十三峠

2018年10月30日

☆★紅葉の「十三峠古道」を新潟側から山形側へと歩いた二日間

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<鷹ノ巣峠への登りの途中>


  新潟側からの呼び名が「米沢街道」という古道の最初の峠は、関川村下川口から登り始める鷹ノ巣峠です。

  この古道は、かなり整備された道であるにも関わらず、地形図には描かれていません。

  「米沢街道→」の標識が所々にあって、林道と交差していてもまず間違う心配のない道です。


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<鷹ノ巣温泉開祖記念碑広場>


  荒川の「大内淵」と呼ばれるあたりで国道113号線にいったん出ます。

  その直前右手に石段があって、そこを登ると「鷹ノ巣温泉開祖」のお墓や記念碑が建った広場がありました。

  眼下に鷹ノ巣温泉の一部を眺めることができます。

  榎峠にはそこから国道113号線沿いを小国方面に1kmほど歩いて「榎峠入口」の標識がある石段から登り始めることになります。

  峠頂上を少し下った杉林の中に、人の背丈ほどの石碑があって、これは「戊辰戦争」の激戦地だったこのあたりで亡くなった兵士たちの慰霊碑を、地元の寺の住職さんが明治元年、まさに「戊辰戦争」直後に建てたものでした。

  米沢藩士12名、新政府軍の徳島と鳥取出身の兵士2名が亡くなったとの記録があるそうです。


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<沼集落から榎峠を振り返る>


  榎峠からの古道は関川村の沼集落へと下りてゆきます。

  バスが先回りして待機した場所から榎峠を振り返ると、確かに稜線がぐっと低くなったところを狙って道が通っていたことがわかります。


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<宿は高瀬温泉「かじかの宿」>


  一日目の歩行距離はおよそ5km。

  荒川の右岸にある高瀬温泉「かじかの宿和らぎ荘」がその日の私たちの宿舎でした。

  火山が近くにないこのあたりで、70℃近い高音の温水が湧き出すとは不思議なことです。


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<大里峠に向かう林道の途中で太陽が!>


  二日目は前日よりも天候が回復傾向でしたが、雨はときどき降ってきました。

  気圧配置が弱い冬型だったので、日本海側ほど天候が悪かったのです。

  それでも、大里(おおり)峠に向かう林道の杉林の中で雲が切れ、太陽の光が差し込んできました。


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<大里峠への登り>


  2km余りの林道歩きの終点近くに「畑(はた)銅山跡」があります。

  1945年まで操業していたそうで、最盛期には300人もの人々が住み、働いていたそうです。

  大里峠への山道はそのあたりから始まります。

  途中には茶屋の跡もあって、往時の人々が休みたくなるような絶妙な場所であることに感心させられました。


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<大里峠頂上の祠(左新潟県、右山形県>


  大蛇伝説のある大里峠の頂上には祠が建っています。

  その背後の高圧鉄塔の足元から、天気が良ければ日本海が見えるはずと登ってみましたが、この日の日本海側は暗い雲に覆われ、海を見ることはできませんでした。

  この頂上が、新潟県と山形県の県境にもなっています。


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<玉川集落公民館の階段で>


  美しいブナの森の中、絶え間なく渓流の音が聞える大里峠を下りたところが小国町の玉川集落です。

  下見の際に、ここでトイレをお借りするお願いをしていました。

  おりしもお昼時。

  小雨がぱらついてきたものですから、玄関に上がる階段に荷物を置かせていただきました。

  食べているうちにまた空が晴れてゆき、午後は雨具を着ることなく歩くことができました。


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<あちこちで見つけたノブドウ>


  萱野峠は、その名の通り、地元の方々が昔、萱を刈ったところからつけられたものです。

  途中に「萱場跡」という平坦地があって、確かにそのあたりには萱が生育していました。

  この時期は植物の果実が目につきますが、クサギやコマユミ、そして多彩な色合いのノブドウが目を楽しませてくれました。


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<萱野峠途中の紅葉>


  標高300mに満たない萱野峠ですが、沿道のブナの森はすっかり紅葉していました。

  ブナに混じっているコハウチワカエデやヤマモミジなどが見事に赤く染まり、雨に濡れてしっとりしていました。

  安達太良山に行ったときのように、上から見下ろす紅葉も素晴しいのですが、山道を歩きながら紅葉を見上げると、まるでステンドグラスの廊下を歩いているような気がしてきます。

