さが過ぎ、寒さを感じるころには、テントでの生活もなかなか厳しくなるでしょう。被災された方々の日常とどんなふうに向き合えばよいのかも、時に考えてみることも必要かもしれません。

  ある方が、ご自身のブログで以下のような声を紹介しているのが目にとまりました。

  「現地から本当に望むもの。心の平穏、日常の平穏、それだけです。
それだけなのになんて難しいのでしょう。大人は平穏、それを物・金に求めます。私もそうです。生きていく為に。子供たちは親たちのその不安を敏感に感じ取り、なにかしら心の中に押し込めます。最近こんな声を子供から聞かされました。
《学校へ子供達が少しでも笑顔を取り戻せるようにって、いろいろなイベントで様々な方達が来てくれるけど、はじめは楽しかったけど、なんかもういやだ、プレゼントも何もいらない、静かに勉強したい、普通の生活がしたい、私たちは選択できないのって。》私は子供達に、みんなの気持ちを先生・学校へ伝えてごらんとしか言えなかった。この書き込みは支援等を否定するものではありません。この先まだまだ支援は必要です。支援のあり方、方向性を考えて行く時期なのでしょう。私自身この先どうなって行くのか先は見えませんが、1日1日と未来に向かって進んでいくしかありません。」



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happajuku at 05:40|PermalinkComments(4)TrackBack(0) 東日本大地震・「アウトドア義援隊」関連 

2011年08月28日

東松島、快晴!

  昨日のアウトドア義援隊の活動は、小学校の仮設校舎敷地の草むしりと個人宅の床はがしの2班に別れての作業でした。人手がもっとあればと感じました。昨日だけの方もおられたので今日は人数が減ります。

  スペイン出身の国連職員の女性が参加したので、いろいろな言葉が飛び交った1日でした。

  今日はデュオケーナルパの公演が2会場でもたれます。快晴の空が歓迎しています。


happajuku at 06:34|PermalinkComments(1)TrackBack(0) 東日本大地震・「アウトドア義援隊」関連 

2011年08月27日

☆本日第2信 アウトドア義援隊第三章

  しばらくぶりにアウトドア義援隊の活動に参加のため東松島に来ています。

 この週末全国から仲間たちが集まってきます。ボランティアセンターが縮小される一方で、地域の中に埋もれていたニーズがまだまだあるようで、私たちの活動も当分続きます。

  人手も必要です。週末を中心に一緒に参加してくださる方、ぜひ!


happajuku at 07:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 東日本大地震・「アウトドア義援隊」関連 

スクールインタープリター、高畠の仲間たちの活動

  昨年、長井市での「スクールインタープリター養成講座」に参加してくださった、高畠町の仲間たちが、この夏の活動を報告してくださいました。

観察会説明(高畠)

<今日の活動説明中>


観察会2(高畠)

<木陰で活動中の子どもたち>


観察会まとめ(高畠)

<観察会のまとめの様子>

  以下、村上さんからの報告です。


  こちらでやったのは、公民館の夏休みこども教室で、
 小1〜小6まで23名ほどが参加してくれました。

 暑い日だったので、
 

”垢髪を利用して「果汁アイスづくり」
  小さいビニール袋に果汁をいれて、輪ゴムでとめ、氷の中に
  いれる。アクティビティが終わるまでに凍るので、終わったら
  お楽しみとして食べる)

 橋本さん指導で 「ネイチャーゲーム コウモリとガ」(屋内)

かんさつ名人になろう 「すごい生き物を探そう」(校庭)

 ぅ▲ぅ垢鮨べて、観察カードを集めて終了

  これで約90分です。

 
 学齢が違うので、1年生でも理解できるものを心掛けました。
 「秋を探そう」をやろうと思って下見に行ったものの、
 桜の木だけの学校のグランドでは、黄色い葉っぱと赤とんぼが
 たまに飛び交うぐらいで断念しました。

 アクティビティのテーマを何にしようかだいぶ悩み、結局
 「すごい生き物を探そう」にして、
・まずはどんな虫や植物がいるか 
  ・植物でも昆虫でもなんでもいい
  ・自分にはできないなあと思うもの を探すことにしました。
  
 子どもたちの発見としては、
  せみの(ぬけがらを40も集め)脱皮がすごい
  木の割れ目からわずかに出た芽がすごい
  洋服にふっつく葉っぱがすごい
  バッタのジャンプ力がすごい
  (大きさにあわせた跳び箱をとばせたら12段は飛べる)
  せみに羽があって飛べるのがすごい
  木は折れてもまた別の所から生えてくる
  青や黄色の花がきれい
  クモが虫をとっている
  せみはすごい声、あの声が続くのがすごい
せみがぬけがらを割らずにでてくるのがすごい
  ありは小さいのに、木に穴をあけるのがすごい
  木をつたってぐんぐん伸びる葉っぱがすごい

 など・・気がついてもらうことができました。

 かんさつ名人になろう!と言ったら、授業でもやった・・・と言われて
 あせりましたが、このテーマではなかったらしく、なんとかなりました。
 学校との連携が必要ですが、学齢がバラバラだとそれもなかなか大変
 です。
 ネイチャーゲームもキャンプで高学年は経験しているので、
 何をするか決めるまでが大変〜。
 当日より、内容を何にするか企画力が問われますね。
 また、ご指導をお願いします。


happajuku at 05:00|PermalinkComments(1)TrackBack(0) スクール・インタープリター 

2011年08月25日

季節と向き合いながら〜中学生のネイチャーゲーム体験

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<活動する中学生たち>


  23日の午前、中学生たちの宿泊研修の中に「ネイチャーゲーム」を体験するプログラムがあって、そのお相手を依頼されていました。会場の自然の家に着くと、大型バスが4台もとまっていて大勢の人がいる様子。職員に尋ねると、宮城や福島の小学生たちが利用しているとのことでした。こんなところにも震災の影響が現れているのでした。

  私がお相手したのは中学一年生たち。これから2泊3日の研修が始まるその最初のプログラムとしてネイチャーゲームを選んでくださったのは、大変光栄なことでした。

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<「自然の紋」の作品>


  中学生ともなると、遊びの要素を含めながらもじっくり自然と向き合う活動もしてみたいと思っています。その一つとして取り上げたのが「自然の紋」という活動です。これは身近にある動植物を題材にして、自分の家紋をデザインしようというアクティビティです。小学校高学年あたりから、形を簡略化して表現したり、「デザインする」ということの意味が飲み込めてくるようです。「自分の家の家紋、知ってる?」と聞けば、ちゃんと答えられる生徒もいました。なかなか素晴らしい作品が出来上がりました。

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<「私の暦」の作品>


  この23日は、二十四節気の一つ「処暑」にあたっていました。暑さがおさまるという意味です。また、さらに季節を細分化したものに七十二候というものがあって、もともとは中国からわたってきたものだそうですが、およそ五日間の期間を一つの季節として名前を付けているものです。

  この23日は、「処暑」の第一候の「綿のはなしべ(木偏に付と書く)開く」というものにあたっていました。日本人が古来、微妙な季節の移り変わりを周囲の自然から感じ取り、言葉で表現してきたことを話しながら、彼らに「自分にとっての今日という季節に名前を付けてみよう」と呼びかけてみました。そうして出てきたのが上の写真の作品です。

  ここ数日めっきり気温が下がり始めていました。「半袖収納」などというのは、まさに季節感がこめられています。「長袖着」なども同様の感覚からの表現でしょう。「汗引温度」など、猛暑から解放された実感がこもっています。これまでと違った目で「季節」というものを感じられるようになってほしいと願いながら活動を終えました。

  このような活動については自然の家にご相談くださってもいいですし、「葉っぱ塾」に直接申し込んでくださることでもかまいません。ぜひご活用ください。



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happajuku at 05:18|PermalinkComments(3)TrackBack(0) シェアリングネイチャー 

2011年08月24日

約束の山、えぶり差岳へ

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<昨年12月、倉手山山頂から見たえぶり差岳>


  8月10日、下見を兼ねての単独行、そして今回、ゲストをご案内しての1泊の山行と、えぶり差岳に2回登ったわけですが、今後登る方々の参考になるかもしれませんので、コースタイムの記録を書いておきます。参加されたのは60代から70代までの女性ばかり5名でした。いずれも、山の経験は豊富で、日常的なトレーニングなども十分な方々であったことを書き添えておきます。

  【8月20日】

    ※「奥胎内ヒュッテ」から登山口までは乗り合いタクシー利用(一人¥300)
   
