2012年01月

2012年01月31日

美女四人雪原を駆ける!〜縄文村スノーシュー

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<はなやかなスノーシュー>


  「葉っぱ塾」に今年初めてのお客様。去年団体のツアーで月山をご案内したときのゲストの若い女性たち。登山の初心者ですが、次第に山登りの「深み」にはまっています。この日は初めてのスノーシュー体験。眠っていたスノーシューも嬉しそう。


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<新雪の感触はいかが?>


  休日でも人がいないのですから平日はもちろん貸切の「縄文村」。数日間降り続いた新雪が60センチ近くも積もって、すばらしい条件です。


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<目をつぶって歩くと、あら不思議>


  ひろびろしたところで、「目をつぶって歩いてみましょう」とやってもらいました。正面の高い杉の木を目指したはずなのですが、あれあれ、なかなか真っ直ぐには歩けないものですね。人間の方向感覚って、意外とあてにならないものです。


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<広々した雪の斜面で心も解放!>


  ゆるやかに登ってゆき、後半は広い斜面の下りがあります。時おり風が吹いて雪が舞っていましたが、昼近くになってときどき青空がのぞくようになりました。広々した斜面どこでも自由に歩けるっていいものです。


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<次第に空も晴れてきた!>


  高台から長井市内も見えるようになってきました。登山ではないけれど、遠くが見渡せるというのは、やっぱり気持ちがいいものです。


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<昼食は「交流センター」の中で>


  昼食は「体験交流センター」をお借りして、寒くないところで食べられます。3面に広い窓があるので、太陽の日差しがたくさん入ります。


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<お菓子持ち過ぎ?>


  ナメコ汁を作りましたが、彼女たちのザックからはおやつもたくさん出てきます。そんなに食べきれないでしょう? でも、歩いたあとの甘いものって格別な味ですよね。


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<雪と戯れる>


  ちょっとした段差をジャンプ! しようとしましたが失敗。それでもなぜか楽しい。心が解放されて子どものようになっているのですね。

  次回の「縄文村スノーシュー」は2月5日(日)実施です。また、19日には「県民の森スノーシュー」を予定しています。ぜひご参加ください。詳しいことは下記にお問い合わせください。

  【葉っぱ塾】  happa-fy★dewa.or.jp
            (送信の際は★を@に変えてください。)

           携帯 090-5230−8819 (八木)


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happajuku at 05:34|PermalinkComments(4)TrackBack(0) 葉っぱ塾行事レポート 

2012年01月30日

地元のイベント盛り上げよう!

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<キャンドルづくりをする生徒たち>


  2月4日に南陽市内で開催される「雪灯り祭り」で使用されるキャンドルづくりを、地元の南陽高校のインターアクト・クラブ(国際ロータリークラブの青少年育成プログラム)の生徒たちと一緒に行いました。

  このお祭りが始まるとき、私はまだこの学校に勤めてたのですが、冬場に賑わう場面を作りたいということでこの行事が計画され、当時、阪神大震災の慰霊祭向けにキャンドルを作っていたこともあって、製作の依頼がきたのでした。それ以降、毎年この時期に、およそ1000個のキャンドルを製作し、提供しています。

  こうした行事への参加が始まったときの意義を知る者にとっては、やりがいのあるボランティアですけれど、そうすることが年中行事になってから入ってきた生徒たちには、なにやら義務的な作業という感じになるのかもしれません。作業を終える前に、こうした目立たない裏方の仕事があってはじめて、イベントが成り立っているんだよ、ということを生徒たちに伝えました。

  当日は「葉っぱ塾」に遠来のお客様もおいでになりますので、このイベントを一緒に楽しみたいと思っています。

  なお、南陽市のホームページを参照ください。お近くの方、赤湯駅前がメイン会場です。ぜひおいでください。


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happajuku at 05:17|PermalinkComments(5)TrackBack(0) 山形県・長井市内名所案内 

2012年01月29日

深い被災の傷〜継続必要、心のケア

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<バスの窓から見た石巻の海>


  28日は「山形こころサポーター」による、石巻市内での2回目の調査活動に参加してきました。

  すっかり寒気の中に入った雪の山形をまだ暗いうちに、女性12名、男性4名のメンバーを乗せたバスは、山形県庁から石巻へと向かいます。

  笹谷峠を越えて太平洋側に入るとさすがに雪は少ないですが、それでも高速道路の温度計は「−4℃」を示していました。

  東松島の矢本PAで休憩したときに、掃除をしている高齢の女性に挨拶しましたら、そのまま数分、立ち話になってしまいました。78歳のその女性は津波で家を失い、今は仮設住宅に入っておられるとのこと。週に4日、このPAで清掃作業に就き、1日で5600円の収入になっていることなどを話してくださいました。仮設の中にじっとしてるよりはいいのかもしれませんが、この寒さは堪えるのではないのかな、などと気になりました。


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<積雪の石巻市内>


  石巻市内は青空が広がっていましたが、うっすらと雪が積もってました。バスの窓を通過してくる光は温かく感じられるのに、外に出てみれば、刺すように感じられる寒さの中を、2回目の調査活動に向かいました。メンバーの中には、この活動に参加するため、わざわざ札幌からやってくる女性もおられます。大学時代を仙台で過ごされたということでした。


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<調査訪問に向かうメンバーのTさん>


  二人一組になり、住宅地図のコピーを頼りに、割り当てられた地域の一軒一軒を訪ねるのです。予告してあるわけではありませんから、不在のところもあります。

  また、こちらの調査の意図がすぐには理解されず、門前払いになることもあります。Tさんと私のペアは、結局この日は、3軒のお宅にお邪魔させていただき、それぞれ1時間ほど、お話を伺うことができました。女性のTさんの物腰の柔らかさのおかげだったかもしれません。

  今回訪問した一角は、閑静な住宅地で、津波も、床下浸水か、あるいは床上でもほんのわずかで済んだ地域でした。住宅も「一部損壊」が多く、一見あまり問題を抱えているようには見えない、というのが調査に向かう直前の印象でした。

  しかし、玄関先で「支援は不要です」と言われそうな気がした1軒目からその予想は覆りました。応対してくださったのは50代の女性でした。建設業を営んでいるお宅で、庭には車が3台も置いてありましたし、大きな家でした。

  数分間は玄関のドアを開けたままでの立ち話。しかし、話が止まらなくなりました。玄関の中に入れていただき、そこで次々とお話が出てきました。「一部損壊」と認定された世帯には義援金の分配がなかったことを初めてお聞きしました。義援金に協力した方が聞いたらびっくりされるのではないでしょうか。

  数か月間は仕事が途絶え、たくわえを取り崩しての生活になっていること、最近ようやく少しだけ仕事が出てきたこと、震災前に定期的に通っていた貧血などの治療のための通院は、経済的に苦しくて、ずっと行っていないこと、雨漏りがするけれど、補修ができずそのままになっており、「一部損壊」では公的な支援の道がないこと、将来どう暮らしてゆけばよいのか不安で、不眠傾向もあり、お酒の量が増えたことなどを、時に涙ぐみながらお話ししてくださいました。

  どこにぶつけてよいのかわからない不満や不安を、ずっと抱え込んでいたとでもいうように、静かに、しかしとめどなくお話ししてくださったことに、この方の心の傷が癒えてはいないことが伝わってきました。

  家が残ったからまだいいだろう。周りも自分もそのように納得しようとするけれど、どうしてもそこに「ストン」とは落ちない理不尽さが感じられ、感情はそちらに引きずられているというこのなのでしょうか。
 

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<車に戻り、調査票を整理する>


  現地で活動するスタッフに伝えるために、車に戻って調査票を整理します。現地スタッフから細かい質問があり、メモを追加してゆきます。1軒目の女性には、現地スタッフが今後フォローしてくださることになりました。

  私たちの活動は、こんなふうにして、一見何も問題がないように見える被災地の中に隠れている課題を見つけ出す最初の作業なのです。初めて訪ねてくる私たちを茶の間に招きいれて応対くださった方もおられます。そのことの陰にも、自らの体験や思いを聞いてほしいという被災者のお気持ちがあるのだと感じます。

  「山形からわざわざ来てくれたのか!」と驚かれもします。そうした反応を見るにつけ、「山形から行く」ことの意義はけっして小さくないということを実感します。

  人員が足りないために、まだ予定の4割のお宅を訪問したにとどまっているそうです。山形からの訪問活動は2月も18日と25日の2回予定されています。もし新たに参加可能な方はぜひ! 16日には初参加の方のための講習会も開催されるとのことでした。


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happajuku at 05:59|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 東日本大地震関連 

2012年01月28日

スキー授業第2ステージ、蔵王ライザへ

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<蔵王ライザスキー場付近の落葉松林>


  お手伝いしてるN高校のスキー授業は、昨日から「第2ステージ」に入り、会場が蔵王ライザスキー場になりました。

  朝学校に出向きましたら、通学生が利用しているフラワー長井線で踏み切り事故があり、列車が遅れているとのこと。結局、出発が1時間以上遅れました。


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<寒さ厳しい外の風景>


  この数日前から寒波がやってきていましたが、この日も厳しい寒さでした。蔵王エコーラインの途中にある温度表示は「−7℃」。ゲレンデに行きましたら「−11℃」でした。しかし、冬型の気圧配置が崩れており、等圧線感覚が広かったことから予想したように、比較的に風は穏やかでした。