  大里峠の入り口から歩き始めたのが午前8時20分ごろ、萱野峠を越えて小国町の足野水集落着が14時10分ごろ。

  二日目は二つの峠あわせて10.7kmほどの距離を歩いたことになります。


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<大里峠玉川集落側にあるブナ大木>


  1878年に英国人女性、イザベラ・バードも辿った古道「十三峠」を歩くツアーは来年、この続きを同じ時期にやってみようということになっています。

  今回の参加者の中には、先月の天狗山ツアーにもご参加くださった方がたくさんいらっしゃいました。

  また、遠く横浜からご参加の方も!

  継続してのご参加、遠くからのご参加、ほんとうにありがたいことです。

  二日間ご一緒でき、私自身も楽しみました。

  これからの企画にもぜひご参加下さい。

  ありがとうございました。





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2018年09月08日

☆★鷹ノ巣峠、榎峠を歩く〜秋のツアーの下見を兼ねて

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<鷹ノ巣峠入り口の標識>


  10月下旬に予定されている仙台C社の古道歩きの下見を兼ねて、6日、新潟県の関川村にある「鷹ノ巣峠」と「榎峠」を歩いてきました。

  ツアーのときの天候はその日の運ということにもなりますが、下見はできれば好天の日にしたいと思っています。

  この日は上々のハイキング日和でした。

  私たち山形県人は「越後街道」と言い習わしている古道は、新潟側の人々は「米沢街道」と呼んでいるのです。

  「鷹ノ巣峠」は、新潟から米沢に向かうと、最初の峠と言うことになります。

  ここは新潟県の関川村で、日本海に注ぐ荒川の下流に位置し、かつての豪商渡辺家が繁栄していたところでもあります。


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<峠の向こうは?>


  峠道を歩くということになると、出発点と終着点が離れてしまいますので、どうしても自分の車のところに戻る必要があります。

  「鷹ノ巣峠」は小さな峠ですので、峠を越えて、今の国道を通って車に戻るのも20分ほどで済みました。

  地域の方々が、今でもしっかりと整備してくださっている道はとても歩きやすいものでした。


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<散り始めていたイタヤカエデ>


  「榎峠」は、「鷹ノ巣峠」のすぐ西側の峠です。

  こちらのほうが峠道を歩く距離は長いです。

  かつてこの峠を歩いた人々が置いた石碑や石仏があることも、古道の雰囲気をよいものにしています。

  途中、榎峠の最高点付近で、足元にイタヤカエデの黄色い葉が散っているのを見ました。

  本格的な秋を待たずに早々と黄葉して散っているものがありました。


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<榎峠途中の「無名戦士の碑」>


  関川村の沼集落へと下ってゆくと、「無名戦士の碑」が立っています。

  これは戊辰戦争の犠牲者を悼んで、地元の寺の住職さんが建立されたものだとのことです。

  いまからちょうど150年前、幕府軍側の米沢藩と新政府軍との間に激しい戦いが繰り広げられた古戦場でもある峠です。

  イギリス人女性イザベラ・バードが旅をするのは、そのわずか10年後のことでした。

  ツアーは10月下旬。

  きっとその頃は、これらの峠道は紅葉が真っ盛りになっているはずです。





  ☆「木星音楽団」長井公演は9月29日!9-29チラシ最終版



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2017年10月06日

☆★「アジアの桃源郷!」〜イザベラ・バードも歩いた宇津峠を通り抜ける

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<宇津峠飯豊町側の「落合地蔵堂」>


  今月末に「越後街道十三峠」の案内を依頼されています。

  5日はその中の「宇津(うつ)峠」を歩いてきました。

  上杉藩の藩都・米沢から越後へと通ずる道にあった十三の峠のうち、今も通行可能なのは8つでしょうか。

  十三の峠の中で最も険しい難所と言われていたのがこの「宇津峠」です。

  私はもう十年以上前に一度歩いたことがありますが、途中から藪がひどくなって、通り抜けするのを諦めたことがありました。

  出発地点は旧国道の峠の登り口にある「落合地蔵堂」にしました。


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<「はだか杉」と呼ばれる大木>