  5:46 足の松尾根登山口(470m)発

      ☆途中1回小休憩

  6:59 姫子の峰(780m)着
  7:09 姫子の峰発

  8:07 英三の峰(940m)着
  8:17 英三の峰発

  8:52 ヒドノ峰(1080m)着
  9:05 ヒドノ峰発

      ☆1172m付近の小広場で休憩1回

  9:58 イチジ峰(1265m)着
 10:06 イチジ峰発

 10:32 1401m地点着
 10:40 1401m地点発

 11:09 西の峰(1525m)通過

 11:16 大石山(1562m)着

      ☆ここからえぶり差岳往復はサブザック行動

 11:32 大石山発

 11:50 1420mのコル(大石山と鉾立峰の間)通過

 12:15 鉾立峰(1572m)着
 12:22 鉾立峰発

 12:30 1495mのコル(鉾立峰とえぶり差岳の間)通過

 12:59 えぶり差岳(1636m)山頂着
 13:27 えぶり差岳発

 14:06 鉾立峰着
 14:12 鉾立峰発

 14:31 1420mのコル通過

 14:57 大石山山頂着
 15:07 大石山山頂発

 15:57 頼母木小屋着


     登山口 → 大石山    5時間30分

     大石山 → えぶり差岳  1時間27分

     えぶり差岳 → 大石山  1時間30分

     大石山 → 頼母木小屋  50分


  【8月21日】

   7:20 頼母木小屋発

   8:00 大石山着
   8:06 大石山発

   8:58 イチジ峰(1265m)通過

   9:12 1172m付近小広場着
   9:27 1172m付近小広場発

   9:39 水場分岐通過

   9:47 ヒドノ峰通過

       ☆途中1回小休憩

  10:32 英三の峰(940m)通過

       ☆途中2回休憩

  12:45 足の松尾根登山口着



     頼母木小屋 → 大石山    40分

     大石山 → 登山口    4時間45分



  なお、このルートを日帰りする方もいらっしゃいました。健脚な方であれば、十分可能です。ただ、これから日が短くなってくると、帰りが暗くなる可能性もありますので、十分な注意が必要です。

  乗り合いタクシーを利用しない場合は、早発ちも可能になります。「奥胎内ヒュッテ」から登山口までは、歩けば登り55分、下り40分程度かかります。

  乗り合いタクシーは10月31日まで運行されるそうです。このタkシーは朝は5時半ごろにはホテル前に到着しており、ドライバーさんとの話し合いによっては、早めに出してくださることもあるようです。

  <土・日・祝日>
    ■登山口行き 5:50 6:10 6:30

    ■奥胎内ヒュッテ行き 13:00〜17:00
         1時間おき 5便あり


  <平日>
    ■登山口行き 5:50 6:10

    ■奥胎内ヒュッテ行き 16:00 16:20


  以上、参考になれば幸いです。


happajuku at 05:58|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 山旅の報告 

2011年08月23日

約束の山、えぶり差岳へ

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<頼母木小屋はさながら“天空の城”>


  えぶり差岳をあとにして大石山に戻る途中から、頼母木小屋が時折雲間から姿を見せました。標高1626mの小さなピーク上に建つこの小屋を見上げるかたちになるのですが、さながら「天空の城ラピュタ」のようではありませんか。

  豊富な水が引かれてきているこの小屋にたどり着いたのは間もなく午後4時になろうとする頃でした。出発してからほぼ10時間が経過していました。

  途中のお花畑は、その最盛期は過ぎたものの、まだまだ豊富な花の種類を数えることができました。ウメバチソウが咲き始めると、夏の終わりを感じます。

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<イワインチン>


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<キオン>


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<ウメバチソウ>


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<ハクサントリカブト>


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<ミヤマコゴメグサ>


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<タカネマツムシソウ>


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<頼母木小屋での豪華な食事>


  山小屋に着くと、途中で私たちを「特急列車」のように追い越していったグループがそれぞれに小屋の前でにぎやかに食事を始めていました。管理人のイシカワさんにご挨拶をし、管理協力費をお支払いして、私たちは小屋の中で食事の準備を始めました。

  マンガのヒーロー、ドラえもんのポケットは、何でも出てくることで子どもたちの憧れの的ですが、ゲストのみなさんのザックも負けないほどにいろいろな食べ物が詰まっているのでした。たった1泊の山小屋泊りですのに、食料だけは3泊ぐらいは十分のようでした。山での豊かな食事は楽しみではありますが、そのことはザックの重さが増すことでもあり、その兼ね合いについては十分な配慮が必要だと感じました。

  外が薄暗くなってきた頃、とうとう雨が降り出しました。夜11時ごろ、トイレに起きたときには雨はほとんど止んで、新発田市のあたりでしょうか、夜景が見えていました。気温がかなり下がっているのが感じられました。朝起きたときに、薄い夏用のシュラフで寝ていたYさんは、寒くて夜中に雨具を身に付けて寝ていたとのことでした。私はモンベルの「スーパーストレッチダウンハガー#5」でしたが、寒さは全く感じることなく眠っていました。

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<西の峰のピーク>


  翌朝はやはり小雨。小屋の水場に掛けてあった温度計は10℃を示していました。風もややありましたが、最悪の天候とまでは言えない状況でした。朝食をしっかり食べ、荷物の整理をし、雨具を着込んで私たちは頼母木小屋を後にしました。

  風景が霧の中から現れたかと思えば一瞬のうちに掻き消えたり、雨が降ったり止んだりという中を、私たちは足の松尾根を下ってゆきました。いつも登山で思うことは、「こんな道登ったんだっけ?」という不思議さです。上から見下ろすと、転げ落ちそうな急斜面の連続を、私たちは慎重に下りました。


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<一瞬姿を見せた二王子山>


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<林立するブナの中を駆け下る若者たち>


  登山口を午後1時に出る乗り合いタクシーに何とか間に合いました。頼母木小屋を出て5時間半ほどが経過していました。初日の宿となった「奥胎内ヒュッテ」に戻り、お風呂に入り、ほんとうにほっとしました。山をご案内する際に、全員ケガもなく(顔を虫にさされた人はいらっしゃいましたが・・・)下山できたことは、ガイドとしては最高の喜びです。

  半年足らずの後には80歳を迎える菅原さんは、「もう大変な山には登らない」とおっしゃっていました。ここ数年間、ご自身の目標に向かって歩んでこられたその姿に、脱帽の思いです。畑もやっておられるそうです。足腰が本当にお丈夫なのですね。これからは自分を追い込まず、純粋に山を楽しんでください。「約束の山」にご一緒できたこと、大切な思い出になります。



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happajuku at 04:30|PermalinkComments(5)TrackBack(0) 山旅の報告 

2011年08月22日

約束の山、えぶり差岳へ

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<8月10日、下見のとき頼母木小屋から見たえぶり差岳>


  十年ほど前、一度この「えぶり(木偏に八)差岳」(「えぶり」の字がこのブログで出せません。)を目指したことがありました。しかし、猛暑の中で体調不良を起こし、途中で撤退して以来、飯豊連峰最北端のこの山を、私の心の中では「いつか登らねばならない山」というような位置づけをしていた山でした。自分の姓が「八木」。横に書くこの字の順序を入れ替えると「えぶり」という漢字になります。それもまた、この山へのあこがれにつながっていたかもしれません。

  昨年北股岳や栂峰をご一緒し、栂峰では「東北百名山完登」を達成した仙台の菅原さんたちとこの山を眺めて、「来年、えぶり差岳に登ろう」という成り行きになっていたことは、今回の計画の大きなきっかけとなりました。そういう意味では今回は「約束の山に登る」ということでもありました。

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<途中、白鷹町で「田んぼアート」を見学>


  山形駅で参加者全員が集合。宮城組3名、山形組2名と2台の車に乗り合わせて出発。山形組のお二人とは昨年9月末に、朝日連峰の竜門小屋でお会いしたのがご縁でした。

  途中で、白鷹町蚕桑駅近くに地元の方が作っておられる「田んぼアート」を見学。河岸段丘の高台から見下ろすと、そこには養蚕が盛んだったこの地の新しいマスコット、「おかいこ姫」の姿が浮かび上がっていました。

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<リゾート地のホテルでゆっくり顔合わせ>


  胎内スキー場周辺はこの季節はリゾート地になっていて、大きなホテルもありました。お互いの顔合わせも兼ねて、ここでコーヒーとケーキ。宮城組の3名は、津波の被害にこそ遭わなかったものの、それぞれが大変な被災の体験をお持ちでした。震災後数ヶ月、山に行くことができなかったことを話してくださいました。

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<ホテルロビーの生花>


  しかし、山好きの心はやはり山で癒されてゆくもののようでした。初めて顔を合わせる山形組のお二人とも山の話で盛り上がり、すぐに打ち解けた雰囲気になったのは、ガイドとしてはとても嬉しいことでした。私を含めた6名が一つの「チーム」として心をつなげる「結団式」であったかもしれません。

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<岩場を通過する菅原さん>


  昨年、78歳で「東北百名山完登」を達成された菅原さんにとって、今回の山行にはもう一つ大切な意味がこめられていたことも知りました。「東北百名山」には新旧のバージョンがあり、改訂の結果今は「百名山」に数えられてはいない山が、このえぶり差岳を含めると16座あるそうです。菅原さんにとってこのえぶり差岳は、その最後の山でもあったのです。79歳にしてのこの快挙をお手伝いできるというのも、ガイド冥利に尽きるというものです。

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<ブナの美林の中をひたすら登る>

  10日前の下見のときの猛暑とは打って変わって、高曇りの涼しさに助けられ、私たちはほぼ前日の打ち合わせ通りのペースでゆっくり登ってゆきました。大きな分岐となっている標高1562mの大石山まで5時間半あまり。ここに大きな荷物は置いて、ここからえぶり差岳へは身軽なサブザックによる行動となりました。