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<生徒は風の子>


  スキー授業が開始できたのは午前11時半ごろ。リフトを2本乗って、スキー場の最上部、標高1450mまで上りましたが、刺すような寒さで顔が痛いほどでした。

  早朝動いた圧雪車のあとにさらに雪が積もり、女生徒たちは「わぁー、もふもふ!」などと悲鳴をあげながらも、楽しそうです。さすがは雪国の若者たちです。

  蔵王ライザスキー場は、家族向けにいろいろ工夫がなされていました。「家族一日券」というのがあって、比較的安価に楽しめます。ゲレンデも緩斜面が長くありますので、幼児でも安心という感じです。

  ただ、標高が1100〜1450mほどにありますので、寒さ対策は十分に必要です。


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happajuku at 05:00|PermalinkComments(2)TrackBack(0) ブナの森の四季 

2012年01月27日

冬の星座

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<オリオン座(15秒露光)>


      「冬の星座」

          堀内敬三 作詞  
          ヘイス作曲


     木枯らしとだえて
     さゆる空より
     地上に降りしく
     奇(くす)しき光よ
     ものみないこえる
     しじまの中に
     きらめき揺れつつ
     星座はめぐる

        ほのぼの明かりて
        流るる銀河
        オリオン舞い立ち
        スバルはさざめく
        無窮(むきゅう)をゆびさす
        北斗の針と
        きらめき揺れつつ
        星座はめぐる



  空が雪雲に覆われることの多い山形でも、時おり雲が切れて、星空が見えるときがあります。冷え込んで張り詰めた空気の中に長時間立っているのは大変ですが、新月直後の夜空は、星の光が冴え冴えと際立っています。

  冬の星座の代表はやはりオリオン座でしょうか。秋にも見えているのですが、夜明けごろに出てきたりするので、あまり見る人が多くはないのでしょう。今の時季は夜8時から9時ぐらいに、南の空高くにあります。

  私のカメラは15秒までしかシャッターを開放できないので、この写真が限度です。オリオン座が見えるでしょうか?

  寒気団が南下して、大雪になっている地域があるようですが、このあたりはそれほどではありません。ただ気温は低く、昨日も最高気温が−3℃ほど。きょうも真冬日となりそうです。

  21日が二十四節気の「大寒」でした。七十二候では今は「水沢腹堅」。これで「さわみずこおりつめる」と読ませるのだそうです。いかにも寒さの底を表しているかのようです。予報ではしばらく先までずっと雪のマークが続きますが、「大寒」のあとは「立春」です!


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happajuku at 05:01|PermalinkComments(2)TrackBack(0) ブナの森の四季 

2012年01月26日

デュオ・ケーナルパ、NHKでの放送「完全文字起こし版」!

メンバー写真(7)



  1月21日のNHKラジオ第一放送『絆うた』という番組で、弟たちのデュオ・ケーナルパが演奏する『広い河の岸辺』取り上げられました。35分間の番組の、2番目の曲として紹介されたのですが、その放送を録音し、完全文字起こしをしてくださった方がいらっしゃいます。

  このブログにいつもコメントを書いてくださっている「きよこさん」です。当日の番組をお聞きになれなかった方には、すばらしいプレゼントになるかもしれません。きよこさん、ありがとうございました。

  番組の司会の三宅民夫アナウンサーの静かな語り口で紹介されたリスナーからのリクエストの文面は、静かな感動を呼び起こすものでした。

  以下が当日の放送内容です。

  ********************



  神奈川県の60代の男性の「吹老さん」が団塊の世代の切実な思いを送ってくださっています。

  この方は「絆うた」にケーナ・ルパの「広い河の岸辺」をあげてくださいました。
文面をご紹介いたします。

  「定年退職後、張りがなくなり趣味のつもりでいたオカリナさえ面倒になったこの夏、偶然この歌と出会いました。ゆっくりとした流れのメロディーと、歌詞にこめられた「困難があっても、前向きに」のメッセージが心に響く言葉でした。

  ケーナとアルパの優しい響きに張りのある歌声。歌いやすく、何度も口ずさんでいるうちに、大好きな歌になりました。今、少しずつ前を向いて動きだしています。是非、番組を通じて多くの人にも聞いていただきたいと思っています。よろしくお願いします。」
ということです。

  実は、番組には団塊の世代の男性からのメッセージが多く寄せられています。定年後自分を見つめる時間が増えることに困惑を覚える方もいらっしゃいます。そういう人たちに励ましになるのではないかというこの曲。

  このラジオネーム「吹老さん」は「ふくろう」という字が「笛を吹くの「吹く」に「老いる」という字があるのでひょっとすると「老いを吹き飛ばす」という思いもこめられているかもしれないのですけれど、その絆うたにあげて下さった「広い河の岸辺」ですけれども、やぎりんこと八木倫明さんと池山由香さんによるユニット、「デュオ・ケーナルパ」の曲です。

  スコットランド民謡の「The Water is wide」にやぎりんさんが、日本語の詞を付けました。二人が演奏する南米アンデスのたて笛ケーナと南米のハープ「アルパ」の美しい旋律と共に、お楽しみいただければと思います。ケーナとアルパなので「ケーナルパ」というグループの名前がついているんですね。

  「吹老さん」の絆うたをおかけいたします。デュオ・ケーナルパのお二人で「広い河の岸辺」。




  デュオ・ケーナルパで「広い河の岸辺」でした。
南米アンデス地方に伝わるたて笛のケーナ。そして
ヨーロッパからもたらされ南米で育まれたハープのアルパ。
とっても素朴な響きがしますし、こう、心に染みいるような感じがしました。
 

 *******************

  なお、この曲が入ったCD『広い河の岸辺』は、「葉っぱ塾10周年記念事業」としてその制作に取り組み、多くの皆様のお力添えで完成したものでした。「葉っぱ塾」では引き続きこのCDを販売しています。売り上げは「葉っぱ塾」の活動に役立ててゆきますので、まだお持ちでない方、あるいはどなたかにプレゼントなさりたい方、ぜひお申し込みください。

  手渡しの方は2800円。郵送や宅配便の場合は送料込みで3000円です。よろしくお力添えください。お申し込みは下記のアドレスにお願いいたします。

  【連絡先】 happa-fy★dewa.or.jp
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happajuku at 05:04|PermalinkComments(4)TrackBack(0) やぎりん、木星音楽団関連 

2012年01月24日

GARDEN OF HOPE 〜陸前高田の希望の花園

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<笑顔で説明くださる吉田さん>


  震災と津波で全てを失って、それでも立ち上がり、笑顔で私たちを迎えてくださった陸前高田の吉田正子さん。その笑顔を支えている強さはどこからくるのでしょうか。

  22日、大雪で途中が通行止めになった高速を迂回し、「日曜奉仕団」のボランティア・バスは5時間近くかかって陸前高田に着きました。ボランティア・センターからの依頼で向かった吉田さんの庭は、壊滅した陸前高田市内を通り抜けた丘の上にありました。

  遅れて着いた私たちを満面の笑顔で迎えてくださった吉田さんは、ビニール・ハウスの中で、震災当日のことや、ここに作ろうとしている庭のこと、そしてこの日の作業内容について、ていねいにお話しくださいました。


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<吉田さんのお宅と私たちの作業現場>


  20年以上前に空撮された写真で、私の左手の人差指の先にあるのが吉田さんのお宅。立派な瓦葺の二階家だったそうです。吉田さんはその周りに花壇を整備され、オープン・ガーデンとして公開もしていらしたのです。園芸や花の雑誌にも紹介されたことがあるそうです。

  この日私たちが作業したのは、写真の右上方にあるボールペンの先あたり。吉田さん宅からさらに段丘を一段上がった場所付近です。


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<津波で流される吉田さん宅(吉田さん撮影)>


  震災当日吉田さんは、気仙沼に出かけて帰宅途中に地震に遭い、急いで帰宅。散乱した家財の様子をカメラで撮影していたそうです。そこに、「津波が来るぞ!」との声があり、カメラだけ持って背後の丘に避難。流される我が家を目撃し、撮影されたのが上の写真だということです。まわりにカメラを持っている人はいなかったから、我にかえって、「撮っておかねば」と思われたとのこと。


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<姿を現し始めた「希望の庭」>


  昨年の夏ぐらいからプランを練られ、この地にもう一度花がいっぱいの庭を作ろうと、ボランティアの手を借りながら、石を運び、タネをまき、苗を植えてこられたそうです。昨年11月には、オランダのトップ ガーデン・デザイナーのプランに基づいて植栽も行なわれ、その方の命名で、この庭は「希望の庭(GARDEN OF HOPE)」と名づけられたのだと伺いました。


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<「希望の庭」から市内を見渡す>


  遅れた上に、この日の作業はボラセンの指示により、午前中のみとなってしまいましたので、私たちがやれた作業は、垣根にする竹を切ったり、運んだりすることと、斜面にユリ(カサ・ブランカ)の球根を植えることぐらいでした。

  しかし、吉田さんの笑顔の向こうに、花が咲き乱れ、人々が憩う「希望の庭」が見えるような気がしたのです。これまで何百人とここで作業したボランティアの中の、私たちはほんの一部に過ぎませんでしたが、吉田さんの「希望」に寄り添い、元気をいただいたのは私たちのほうでした。