  地蔵堂の裏に標識があって、刈り払いされた道が登っていました。

  道はところどころで、トンネル開通前の古い未舗装の車道と交差しながら登ってゆきます。

  誰もいないだろうと思った峠道の途中で、長井のOさんとばったり出会いました。

  道の整備を手伝いながら、倒れたり切られたりした木を時折燃料用に運んでいるのだそうです。

  この峠の道にも詳しくて、その先の道路状況などをOさんから仕入れて登ってゆきました。


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<峠頂上付近の「馬頭観音」>


  標高500mに近い鞍部(コル)が、今通ることのできる「峠」の頂上でした。

  その近くには「馬頭観音」の石碑があり、近づいてみると「天保十年」という年号が刻んでありました。

  西暦では1839年でしょうか。

  その奥150m付近には茶屋跡や「宇津峠明神」の石碑などがありました。

  しかし、峠道の小国町側は、古道の復元はなされていないようで、「馬頭観音」までいったん戻り、古い車道をたどって小国側へと下りてゆきました。


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<前の「宇津トンネル」(小国側)>


  今の国道113号線との合流点の手前に旧国道にあった「宇津トンネル」の出口が見えました。

  かつて小国町の高校に勤めていたときに5年間通い続けたのはこの道でした。

  大型トラックどうしがすれ違うのがやっとの狭いトンネルで、トラックの荷台の屋根の角がトンネルに擦れて火花を散らしたのを何度見たことでしょう。

  辿った道は「杉立沢橋」で現在の国道113号線と合流します。

  一息ついて、今度は来た道を引き返しました。


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<「イザベラ・バード展望の地」からの眺望>


  この地を1878年に旅したイギリス人女性、イザベラ・バードは、『日本奥地紀行』という紀行文を著していますが、「十三峠」の最難所であるこの「宇津峠」を越える時に見えた置賜盆地を、「東洋のアルカディア(桃源郷)」と記しています。

  彼女が置賜盆地を最初に眺めたであろう場所には現在、案内板が建てられ、展望が得られるように、刈り払いもなされていました。

  バードが歩いたのは7月でしたから、水田が青々と見えたのではないでしょうか。

  正面に見えるのは蔵王の山々でした!

  当時は残雪も見えていたかもしれません。

  以前歩いたときに比べると格段に歩きやすく整備されていました。

  いつか「葉っぱ塾」でもこの峠道を歩いてみたいものです。





  ☆「木星音楽団長井公演」は10月14日!
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   【チケットのお申し込み】 葉っぱ塾 八木
           電話090-5230-8819
           happa-fy★dewa.or.jp
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2016年05月22日

☆★越後街道十三峠、鷹巣峠から大里峠まで

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<鷹巣峠入口>


  小国町に事務局を置くNPO「ここ掘れ和ん輪ん隊」が主催して21日に開催された越後海道十三峠ハイキングに参加してきました。

  新潟県関川村とと山形県米沢市の間には、車が通れる道路ができるまで、人馬が往来した越後街道が「動脈」として機能していました。

  一時は廃道のようになっていた十三の峠を持つ古道が、近年、多くの皆さんのご努力で復元され、この日のようなイベントが開催されるようになりました。

  「葉っぱ塾」でも黒沢峠や今回も歩いた大里(おおり)峠などを歩くハイキングを実施したことがありましたが、鷹巣峠、榎峠は歩いたことがありませんでした。


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<ときどき、現代の林道を歩く>


  30数名の参加者がバスで鷹巣峠入口まで移動。その後、2班に分かれて歩き始めました。

  昔歩かれていた古道が全て歩けるわけではなく、所々、林道に出たり、時には国道を歩いたりしながら、登り下りしてゆくのです。


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<枯葉でおおわれた古道>


  鷹巣峠の標高差は110mほどですが、二重の登り下りがありました。「二重坂(ふたえざか)」とも呼ばれていたそうです。

  峠を登り切ると、新たな視界が開けてきたり、植生が変わったりします。

  昔の人々は、そうしたことを楽しむ余裕があったものでしょうか?


