2017年03月12日

☆★6年目の3.11、被災地で特別な時間を過ごす

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<香積寺で咲いていた梅の花>


  東日本大震災から6年の3月11日。

  初めて被災地で「その日」を迎えました。

  東松島でのボランティア活動の際、ひとかたならぬお世話になった川村さんに相談しましたら、石巻市郊外の香積寺(こうしゃくじ)で小さな慰霊祭が開かれると教えてくださいました。

  三陸道を「桃生豊里(ものうとよさと)」ICで下りてまもなくの香積寺では、すでに梅の花が咲き始めていましたが、空からは時折雪がちらつく寒い日でした。


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<挨拶される川村住職さん>


  この曹洞宗のお寺の住職さんは、私をここに招いてくれた川村さんの従兄に当たる方。

  そのつながりで一度、支援物資をこちらにお届けしたことがありました。

  その住職さんのご挨拶で、この寺の檀家では15家族、18名の震災犠牲者があったことを知りました。


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<挨拶されたご遺族の代表>


  犠牲者の名前と、それぞれが亡くなった経緯を刻んだ石碑と、ここにボランティアに来られた方々の名前を刻んだ石碑のそれぞれの除幕を行い、60名ほどの参列者全員が焼香をしました。

  最後に、遺族代表の方が挨拶をなさいました。

  嗚咽で声をようやく絞り出すように挨拶を終えられました。

  6年。

  ご遺族の心の傷は、まだ癒えるには短すぎると感じました。


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<亡くなられた経緯を刻んだ石碑>


  石碑の一つには、亡くなられた18名のお名前と享年、そしてどんな状況で亡くなられたのかが刻まれたいました。

  大川小学校の児童だった子。

  秋には結婚を控えていた女性。

  介護施設を最後に離れたことで津波に飲まれた方もおられました。

  それぞれの人生の続きが大きな力で断ち切られてしまったことが、読むだけでも伝わってきます。

  午後2時46分、市の防災放送からサイレンが吹鳴され、一同黙とうを捧げました。


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<ここでボランティアされたみなさんの名前>


  ここ香積寺は、内陸部であったので、津波被害はなく、震災後は、住職さんの配慮の下、ボランティア基地になったところです。

  とりわけ首都圏の金融機関「城南信用金庫」からは、一週間交代で、第1班から第131班までのボランティアのみなさんが駆けつけて、津波被災地を中心とした復旧作業に関わって行かれたそうです。

  その方々の他、ここでボランティアに参加された全員の名前を記録に残したいと、石碑には名前が刻まれたプレートがはめ込まれていました。

  東松島に戻り、川村さんと夕食を摂りながらお話しをしました。

  復興のための作業に従事する人が決定的に少ない、ということが気になりました。

  オリンピックを控え、作業に従事する人を確保できないという問題が、復興のスピードを鈍らせています。

  復興はまだ途上です。


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  最後になりますが、2万人を超える犠牲者のみなさまのご冥福を謹んでお祈り申し上げます。



 ☆「葉っぱ塾の被災地支援活動中間報告」



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happajuku at 05:00│Comments(0)TrackBack(0) 東日本大地震・「アウトドア義援隊」関連 

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