  鉄筋コンクリートの建物の3階や4階まで津波に破壊され、まるで原爆後のヒロシマのようにさえ見えるこの陸前高田の市内を見渡す丘の上に、復興への希望の願いをこめた庭が今創られつつあります。いつか花でいっぱいのこの地を訪ね、吉田さんのご苦労をねぎらい、喜びを分かち合う時を持つことができたら、どんなにかすばらしいことでしょうか。

  短い時間ではありましたが、忘れられないボランティア体験となりました。吉田さん、ありがとうございました。そして、「一緒に!」と誘ってくださった「日曜奉仕団」の皆さん、お疲れ様でした。


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happajuku at 04:30|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 東日本大地震関連 

2012年01月23日

「アウトドア義援隊」仕事始め

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<こんなふうに分別して!>


  21日は「アウトドア義援隊」の仕事始め。大阪組をはじめ、首都圏からも参加があって、総勢20名を超える新年のスタートでした。

  この日は、昨年の継続で、Tさん宅の庭への追加の砂入れから始めました。大切にしておられた庭木の半数以上が枯れてしまっていましたが、また素敵なお庭になれば嬉しい限りです。ピラカンサの赤い実が鮮やかなお庭です。

  
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<津波が引いてそのままの状態>


  震災後10か月以上を経て、ようやく泥出し作業が始まったお宅がその次。津波で1.5mほど浸水したお宅でした。家屋から出された廃棄物の分別が細かくなって、それを時々見ながら、庭に分けて置いてゆきます。


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<作業はスピーディ>


  最初に見たときには「これが片付くのか?」と思った家も、15名ほどが動くと、どんどん片付いてゆきます。「アウトドア義援隊」の面白いところは、誰が何をする、などと打ち合わせなくても、必要な作業を自分で判断して、どんどん進めてしまうところです。初めての人は、わからないときは聞くということで、すぐにその場の雰囲気で慣れてしまうようです。


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<ヘドロでいっぱいの浴室>


  浴室を担当した I さんは、真っ黒なヘドロと奮闘中。ユニットバスも最後は外して外に出すのですが、ヘドロは別に除去が必要です。


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<一日目、作業終了>


  午後3時すぎ、この日の作業終了。このあと、このお宅は床をはがし、床下のヘドロを出し、十分な乾燥を経て、リフォームされることになります。完成は初夏のころでしょうか。


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<初めて仮設を訪れる「なごみ庵」のお二人>


  この日は、長井市のグリーンツーリズム・ネットワークでお世話になっている「なごみ庵」のお二人も同行されました。東松島市のKさんやOさんにお願いして、被災地の現状を見ていただいたり、支援のお手伝いをしていただきました。

  以前Kさんにお送りしたこちらの「味噌餅」が好評だったそうで、「なごみ庵」のお二人は2月に味噌餅を現地に届ける約束をされたそうです。被災地を実際に見ることは、その人にとっての「行動」のきっかけとして大切なことだと感じます。

  お二人からは、「葉っぱ塾ボランティア支援募金」にも多額のご協力をいただきました。ありがとうございました。「アウトドア義援隊」の活動は、まだまだ続きます。ほとんど週末の活動です。参加希望の方、ご連絡いただければ調整いたします。


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happajuku at 05:28|PermalinkComments(4)TrackBack(0) 東日本大地震関連 

2012年01月22日

太平洋側、大雪!

昨日はアウトドア義援隊の「仕事始め」で東松島へ。今日は「日曜奉仕団」のボランティア・バスで陸前高田へ向かっています。

ところが、昨夜から太平洋側が大雪で、山形自動車道が宮城川崎から先が通行止め。

先ほど高速を降りて、一般道を泉インターへと向かっています。

果たして目的地に着けるのか、着けたとして何時になるのか、現段階ではわからない状況です。

これからお出かけの方は、交通情報にご留意ください。

まだ外は真っ暗で、「こんばんは」などと挨拶して笑われてしまいました。


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2012年01月21日

大きな励まし〜ボランティア支援募金、吉永さんからも!

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<東松島市内で活動する「アウトドア義援隊」のメンバー>


  大震災から10か月以上が過ぎ、年が改まりました。被災地での支援活動は現地のニーズに合わせ、柔軟に、そして多様に展開されています。先日、被災地で活動するボランティアの数が最盛期の10%程度に落ち込んでいると新聞に出ていましたが、私が関わっている活動に関しては、そうなってはいません。

  今日21日は「アウトドア義援隊」の仕事始め。これから出かけます。こうして活動が継続される背景に、現地との橋渡し役を担ってくださる方の献身的な活動があります。年末お会いしたときに、「東松島に通い始めて30000キロ走った」とおっしゃっていたKさんは、大阪から足繁く通ってくださっています。

  そして、首都圏やここ山形からも多くの仲間たちが繰り返し参加しています。そんな活動を継続できた背景の一つに、「葉っぱ塾」が呼びかけた「ボランティア支援募金」に多くの皆様がご協力くださったことがあると私は思っています。


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<陸前高田で活動する「日曜奉仕団」のメンバー>


  先週末のことですが、届いた郵便振替通知を開けましたら、なんと吉永小百合さんからも募金にご協力をいただきました! 「葉っぱ塾」と吉永さんとのつながりは、2005年10月に、吉永さんに山形までおいでいただき、原爆詩朗読会を開催して以来のものです。私の“自分通信”でもある「LEAF」をずっとお送りしていますが、それをご覧になって、協力してくださったものだと思います。

  どなたからの送金でもありがたいことに変わりはありませんが、私たちの活動を遠くで温かく見守ってくださっていること、サユリストとして本当にありがたく、心強い限りです。

  昨年末の段階でこの募金の「中間報告」をブログでも申し上げましたが、募金は引き続き呼びかけております。それは、私たちの活動がまだまだ継続してゆくからです。

  大震災からの復興という流れからみれば、ほんのささやかな活動でしかありませんが、地元の方々と心が通いあうような活動になってきています。これからもどうぞお力添えください。

  【葉っぱ塾ボランティア募金】

    郵便振替口座   02420−5− 19722

    加入者名      八木文明

    ※通信欄に「ボランティア支援」とご記入ください。


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happajuku at 04:30|PermalinkComments(3)TrackBack(0) 東日本大地震関連 | 吉永小百合さん関連

2012年01月20日

まもなく「元日」〜こんなカレンダーいかが?

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<17日の朝の国道の温度表示>


  この冬は、昨年の冬とは様子がちょっと違います。昨年の1月は毎日が雪降りで、しかも半端ではない積雪でした。

  今年も、クリスマスから1月10日過ぎまではかなりの雪が降りましたが、ここ5日間ほどは雪が止んでいます。その代わり、空が晴れた明け方には放射冷却も加わって、気温がー10℃にまで下がる朝もありました。


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<霧氷のイルミネーション>


  17日の朝、久しぶりに雪のないアスファルト道路をジョギングできるのがうれしくて、夜明け前の国道をゆっくり走っていましたら、駐車帯に植えてある木にびっしりと霧氷が付いて、それがナトリウム灯に照らされて、まるでイルミネーションのようになっているのに出会いました。

  霧氷は空気中の水蒸気が細かい氷の粒になり、枝に付着していくものです。明るくなってしまえば照明も消えるので、見られない光景です。


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<「月と季節の暦」表紙>


  先日、今年の田んぼの相談に、遠藤さんのところにお邪魔したときに、「今年は春が早いかもしれない」とおっしゃっていました。農家の方々は今でも旧暦を農作業の目安にしている方は多いようです。

  旧暦では「立春の直前の朔の日」を元日としているのです。それが今年は1月23日だということです。旧暦の元日が1月になることは珍しいのだそうです。ちなみに昨年は2月3日が旧暦元日、来年は2月10日となっています。

  しかも、今年は「やよい(三月)」のあとに「閏(うるう)三月(後の月)」というのが入り、一年が13か月、384日あるのです。

  遠藤さんによれば、「閏三月」のある年は、春が早く、しかも長く続く、と言われてきたそうです。

  まだ1月中旬ですので、雪が降らないわけはないでしょうが、今後の天候の推移に注目していようと思います。

  なお、写真の「月と季節の暦」は、志賀勝さんという方が制作しておられ、ネットを介して注文することが可能です。昔の人々の知恵や経験がたくさん詰まっています。新たな「新年」を迎えてみませんか?


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happajuku at 05:48|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 葉っぱ塾からのメッセージ 

2012年01月19日

☆本日第2信 デュオ・ケーナルパ、NHKでオン・エア!