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<えぶり差岳の「前衛峰」の鉾立峰>


  青空はなかなか見えませんでしたが、時折雲が切れ、日本海の海岸線も見晴らすことができるほどの眺望にも恵まれました。前回の下見では時間がなくて入らなかった大石山からえぶり差岳へ続く道もまた、すばらしいお花畑の中の道でした。ハクサンイチゲ、タカネナデシコ、ハクサンフウロ、タカネマツムシソウなど、少し盛りを過ぎてはいましたが、「熟年の美しさ」といったところでしょうか。

  1562mの大石山からいったん140mも下り、今度は150m登り返したところが鉾立峰です。「えぶり差に簡単には寄せ付けないぞ」とばかりに聳えているこの山は、登る人を跳ね返す、まさに「鉾」のような存在です。

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<高山草原を歩く>


  鉾立峰からは今度は70mあまり下り、そして140m近く登り返して山頂を目指してゆきます。暑くなく寒くもない高山草原を、花々に声をかけられながら、私たちは山頂へと近づいてゆきました。

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<避難小屋と、えぶり差岳山頂>


  山頂が近づいたあたりのお花畑にはニッコウキスゲの花が終わって種子をつけたものがたくさんありました。もう少し時期が早ければ、その大群落もこの付近でみられそうです。

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<待っていたえぶり差岳山頂>


  山頂にはちょうど13時到着。出発してから7時間あまりがたっていました。標高こそ1636mとさほど高くはないこの山ですが、そこからの眺望といい、別のところから眺めたときの山容といい、なかなか風格のある素晴らしい山です。登山道の手入れも行き届き、また避難小屋もきれいに清掃されていて、地元の方々の愛情がそちこちに感じられる山でもありました。

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<山頂でお茶を立てる菅原さん>


  山頂でしばし記念撮影をした後、菅原さんがお茶を立ててくださいました。本式のことはできないのはもちろんですが、氷を使っての冷たいお抹茶をいただけるなんて、素晴らしいではありませんか! しかも極上の洋羹まで準備してくださっていました。

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<山頂から見下ろす避難小屋と鉾立峰>

  そんなところに二人の若者が軽快な足取りで登ってきました。小国町の飯豊山荘登山口から丸森尾根を登って来たとのこと。そして何と日帰りだと言うのです。今回のゲストの皆さんなら丸々2日かかるようなルートを一日で歩けるのも、若さの特権といったところです。

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<山頂付近からの眺望>


  途中で雨粒が少し落ちてきたこともありましたが、すぐに止んでしまいました。雲がかかったり消えたりと、眺望はめまぐるしく変化しましたが、私たちは結局雨具を着ることもなく、この日を歩き通すことができました。

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<鉾立峰付近から振り返るえぶり差岳>


  鉾立峰近くから振り返ると、「また別の季節に来いよ」と言っているかのように、どっしりした姿がそこにありました。好きな人ができると、その人の全てを知りたいと思うようになるのと似ているかもしれません(もうそんな時代は遠くに過ぎ去りましたが・・・)が、この山のもっと違った一面をぜひ見てみたいと強く思いました。道々何度も振り返りながら、私たちはその日の宿となる頼母木(たもぎ)小屋へと向かいました。



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happajuku at 06:34|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 山旅の報告 

2011年08月19日

転載! 「セミも全力で鳴いている」

  音楽活動をしている知人のチグリさんが数日前にアップした記事です。9月19日の東京での集会の呼びかけです。紹介されているサイトだけでもいいです、広めてください。(以下転載)


   *****************

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     ◆◆◆原発にさようなら集会◆◆◆

http://sayonara-nukes.org/2011/06/action/



日時……2011年9月19日 13:30〜
場所……東京・明治公園
集会規模……5万人(集会後、パレードがあります)

 ◆◆◆さようなら原発1000万人アクション◆◆◆

実行委員会では、9月11日〜19日を「9月脱原発アクションウィーク」として、全国・全世界に全国アクションを呼びかけます。

ルポライターの鎌田慧さんから
この日にかける想いを直接聞いた私は
参加すると決めてます


音楽家の坂本龍一さんも発起人の一人


鎌田さんは 言ってました
みんな各自で思ってるだけではなく動きましょう
可視化して 国へ届くように皆の意識が変わった時
原発にNOを突きつけることができる

そのデモに音楽家やダンサー、唄や楽器、アート
様々な彩りがとても大切になりますと
抗議も 楽しくなければ
皆の足は遠ざかる



デモの相手は警察ではありません
私は警察の人も公安の人とも
一緒にパレードしてるつもりで歩いてる
職務上 言えない 人達だからと言って
皆、原発賛成なわけじゃない

私 個人的な感想だけど
「申し訳ないです もう少し左に寄ってください」
「すみません 先に進んでもらえますか?」と
私の周囲の 警察官は紳士なので
暴徒化せずに デモは成功させられると信じて
いつも歩いてる


抗議したい相手は警察じゃない

もっとうごめく巨大な権力
そして組織票の顔色ばかり見て
利権にしがみつき
子供の命を守らない政治家、官僚です



くだらないと思う人は それでいい
でも 推進でも反対でもどちらでもないし
自分はどっちも嫌いという立ち位置は存在しないと
私は思ってます

だって これは思想とか
宗教とか
派閥さえ超える
人の根源の問題だから


(転載ここまで)

   ***************


  残念ながら私はこの日の参加はできないのですが、今までのように政治に全てをお任せするような世の中では、いつまでも原子力や核兵器に決別できないことは明らかです。誰かに声を上げてもらうのでなく、今自分の声を!


happajuku at 04:47|PermalinkComments(7)TrackBack(0) 東日本大地震・「アウトドア義援隊」関連 | 葉っぱ塾からのメッセージ

2011年08月18日

近づく「東松島元気フェスタ」

  「アウトドア義援隊」のメンバーが足繁く通い活動を行なっている東松島市で、今週末「東松島元気フェスタ」が開催されます。震災のために、例年だと市役所職員からも担当者が出るところ、ずべて民間で準備を進めてきたそうですが、俳優の津川雅彦さんが、映画関係者に呼びかけて、花火への協力を申し出たりして、ずいぶん盛り上がってきているようです。



  地元のリーダー、尾形さんは次のようにコメントしておられます。

  「津川雅彦さん。俳優仲間100人以上に声を掛けて下さり、元気フェスタの花火に実名で、名の知れた方々がたくさん協賛して下さっています。映画人にも拡がる元気フェスタのムーブメント!

震災後、受け止めきれない悲痛な思いと共に、前へ進もうとする人々のたくさんの奇跡や、語りでは伝えられない人間物語がありました。津川雅彦さんが元気フェスタのHANABI Project に共感して下さったのは、花火が役者の演技と同様に、そこからは実体として何も生まれないが、記憶や心に呼び掛け、たくさんの方と思いを共有できるからだと、そのような話をして頂きました。

このフェスタを通して、たくさんの方が花火の時間に色々な思いを巡らせて頂ければ幸いです。」



  「アウトドア義援隊」は、日中はボランティア、夜は花火大会に合流ということになっているようです。また、大阪からYさんがタコ焼きの道具を運んできて、出店をやるとのことです。多彩なメンバーがあってのことですね。

  また、先日「葉っぱ塾ボランティア支援募金」から支援金をお渡しした野崎さんは、地元の子どもたちと一緒に、「スターシップスカフェ」を開店し、おいしいコヒーを煎れてくださるとの情報が伝わってきました。

東松島元気フェスタマップ

<「元気フェスタマップ」>


  このお盆期間中も、ボランティア参加できる人は現地で活動をしておられました。以下はKさんの報告です。

<8/14 鳴瀬二中の片付け (約15名+2名)>

  昨日一緒に作業した団体の行っている鳴瀬二中の片付けに参加。二つの校舎のうち西側の校舎の一階の技術室およびその準備室の片付け。工作機械の運び出しや床にたまった砂の清掃を行った。工作機械は数百キロあるものが何台かあったが、向こうの団体にもオカリナが何人か居る模様。ちなみに東側の校舎は既に清掃済みで壁と床もはがされている。午後3時に一瞬作業中断して全員で長音寺の法要に出向き、寺の入り口から本堂及びお墓に向かって手を合わせる。本日一緒に作業を行った団体の別の部隊が長音寺の片付けをお盆に向けてずっと行っていたそうだ。午後4時半に作業終了後、花壇の水やり。駅舎側の花壇は駅裏の方が新しく苗を植えてくれていた。野蒜駅舎内の水道脇にジョウロを常備。



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happajuku at 05:26|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 東日本大地震・「アウトドア義援隊」関連 

2011年08月17日

キャンドルリンク3.11

双子のキャンドル

<安藤さんの工房で試作されたキャンドル>


  山形県の朝日町で蜜ろうそくづくりを営む安藤竜二さんが中心となって、3月の震災で被災された皆様に向けての一つの取り組みが始まっています。「双子のキャンドルを作り、その一方を被災地へ送り、クリスマスイブの夜に、同時に灯そう!」という呼びかけです。

  「キャンドルリンク3.11」と名づけたこの取り組みは、阪神淡路大震災の現地での慰霊祭で使われるキャンドルを山形から送り続けた仲間たちのつながりから生まれました。1月17日の神戸市内の公園に「1.17」という火文字が浮かび上がる写真をテレビや新聞で見たことのある人は多いと思います。あのキャンドルの中のかなりの数が、山形から送られていました。まだ教員をしていたころ、私も10年以上にわたってその活動に関わっていたのです。

