2009年09月23日

紅葉のアラスカ、一片の雪

71cff2fb.jpg






<ワンダーレイクから見たマッキンレー(デナリ)山>
  (写真提供:大山卓悠さん>


☆アラスカ、アンカレッジ在住の大山卓悠さん厚子さんご夫妻とは、インターネットを介してつながりました。福島市で開催された星野道夫さんの写真展の感想を私がブログに書いたのを、奥様が読んでくださったことがきっかけだったと記憶しています。そして驚いたことにご夫妻は、星野道夫さんの家族ぐるみの友人でした! 

 大山卓悠さんは、ロシアでヒグマに襲われて亡くなった親友・星野道夫さんの事故を詳しく検証した著書『永遠のまなざし』(共著)を出されています。このコラムは、大山さんのご承諾をいただいて転載しております。

 アラスカは、紅葉から雪の季節へと移っているようです。

****************************


 秋の紅葉を見に、デナリ国立公園に出かけたのは、九月の初めだった。四国ほどの大きさをもつこの国立公園は紅葉のピークを迎え、広大なツンドラの大地はどこまで行っても、ものの見事に赤く染まっていた。

 それから三週間――。アンカレッジにも秋が来た。市内の山の頂は初冠雪し、風が急に冷たくなった。市内を埋める白樺の葉は、昨日今日でいっせいに色づき、街は黄金色に染め上がった。ツンドラの大地がないアンカレッジでは、秋の色といえば黄葉。原野は黄色一色に染まるのだ。

 夏から秋に変わる美しい瞬間を目で追いながら、アヌーカさんに紹介されたmixiの漢字テストをやってみる。しかし何度挑戦しても、二十問に届くか届かないかで終わってしまう。漢字を読むだけのテストなのに、こうも読めない漢字があるなんて、いままでどんな読書法をしてきたのだろうと、大いに反省させられた。

 しかし、待てよ――しばらく頭を冷やした後に、一寸考えてしまった。日本人として、読めない漢字があることは教養の欠如であることに違いないが、読めなくてもいいような漢字が出てくることは、出題者の意図を疑ってしまう。少し意地が悪いような気もするのだ。

 「南瓜(カボチャ)」や「不束(フツツカ)」などは、なるほどなるほどと、読めない自分が悪いのだと素直に反省させられるが、「樹懶(ナマケモノ)」とか「飯匙倩(ハブ)」とか「馴鹿(トナカイ)」などは「カタカナ」表記でいいではないかと思ってしまう。日本の寿司屋に行くと、魚偏に何とかと書いて、さまざまな魚の名前をあてがっているが、あれと同じで、読めても読めなくてもいい当て字のような気がする。因(ちな)みに、ぼくが学んだ東京水産大学(現東京海洋大学)では、魚の名前はみなカタカナ表記だった。

 紅葉で燃えるデナリ国立公園のシャトルバスはほぼ満席だった。ぼくのすぐ後ろの席には日本人と思われる若いカップルが座っていた。小声で話し合っているので、はじめはどこの国の人だかわからなかったが、山裾にダル・シープ(山ヒツジ)が現れたとき、トーンの強まった日本語が聞こえてきた。

「みてみて、しんじられな〜い! いっぱいヒツジがいる〜。 いっこ、にっこ、さんこ……。ワ〜、ぜんぶで五こもいる〜!」

 山ヒツジを、一個、二個、と数えるそのご婦人は、クマの親子が現れたときにはこう叫んだ。

「ワ〜、しんじられない! 大きいのが一人でしょ。そして小さいのが二こでしょ。ぜんぶで三こもいるぅ〜!」

 ぼくはアラスカに暮らしはじめて二十年以上になる。ときどき日本語が怪しくなるが、それでもヒツジやクマを一個、二個と数えたりしない。「匹」を口語で使うこともあるが、やはり普通は「頭」を使う。ヒツジもクマも、一頭二頭と数える。学校でそう学んだからだが、いまの学校教育ではそんなふうな数え方を教えないのだろうか。

 カンジキウサギが現れたときも、そのご婦人はキャーキャーと奇声を発しながら、一個二個と数えていた。一羽二羽とは数えないのだ。周りはぜんぶ外国人だったので、別段恥かしくもなかったが、なかには日本語を流暢に操る外国人の方もいらっしゃる。もしそんな知識人と同席をしていたら、ぼくは赤面の至りだっただろう。

 インターネットの力はすごい。可能性はまだまだ未知数である。漢字のテストにしても、インターネットならではの面白さがある。出題者が深い知見で臨むなら、閲覧者はゲーム感覚で相当な知識が身につくかもしれない。参加するみんなが意見を投稿し、どんどんと改善をして行けるのもいい。シャトルバスで同乗された御二方(おふたかた)には、少なくともそんな遊びに加わっていただきたい、といらぬ節介をしたくなる。

 ファイヤーウィードの花びらが散って、約ひと月、山の頂上に雪が降った。これから雨が降るたびに、山の雪線は少しずつ麓へと下がって来る。そしてある日突然、山も街も白一色で埋め尽くされる。

 今年の冬は寒いのだろうか。長く、暑い夏を経験したあとでは、冬への実感がまだ湧いてこない。一片(ひとひら)の雪を、一個二個と数えないよう、ぼくももう少し漢字の読みを勉強することにしよう。




happajuku at 05:22│Comments(0)TrackBack(0) アラスカからの風 

トラックバックURL

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