CDパンフ表紙

<CD『広い河の岸辺』ジャケット>


  弟たちのデュオ・ケーナルパのCDタイトル曲『広い河の岸辺』が、NHKラジオで放送されるとのニュースです。被災地での演奏、あるいは首都圏で開催された被災地支援コンサートなどで聴いてくださった方がリクエストしてくださったのかもしれません。

  このCDは、「葉っぱ塾10周年記念事業」としてその制作に取り組み、多くの皆様のお力添えで完成したものでした。「葉っぱ塾」では引き続きこのCDを販売しています。売り上げは「葉っぱ塾」の活動に役立ててゆきますので、まだお持ちでない方、あるいはどなたかにプレゼントなさりたい方、ぜひお申し込みください。

  手渡しの方は2800円。郵送や宅配便の場合は送料込みで3000円です。よろしくお力添えください。お申し込みは下記のアドレスにお願いいたします。

  【連絡先】 happa-fy★dewa.or.jp
     (送信の際は★を@に変えてください。)
 

  以下、デュオ・ケーナルパの16日付けブログから転載です。

  *****************

わたしたちの
《広い河の岸辺》がNHKラジオ第一放送で
ON AIR されることになったようです。

1月21日(土)午後7:20〜7:55
『絆うた』という番組です。
当日の演奏曲目など

きょう(1/16)昼過ぎ、
事務所にCDの申し込みがあったという、
社長からの連絡がありました。
あした(1/17)は、
阪神淡路大震災から17年目の慰霊の日ですが
やぎりんの誕生日でもありまして、
最高のプレゼントになりました。

リスナーの方からリクエストで成り立っている
番組です。
どこかでわたしたちのコンサートを
聴いて下さったお客様だろうと思います。
NHKにCDがないので、
事務所(プラネット・ワイ)に連絡がきたのです。

いま多くの日本人が
広い河の岸辺に立っています。
目の前にある大河の向こう岸は見えません。
でも渡らないと未来も見えないのです。
岸辺に小さなボートを見つけ、よく見ると
「希望号」と書かれています。
一人で渡るには不安でも、
誰かとつながっていれば
漕ぎ出す勇気もわいてきます。
これはそんな歌だと思います。

  *****************


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happajuku at 07:13|PermalinkComments(2)TrackBack(0) やぎりん、木星音楽団関連 

スキー授業、好天の下

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<人気者たちが歓迎!>


  18日からN高校のスキー授業が始まり、私にとっても本格的なスキーシーズン。初日から、これ以上の好天はないほどの青空が広がりました。

  学校から宮城県の七ヶ宿町のスキー場まで1時間弱。ゲレンデ入り口にはアンパンマンやドラえもんの大きな雪像が作られていて、来る人を歓迎していました。


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<真っ白な大朝日岳>


  ゲレンデの中腹からはほぼ西の方角に朝日連峰が見えます。右端のピークは小朝日岳です。山登りなどしない生徒たちは、山の名前も知らないでいますが、さすがにこうして真っ白に聳えている姿をみると、「わぁ、すごぉい!」などと歓声をあげていました。


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<元気いっぱいの生徒たち>


  この日は2年生。昨年もスキー授業を経験しているので、みんなそこそこ滑ることができる生徒たちです。こんな好天の日は、できるだけのびのびと滑らせてあげたいと思いました。

  いつか彼女たちが母になり、自分の子どもたちを連れてスキーに出かけ、ふるさとの自然に親しんでくれるのだと嬉しいです。


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<蔵王の山並みもくっきり>


  スキー場の最上部からは、蔵王連峰の山並みも間近に見ることができました。写真の右端のピークが刈田岳です。山頂の神社が小さな突起に見えます。中央部が「馬の背」という鞍部。この裏側に「お釜」があります。そして左側ののっぺりしたピークが熊野岳です。蔵王でもこの好天を満喫したスキーヤーが多かったことでしょう。



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happajuku at 05:32|PermalinkComments(2)TrackBack(0) ブナの森の四季 

2012年01月18日

蔵王でスキー研修〜今日からスキー授業お手伝い

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<中央ゲレンデ付近>


  今日(18日)から、N高校のスキー授業のお手伝いが始まります。ほぼ一年ぶりのスキー指導を前に、16日、蔵王温泉スキー場に行ってきました。

  「葉っぱ塾スキー研修」と言うと大げさですが、つまりは一人でスキーに行ってきたということです。いつもならチケット購入のときと昼食の注文のときしか言葉を発しないで黙々と滑るのですが、朝のロープウエイ駅の売店の女性があまりに手持ち無沙汰そうだったので、「この冬はどうですか?」から、しばしお話。

  やはり震災の影響は続いていて、修学旅行のキャンセルも多く、スキー場離れに歯止めがかかってはないようでした。ゲレンデも、平日だということを割り引いても、ほとんど人がいない状況。ちょっとさびしかったです。


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<ユートピアゲレンデ付近>


  標高1500mあたりを境にして山頂方面は終日雲がかかっていましたので、山頂線のゴンドラには1回乗っただけでした。その窓から見下ろした樹氷原は、樹氷の出来ぐあいもまだこれからといったところです。

  アオモリトドマツの葉っぱが見えていますが、本物の樹氷はすっかり氷に覆われてしまうのです。山頂近くではすでにそのような樹氷が出来上がっていました。


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<山頂駅近くのお地蔵様>


  山頂駅の温度計は「−11.4℃」を示していました。風はそう強くはありませんでしたが、空気が顔に刺さってくるようでした。

  山頂駅近くにあるお地蔵様。地面から頭のてっぺんまで236センチあるのですが、冬はご覧のとおり埋もれています。これでもまだ雪は少ないほうです。多いときには頭のところだけ深い穴が掘られ、その穴の底にお地蔵様の頭が見える、ということもありますから。どんな願いでも叶うと言われているお地蔵様に手を合わせてきました。

  帰るときに看板を見たら、「第1、第3土日、スキーこどもの日」とありました。小学生以下はリフト無料(山形県内の主なスキー場はみな)なんですね。以前は第1、第3日曜日だけでした。それでもお客さんは少ないと売店の女性が教えてくれました。

  今日からスキー授業を受ける高校生たちには、雪に親しむ楽しさや、風を切って滑る醍醐味を伝えられたらと思っています。



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happajuku at 06:11|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 葉っぱ塾行事レポート | ブナの森の四季

2012年01月17日

阪神淡路から17年〜灯そうボランティアの火

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<2年前の神戸での慰霊祭の様子(安藤竜二さん提供)>

  
  きょう1月17日は、阪神淡路大震災が起こった日。17年の月日が流れました。今朝の新聞を開いてみましたら、すでに昨日から、宝塚市や伊丹市では慰霊の行事が行なわれているとの記事が掲載されていました。

  このブログに毎日のようにコメントをくださる「きよこさん」も、阪神淡路大震災の被災者です。今回の東日本大震災の支援活動に携わってきたこの10か月の間、被災者ならではの細やかなご配慮やアドバイスをいただいてきました。

  現地での慰霊祭に使用されるキャンドルの一部は、長く山形からも送ってきたものです。朝日町で蜜ろうそく作りを営む安藤竜二さんの呼びかけで始まったものでした。一つひとつは小さなともしびですが、継続することで、関わってきた人々の心の中を暖め続けてきたのではないかと振り返っています。

  あの年は「ボランティア元年」とも言われました。行政による支援だけではなく、民間の支援が被災者のお役に立ったのでしたが、それはこの東日本大震災に引き継がれています。ただ、このところボランティアの数が最盛期の1割ほどにまで減っている、との報道もあります。支援の手はまだまだ必要です。ボランティアの火を灯し続けましょう。

  私が関わっているものでは、21日「アウトドア義援隊」の今年の仕事始め。東松島市内で活動です。22日、「日曜奉仕団」による陸前高田へのボランティア・バス。28日は「山形こころサポーター」の2回目の活動となっています。参加についてのご相談などありましたら「葉っぱ塾」(090-5230−8819)にお知らせください。関係者におつなぎします。

  阪神淡路の被災地では、まもなく5時46分を迎えます。


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happajuku at 05:10|PermalinkComments(4)TrackBack(0) 葉っぱ塾からのメッセージ | 東日本大地震関連

2012年01月16日

冬の里山、スノーシューで歩く

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<山の上に、久しぶりの青空>


  15日は、今年1回目の「縄文村スノーシュー・ハイキング」の予定でしたが、申し込みがありませんでした。200通もDMを出したのに残念。

  でも、朝からの小雪も止んで、久しぶりに薄日が差し始めたので、落ち着かない気分。一人で出かけてみました。

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<雪に埋もれた林道>


  葉山の麓を走る広域農道は、民家があるところは除雪されますが、このあたりは除雪車が入りません。持参したゾンデ棒(雪崩捜索用の金属棒)を突き刺してみると、130センチほどの積雪でした。去年よりは少ないようです。


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<屋根が重そうな祠>


  立て看板があるところから斜面を登ってゆくと、そこは昔の砦の跡。今は小さな祠が建っています。雪がたくさん積もってまるで帽子のようです。


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<ヤママユガ? の繭>


  すっかり葉が落ちた木の枝に何か揺れているものがありました。近づいてみるとヤママユガ(?)の繭でした。薄い緑色をした、長さ4センチほどのラグビーボールのような形。意図的に木の葉をかぶせたものなのでしょうか? 糸で固定されているようにも見えました。寒さや雪をこれで防ごうというのでしょうか。風が吹くたびに揺れて、「繭酔い」しないのかと気になりました。


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<白山森から眺める長井市内>


  ここ「白山森」は小高い丘になっています。去年までは市営のスキー場になっていました。新たに別のところにスキー場を整備したために、こちらは閉鎖。長井市内の眺めは上々です。ここに砦を築いた昔の人々の気持ちが伝わってきます。


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<静かなアカマツ林の中で>


  誰も踏み込んでいないまっさらな雪に自分の足跡を付けながら歩く。いろいろな動物の足跡が雪面に残り、「おや?」と思うような発見もある。冬の里山は一見静かですが、どこかでじっとこちらをうかがっている動物たちの気配を感じます。

  「葉っぱ塾」のスノーシュー・ハキングは、2回目が1月29日(日)、3回目が2月5日(日)です。お申し込み、お待ちします。


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happajuku at 04:52|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 葉っぱ塾行事レポート 

