2019年03月12日

☆★8年目の3.11、浪江町へ〜津浪と原発事故の爪あとを訪ねる

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<請戸(うけど)漁港から見る福島第一原発>


  3月11日14時46分を、サイレンが吹鳴される浪江町請戸漁港の防潮堤の上で迎えました。

  1分間の黙祷の間、この地で津浪に巻き込まれた多くの犠牲者のこと、その後の原発事故のこと、様々な救援・支援活動のことなどがグルグルと思い起こされ、涙がこみ上げてきました。

  請戸漁港から福島第一原発までは直線で7キロほどしか離れていません。

  波しぶきが立つ海岸の向こうに、福島第一原発で作業する巨大なクレーンが、思いがけない近さで立っているのが見えました。

  
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<津波はこの建物を越えた!>


  浪江町の請戸にあった鈴木酒造はいま、長井市で酒造りをしています。

  その社長の鈴木大介さんから「きょう浪江に一緒にいきませんか?」とお誘いの記事がフェイスブックに載ったのは、11日午前9時半ごろでした。

  まだ現地を見たことのない社員の皆さんを連れてゆくためにバスをチャーターしたのはこの日の朝だったとのこと。

  思いがけない申し出でしたが、すぐに「行きます!」とコメントを返したのでした。

  初めて訪れた請戸の海岸で、鈴木さんが「津波はあの3階建ての建物を飲み込んでこちらに向かってきました。」と説明くださいました。

  高さが15mはあろうかという鉄筋の建物です。


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<鈴木酒造があった場所>


  「海に最も近い酒蔵」だった鈴木酒造は、その大津波によって跡形もないほどに破壊されてしまいました。

  消防団員でもあった鈴木さんは、住民に避難を呼びかけていたそうですが、振り返ると防潮堤を乗り越えてきた津波が見え、大急ぎで高台に駆け上がることでぎりぎり難を逃れたそうです。

  波に飲まれる人の姿も見えて、つらかった思いは今も残っていると語っておられました。


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<慰霊の前で説明する鈴木さん>


  鈴木さんが避難したその高台はいまは墓地と慰霊碑が整備され、請戸地区全体を見渡せるような展望の場にもなっています。

  犠牲になられた200名近い方々のお一人お一人を知っておられる鈴木さんが、その場で説明してくださいました。

  津浪の翌日の3月12日、捜索に入るはずだったのに、原発事故が起こって避難指示が出たそうです。

  その次に現地に入ることができたのが4月中旬になってからだったとのこと。

  「凍死だった人もいたんです。翌日に入っていれば助けられた人も何人かはいたはずです。」と鈴木さんは語っておられます。


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<慰霊の歌を歌ってくれた門馬さん>


  慰霊碑の前にいた私たちのところにたまたま、現地出身のシンガー・門馬よし彦さんがおいでになりました。

  前の年の3月11日に、長井市での「甦る」試飲会に出演してくださった方でした。

  「14時46分には、黙祷の後で、壽(鈴木酒造の「磐城壽」)を海にまいてきた。」とおっしゃっていました。

  そしてその場でギターを持ち出して、鎮魂の思いを込めて自作された曲を歌ってくださいました。


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<途中、川俣町で見た除染土集積場所(車窓から)>


  太平洋側にある浪江町や福島原発は、長井市からはずいぶん遠いと思い込んでいましたが、直線距離では110kmほどしかありませんでした。

  途中のあちこちに、除染された土の集積場があり、中間貯蔵施設への移送がまだのところがたくさん残っていました。

  浪江町は避難指示解除がまだ2割ほどの地域に限られ、人が住まない集落は人影もなくひっそりしていました。

  帰りのバスの中で、「来年はもっと早めに計画して、多くの人に現地を見てもらったらどうでしょう」とみんなで話し合ったところです。


   ※2011年4月21日の請戸地区の映像




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happajuku at 06:10│Comments(0) 東日本大地震・「アウトドア義援隊」関連 

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