  初夏のころから何度か準備の会合を重ね、「夏が過ぎたら広めてゆきましょう」と話し合ってきました。何度か作り方講習会も開催し、いよいよ9月4日に、第1回目の製作会を開くことになりました。ご都合のつく方はご参加ください。

  日 時  9月4日(日)午前10時〜午後5時半のいつでも 
  会 場  山形まなび館玄関前広場(山形市本町1-5-19)
  参加費  無料
  主 催  キャンドルリンク3.11実行委員会
  協 力  山形まなび館
  問合せ  0237-67-3260(安藤)



  なお、こうした製作会は、「葉っぱ塾」でも秋に一度考えておりますし、グループなどで取り組みたい場合の相談も受け付けています。詳しくは下記のHPをご覧ください。

  
■現在予定されている誰でも参加できる双子キャンドル製作会
8月28日(日)山形県寒河江市 寒河江高等学校学校祭
9月 4日(日)山形市 山形まなび館
9月11日(日)東京都 はちみつ専門店ラベイユ
9月17日(土)山形市 南沼原コミュニティーセンター
9月26日(月)兵庫県伊丹市立人権啓発センター「ふらっと」


■「キャンドルリンク3.11ホームページ



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happajuku at 06:13|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 東日本大地震・「アウトドア義援隊」関連 

2011年08月16日

成人の日に

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  都会の方には「?」かもしれませんが、いつのころからか、地方では夏のお盆の時期に成人式が行なわれるようになりました。私が住む長井市でも昨日、15日が成人式でした。1月よりも、都会に出ている若者たちが帰っている人が多いというのが理由だと思います。

  ひところ成人式の式典が荒れるということがありましたが、最近はどうなんでしょうか? 行政のほうも若者たちの実行委員会を組織して、上から目線の式典ではないような工夫をしているところもあるようです。

  とりわけ今年の成人たちは「震災の年の成人式」ということで記憶にとどめる人が多いかもしれません。それとは全く無関係に、異常にセミが多い年としても記憶されるかもしれません。

  谷川俊太郎さんの『成人の日に』という詩は、好きな詩の一つです。読んでみると、実に様々な要素が盛り込まれています。

  先日、たまたま高校野球の勝利監督のインタビューが聞こえてきましたが、その監督が選手たちのことを「子どもたち」と言っているのに強い違和感を覚えました。子ども=未成熟なもの、未完成のもの、大人は成熟し完成されたものという「区別」をしているように思えたのです。谷川さんの詩を受け止める心にはどうにも相容れない不快な印象でした。

  そういえば、最近の学校の教員にも生徒のことを「子ども」と言ってはばからない教師が出てきていました。自分を指す一人称として「先生」を使うに及んでは、ただただ恐れ入るしかありません。かつて教員だったころの私は、自分のことを「先生」とはとても言えませんでした。

  読む人に多様な思いを抱かせる。優れた詩とはそういう力も持っているのかもしれません。皆さんは何を?




  「成人の日に」

                  谷川俊太郎


人間とは常に人間になりつつある存在だ

かつて教えられたその言葉が

しこりのように胸の奥に残っている

成人とは人に成ること もしそうなら

私たちはみな日々成人の日を生きている

完全な人間はどこにもいない

人間は何かを知りつくしているものもいない

だからみな問いかけるのだ

人間とはいったい何かを

そしてみな答えているのだ その問いに

毎日のささやかな行動で



人は人を傷つける 人は人を慰める

人は人を怖れ 人は人を求める

子どもとおとなの区別がどこにあるのか

子どもは生まれ出たそのときから小さなおとな

おとなは一生大きな子ども



どんな美しい記念の晴着も

どんな華やかなお祝いの花束も

それだけではきみをおとなにはしてくれない

他人のうちに自分と同じ美しさをみとめ

自分のうちに他人と同じ醜さをみとめ

でき上がったどんな権威にもしばられず

流れ動く多数の意見にまどわされず

とらわれぬ子どもの魂で

いまあるものを組み直しつくりかえる

それこそがおとなの始まり

永遠に終わらないおとなへの出発点

人間が人間になりつづけるための

苦しみと喜びの方法論だ



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happajuku at 06:40|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 葉っぱ塾からのメッセージ 

2011年08月15日

出穂(しゅっすい)間近、葉っぱ塾の田んぼ

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<きれいに草が刈られたあぜ道>


  12日に「葉っぱ塾の田んぼ」に寄ってきました。昨年はお盆のころに穂が出始めていたのを思い出し、今年は、と思ったのです。周囲の田では穂が出始め、小さな花が咲いているものがありましたが、「葉っぱ塾の田んぼ」はまだでした。昨年よりも田植えが一週間遅かったのですから、やはり少し後ろにずれのでしょうか。

  写真のあぜ道の左側が「葉っぱ塾の田んぼ」で。右は遠藤さんの田んぼです。あぜ道の草をきれいに刈り払ってくださっていました。また、高温からイネを守るためということでしょう、水が引かれてありました。朝日連峰から流れてくる低い水温の水が、イネを高温障害から守ってくれるのです。

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<除草剤をまいた近所の田んぼ>


  比較のために、わが家の近くの田んぼの昨日朝の写真です。ここは、あぜ道に除草剤をまいて草を枯らしています。自分で畑を少しだけ作り始めて、雑草の勢いのすごさに圧倒されています。ですから田んぼのあぜ道の草の処理も大変なことは想像がつきますが、農業の規模が大きくなればなるほど、こうせざるを得なくなるというのが実情のようです。

  今年の田んぼは放射能が気になります。先日隣の飯豊町で自主的な調査があって、そちらでは検出されずということだったそうで、ちょっとだけ安心しています。県による調査結果を待ちたいと思います。



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happajuku at 05:40|PermalinkComments(3)TrackBack(0) 葉っぱ塾田んぼオーナー 

2011年08月14日

☆本日第2信 「放射能と子どもたち」〜小出裕章氏沖縄講演映像

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  先日このブログでその著書を紹介しました京大の小出裕章さんの講演が13日、沖縄県西原町で開催されました。このブログによくコメントをくださるきよこさんが、その映像を見ることができるサイトをご紹介くださいました。

  未編集の映像です。講演そのものは「パート1」の冒頭からおよそ50分を経過したあたりから始まります。この映像がいつまでご覧になれるのか、さだかではありません。もしお友達などに知らせていただけるという方は、ぜひ広めてください。

  講演の中で、小出先生は、「チェルノブイリは10日で収束したが、福島は現在事故が進行中です」と、私たちが安易に楽観することに警告を発しておられます。また、「3.11を境に世界が変わってしまったのです。」ともおっしゃっています。

  事実をしっかり把握し、一人ひとりがじっくり考えて行動することが必要だと感じました。


  ■「放射能と子どもたち パート1」
 

  ■「放射能と子どもたち パート2」



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happajuku at 12:41|PermalinkComments(6)TrackBack(0) 東日本大地震・「アウトドア義援隊」関連 | 葉っぱ塾からのメッセージ

ヒマワリとセミ

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<休耕田のヒマワリ>


  立秋を過ぎ、「残暑」といわれるようになりましたが、暑さは夏のものです。それでも盆地のこのあたりは、朝の気温が20℃を下回る日も出始めました。

  この夏目立つものに、ヒマワリとセミがあります。ヒマワリは何年か前から休耕田などに植えられているものを見てはいましたが、今年は昨年まで以上に多いような気がします。ヒマワリが放射能を吸収するというような情報がありましたが、もしかしてそういうことと関連して意識的に植えられたものでしょうか?

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<何匹のセミが見えますか?>

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<こちらはいかがですか?>


  セミの鳴き始めがこのあたりは遅いように感じていたのですが、「あ、鳴き始めた」と思ったら、“蝉時雨”どころではありません。木の多いわが家はまるで“蝉の滝”のような状況です。地面にあいているセミが這い出した穴も多く、こんなにたくさんのセミを見るのはおそらく生まれて初めてです。

  朝、庭に出てゆくと、木にとまっていたたくさんのセミが一斉にあちこちに向かって逃げ出し、私の体にぶつかってくるものもある始末です。大きな地震があったことと何か関連はあるのでしょうか。自然のサイクルの偶然ということなのでしょうか。




  上の写真には13匹、下のには11匹写っているようですが、いかがですか? 