2012年01月15日

山形こころサポーター、石巻へ

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<12日の参加者打ち合わせ>


  津波の被害の大きかった石巻市や女川町では、仮設住宅には入らず、被災した自宅で生活する人がかなり多くおられるそうです。

  その生活実態が行政によってもまだ十分把握されておらず、支援の手が差し伸べられずに孤立している人がいるのではないかと、現地で活動を継続してきたボランティア・グループが実態調査を始めています。


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<訪問で使用するチラシ>


  その訪問実態調査の一翼を、山形からのボランティアが担うことになり、12日に山形市内で打ち合わせ、そして、第一回訪問が14日に行なわれました。一種の「傾聴ボランティア」でもあるので、それに関わる留意事項などを確認し、調査について疑問点を出し合いました。


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<雪の山形を出発>


  14日朝は、長井は吹雪。山形市内は比較的穏やかな天候。笹谷峠を越えると、青空という典型的な冬型の天候の中、20名あまりの参加者は一路石巻へ。男女比は1:2。職業は様々です。


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<訪問しても誰も住んでいない家も>


  現地で活動するボランティアの車で、地図で割り振られた地域へ移動。2名一組となって、一軒一軒訪問します。

  私が訪ねた一角は、古くからある家の間に新興住宅地が入り込み、新しい住民ともとからの住民とが混在しているようなところでした。地震で地盤が沈下し、満潮になると浸水がひどかったというこの地域には、ボランティア・センターのボランティアが入らなかったそうで、私たちのような外部からの訪問者に警戒するようなお宅もありました。

  しかし、何軒か訪ねる中で、ある男性は、玄関先に腰をおろして、震災当日のことをとめどなく話し始められました。津波に飲み込まれ、水の中からようやく浮き上がり、民家の屋根に這い上がって九死に一生を得た方でした。10か月以上もたつのに、その体験をまだ昨日のことのようにお話しになることに、心の痛手の深さを思います。

  また別のお宅では、自閉症のお子さんを持つ若いお母さんが対応してくださいました。震災当日は介護施設に勤務していたこと。入所者を安全な場所に避難させるのに必死で、気づいてみたら、まだ3回しか乗っていない自分の新車が流されていた、と。「車のローンは払い続けているので大変です」とのことでした。

  帰りのバスでの振り返りで聞いた、別のグループの訪問では、叔母が目の前で津波にさらわれていくのを目の当たりにした10歳の小学生の女の子が、夜、夢を見たりしてなかなか寝付けない状態にあると相談を受けた話が出されました。


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<昼食時、食堂のあったかさでほっとひといき>


  冷たい風の中の訪問で、私たちは玄関先での対応でしたので、昼食時の食堂の温かいお茶と暖房はありがたいものでした。

  他のグループも集まってきて情報交換。一見通常の生活に戻ったように見える住宅街に、まだまだ、いろいろな支援を必要としている人たちがおられるのです。そうした人たちの中には、「もっと大変な人もいるのだから・・・」と敢えて支援を求めないような方もおられます。行政や民間がいろいろな支援やサービスを準備していることを知らないでおられる方々も多かったことに、こうした訪問調査の必要性を痛感しました。


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<空き地に積まれたたくさんの被災車>


  石巻を初めて訪ねたのは4月上旬でした。瓦礫の山の間にようやく道路が確保されていただけだったこの街は、ずいぶん片づけが進み、更地が目立つようになっていました。営業を始めているお店もたくさんありました。

  しかし、港に近い広大な空き地には、被災した車が今なお山と積まれていました。そして人々の心の中にも、まだまだ整理しきれない「こころの瓦礫」が積み上げられているようにも感じました。


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<石巻の海から見る夕日>


  山形へと戻るバスが石巻の海辺を通ったとき、ちょうど日没の時間帯となりました。私たちの訪問が、きょうお訪ねした方々にとってのあたたかな太陽になれたのかどうか。長い復興への道のりの中に、寄り添う人がいるということが伝わったのかどうか。一回目だけではまだつかめなかったなと私は感じています。次回は28日です。

  一緒に参加して活動してくださった皆様、お疲れさまでした。そしてありがとうございました。



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happajuku at 06:09|PermalinkComments(6)TrackBack(0) 東日本大地震関連 

2012年01月14日

復活! 桜回廊ウォーキング・ツアー

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<桜回廊銘木の一つ「釜の越桜」>


  数日前、東京のM旅行社から連絡があり、「今年は桜回廊ウォーキング・ツアーを募集したい」とのことでした。ありがたいお話と喜んでいます。

  思えば、このツアーは昨年が3回目の予定でした。山形県南陽市、長井市、白鷹町に点在する桜の名木を歩いてめぐる、というものです。バスでまわるのと違って、春の里山の風景を満喫しながら「点」ではなく「面」として楽しむことができる企画です。

  昨年3月11日、雪の降る日でしたが、私はこのツアーで昼食を準備してくださる白鷹町の女性の会の代表の方のお宅にお邪魔して、打ち合わせをしていました。そろそろ帰ろうか、と思った矢先に大きな揺れがきたのです。そしてあの大災害。

  結局、キャンセルが相次いだこのツアーは中止となってしまいました。あの状況の中ではいたしかたないことでした。しかも昨年は、もし実施されていたとしても、桜が咲かない中を歩くことになるところでした。3月の天候があまりに寒かったこともあって、桜は開花が遅れ、このあたりでの満開が5月2日ごろとなったのでした。

  今年募集となるツアーは、1回目が4月23日(月)〜24日(火)、2回目が4月26日(木)〜27日(金)となります。首都圏からの出発で、私がガイドを務めます。

  また、これとは別に、「葉っぱ塾」としてのウォーキング・ツアーも予定してますが、日程は4月下旬ということで、桜の開花状況がわかってきてから日程を決めたいと考えています。こちらは、県内や近県の方向けでしょうか。

  こんなことを書いていると、寒さの向こうに春が感じられて、待ち遠しくなります。しかも今日から、日の出の時刻が早まるのでしたね! 



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happajuku at 05:02|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 山形県・長井市内名所案内 

2012年01月13日

『トランヴェール』誌にフラワー長井線が!

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<『トランヴェール』に掲載された記事>


  先日大阪に行くために乗った山形新幹線。座席のポケットにいつも『トランヴェール(「緑の列車」の意)』という無料雑誌が差し込んであります。JR東日本が発行している東北や関東の観光地情報などを集めたものです。

  表紙に“ご自由にお持ち帰りください”とありますが、持ち帰ったことはあまりありませんでした。今回の2012年1月号に、山形鉄道「フラワー長井線」の記事が出ていましたので、珍しく持ち帰りました。

  大きなイラストが写真とは違ってなかなか素敵です。長井線終点近くに最上川を渡る鉄橋があって、列車がそこに差し掛かっています。現役の鉄道の鉄橋としては日本でも最も古いぐらいという「最上川橋梁」です。その背景に、私がいつも登る長井葉山の山並みがあります。たった一両だけで走っているのがいかにも「フラワー長井線」らしいです。

  利用者が少なくて、日中の列車は「空気を運んでいる」ような状況ですが、運行する「山形鉄道」では、様々なイベント列車を企画しては、団体のお客様を誘致しています。

  東日本大震災のボランティアでよく通っている東松島市は、仙石線というローカル線が通っていますが、津波で大きな被害を受けて、奥松島と呼ばれるあたりは、まだ復旧のめどが立っていません。地元の方々はその不便さを身にしみて感じておられるようです。

  この「フラワー長井線」も、なくなってからその価値に気づくのでは遅いので、何とか多くの方に利用してただけたらと願っています。

  南陽市の「宮内駅」には、うさぎ駅長の「もっちい」がいますが、その縫いぐるみはかなりの人気商品になってるそうです。ネット販売もしていますので、山形鉄道のホームページをぜひご覧ください。



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happajuku at 06:33|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 山形県・長井市内名所案内 

2012年01月12日

陸前高田へボランティア・バス!

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<陸前高田、「奇跡の一本松」>


  昨日(11日)は震災からちょうど10か月目。被災地では14時46分に、サイレンが鳴ったり、防災無線での黙祷の呼びかけがあったそうです。

  新年も様々なボランティア活動が続きます。「アウトドア義援隊」は21日が「仕事始め」。もし山形から行ける方があれば、ご相談ください。私は21日のみ、参加する予定です。

  また、陸前高田へのボランティア・バスが、下記のように「日曜奉仕団」によって運行されます。ボランティア初心者でも大丈夫です。

  いずれの活動も、「葉っぱ塾ボランティア支援募金」を活用しています。「葉っぱ塾」につながる全国の方々が応援してくださっています。

  ********************

件名 【日曜奉仕団】ボランティアバス 震災ボランティア募集!まだまだやります!

