2009年09月09日

飯豊連峰〜秋の足音聞きながら

  山のガイドとしてはありがたい話をいただいていました。下山のガイドだけすればよいと。つまり、登りは一人で歩けるということでしたし、天候もよさそうでしたから、7日朝、うきうきして福島県の川入(かわいり)の登山口に向かいました。

  7時に登り始めてまもなく、私の前方の藪の中で大きな動物が斜面を駆け下りてゆく音が聞こえました。一瞬どきりとしました。私はたぶんニホンカモシカだと思ったのですが、しばらくして先行者を追い抜くと、その人も聞いていたようで、「クマだと思った」とのこと。どちらがいてもおかしくはありません。山は野生動物たちのすみかでもあるのですから。


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<わずかに色づく三国岳付近のピーク>

  一人で登るときの足取りはやはり速く、10時09分に標高1644mの三国小屋に着き、主稜線に出ました。登りの「剣が峰」の岩稜も、岩が乾いていればそれほどの危険もなく、スムーズに通過できました。

  三国小屋の前で休んでいた若者は何と高知から来たとのこと。そういえば、駐車場では高知ナンバーの車の脇に自分の車をとめてきたのでした。彼は6日間かけて最北端の朳差(えぶりさし)岳までを往復してきたとのこと! その恐るべき体力には脱帽でした。「来てよかったです」と語るその表情は、本当に満足そうでした。


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<種蒔山付近で>

  標高が1800mに近い種蒔山付近は、木々の色づきはもっと進んでいました。切合(きりあわせ)小屋には11時41分到着。この夏2回お世話になった小屋ですが、すでに管理人のHさんは下山し、ひっそりしていました。水は夏同様に小屋の前に引かれていて豊富に使えるのが何ともありがたかったです。

  ここで休憩していたおじさんに、「三国小屋からケガ人がヘリで搬送された」と聞きました。私がまだ「長坂」を汗をかきながら登っていたときに上空にやってきたヘリはそれだったのです。単独の登山者だったそうですが、三国小屋を出てまもなく足をくじいて骨折したらしいとのこと。ケイタイ電話が通じたおかげで迅速な救助がなされたとのこと、大事に至らずによかったです。


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<本山小屋から眺められた会津磐梯山>

  目的の本山小屋には13時39分到着。この時間帯の小屋は誰もいませんでしたが、ザックや荷物が何人分か置いてありました。荷物の整理をしたり写真を撮ったりしているうちに、三々五々、登山者たちが小屋に着き始めました。

  16時過ぎ、私の「お客様」も小屋に戻ってきました。今回のお客様は造園工事などを行う会社の若者3人。今月末から稜線の登山道の修復を行うための事前調査で登ってきたということです。登山は初めてで、会社の費用でザックから靴からウエアまで、全部新品で登ってきたとのこと。一人はひどい靴ずれをおこしていました。私の救急用品で何とか対応し、翌日の下山に備えていただきました。


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<今回も出会ったブロッケン現象>

  日が傾き始めると雲がかかり始めました。そして先月飯豊に登ったときに続いて「ブロッケン現象」が起こりました。今回は長く続き、小屋の中にいた若者たちも興奮気味に写真を撮っていました。初めての山でこんな風景に出会えるのは幸運でしたね。西日を背中にし、東側が雲海という条件が揃わないと見られない現象です。


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<小屋の中では1本のキャンドルの明るさもありがたい>

  雲はそのまま本山の小屋を包み続け、私たちは日没をみることはできませんでした。夕方、ラジオで天気予報を聞きましたし、福島のIさんからはメールで予報を知らせていただいていました。降水確率30%。どうなるのか気がかりのまま18時過ぎにはシュラフに入りました。20時前ぐらいまで人の話し声で起きていましたが、いつしか眠っていました。夜中にトイレに起きたとき、やはり霧に包まれてはいましたが、雨の気配はありませんでした。


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<大雲海の8日朝>

  山小屋の朝は午前4時に人が動き始めます。前日会話を交わしたベテランの女性2人組は、朝食もとらず出発してゆきました。「朝ゴソゴソすると迷惑かけるから、次の切合小屋まで下りて、そこで朝ご飯にするわ」とのこと。そういう配慮ができるところがベテランの証しです。

  この日の日の出は5時16分ごろでした。その前20分ぐらいから空はすばらしい色に染まり始めました。しかも下界は大雲海の下にあります。平地の早起きさんたちは、どんよりした曇り空を見上げていたのに違いありません。雨の心配もないようで、すばらしいご来光も見ることができました。下界では決してみることのできないこの風景は、何度見ても飽きることがありません。

  若者3人も出てきて、「3日間の朝の風景で、今日が最高です」とのこと。仕事とはいえ、7時間以上もかけて登ってきた初めての登山へのご褒美だったかもしれません。こんな風景をいつか彼らが自分の子どもたちに語り伝えてくれる日が来るのでしょうか。

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<明け行く大日岳>

  朝の小屋の外の気温は8℃。思ったほどには下がりませんでした。霧に覆われていたことで「保温」されていたのかもしれません。西のほうを振り返ると、飯豊の最高峰、大日岳が朝日に染まってゆくところでした。

  朝食を済ませると、次々と登山者たちはそれぞれの次の目的地へと出発してゆきます。二十数名いた宿泊者でしたが、私たちが出発する5時40分ごろには、残っているのは数名だけでした。


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<4日ぶりに帰れる嬉しさ一杯の若者たち>

  「明日何時に出たいですか?」と聞いてみたときの彼らの答えは、「いくら早くても・・・」とのことでした。6時をめどにしていましたが、少しでも早く家に帰りたいという彼らの行動は素早く、私たちは5時42分に本山小屋を出発しました。

  聞けば彼らは月末から1週間ほど山に登ってきて、ヘリで運ぶ資材などを使って登山道の修復に従事するとのこと。もう紅葉がかなり進み、山の上では寒ささえ感じられる時期になることでしょう。今回のように好天に恵まれ、順調に仕事が進むことを願わずにはいられません。

  こうした仕事はおそらく環境省が予算をつけて行うものだと思うのですが、一方で登山道の修復へのボランティアの参加を盛んに呼びかけています。もちろん、私たち登山者も、そういう活動に参加する気持ちはあるのですが、ボランティアが無料の労働奉仕になってはいないのか、ということが気にかかります。大切な国の財産である国立公園を維持管理するために、十分な予算措置が行われ、正当な対価が支払われるということが、地域の経済にも必要なことではないのでしょうか。人の熱意だけをあてにするような環境行政であってはならないと思います。


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<剣が峰を下る若者たち>

  靴擦れの若者の足も何とか持ちこたえてくれたようで、私たちは順調に下山を続けました。三国小屋の下にある「剣が峰」の岩稜は、下りでは特に難所です。慎重にゆっくりと下りました。さすが若者たちの身のこなしは機敏で、安心して見ていられました。

  6時間かけて、私たちは彼らが車を置いた登山口へと到着しました。「写真をお願いします」と手渡されたカメラを向けると、3人は万歳をして喜びを表していました。初めての登山が飯豊に4日間。しかも仕事で。ほんとうにお疲れさまでした。登山道を修復してくださるあなたたちのお手伝いが少しだけできたこと、忘れないようにしたいと思います。

  下山して立ち寄った「いいでの湯」のロビーの新聞で、イチロー選手の大リーグ2000本安打達成の快挙を知りました。


 


happajuku at 05:12│Comments(0)TrackBack(0) 葉っぱ塾行事レポート 

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