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happajuku at 08:14|PermalinkComments(3)TrackBack(0) 葉っぱ塾からのメッセージ 

2011年08月13日

「スマイル・キャンプ」のお手伝い

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<キャンプファイアー点火のセレモニー>


  10日〜12日、2泊3日で行なわれた「TAIKEN堂 スマイル・キャンプ」の一部の日程をお手伝いしてきました。私の出番は11日夜のキャンプ・ファイアー。午後から出かけて、会場作りや進行係りを務めてきました。

  このキャンプは、石巻で支援活動を展開してきた「TAIKEN堂」の方々を中心に、ある財団からの助成金を得て行なわれたものです。被災地石巻の子どもたちと、山形の子どもたちそれぞれ十数名ずつ、合計24名の参加でした。

  そもそも「TAIKEN堂」というのは、山辺町在住者を中心に活動している社会教育のグループで、年間数回の多様な研修の場を設け、講演や演奏会を企画しているグループです。その中心にいるTさんからお手伝いのお話をいただいていたものです。この「葉っぱ塾」にお声をかけてくださったおかげで、とてもありがたい体験となりました。

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<トーチに火を移す。サポートしているのがMさん。>


  私にとってさらに嬉しかったのは、「葉っぱ塾」の唯一の“スタッフ”であるMさんが、会場の自然の家の職員としてと同時に、スタッフの一員として関わってくれたことでした。彼女は、石巻で支援活動を展開してきたボランティア団体の一員でもあり、この自然の家を借りることになったことにもキーパーソンとして関わったのです。

  てきぱきと段取りを指示してくれるMさんのおかげで、私は台本に沿って進行するだけでしたので、大変さは全くなく、楽しいばかりでした。キャンプを支えるスタッフも含めて40名を超える人数を掌握し、スケジュールに従って行事を進める中心にいたMさんはどんなに大変だったことでしょう。

  輪の中心で大きく燃えるキャンプファイアーの光に照らされながら、各班の出し物を披露し、歌を歌い、星空を見上げた時間は、瞬く間に過ぎてゆきました。

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<朝はみんなでラジオ体操から>


  1日目はテント泊、2日目は本館泊だった参加者の子どもたち。最終日の朝は少し眠そうに起きてきました。しかし、最終日は思いっきりプールで遊べるということもあって、しだいにうきうきした表情へと変化してゆきました。被災地ではこの夏、海やプールでは全く遊べなかったそうです。

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<長い滑り台でおおはしゃぎ>


  みんなで体操し、朝食を食べ終えると、彼らは寸暇を惜しむように遊びに興じていました。彼らをプールに送って、私は帰りましたが、きっと楽しい思い出をたくさん持ってそれぞれの家に帰って行ったことでしょう。

  夕方Mさんがわざわざ電話をかけてきてくれました。ねぎらいは私のほうからしなければならなかったのですが・・・。9月に予定している「葉っぱ塾」のキャンプは少人数ですので、比較にもなりませんが、いろいろ参考になることもありました。じっくり準備することにします。



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happajuku at 06:00|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 葉っぱ塾行事レポート | 東日本大地震・「アウトドア義援隊」関連

2011年08月12日

順調に育つ夏のリンゴたち

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  安定した夏空がなかなか続かないこの夏です。8日、山形からの帰り道で、「葉っぱ塾リンゴの木オーナー」でお世話になっている平井さんのリンゴ園にお邪魔して、リンゴの様子を見てきました。

  ほぼテニスボ−ルぐらいの大きさまで成長していました。色はまだ緑一色のものがほとんどで、わずかに軸の周りが色づき始めたものもありました。

  リンゴは、寒さには強く、暑さには弱いと聞いています。昨年の猛暑の影響は玉がなかなか大きくならないというように現れましたが、この秋はどうなるのでしょうか。花が咲いてから収穫までおよそ半年もかかる中で、様々な天候の影響を受けて育つリンゴたち。またしばらくしたら会いに行ってみます。


happajuku at 12:18|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 葉っぱ塾のリンゴの木 

2011年08月11日

極上のお花畑〜大石山から頼母木(たもぎ)小屋へ

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<「足の松尾根」の登山口>


  10日午前5時半、ヒュッテの外に出ると、気温は21℃。すぐ前の林道ゲートの内側にすでにタクシーが待っていました。ドアをノックすると、ドライバーさんが「行きますか」とすぐに車を出してくれました。ここは乗り合いタクシーなので、料金は一人300円。お客は私だけでした。

  足の松尾根登山口まで8分ほど。タクシーが帰るとまだ日が差さないブナの森は静かでした。

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<「御用平」のマザーツリー?>


  登り始めてすぐのところは「御用平」という平坦地。太いブナが林立していましたが、中でもこの木は堂々としていて、さながら「マザーツリー」。300年、あるいは400年? 「あなたは関が原の合戦を知っていますか?」と聞いてみましたが、返事はありませんでした。

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<大石山が前方にいつも見えていました>


  飯豊連峰の登山道はどれも傾斜がきついですが、ここも例外ではありませんでした。ロープが張ってあったり、岩場があったり、両手も使いながら登ったりと、変化に富む尾根でした。いつも前方に、丸みを帯びた大石山の姿が見えているのが目標になりました。

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<振り返れば二王子岳>


  この尾根は西からほぼ真東へと向かう尾根です。登る方角にある大石山は逆光の中にありましたが、途中で振り返ると、朝日を浴びた二王子岳が見えました。いったいどこが山頂なのかわからない台形の山容です。

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<隣の尾根の右端が「鉾立峰」>


  足の松尾根の北隣にある尾根の最上部が「鉾立峰」。大石山からえぶり差岳を目指すときに、その間にあるピークです。すんなりとえぶり差岳に登らせてくれない存在として煙たがられているようです。

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<見えてきた頼母木小屋>


  大石山が近づき、樹林帯を抜けると、右前方に、この日の目的地の頼母木小屋が見えてきました。それまではあまり風を感じることもなく、ただただ汗を搾り取られたのでしたが、このあたりからは、さすがに高原のすずやかな風を感じながら歩きました。

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<風に揺れるお花畑>


  標高1562mの大石山の山頂まで3時間20分ほどかかりました。標高はさほどではありませんが、ここは飯豊連峰の主稜線上になっています。飯豊を大縦走するときには必ず通らねばならない場所です。そこまで3時間余りで登れるというのは、「主稜線までの最短ルート」と言うだけのことはあります。

  来週はこの大石山からえぶり差岳を目指すことになりますが、この日は時間の都合もあって頼母木小屋にまっすぐ向かいました。大石山と頼母木小屋間の両側のお花畑の見事なこと! ハクサンフウロ、タカネナデシコ、タカネマツムシソウ、ハクサンイチゲなどがこれだけ一面に咲いているのを見るのは初めてでした。

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<初めて見たイブキジャコウソウ>


  イブキジャコウソウという花を、山では初めて見つけました。背丈の低い花ですが、その名が示すように、葉っぱをちぎって匂いをかぐと、すばらしい芳香です。そのまま貴婦人の香水に使えるようだと言っても過言ではありません。ちょっと「危険な」香りです。

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<頼母木小屋は水が豊富!>


  写真を撮りながら歩き、頼母木小屋までは登山口から3時間55分で到着。ピークにある小屋なのに、遠くの沢から水平方向にホースで水が引かれてあって、3つある蛇口からじゃあじゃあと流れていました。山の小屋でこういうのが最高の贅沢かもしれません。

  水を引く作業は大変だろうと想像します。蛇口の脇に「水代協力ください」という木箱がありましたが、素直な気持ちでチャリン。

 そういえば、途中の登山道の刈り払いもしっかり行なわれていました。登るだけでもきついあの道を、草刈機を持って作業することは大変なことでしょう。ご苦労に感謝です。

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<管理人さんとえぶり差岳をバックに>


  この日の管理人さんはなんばさん。「来週来ます」と伝えましたら、交代するので伝えておきますとのこと。ここからはえぶり差岳の眺望もよく、天候が良ければ、朝日に染まるこの山を、小屋の前で見られそうです。

  なんばさんは門内小屋の管理人としても入るそうですが、耳寄りな情報を得ました。豊富な清水が見つかったというのです。これまで門内の小屋の水場は、心細いほどの水量でしたので、ありがたいことです。

  大学生が一人手持ち無沙汰そうにしていました。聞けば合宿だそうですが、前日ハチに刺され、大事をとって休養しているとのこと。ひどくならなければいいのですが。

  下山の途中で、4名のグループを追い越しました。その中の一人は若い女性で、今回が月山に次いで登山2回目とのこと。それが3泊4日の飯豊大縦走とは! それが若さというものでしょうか。そういえば、登る途中でも一人歩きの若い女性と言葉を交わしました。最近少しずつ若い人が山で目立つようになりました。体の奥底からの健康美人になるために山登りが見直されているのでしょうか、山のガイドとしては嬉しい兆候です。

  下りは頼母木小屋から2時間40分ほどで登山口へ。平日は乗り合いタクシーは午後4時にしかないので、3キロあまりの林道を歩きました。歩いて数分のところに「水」の標識。沢を見下ろすと、塩ビのパイプから水が流れていました。ザックを下ろして水に手を浸すと、これが冷たい清水でした! タクシーに乗ったらここは素通りするところでした。顔をざぶざぶと洗い、しっかり水分を取り戻しました。奥胎内ヒュッテまでは歩き40分。登山の林道歩きとしてはそう長いものではありませんでした。

  来週、どうか天候が悪くなりませんように、と願うばかりです。



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happajuku at 06:41|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 山旅の報告 

2011年08月10日

奥胎内ヒュッテに泊まる

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<6年前に建てられたという「奥胎内ヒュッテ」>


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<落ち着いた雰囲気のロビー>


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<明るいレストラン>


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<レストランには朝焼けに染まるえぶり差岳の写真>


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<レストランの外はブナの森>


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<玄関前もブナの森>


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<洋室はこんな感じ>


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<夕食のメニューです>


  久しぶりに自分だけの山歩き。来週末に計画している「えぶり差岳」登山の下見と、ガイドで忙しかった7月の自分への慰労を兼ねて、9日午後、「奥胎内ヒュッテ」へと向かいました。