開始日時 2012年 1月 22日 (日曜日) (全日イベント)

終了日時 2012年 1月 22日 (日曜日)

場所 岩手県陸前高田市

連絡先 日曜奉仕団 代表 早坂 信一 nippoudan@yahoo.co.jp  080-1847-0327

詳細 私達【日曜奉仕団】は数名〜十数名の少人数で活動しているボランティアグループです。月1〜2回被災地で支援活動を行っています。

一緒に陸前高田へ行ってくれる方を募集しています!
前回に引き続きマイクロバスにて移動します。多数のご参加をお待ちしております。

日時:
1月22日(日)
AM5:00山形出発〜19:00頃山形帰着
※現地での作業時間9:00〜15:00

集合場所:
山形駅西口セントラルビルバス停前 (4:45発)
県庁裏バス停前 (5:00発)

作業場所:
岩手県陸前高田市

作業内容:
漂流物の撤去、泥出し、草刈り等(現地ボランティアセンターの指示によります)

※出発の5分前にはお集まり下さい。
※移動手段の無い方はお申し出下さい。
※また場所によっては途中待ち合わせも可能な場合があります。

服装:
長袖、長ズボンの動きやすい服装(天候、作業場所によりヤッケ、カッパを着用して作業する場合がありますのでご準備下さい)、防水ゴム手袋(厚手の耐油性のもの)、長靴(安全靴または、踏み抜き防止のインソールを入れた物)、頭を保護する帽子など
朝と昼とでは温度差がかなり大きくなるので、脱いだり着たりして温度調節出来る服装が望ましいです。

持ち物:
着替え、ヤッケ・カッパ等(カッパは上下セパレートのもの)、昼食、飲料水、手洗い用の水、ウエットティッシュ等、タオル、マスク、汚れ物入れのビニール袋、保険証のコピー、その他必要と思った物
※作業用具は現地でお借りできます。

ボランティア保険:
各市町村の社会福祉協議会にて事前に加入をお願いします。(天災A=490円または天災B=720円)

募集人数:
21名(最大27名)

参加費:
2,000円

募集対象:
18歳以上の健康な方。軽作業もありますので、女性の方も大歓迎です。高校生以下の方は、保護者様同伴でご参加をお願いします。

応募方法:
PC用登録フォーム
https://ss1.xrea.com/kantanform.jp/free/?CPM=o93RApFiobFKB3

携帯用URL登録フォーム
http://kantanform.jp/free/i.cgi?id=nitiyou

お問い合わせ:
日曜奉仕団 代表 早坂 信一 nippoudan@yahoo.co.jp / 080-1847-0327

注意事項:
昼食は途中のコンビニ又は現地のホカ弁を調達する事ができます。(ホカ弁の場合は幕の内弁当500円とさせていただきます)
交通事情や現地の状況により帰着時間が遅れる場合があります。
通常の業務連絡は携帯又はPCのメールを使用しております。



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happajuku at 05:08|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 東日本大地震関連 

2012年01月11日

小さな太陽が届いた!

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<届けられたたくさんのレモン>


  大阪から帰った翌朝、メールを整理してましたら、仙台市内にお住まいのFさんから「山口の実家で収穫したレモンを送ります」とありました。それからほどなくして、玄関のチャイムが鳴って、宅急便が届きました。

  箱を開けてみると、形や大きさとりどりのレモンがたくさん! 冬の雪国に暮らす者から見ると、まるで小さな太陽が詰まっているように見えました。

  添えられていたカードがまた素敵でした。

    ふるさとの
    みねの
    あさひは
    きぼうのひかり

  私の名前の文字を頭に使って、明るいイメージのフレーズが書いてありました。裏面は? と思って見てみますと、「あきこ」さんとおっしゃるFさんのお名前を同じように使って、

    あわてず
     あせらず
     あきらめず
    きながに
     のぼるよ
    これからも

  とありました。さらに、「14日から日の出の時刻が少しずつ早くなります。13日 日の出 6:53 日の入り16:35。14日 日の出6:52、日の入り16:40 (仙台の時刻です)」と添えられていました。

  先月22日の「冬至」を過ぎると昼の時間が少しずつ長くなるわけですが、単純に日の出は早くなり、日の入りが遅くなる、と思ってはいらっしゃいませんでしたか? Fさんが書いてくださったように、冬至を過ぎてもしばらくは日の出の時刻は遅くなり続けるのですが、それを上回って、日の入りの時刻が後ろに延びて、昼の長さが長くなっていたのですね。

  それが、この週末以降は日の出も早まってゆく、とお知らせくださったものでした。冬に太陽を見ることが少ない雪国の人間にとっては、これも何だかわくわくするようなお知らせでした。

  Fさんは、私がときどき山のガイドを務める旅行社のツアーのお客様として何度かお会いした方です。確か、小学校の先生をご退職になられた方だったと記憶しています。震災による津波の被害が大きかった南三陸の学校にも赴任しておられたことがあったことをお聞きしたように思います。

  また別の便りでは、「今年は喪中の葉書を多くいただきます。」と書いてくださったこともありました。ご自身が仙台市内で被災されているにもかかわらず、「葉っぱ塾ボランティア支援募金」にもご支援くださっています。それらの全てが私の心にしみこんでくるようです。ほんとうにありがとうございました。

  そういえば今日は11日ですね。震災からちょうど10か月になります。昨日は小康状態だった雪が、また降り始めています。



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2012年01月10日

スクールインタープリター講師養成講座を終えて

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<大阪空港近くの会場の窓から>


  7日から9日までのスクールインタープリター講師養成講座を無事終了し、9日23時過ぎ、帰宅しました。

  大阪空港に近かった会場の窓辺からは離着陸する飛行機が見えて、休憩中は何度も見に行きました。


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<ちょっとさびしいホテルの朝食>


  宿泊は会場にほど近いビジネスホテルでした。主催者には申し訳ありませんが、ここは正直言って、もう泊まりたくないというほどのところでした。部屋は禁煙ではないためにタバコのにおいがたちこめているばかりか、フロントにいる従業員が仕事場で喫煙しているという状況。

  また、朝ごはんをしっかり食べたい私には、これだけの朝食ではちょっとエネルギー不足。会場のビルにスターバックスのお店があったことで何とか補給できました。


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<講師による実習から学ぶ>


  講座そのものはとても充実したものでした。今回は講師を養成するということが目的の講座。IPNET−Jの講師制度が整備されて最初の講座でもありました。

  入門講座を開催する場合や、実際に学校や幼稚園などに出かける場合に、どんな活動を行うかのアイディアをたくさんいただけたのはありがたかったです。


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<子どもになったつもりで実習に参加>


  グループをつくり、受講生の一人が講師役、他が子ども役で実習を行なう場面もありました。「講座講師」という立場ではどんなふうに展開し、場面を切り替え、何を伝えればよいのかを確認しながら進めてゆくのです。

  あとでいただいた評価のコメントはなかなか厳しいものがありました。しかしそれは、裏を返せば受講者の向上に期待するということでしょう。その期待に応えるべく、これから精進してゆかねばなりません。


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<一日の振り返りと翌日の準備>


  後半は講義の連続となりました。環境教育を進める際の観点、情報の集め方、子どもたちの心の成長の特性、講師としての日常活動のあり方など、多岐にわたる講義がありました。

  それらを踏まえ、最終日には20分間と5分間の二つの「講義実習」を全員が行なって審査を受けるという、最大のハードルが待ち構えていました。


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<講義実習に取り組む仲間>


  前日の夜遅くまで、あるいは私のように朝早くから起きて、最終日の講義実習準備。そして午前中は一人20分ずつ10名。それだけで3時間を越えます。ここでは「講師」としての自分の生き方をさらすことも必要になってきます。スクールインタープリター講座の受講生に、なぜ環境教育が大事なのか、それをどんな理念に基づいて進めてゆくべきなのかを語る必要もあります。

  さらに午後には、スクールインタープリター講座を終了する直前に講座全体を振り返って、受講生に「思いを姿で示し続けよう!」というメッセージを伝えるという5分間の講義実習。これも審査の対象です。


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<いただいた修了証>


  私は今回、スクールインタープリター養成講座の全ての講義、実習について講師を務めることができるという認定をいただくことができました。この夏あたりに講座を開催した場で、顧問2名による最終審査をクリアすれば、「主任講師」として養成講座を開催することができるようになります。ハードルが高いということは、このスクールインタープリター制度の信頼を高めることにはどうしても必要なことであると思います。

  まだ知名度が低いこの「スクールインタープリター」の資格ではありますが、仲間を増やしていくことにも関われるようになることは、「葉っぱ塾」の活動にとってもとても大切な意味を持つことになると感じています。

  お世話になった講師のみなさん、そして共に3日間学んだ韓国はじめ、全国から集まられた受講生のみなさん、大いに励みになりました! ありがとうございました。



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happajuku at 08:12|PermalinkComments(2)TrackBack(0) スクール・インタープリター | 葉っぱ塾からのメッセージ

2012年01月09日

大阪三日目

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<会場の窓から見えた夕日>



大阪での三日目は、スクールインタープリター講師講座の二日目でした。

午前中は、講師として実習をどう進めるかの実技を、近くの公園で行いました。前日よりも風が弱く、日差しが暖かく感じられたのはありがたいことでした。

午後は室内での講義の連続。講座を開催する講師としての「間口」を広げ、「奥行き」を深める時間となりました。

今朝は4時前から起きだして、今日の「講義実習」の準備をしていました。受講生全員が20分間の講義を行い、審査を受けるのです。緊張もありますが、自分自身の考え方や普段の活動を踏まえて、肩の力を抜いて臨みたいと思います。


happajuku at 06:14|PermalinkComments(2)TrackBack(0) スクール・インタープリター 

2012年01月08日

大阪二日目〜講座始まる

7日午前から講座が始まっています。会場は大阪空港に近い公共施設。窓からは離着陸する旅客機が見える建物です。

私が一番遠くからの参加者、と思いきや、なんとソウルからの参加者も! 他に新潟や長野からの参加者もおられます。

今回の講座は「スクールインタープリター養成入門講座」を開催できる講師を育てるための講座ですので、講座の進め方について微に入り細に入りの講座内容になっていて、実習も講義もふんだんです。昨夜は夕食が午後8時。近くのホテルの自室でも二日目の実習準備に追われました。