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<自生していたヒメシャガ>


  2つ目の榎峠は自生するヒメシャガが見事でした!

  ポツリと咲いていたものは見たことがありましたが、そこらじゅうに咲いているというものは初めてでした。

  インターネットで調べてみると、シャガは中国原産で、日本にかなり古い時代に持ち込まれた帰化植物だとありました。

  「反抗」という花言葉を持つというのですが、いったいこの花のどこがそういう言葉と結びつくのでしょうか?


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<榎峠の「無名戦士の墓」>


  榎峠を途中まで下った平坦地に、「無名戦士の墓」という標識と墓碑がありました。

  見れば、明治維新の際、新発田(しばた)藩と上杉藩との間で戦われた戦闘の犠牲者を弔ったものでした。

  大きな時代の潮流の中で、自分の役割をどのように受け止め、闘い、死んでいった人たちだったのでしょうか。

  途中では、JR米坂線や、建設中の新しい国道113号の工事現場を横切ったりしました。

  現代の動脈と古道とが交錯するのもなかなかいいものです。


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<イザベラ・バードが泊まったお宅>


  越後街道といえばイザベラ・バードという英国人女性の名前は必須です。

  帰国後バードが著した紀行文は『日本奥地紀行』として邦訳出版されています。

  1878年、明治11年、横浜を出発し、この越後街道を7月中旬の梅雨の頃に踏破しています。

  関川村の沼という集落にあるこの大きなお宅に、バードは7月11日に泊まったという記録が残っています。

  もちろん当時はこんな立派なつくりの家ではなかったかもしれません。


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<大里峠の「千手観音ブナ」>


  大里(おおり)峠は、「葉っぱ塾」の行事でも、また、仙台からのツアーのガイドとしても歩いたことがありました。

  この峠が新潟と山形の県境になっています。

  西の新潟側から山形側に入ると、ガラリと植生が変化します。

  人がどのように森を活用してきたのかの違いが表れているのではないでしょうか。

  豊かなブナの森を下ってゆくと、私が勝手に「大里峠の千手観音ブナ」と名付けているブナの巨樹があります。

  数年ぶりでしたが、変わらずにたくさんの枝を四方に広げていました。


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<「十三峠踏破スタンプカード>


  閉会行事の中で、スタンプカードをいただきました。

  こんなふうに準備していただくと、おそらく全部埋めたくなるのではないでしょうか。

  そうした工夫も「葉っぱ塾」で考えてみたいものです。

  「葉っぱ塾」の行事がない時に実施ということであれば、今後も参加してみたいと思いました。

  一緒に参加された皆様、ありがとうございました。








    ☆モンベルの「アウトドア義援隊」、熊本への支援活動開始!

「アウトドア義援隊」熊本支援 その1

<熊本で活動する「アウトドア義援隊」のメンバー>


    ☆「いちよ・たかこ・やぎりんトリオ」飯豊、寒河江公演

    ☆「葉っぱ塾の被災地支援活動中間報告」
           (Yamagata1)



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2010年10月24日

秋の萱野峠、朴の木峠を歩く

※「葉っぱ塾」では、10周年記念事業としてデュオ・ケーナルパのCD制作へのご支援を呼びかけ、協力をお願いしています。詳しくはこちらをご覧ください。


  23日に実施した「秋の萱野峠・朴の木峠を歩く」は、直前のキャンセルがあって、参加者は1名だけでした。朝は放射冷却で気温が10℃以下に下がりましたが、朝から青空でした。

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<玉川にかかるつり橋の上で>

  「葉っぱ塾」初参加のSさんは、ブログを見て申し込みくださったのですが、そのきっかけは? とお尋ねすると、ずっと昔私が酒田市内の高校に勤務していたころの教え子のHさんが職場の上司で、Hさんから私の活動を聞かれたとのこと。「LEAF」やカレンダーでつながっているご縁が生きていました。