  自宅からおよそ90キロ。新潟県胎内市の奥にあります。まわりがブナの森です。日中はさらに奥で行なわれているダム建設工事関係の車両が通りますが、夕方になると、静かになります。アカショウビンが聞こえることで有名のようです。朝日連峰の麓でも声だけは聞くことができる渡り鳥です。

  この日の宿泊は、祖父母に連れられた孫の男の子2人と、私だけ。レストランで静かに生ビールを飲みながら、翌日の山のイメージを膨らませました。

  お風呂もブナの森に面しています。日帰り入浴も可能で600円とのこと。紅葉のころもいいかもしれません。



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happajuku at 16:59|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 山旅の報告 

2011年08月09日

☆本日第2信 「アウトドア義援隊」先週末の活動

  「アウトドア義援隊」のH隊長が、先週末の報告をアップしてくれました。


  【8/6(土)活動報告と8月の予定】

8/6(土)16名

・東名チーム4名…齋藤さん宅 ブロック壁撤去、バルコニー撤去
・宮戸島チーム12名…櫻井さん宅 家財出し、床板はがし、泥出​し、土壁の撤去

宮戸は本当に美しい島でした。とにかくご近所の皆さん全てが優し​くあたたかかったです。また行きたいです。

今週末はお盆という事で、義援隊としては一応『お休み』という形​にはしようと思います。川野さんが地元やボラセンの方とお話しし​てくれて、やっぱり気を使うということみたいです。もしもやる方​がいるならば個人宅ではなく側溝掃除とかを慎ましやかにですかね​。

再来週はボランティア&東松島元気祭り、最後の週もやります。ま​だ継続案件もいくつかあります。ボラセンのお盆以降の動きによっ​てはテントの場所等も考えなければ行けなくなるので、それは決ま​り次第またみんなで話しましょう。



  また、モンベルの社員Mさんがわざわざ大阪からかけつけてくださり、報告をアップしています。


  ‎【8/6〜7、活動報告】

■6日(土)宮戸島

当初4名の参加者が16名まで増えました。
津波の被害があった御宅の家財道具の撤去、床板剥がし、泥出し、​土壁剥がしを実施。こちらの御宅の方はいろいろ悩んだ末、家を直​して宮戸に住む決心をしたそう。まだ作業途中なので、早く修理に​取り掛かれる状態にしてあげたい。
作業後、みんなが前に植えた野蒜駅の花壇に水やり。そして7月に​出会った鎌田さんの愛犬ムサシに会いに。今度はムサシを散歩連れ​ていきたいな。そのあと平田さんの畑でひまわり観賞。たくさん咲​いてて綺麗でした。写真も平田さんのひまわり。やっぱり花はいい​な。心が和む。
..

■7日(日)野蒜・東名 7名
まずはGWに井上さんも畑掃除をした内海さんの御宅の窓と風呂掃​除。
津波で汚れた場所は拭いても拭いても砂が出てくる。井上さんが撮​った写真を大事に飾ってくれてました。畑もナスやとうもろこしな​どがたくさん実ってました。おかあさんも元気で網谷さんによろし​くと言ってました。
午後から二手に分かれて、東名の佐藤さんの御宅の掃除と川上さん​の倉庫の片付け実施。川上さんの御宅は新しい壁が出来上がってま​した。来るたんびに変わってく。おばあちゃんと食器洗いながらい​ろいろ話ができたのが楽しかった。
月曜日も引き続き山本さんが川上さんの片付けしてくれました。



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happajuku at 06:42|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 東日本大地震・「アウトドア義援隊」関連 

宮戸島を訪ねる

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<野蒜駅前の花壇と、手付かずのお店>


  音楽家を被災地に派遣する活動を行なっている「愛とヒューマンのコンサート委員会」が、今月末に弟たちのデュオ・ケーナルパを派遣するにあたり、その候補地となった東松島市の宮戸島を昨日(8日)、訪ねてきました。

  6月に訪れて1か月半ぶりの被災地は、片付いたところとそうでないところのチグハグが極端になっていました。野蒜駅前の花壇は、先日「アウトドア義援隊」のメンバーが植えてくれたものです。


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<ほとんど片付いた田んぼ>


   野蒜から少し石巻方面に行くと、仙石線の列車がまだあの日から止まったままです。しかし、その手前に広がるかつての水田は、散乱していた自動車や住居の断片などがきれいに片付けられていました。

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<地元のリーダー的存在、尾形さん>


  この日は、地元の復興活動のリーダー的存在である尾形さんとお会いすることになっていました。お仕事の都合をつけて待っていてくださいました。彼の家はたまたま高台にあって津波の被害を免れましたが、そのわずか数十m手前まで、津波が押し寄せたのです。近所のお宅の片付けを先週末、「アウトドア義援隊」が手伝ったばかりとのことでした。

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<訪ねた宮戸小学校>


  尾形さんの母校でもある宮戸小学校が会場の一つにどうか、ということで、一緒に訪ねてみました。震災当日は子どもたちは全員まだ高台のこの学校にいたそうで、犠牲者が出なかったのは幸いでした。

  ただでさえ狭いグラウンドには仮設住宅がびっしりと建ち、子どもたちが遊ぶことができなくなっていました。校舎の窓に、「がんばるぞ!! 宮戸!」というメッセージが掲げられ、仮設の避難者を励ましていました。

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<破壊されたままの宮戸島の民宿街>


  尾形さんの案内で訪ねた宮戸島の民宿街。道路の片側はかなり片付いているのに、反対側はまだこんな状況です。小さな湾の奥の一つひとつが素晴らしい海水浴場として夏はにぎわうはずなのに、今年は誰一人泳ぐ人がいませんでした。

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<「大高森」からみた松島湾>


  尾形さんとお別れしてから、島で一番高い「大高森」に登ってみました。一番高いと言っても15分もかからずに登ってしまうのですが、ここからの松島湾の眺めは素晴らしいものでした。地元の尾形さんが自慢するのも納得です。

  海とは切り離せない生活を築き上げてきた人々が、元通りの生活を取り戻すことができるのか。そしてそれまでにはたしてどれだけの時間がかかるのか。風景を見ていると、その道のりの終点が見えない気がしてなりませんでした。

  尾形さんと一緒にいたとき、私のケイタイにメールが飛び込んできました。山形のYさんからでした。「6日に女児誕生しました」との嬉しいメッセージをご本人が送ってくださったのでした。待ち望んだ新しい生命! 私たち大人は、こうした次世代を創る人々のためにも、今を精一杯生きなければならないと感じました。



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happajuku at 06:23|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 東日本大地震・「アウトドア義援隊」関連 | やぎりん、木星音楽団関連

2011年08月08日

☆本日第2信 この活動を支援します!

  東松島市の宮戸島在住のOさんを介し、野崎さくらさんの活動を知りました。彼女が自分自身の活動について書いているものをコピーしておきます。

  「葉っぱ塾ボランティア募金」の一部をこの活動で使っていただくことにいたしました。タイミングよく、きょう午前、Oさんにお会いすべく東松島に行ってきた際に、Oさんにお預けしてきました。


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8月6日も宮戸経由で大塩へGO。今回のパートナーはハルカさん。8月6日は言わずもがな、広島に原爆が落とされ、たくさんの方の命が、人生が失われた日。広島長崎の原爆と福島の原発事故を一緒くたにしないで欲しい。後者は、誰かが望んで起こったことではないのだから。


そんな事を考えながら、まずはコメリで大濱の親父殿からリクエストがあった電ノコ、電気ドリル、他工具を姫路の千尋さんからお預かりした大切なお金で購入。(千尋さんには花火後お会いし、彼女の宮戸への想いに、とても胸が熱くなったのDA)


その後、長音寺を東洋大学の皆さんが片付けている様子を遠くから眺め、宮戸入り。なぎ倒された墓石から流れ出た骨まで、どんな想いで片付けてくれてたのだろう。


宮戸入り口の嵯峨ビュー跡。水が抜かれて遺体捜索がはじまっていた。悦夫さん宅後、隣の隣の佐藤さん宅におじゃま。宮戸の復興計画のタイムテーブルのようなものをみせてくれた。「10年20年じゃ無理だろうな、50年はかかるな。私達は死んでるから、さくらさんたちの世代だな」との言葉に胸がズキンとくる。引越してから2週間経ったので、宮戸小仮設の皆さんはだいぶ片付き、家具も入り、落ち着いたようだ。特に必要なものは、さっと見た限りではわからなかった。マルザノ夫妻、中萩中小学校からの調味料、父からのヤカンは目で確認できた。



ハルカさんと長年お付き合いのある上崎のおばあちゃまを訪ね、月浜仮設に移動。娘さん、お孫さんを津波で亡くしたのに、前向きな90歳。恐るべし。とても素敵なおばあちゃまだった。扇風機を売っているトラックがあったので、千尋さんからのお金で一台購入。すぐにおばあちゃまの部屋で使った。とっても喜んでくれていて嬉しかった。ぶらついてたタツゾウ爺(やはり私のことは覚えていない)の仮設も近く、行ってみたら7人家族だった。てっきり奥さんと2人だけだと思っていたので、安心した。