スクールインタープリターに求められる大切な要件として、環境のために行動できるということがあるだけに、参加者の方々の活動の様子や発言から、いろいろな刺激を受けています。

今日もハードな日程が組まれています。楽しく頑張ることにします。


happajuku at 06:27|PermalinkComments(1)TrackBack(0) スクール・インタープリター 

2012年01月07日

大阪での一日目

  大阪の長男のアパートのパソコンを借りています。

  雪景色の山形を出て、ちょっと眠っている間に、全く雪のない「太平洋側」に出ました。途中、関ヶ原付近でまた雪景色でした。

  大阪に着いて、長男のアパートにすぐには向かわず、梅田で途中下車。どこというあてもなかったのですが、とりあえずザックをコインロッカーに預けて散策。そうしたら、アウトドアショップが集まっているビルがあるとわかり、行ってみました。ノースフェイス、コロンビア、フォックスファイア、などがそれぞれ特色を出していました。一番奥がモンベル。広さといい品ぞろえといい、別格でした。山形のお店ではなかなかそろわない小さなものを数点購入。久々にショッピングを「楽しんだ」という感じ。高価なもの買えなくてすみません。

  16時過ぎ、長男のアパート最寄りの駅で下車。電話すると「地上に出るとパチンコ店があるからその前で」とのこと。階段を上って通りを見回すと「スーパー玉出」どいうド派手な看板が目に入りました。こんな派手なのは、山形ではパチンコ店かゲームセンターです。それに名前も「玉出」。てっきりこれだ! と思いました。しかし、近づいてみると、そこは「玉出」というスーパーマーケットなのでした。さすが大阪だなあと、ヘンな感動をおぼえました。

  反対方向に歩いて無事長男と合流。初めて入る彼のアパートは2DK。彼はここで一人で仕事をしています。主に中古車の海外輸出。円高でなかなか大変なようではあります。経済的にはまだまだ大変そうですが、誰にも縛られず自分で生きている自由さがまぶしいです。

  暗くなって、以前彼が住んでいた「鶴橋」という駅近くの居酒屋へ行こうということになりました。電車で15分ほど。そこからの道がまるで迷路。「三丁目の夕日」に出てくるような昭和レトロの店がびっしりと立ち並ぶ狭い路地を何度か折れ曲がります。朝市が主だということでほとんどがシャッターを下していましたが、キムチを売る店が多いのは、在日の方が多く住んでおられるからでしょうか。

  彼がなじみになっている居酒屋は「空山海」というお店でした。これがなかなか味のあるお店。メニューも豊富。刺身が分厚い! 鳥取の海産物を入れているようです。めったにしない二人の会話。なかなか楽しいものでした。帰る途中、「やっぱりたこ焼き」ということで、たこ焼きをつまみにビールをもう一杯。さすが本場のたこ焼きは違うなあと感心。

  東京にも住んでいた長男いわく、大阪は東京みたいに人が多すぎず、にぎやかさはしっかりあって、自分にはちょうどいいサイズ、とのこと。そういえば夕方の地下鉄も、超満員とは無縁でした。

  さてさて、これから研修に出かけます。「たこ焼き」パワーでがんばりましょう!


happajuku at 06:33|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 葉っぱ塾からのメッセージ 

2012年01月06日

☆本日第2信 富士山が見えてます

  大宮に着く少し前に右手前方に富士山が見えているのに気がつきました。上空には素晴らしい青空が広がっています。つい先ほどまでは、灰色の雲と雪景色でした。気候の違いが人間の考え方や性格に影響を与えぬはずはないと、つくづく思います。

   大宮で南陽高校に勤務していたときの生徒が声をかけて降りてゆきました。私の「中退」といっしょの卒業でしたから、もう大学卒業間近なんですね。若者の前途に希望がありますように。


happajuku at 10:45|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 葉っぱ塾からのメッセージ 

今日から大阪〜スクールインタープリター講師講座へ

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<昨年8月の山形でのスクールインタープリター入門講座>


  山形は昨日朝から大雪です。昨日は一日に3回も除雪しました。万歩計は16000歩近くまでカウント。ほとんどが除雪作業の行ったり来たりの分です。昨日は風も強くて吹雪模様でしたが、今朝は風は弱まっていて、雪も小康状態のようです。

  今日これから大阪に向かいます。明日から、スクールインタープリターを養成しているIPNET−Jの「講師養成講座」に参加します。3日間びっしりの研修講座をクリアすると、自前で入門講座を開催できるようになるかもしれず、「葉っぱ塾」にとっても、山形県にとっても、大事なことだと考えています。

  スクールインタープリターは、小学校での環境教育において、教師の活動をサポートするのが役割ですが、活動の場は小学校にとどまらず、保育園、幼稚園、さらには一般向けの環境教育にも広がっています。恵まれた自然に囲まれたここ山形で、子どもたちがその環境をフルに生かして学んでゆくには、専門的な見地から活動を創り上げることができる人材が必要です。

  「葉っぱ塾」では2009年に山形県内で初めて「スクールインタープリター養成入門講座」を開催して以来3年連続で講座を開催してきました。その輪をもっと広げ、各地でスクールインタープリターによる活動を展開できたらと願っています。

  帰りは9日の夜遅くになりますが、このブログはケイタイから更新してゆきます。どうぞお付き合いください。


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happajuku at 05:18|PermalinkComments(3)TrackBack(0) スクール・インタープリター 

2012年01月05日

陸前高田ボランティア・バス、「日曜奉仕団」からお礼状

  「葉っぱ塾」で昨年5月以降呼びかけております「ボランティア支援募金」には、多くの皆様からご協力をいただいております。

  昨年末ぎりぎりでしたが、陸前高田へのボランティア・バスを出している「日曜奉仕団」のHさんに、支援金の一部をお届けしました。12月18日のバスに乗車させていただいて一緒に陸前高田に出向いたときの報告はすでにこのブログにアップしております。そのHさんから、ていねいなお礼状が届きました。

  皆様からいただいた支援金が、単に金銭的支援にとどまらず、人の心をも動かしていることにじわりとした感銘を受けています。ご支援いただいた皆様に心からの感謝を申し上げます。Hさん、ごていねいなお礼状ありがとうございました。

「日曜奉仕団」の次回の陸前高田ボランティア・バスは、1月22日(日)とのことです。


    ********************


葉っぱ塾 八木さんへ

拝啓
 
 この3日間、もの凄い大雪になってしまいました。そちらも大分積もって難儀をされている事と思います。
 
 この度は八木さんが集められた貴重な支援金を頂戴し、大変有り難く、ただただ感謝するのみです。私はボランティア活動とは全く無縁の生活をしておりました。ただ、今年は何か予兆でもあったのか、頼まれたことは断らないで前向きに考えようと、PTA、育成会、公民館などの役員を引き受けたばかりでした。

 加えて地元の神輿会に所属しており、プライベートではこの神輿がかなりのウェートを占めており、最初のきっかけもこの神輿会での炊き出しでした。
 
 3月27日に石巻の大街道でカレーライスを350食提供しました。この当時はやっと自宅避難者に支援が回り始めた頃で、歓声を上げる人、泣きながら食べる人、被災地の現状を目にした事がその後の支援活動に繋がって行く事となりました。

 一度山形ボランティア隊の本田さんと協力してバスを出そうと試みた事もありましたが、準備不足と周知不足で失敗に終わり、その後どうしていったら良いのか随分悩んだ事もありました。ただ、行くたびに「また行きたい」「また連れて行って欲しい」と参加者の皆さんから声を上げていただき、それがこれまで続けてこられた一番の力だったのだと思います。
 
 私自身冬期間の被災地支援というのは、参加者がいるのだろうかという不安はぬぐえません。しかし、一方で継続していかないと廃れる心配もあります。ちょうどその板挟みの状態だったのが正直な所です。でも、今回支援金という大きな声を頂きました。

 この先も支援活動が必要だと思っている人達がいる、私に対して動けと言っている人達がいる、そう感じました。これまで「日曜奉仕団」として組織を強化したり、宣伝活動を強化したりと言うことはあまりやらないで細々と活動を続けてきました。今回のこの支援金を機に、少し大きく一歩踏み出そうと思います。冬でも、1年たってもまだ支援を続けている団体があるんだと、周知をしていこうかと考えています。
 
 最後になりますが、「葉っぱ塾」の皆様からいただいた善意、有り難く大事に大事に使わせて頂きます。そして将来、私達がきっかけで被災地と山形の架け橋になれたら良いなと思っております。願わくばまた一緒に陸前高田に行きましょう。本当にありがとうございました。

敬具

       2011年12月29日
            日曜奉仕団 代表 S H 


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  「葉っぱ塾ボランティア支援募金」は、まだまだ継続してご協力を呼びかけます。郵便振替口座から送金いただけます。どうぞよろしくお願い申し上げます。

  ■郵便振替口座番号  02420−5− 19722

  ■名義人         八木文明

   ※通信欄に「ボランティア支援」とご記入ください。


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happajuku at 04:30|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 東日本大地震関連 