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<萱野峠ではスギヒラタケが大豊作!>

  友人が「今年はキノコが大豊作だ」と言っていましたが、萱野峠の杉の植林地ではスギヒラタケがあちこちに出ていました。数日前にその友人からもらったばかりでしたので、キノコに疎い私もこれがたぶんそうだ、と見当がつきました。数年前に「毒キノコ?」と思われる事件が続き、最近採る人が少なくなったのもこうしてこのキノコが目立つ原因でもあるらしいのですが、それにしてもたくさんありました。

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<紅葉が遅れています。>

  今年の紅葉はやはり遅れていて、標高200〜300mあたりの峠付近はまだ緑色が勝っています。よく整備された萱野峠の道は、来週以降が紅葉のピークかもしれません。

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<あちこちにリンドウが咲いていました。>

  先日下見で歩いたときにはあまり目立たなかったリンドウがあちこちに咲いていました。紫よりは青に近いその色は、林の中でほんとうに鮮やかでした。

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<秋の日差しに光る川>

  ゆっくり歩いて、萱野峠を越え足野水集落に出ると、いったん県道を歩きますが、朴の木川にかかる橋から見下ろすと、川に秋の太陽が反射してキラキラ光っていました。

  先日の下見でお会いしたSさんのお宅でトイレを貸していただき、とてもありがたかったです。「天気がいいときはカメムシもたくさん出る」と笑いながら話してくださったSさんの奥様、ありがとうございました。

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<レインボーカラー?のヤマウルシ>

  朴の木峠は、萱野峠ほどには人に歩かれていないようです。高圧鉄線が近くを通っているので、電力会社の方々が作業のために刈り払ったり、歩いたりという程度なのでしょうか。ところどころで昔の敷石が顔をのぞかせています。

  少し登ったブナの林で昼食にしました。座っているとやはりフリースがあったほうがよいぐらいの気温でした。

  朴の木峠を登りきるあたりで見上げたところに、紅葉しているヤマウルシを見つけました。周囲がまだ緑緑しているので、目立ちます。なんだかレインボーカラーに見えませんか?

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<朴の木峠から見えた朝日連峰>

  朴の木峠を登りきると林道に出ます。飯豊連峰のほうは逆光になっていてシルエットでしたが、北側が見通せる場所に少しだけ移動すると、朝日連峰が一望できました。真ん中に祝瓶山が、その左に大朝日岳が見えています。

  初参加のSさん、秋の峠道歩きはいかがでしたか? 山歩きを始めたばかりとのことでしたが、これからいろいろな山を楽しんでください。この「葉っぱ塾」の行事にもご参加ください。ありがとうございました。

  越後街道十三峠のうちの2つを歩いたわけですが、春先の花の季節もいいな、と思いました。来年計画してみます。


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2010年10月16日

秋の萱野峠・朴の木峠を歩く(参加者募集中)

※「葉っぱ塾」では、10周年記念事業としてデュオ・ケーナルパのCD制作へのご支援を呼びかけ、協力をお願いしています。詳しくはこちらをご覧ください。


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<萱野峠の敷石(今年6月)>


  ■■■ 葉っぱ塾 秋の萱野峠・朴の木峠を歩く2010 ■■■

  かつて米沢と新潟とを結んでいた「越後街道」には十三の峠があります。今回は小国町玉川集落と足野水集落の間の萱野峠と、足野水から小国に抜ける朴の木峠をつなげて歩いてみましょう。萱野峠は近年、ボランティアの方々の手によって「敷石」が発掘されています。見ごたえのあるブナの森を通ります。また、朴の木峠頂上からの飯豊連峰の眺めは一見の価値があります。イザベラ・バードの足跡をたどってみませんか? 歩く距離が少し長めです。ハイキングというより登山とお考えください。

【期  日】 10月23日(土)    小雨決行
※前泊ご希望の方には、宿泊の紹介もいたします。

【参加費用】      一人¥4000  
(写真代、保険料、含む)  
 
