2019年03月20日

☆★大震災はまだ続いている〜8年前の3月20日のこと

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<8年前の3月19日、モンベル仙台店で>


  8年前の東日本大震災は、「葉っぱ塾」にとっても、もちろん私個人にとっても、その後の方向性を大きく左右するものでした。

  山形市のHさんの声がけで、2011年3月19日、仙台市に向かいました。

  仙台駅にほど近いモンベルのお店で、「アウトドア義援隊」の活動が始まっていて、そのお手伝いをするためでした。

  ところが、現地に着くとすぐに「これから天童に移動します!」とのこと。

  空いている工場の建物を支援本部に借りることになったとのことで、引越し作業の最中だったのです。

  モンベルの辰野会長さん、日本エコツーリズムセンターの広瀬代表など、これまでお会いしたこともないので、「辰野です」、「広瀬です」と紹介受けても、どんなにすごい方々なのか、恥ずかしながらこちらは全然わかっていませんでした。

   ※辰野さんは「モンベル会長」の辰野勇さん、広瀬さん    は「日本エコツーリズムセンター」の当時の代表理事    でした。


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<天童に移動して「居住スペース」設置>


  国道48号線を山形側に越えて天童市内の空き工場に着くと、最初に広い室内にたくさんのテントを建てることから作業を始めました。

  暖房もないこの広い会議室のようなコンクリート敷きの部屋がこれから1か月のボランティア・スタッフの居住空間でした。

  テントはそれぞれの個室でした。


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<ここに大量の支援物資が運び込まれた>


  居住空間を設置した後は、コピーされた道路地図帳を張り合わせ、福島から岩手に至る太平洋沿岸部の大きな地図を作成し、その時点ではほとんど情報もなかった原発の不安を抱えながら、翌日からの物資運搬の方針を検討したのです。

  19日の段階では、モンベル仙台店に保管してあったわずかな物資しかなく、広い空間はガランとしていました。

  数日後にはここが一杯になるほどの物資が運び込まれてくることになるのです。


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<3月20日、トラック第一便が出発!>


  3月20日朝、たしか10トントラック3台が外に到着していました。

  その前日までに手配が済んでいた物資が、天童市に本部が設置されたことで、夜通し日本海側ルートを走ってきたトラックで運ばれたのでした。

  いったん下ろした荷物を、内容物の確認の後、箱に中身が何かを大きく書いて分類してゆき、中型のトラックに積み替えて、宮城県登米市の「前進本部」に向けて送り出したのです。

  この日から4月20日までの1か月間、私たちは未曾有の大災害と向き合うことになるのです。

  多くの人がこの活動に参加し、繋がり、声をかけ合って活動しました。

  日本各地だけでなく海外からの支援物資も運びこまれました。

  あのときに社会に満ちていた他者を思いやる気持ち、今でも続いていると言えるでしょうか?

  今も福島、東松島、陸前高田のみなさんとのつながりを持ち続けている私にとって、東日本大震災は「過去のもの」ではなく、今まだ続いている大災害です。




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happajuku at 05:00│Comments(0) 東日本大地震・「アウトドア義援隊」関連 

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