その後尾形家に行って、母が7月上旬に集めた鍋とやかんをドロップ。里浜の皆さんへのお渡しをお願いした。しかし、これで集めたものをただ配るっていうのは完全に終わりにしたい。今回はちょっとタイムラグがあったのでこうなってしまったけど、やはり被災地で買わないと。鍋にしたって、矢本で売っているところ(できれば個人商店)で買えば、お店のお金になるのだから、集めて配るスタイルは、かえって地元店舗の収益を落としてしまう。地元の経済復興なくして何もありえない、ってあたり前だけど。スタシのコーヒーもただ配るだけじゃNG。子供達にとっていい機会、とかいうのも20回以上してるのでもう無いし。仮設もどの部屋のお年寄りが大変か、など情報収集完了済。リストアップできたお年よりのお宅にまたコーヒーをもって参上し、まずは状況を把握したいと思う。



話は戻り、尾形家後、興味本位で月浜仮設に戻ることにした。なぜならば、モルモン教が炊出しにきていたから. Σ(||゚Д゚) !!生まれてこの方、モルモン教の炊出しなんて食べたことがなく、ワクワク接近!ヘルメットもかぶってないし、白人でもないし、スーツも着ていないので、「モルモン」っていうユニフォームを着てなければわかんなかったwww メニューは「カレー、ミネストローネ、アイス、ジュース」でした。上崎ばあちゃまの親戚の家にて食べてみると、、、、激ウマ…。こんなおいしいカレー、食べたことないっていうくらい美味しい。ミネストローネもさめちゃってるのに、それでも美味しすぎる。あまりの美味しさに胸がドキドキするほど美味しい。。もしも毎日このレベルの炊出しが来てたら、島全体がモルモンになるんじゃないかっていうくらいの美味しさ。ふー、人生何事も経験!最後、ハルカ号で撤退しようとした時、窓越しにモルモン隊のおじさんが「Vサイン」をかましてくれた。リアクションがとれるほど、私の頭の回転速度は速くなかったorz 人生ほんと、何が起こるかわからない。半年前には、自分が宮戸でモルモンカレーを食べるなんて、想像だにしなかった\(^_^)/



その後大塩の避難所と近隣仮設でスタシを開店。米軍駐在期から毎週会っていた阿部家、加藤家もまもなく出て、来週はおそらく10人くらいかな、と思う。スタシの主力も抜けるけど、でも私は最後の1人がいるまでは通おうかな、と。特に理由は無いけど、なんとなく。最後まできっちりやりたいと思った。



宮戸に行って、みて、自分が思った個人ベースでできることをリストアップしてみました。他に何かアイディアやご意見があったらお知らせください。



1.既にある何か、を支援する:海苔養殖業とかどうなっているか要リサーチですが、噂のラーメン屋台が上崎ばあちゃまのお孫さんだったので、内容をちょっときいて、いいと思ったらバックアップしたいと思います



2.今回の電ノコ、電動ドリルなどの工具のように、より暮らしやすい環境をうみだすための道具類の支援。もちろん現地購入。



3. これからできるであろう集会所の整備にお金を使う。もちろん現地購入。



4. 泥出し、草刈り、片付けのお手伝い。さしあたって長音寺!



(号外:継続していける人は…トモダチになる。あとは普通のトモダチ付き合い。困っている時に助ける、っていう。)




本当は食堂や民宿を建てて、ビジネスをはじめるのが一番いいんだけど。。。雇用創出にも、ちょっとした希望にもなるし。ハルカさんとも話したけど、民宿の場合、建屋だけでざっと500~600万くらいでしょうか。土地の評価額とかはわかりませんが、自分だけでは無理だけど、10人くらい集まればできそうな気もしてきます。飲み会を頻繁にしながら考えていこうかと思います。



アメリカのイラク侵攻をみてもよくわかるけど(笑)、地元の人ありき、です。私はあくまでアウトサイダーなので、地元の人たちから湧き上がるパワーをみつけ、それをサポートしていきたいと思います。



Sakura Nozaki




PS:野蒜ロードから宮戸内で、たくさんのお手伝いの皆さんをみかけた。里浜でもお宅の片付け(一番初めに里浜に行った時、片付けを誰かに手伝って欲しい、と言っていたおばあちゃまのお宅)を東京からの皆さんがしていたし。いい人達っているんだな、と思った。



happajuku at 16:17|PermalinkComments(4)TrackBack(0) 東日本大地震・「アウトドア義援隊」関連 

重み増す環境教育リーダー〜山形3年目のSIP講座終了

  一昨年から山形で始めた「スクールインタープリター(SIP)養成入門講座」の今年度の分を、6日、山形大学で、7日はJA協同の杜で、とどこおりなく終了しました。6日は5名、7日は11名。今回新たに16名のSIPが誕生しました。

  3月の大震災、そして原発事故。とりわけ東北に住む人間としては「環境」ということに敏感にならざるをえませんが、こんな事態になってしまう背景を形成することに、私たち一人ひとりが全く無縁だったとは思えません。危険な核エネルギーを利便性と引き換えに許してきてしまった責任の一端は、私たちにもあるだろうと思うのです。

  子どもたちに明るい未来を約束できない事態になったことに、私たち大人はどう弁明し、どうやってこれからを乗り切ってゆけばよいのでしょうか。問題はあまりに大きく、答えなど見えないように思うこともあります。

  しかし一方で、子どもたちに、生命のつながり、その価値、多様な生きものの存在の大切さなどを、しっかり伝えてゆくことが、遠回りでも、よりよい未来に到達する最良の方法だとも思うのです。

  今回の講座で学んだことを、これからの活動に可能な限り生かしてみてください。今後、県内の連絡組織をつくり、協力しながら活動ができるようになってゆけたらと考えています。どうかお力を貸してください。


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<山形大学会場での講義の一こま>


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<野外実習では身近な自然の素晴らしさに目を見張りました。(山大)>


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<まだ青いマツボックリに“小さな秋”を感じました。(山大)>


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<短いメッセージに思いをこめます。(山大)>


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<地面のコケも、視点を変えればまるで森!(山大)>


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<野外実習を振り返るひととき(山大)>


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<「演出の工夫」もインタープリターの大事な役割(山大)>


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<講義の合い間に体操(協同の杜)>


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<ワークシートにも工夫を凝らす。(協同の杜)>


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<これからスクールインタープリター「本番」(協同の杜)>


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<自然の中の関係を探すんですね?(協同の杜)>


  今回の講座を実施するにあたり、さまざまな方々からご支援をいただきました。ほんとうにありがたいことでした。昨年までのような助成金もありませんでしたので、財政的には「赤字にはならなかった」という程度ですが、誰もが目を向けない環境教育の真のリーダーを養成する第一歩の講座としての意義は大きいと確信しています。誰も注目せず、支援のないものであっても、その意義は将来きっと気づかれることになるものと確信しています。

  参加者のみなさん、お目にかかれたこと、ほんとうにありがたかったです。志を同じくする仲間が増えたことを素直に喜んでいます。IPNETーJの本多さん、遠くからおいでいただき、ありがとうございました。


  参考:IPNET−J ブログ

       8月6日
       8月7日

               (8月8日立秋そして「葉っぱ塾記念日」に)



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2011年08月07日

葉っぱ塾のコシヒカリ、順調!

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<8月6日の「葉っぱ塾の田んぼ」>

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<7月12日はこんなふうでした。>


  田植えから2か月が経過した「葉っぱ塾の田んぼ」を、6日朝、見に行ってきました。3週間前の成育状況と比べると、背丈が伸び、葉が広がっているのがわかります。人間に例えたら、ちょっと大人の仲間入りをした中学生ぐらいといったところでしょうか。

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<機械植えの田んぼ(左)と比べると・・・>


  あぜ道一本隔てて左(西側)は、違う農家の機械植えの田んぼです。こうして並べてみると、違いがわかるでしょうか? イネの間隔が狭い左は、根元の部分が暗いのがわかりね。右側の「葉っぱ塾」のものは、水田の地面まで明るい光が差し込んでいます。葉っぱ全体で光合成ができるのですね。

  ニュースでご存知のように、今年のイネについては放射能検査が行なわれるそうです。すでに世界を1周りも2周りもした放射性物質ですので、山形も全く影響がないとはならない可能性もありますが、何とか収穫までこぎつけられたらと願っています。

  田んぼの様子を一度見においでになりませんか? 