【募集人数】 先着10名(申し込みは10月20日まで)
※定員に達し次第締め切り

【集合・受付】 長井市「白つつじ公園北側駐車場」(長井市民文化会館北側)
※国道113号線「道の駅いいで」での待ち合わせも可能

【日   程】
       8:00   集合・出発(8:20 道の駅いいで)
       9:30   小国町 萱野峠玉川口発
     15:00ごろ 小国町 「健康の森横根」着
      16:30ごろ 長井着・解散

【持ち物】各自の昼食、雨具(ウインドブレーカーや傘など)、タオル 、着替え、水、おやつ(非常食かねる)、ゴミ袋、敷物
※履物は長靴か登山靴でおいでください。

【連絡先】葉っぱ塾・八木文明 
   日本山岳ガイド協会認定ガイド
       日本自然保護協会自然観察指導員
       日本ネイチャーゲーム協会リーダー
993-0053長井市中道2-16-40  TEL/FAX 0238-84-1537
                E-mail: happa-fy@dewa.or.jp

※留守の場合もありますので、ご連絡いただく場合は夕方6時から9時ごろが好都合です。
※集合場所の地図が必要な方はお知らせください。


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2010年06月09日

萱野峠、朴の木峠を歩く

※「葉っぱ塾」では募集中の企画があります。右の「カテゴリー(Categories)」の「只今募集中の企画」というところをクリックしてご覧ください。


☆本日の記事が、このブログの「1000記事」だそうです。そうは言っても一つの通過点ではあります。


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<ボランティアのよる敷石発掘が続いています。>

  仙台C社から相談を受けていた「越後街道十三峠」の中の萱野峠と朴の木峠を、一昨日役場からいただいた資料と、自前で準備した地形図をもとに、昨日歩いてきました。

  一人での調査は必ず車に戻らねばならずなかなか大変な面があります。まずは小国町の玉川集落に車を置いて、萱野峠を往復。

  敷石の峠道といえば、十三峠の中では「黒沢峠」が有名ですが、この敷石、実はその他の峠にもあることが次第にわかってきて、この萱野峠では近年、「ここ掘れワンワン隊」というイベントが組織され、大勢のボランティアが参加して、敷石の発掘が行なわれています。

  峠のあちこちに、発掘作業の記念のプレートが置いてありました。とりわけ子どもたちにとっては、地域の歴史をまさに「掘り起こす」作業に加わった思い出は、深く心に刻まれるに違いありません。

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<萱野峠は発掘と刈り払いが進み、歩きやすくなっています。>

  萱野峠頂上までは30分足らずで着きました。峠の頂上の標識にはクマがひっかいた爪あとが残っています。たった一人でこんな山中を歩くときは、手をたたいたり、口笛を吹いたり、歌を歌ったりして、クマたちにこちらの存在を知らせます。昨日はなぜか、テレサ・テンの「時の流れに身をまかせ」(これがタイトル?)などが出てきました。

  足野水集落に向かって下る道沿いはブナの木も多く、なかなかいい雰囲気です。チゴユリの群落も見られました。春先にはどんな花が咲くのでしょうか。峠の頂上から足野水集落まではおよそ35分で下りました。

  県道に出てから周囲をさまざま確認し、もと来た道を引き返します。帰りは一気に玉川集落まで歩きます。52分で車に戻ることができました。

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<朴の木峠の敷石は一部だけ。まだまだ未整備でした。>

  今度は車で足野水集落にまわります。県道は山をぐるっとまわっていますので、玉川から足野水まではおよそ5キロ以上あります。さきほど歩いて降りてきた場所から少し先の「朴の木沢橋」のたもとに車を停めて歩き始めました。

  古道の入り口は役場で聞いていたとおり明瞭でしたが、入ってゆくにつれて、草が生い茂るところも出てきました。びっくりしたのはヒメサユリが数輪つぼみをつけていたことです。昔はあたりまえにたくさん自生していたのかもしれません。

  道は電線に近づいたり離れたりしながら登ってゆきますが、40分ほど登ったところで、藪で行き詰まってしまいました。道のように見えるえぐれた部分がササや潅木で進めないのです。あきらめて引き返そうとしたとき、頭上に林道のガードレールが見えました! こんなものを見て嬉しくなることなどめったにありません。