2012年01月04日

穏やかだった三が日

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<白鷹町で見かけた柿の木>

  昨年の正月に続き、今年の三が日も穏やかな天候となりました。二日、三日は小雪もちらつきましたが本降りとはならず、朝から除雪に追われることなくのんびり過ごせたという方が多かったのではないでしょうか。

  わが家は、三人の子どもたちがみんな帰省することができ、昨年5月以来に全員が顔を揃えることができました。コンビニなどが発達して、ふだん自分のアパートで自炊するなどということもなく過ごしている長男や次男は、妻の手料理をむさぼるように食べ、さながら食いだめでもしているかのようでした。

  この三が日、合い間をみては「葉っぱ塾」のダイレクト・メールの宛名書き、袋詰めなどの作業をしていました。昨年は震災があって以降、先々の予定を立てる気持ちの余裕が持てず、あまりお便りを出すことができませんでした。今年は何とか年に2回は出すようにしたいと考えています。

  こちらから年賀状はお出ししなくなってもう数年になりますが、いただく年賀状への返信もこの三が日ならではのこととなりました。年賀状でしか交流のない方もおられますが、私のことを忘れないで出してくださることはありがたいことです。

  思いがけず、ツアーのゲストの方からのお便りなどが混じっているので、それも嬉しいです。思い出深い旅の一こまをご一緒できたということでしょうか。

  そういえば、東京のM旅行社から、今年は「桜回廊ウォーキングツアー」を復活させたいとの連絡をいただきました。昨年は震災のために中止となった企画でした。今年の桜はどうなるでしょう。


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happajuku at 04:46|PermalinkComments(4)TrackBack(0) 葉っぱ塾からのメッセージ 

2012年01月03日

天国は本当にある その1〜アラスカ・大山さんから

☆アラスカ、アンカレッジ在住の大山卓悠さん厚子さんご夫妻とは、インターネットを介してつながりました。福島市で開催された星野道夫さんの写真展の感想を私がブログに書いたのを、奥様が読んでくださったことがきっかけだったと記憶しています。そして驚いたことにご夫妻は、星野道夫さんの家族ぐるみの友人でした! 

 大山卓悠さんは、ロシアでヒグマに襲われて亡くなった親友・星野道夫さんの事故を詳しく検証した著書『永遠のまなざし』(共著)を出されています。このコラムは、大山さんのご承諾をいただいて転載しております。

 写真も大山さん提供です。年末に久しぶりに便りが届きました。




天国は本当にある(その1)



アラスカのネイティブの知り合いに、「天国を見てきた」と主張する人がいる。

 西アラスカの、海から離れた内陸部の小さな村で生まれ育ち、外の世界をまったく知らない彼は、夏場の鮭漁と秋の狩猟を終えると、あとは何もすることがない。当然のことのように、暗い冬場にはアルコールとドラッグに浸る生活に陥った。

 冬のある日、彼はスノーモービルに飛び乗り、雪原を疾走した。そして酷い事故にあった。全身打撲で病院に運び込まれたとき、彼はすでに虫の息だった。背骨が折れ、肋骨の一本が肺を突き抜け、もう一本が肝臓を突き刺していた。

 医者は手の施しようもなく、さじを投げた。彼はそのまま病院のベッドに寝かされ、死を待つだけの身となった。それから先の彼の独白はこうだ――。

 「オレは病院のベッドに寝かされた自分自身を見ていたんだ。病室の天井といおうか、どこか高いところから医者や看護師がやってること、話すことをずっと見ていた。

 そこにイエス・キリストがやって来たんだ。オレかい? 信仰なんかなかったよ。キリスト教会など行ったこともないしな。酒とドラッグに溺れ、神を信じることから程遠いところにいたんだ。だからなぜ、こんなどうしようもないオレのところにイエス・キリストがやって来たのか未だに判らない。

 イエスは俺の手を引いて天国に連れて行ってくれた。天国がどういうところかを見せてくれた後は、今度は地獄に連れて行ってくれたんだ。無信仰のオレに「天国」と「地獄」があることを見せてくれた訳だ。

 それは夢なんかじゃないんだよ。いまでもありありと思いだせる。そして最後にイエスはこう言ったんだ。『あなたはまだやらなければならないことがある。帰りなさい』とね。

 病院に担ぎ込まれて三日目だった。オレはベッドに寝ていたんだが、熟睡した後のようにすっかり元気を取り戻したんだ。だからオレは、普通にベッドから起き上がり、変だとも思わないで病院を出ようとした。

 慌てたのは病院の連中さ。いままさに死のうとしている人間が、一人でベッドから飛び起き、そのまま歩いて病院から出ようとしていたんだからな。オレは大丈夫と言ったんだが、多くの手が俺を病院に押し戻したんだ。そしてそのまま検査室に連れて行かれ、MRSにかけられ、全身くまなく調べられた。

 そしてなにも異常は見つからなかった。折れた背骨と肋骨は元通りになり、肋骨が突き刺さった肺と肝臓はまるで何もなかったかのように正常に機能した。まったく、何も起こらなかったようにだ。

 医者連中と看護師連中がぼうぜんと見つめる中、オレは言ってやったんだ。『ハレルヤ!』とね。『イエス・キリストが癒してくれたんだ』とね」

 彼はその日を境に人生が一八〇度変わった。

 彼はその事故を通して死後の世界を見た。そして神が本当にいること、イエス・キリストはいまも生きて働いていること、イエスの力が働けばどんな奇跡も起こること、天国と地獄があること――彼はそのことを伝えるために生き返らされたのだという。

 彼はいま、世界でも有数のクルセードの一員となって、自分の体験を証して回る人生を送るようになった。神に反抗し、闇の中で生きていた彼が、神の光に打たれ生命の源を教えられたとき、彼の目は開かれ、彼の耳は心理を聴く耳と変わったのだ。

 僕は彼の両親と会った。古い写真から抜け出て来たような深い皺をその顔に刻んだ二人は、ともにクリスチャンだった。いつ頃からクリスチャンになったのかは聞きそびれたが、いまでは事故に会った息子も含め、彼の家族は全員がクリスチャンになったのだという。それどころか、村人のほとんどが、またその近隣の村々の人たちの多くが、彼の体験によってイエス・キリストを主と信じるクリスチャンに変わったのだという。

 「私たちの村は、地勢的には本当に辺鄙なところにあります。自然の恵みは余すほどにあるけれど、貨幣経済は徐々に村を蝕んで行き、自然とともに連綿と築いてきた村人の価値観は混乱の中に置かれました。それまでは普通に生きて来たつもりだったのに、おカネが村を支配するようになると、私たちは実はとても貧しいのだということが判りました。

 とくに若者は混乱を極めました。どこに向かって歩いて行けばいいのか分からなくなったからです。父親やお爺さんが暮らしてきたように生きて行けばいいのか、それともおカネを作って犬ぞりの代わりにスノーモービルを買い、漁獲量を増やすために最新の船を手に入れ、カネを稼いだら村を出て町で西洋文化的な生活をすればいいのか、近代文明への憧れは若者には計り知れないほどの甘い誘惑なのです。

 しかし、誘惑とともに志を立てた多くの若者が挫折をしました。このアラスカからの脱出を試みた人たちは経済的な豊かさを手に入れても、心のずっと深い部分、そう魂の部分とでも言えばいいのか、最後にはその心の深層部分で西洋人が抱く満足感を得られないのです。

 挫折をしたものは村に帰って来ました。そしてまた村の生活になじもうとしました。しかし、いったん外の世界の味を覚えた若者の多くは生きて行く上での矛盾を自らでは解決できなくなったのです。心のはけ口を求めてアルコールに走り、さらにはドラッグにまで手を出すようになりました。

 私たちの息子もそうでした。神に背を向け、社会に背を向け、将来の希望も失い、生きる気力のない人生を送っていたのです。事故に会ったことは神様の罰と言われても仕方ないような生き様をしていました。

 しかし神は私たちが想う以上のお方でした。あんなどうしようもなかった息子の生命を救い、神の力を示され、その息子を用いて神の愛を伝えようとなさったのですから。

 息子は肉体が癒されただけでなく、魂をも救われました。神を信じなかった息子が神によって救われたということは、神はどんな人であっても救いたいと願っているというメッセージなのだと思います。

 息子がなぜ今回神に用いられたのか判りません。ただ、生命は神のものであるということだけははっきりしました。また、この世を去ると天国があり、そして地獄があるということも。

 息子はいま多くの人たちに自分の体験談を語っています。それは単なる死からの生還話ではなくて、死も生も神が司っているのだというメッセージを携えたものです。この世は神がすべてであり、神こそが生きる希望でありまた力なのだということを皆さんに知って欲しいからなのです」

 死からの生還――こんな話は時に耳にするものだが、どこか他人事で、往々にして胡散臭ささえ感じるものだ。だが、こうして直接生々しい話を聞くと、個人の小さな猜疑心など吹き飛ばされてしまいそうだ。

 新約聖書のヨハネの福音書の中には、イエス・キリストが行ったという代表的な七つの奇跡が要領よく書かれてある。これらの奇跡を目の当たりにした当時の弟子たちの力が、二千年もの長きに渡るキリスト教伝道の牽引力となった。もしそれらが作り話だったら、キリスト教はもうとっくの昔になくなっていただろう。



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happajuku at 05:40|PermalinkComments(3)TrackBack(0) アラスカからの風