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happajuku at 05:24|PermalinkComments(4)TrackBack(0) 葉っぱ塾田んぼオーナー 

2011年08月05日

大正大学フィールドワークにお手伝い

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<長井市郊外の散居村集落を展望>


  昨年も少しだけ関わったのですが、大正大学人文学部の学生たち33名が、3日から長井市に来ていて、フィールドワークをやっています。2日目の4日は、3グループに分かれ、私はその一つ「環境班」のコーディネーターを担当しました。

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<長井ダムと祝瓶山>

  
  事務局からの提案で、長井ダムや市街地を見下ろせる熊野神社が建っている山に登ることにしていました。暑さは少しありましたが、若者たちは元気に登りました。

  昔は「暴れ川」であった野川が、今はダムと堤防、そして扇状地に張り巡らされた水路によって水量が管理され、そのことが安全な生活圏を作り上げている様子を高台から展望してもらうという意図は、十分に伝わったと思います。

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<どんなふうに自然を楽しむか?>


  「自然」を感じてもらうときに、そこにインタープリターの存在が必要であることも伝えたかったので、途中で使えたらと思って聴診器を準備していました。ネイチャーゲームの「木の鼓動」を体験してもらいました。自然がそこに「ある」だけでは十分ではなく、短期間訪れる人々に親しんでもらうために、そういう分野でのスキルを持った人材を養成することは大切なことです。目には見えないそういうところにお金をかけることが、長井での滞在を豊かなものにしてゆくのだと私は考えています。

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<地元野菜を使った料理で昼食バイキング>


  下山して昼食となりましたが、地元食材をふんだんに使ったバイキング! 写真はカボチャの生クリーム添えです。ちょっと珍しい取り合わせでしたが、これは素晴らしい味でした。そのほかに、丸ナスの漬物、オカヒジキのおひたし、アザミの煮物、畑の雑草・ヒョウの和え物、山形名物・夏野菜の「だし」など、すばらしい郷土料理が振舞われました。こういうものも十分に観光資源になるはずです。

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<まとめの作業>


  昼食後は2グループに分かれてまとめの作業。豊かな自然と観光とを結びつけながらの街づくりという観点で、まとめてもらいました。

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<オレンジ色のスイカでおやつ>


  まとめが終わったころに、「幻のスイカ」が用意されていました! 何と、オレンジ色のスイカ。これが甘くて、とってもジューシィ。いくらなんでもこれは多すぎる、と思ったら、若者たちのお腹に全部おさまりました。

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<全体会での発表風景>


  他の2つの班の学生も集まって、報告会。大学の一年生ということで、まだ自分のテーマなど持たないわけですので、与えられた課題を消化するので精一杯というところはありますが、私が担当した班の発表は、なかなかまとまっていたと思います(自画自賛?)。

  今、この地域にはさまざまなNPOがあって、緊急雇用などの措置で、スタッフが働いています。彼らが期限付きであっても給与をもらっている間に、そうした人材を養成するための講座を受講することで、本人のスキル・アップはもちろん、この地域の受け入れ態勢の充実にもつながってゆくのだと私は思うのです。観光に力を入れることが、何か企画をするということだけで終わっているように思えます。その企画を、中身のあるものにするために、土台となる部分にどれだけ投資ができるのかが大切です。

  さしあたって、明日、あさってと山形市内で「スクールインタープリター養成講座」があります。まだ申し込み、間に合います(間に合わせます)。ぜひご参加ください。



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happajuku at 05:31|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 葉っぱ塾行事レポート | スクール・インタープリター

2011年08月04日

『小川の辺』〜藤沢作品、山形の風景ふんだんに

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  藤沢周平の作品に傾倒してもう15年近くにもなるでしょうか。山形出身のこの作家の存在すら知らなかったのに、亡くなられたのをきっかけに読み始めて以来、その端正な文章と描かれる人間像に惹かれてここに至っています。

  6月の父の日のとき、娘がプレゼントしてくれた鑑賞券を使わずにいたので、そのうち、そのうちと思っているうちに8月になってしまいました。上映館に行きましたらもうパンフレットは完売していました。

  ほとんどの藤沢作品を読んだと思っていたのに、この作品には記憶がありませんでした。帰宅してからたくさんの文庫本を探しても、まだ見つけられないでいます。

  舞台は海坂(うなさか)藩。藩の農政を真っ向から批判し、ついには脱藩してしまう郡役人に、上意討ちの命が下ります。討手として差し向けられることになった武士は、心中穏やかではありません。郡役人と一緒に藩を抜けた妻は、自分の妹でした。父親から共に剣術を学んだ兄と妹。「そのとき」、妹は刃向かってくるのかどうか。

  ストーリーとしては単純です。その単純さを、映画の中にふんだんに出てくる山形各地の風景が広がりを持たせ、出演者の抑えた演技が深みを与えているような気がしました。

  先日、月山のガイドの際、バスが藤沢さんの生家の近くを通ったときにマイクでご案内しましたら、お客様の中にも藤沢さんがずいぶんおられました。藤沢作品を知る前は「時代小説なんて」と思っていたのですが、読んでみると、時代を超えて伝わってくるのは人間の優しさ、おろかさ、そして人と人とのつながりの暖かさでした。そして、歴史に名を残すことなく死んでいった無数の人々のそれぞれに、いとおしくなるようないのちのほとばしりがあったのだということに思い至るのです。



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happajuku at 04:56|PermalinkComments(4)TrackBack(0) 本・CD・映画などのレビュー 

2011年08月03日

『原発のウソ』〜小出裕章さんからのメッセージ

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  小出裕章さん。京都大学の「助教」として、継続して原発の危険性を訴えてこられた方です。3月の震災、そして原発事故を踏まえ、6月1日の日付で初版が出版された書下ろしの啓蒙書です。

  原子力の問題といえば素人ではわかりにくいというのが通例かもしれませんが、実に簡明な文章です。むずかしいことがわかりやすく解説されています。わかりやすいだけに、現在私たちが置かれている状況がけっして楽観できるものではないことがストレートに伝わってきます。

  数十年間にわたるわが国における原発の開発が、一部の人々の利益にしかならない状況の中で進められ、進めば進むほど後戻りできなくなってきた経過が手に取るようにわかります。そしてそのことが、多くの国民の沈黙によって肯定されてきたことも。

  小出さんはこの著書の「まえがき」の最後の部分で次のように書いておられます。

  「起きてしまった過去は変えられませんが、未来は変えられます。これから生まれる子どもたちに、安全な環境を残していきませんか。皆さんの一人ひとりが『危険な原発はいらない』という意思表示をしてくださることを願っています。」

  ぜひご一読ください。

  『原発のウソ』 小出裕章著 扶桑社新書 ¥777



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2011年08月02日

デュオ・ケーナルパ大阪、名古屋公演終了に感謝

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  弟の八木倫明(自称やぎりん)がケーナを、池山由香さんがアルパ(南米のハープ)を演奏して二人組で活動している「デュオ・ケーナルパ」が、7月30日は大阪・高槻市に、31日には名古屋にお招きを受けて、演奏会が開かれました。

  「デュオ・ケーナルパ」などというグループの知名度はほとんどゼロに近いというのに、コンサートを主催してくださった方々のご苦労を思います。ニーズや興味が多様化する中で、音楽会に人を集めるというのは容易なことではありません。その困難を敢えて引き受けてくださった方々に、心から御礼を申し上げます。

  大阪公演に行ってくださった「きよこさん」はこのブログのコメントの常連さんですが、ご自身のブログに次のように書いてくださいました。


  「きらきらしたアルパの音色、まっすぐ響く歌声ケーナののびやかな音、ナイのやわらかな響き。本当にすがすがしく、祈りに満ちたひとときそして、その中でも楽しんで欲しいという心が伝わってきて、気持ちをすっかりゆだね安心できる時間を過ごさせていただきました。

   コンサートの中でのお二人の言葉ややぎりんさんとお逢いして お話しをお聞きしていると、演奏される曲の時代背景、人々の思い、などを掘り下げ、その曲を心から愛して演奏しておられる心の姿勢を思い、本当に素晴らしいなと感じるのでした。

  素敵な友人、知人とともに分かち合えたこの素晴らしい空間での 余韻に今ひたっています。本当に幸せなひとときでした。ありがとうございました。」


  また、名古屋での公演を主催してくださったUさんのブログには、思いがけないめぐり愛の奇跡が書かれてありました。


  「会場のミューズ音楽館は、私が決めたので、デュオ・ケーナルパのお二人は、昨日はじめてミューズ音楽館のご主人と、奥様に会ったのですが、ゆかさんが、小学校時代にいたアルゼンチンのブエノス・アイレスで、同じ先生から音楽を学んでいたのが、ミューズ音楽館の奥様だったそうです。

  ミューズ音楽館は名古屋に出来てまだ6年、ゆかちゃんと奥様が出逢っていたのは、十数年前のブエノス・アイレス。コンサートには、ラテン音楽だからと、ミューズ音楽館の奥様がお誘いした 日本人学校の先生もいらしていて昨日のミューズ音楽館は「奇跡の同窓会」のようになっていました。」



  裏方として動いてくださった皆様、当日ご来場いただいた皆様、本当にありがとうございました。

CD発売告知チラシ


  なお、デュオ・ケーナルパのCDは、昨年秋に「葉っぱ塾10周年記念事業」として製作にお力添えをいただき、今年3月に発売になりました。大変好評を得ています。「葉っぱ塾」ではこのCDを販売しております。送料込みで3000円です。ご連絡いただければすぐにお送りできます。
<連絡先> 携帯 090-5230−8819 八木

  また、デュオ・ケーナルパのブログが新たにアメーバ・ブログに引越しをしました。一度ご覧ください。



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happajuku at 05:09|PermalinkComments(3)TrackBack(0) やぎりん、木星音楽団関連