  少し戻り、藪に突っ込む手前に下ると、右側のほうに踏み跡のように見えるところを発見。そこをたどって急斜面を登り切ると、その前日に訪れた林道の「朴の木峠」の標識のところに飛び出しました。足野水集落を出て45分経っていました。

  この藪をこいで戻る気にはなれず、車までは林道を歩きました。3キロあまりの道を40分ほどで下りました。車のところに、前日道を尋ねたおじいさんがおられました。耳が遠いことはわかっていたので、近づいてしばし大きな声で会話。昭和42年の大水害で国道が寸断されたときには、この峠を越えて町に出たのだと教えてくれました。

  車でいったん朴の木峠に上り、そこから先をどうするか、あちこち移動しながら見てみました。飯豊連峰、朝日連峰を一望できる展望スポットが「健康の森」の中にあります。「朴の木峠」から小国の町に下る道は、一部は車道になり、また一部は不明瞭だということでしたので、この「健康の森」をゴールにしたらどうだろうか、などと思ったところです。「朴の木峠」からバンガロー村までの下りの道に、敷石が明瞭に残っていました。

  この日歩いた道を地形図で改めて眺めて驚きます。この古道が、小国の町と足野水集落、玉川集落をほぼ一直線に結んでいるのです。しかも、山の低いところを選んでいます。こういう点が登山道とは違うところです。

  登山道は高いところに登るために作られます。しかし、かつての古道は人が移動し、荷物を運ぶ生活道路だったわけです。できるだけ難儀しないで済むようなルートがとられていることに驚くのです。

  C社のツアーになるかどうかはわかりませんが、この秋にでも、「葉っぱ塾」の行事として計画してみようと思っています。


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2010年05月11日

新緑の黒沢峠を歩く>>>今週末

※「葉っぱ塾」では募集中の企画があります。右の「カテゴリー(Categories)」の「只今募集中の企画」というところをクリックしてご覧ください。


  週末に予定している「新緑の黒沢峠を歩く」の下見を兼ねて、昨日一人で歩いてきました。今のところ参加者がありませんが、よろしこったらご参加下さい。

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<ブナの若葉が美しい黒沢峠>


   ■■■ 葉っぱ塾 新緑の黒沢峠を歩く2010 ■■■

  飯豊連峰のふもとのブナの森の新緑を楽しんでみませんか。生命の鼓動を感じながら、身も心もレフレッシュしてみましょう。黒沢峠は、上杉の城下町米沢と越後とを結ぶ昔の街道にある「十三峠」の一つです。苔むした敷石が風情を感じさせてくれます。片道約2.5キロの峠道を往復します。体力初級者でも大丈夫なコースです。

【期   日】  5月15日(土)    小雨決行
※前泊ご希望の方には、宿泊の紹介もいたします。

【参加費用】  大人¥2000  子ども(小学生以上)¥1000
(写真代、保険料、含む)  ※昼食時味噌汁付き
※親子での参加歓迎。 

【募集人数】 先着15名程度(申し込みは5月13日まで)

【集合・受付】 長井市「白つつじ公園北側駐車場」(長井市民文化会館北側)
※国道113号線「道の駅いいで」での待ち合わせも可能

【日   程】
       8:30    集合・出発(8:50 道の駅いいで)
       9:30    小国町 黒沢峠黒沢口着
      11:30ごろ  黒沢峠着、 昼食
      14:00    小国町 黒沢口着
      15:00ごろ  長井着・解散

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<峠の途中から見える飯豊連峰本山。「代かき馬」の雪形が見えますか?>


【持ち物】各自の昼食、雨具(ウインドブレーカーや傘など)、タオル 、着替え、水、おやつ(非常食かねる)、ゴミ袋、敷物
※履物は長靴が最適です。

【連絡先】 葉っぱ塾・八木文明  
  日本山岳ガイド協会認定ガイド
       日本自然保護協会自然観察指導員
       日本ネイチャーゲーム協会リーダー
993-0053長井市中道2-16-40  TEL/FAX 0238-84-1537
                E-mail: happa-fy@dewa.or.jp

※留守の場合もありますので、ご連絡いただく場合は夕方6時から9時ごろが好都合です。
※集合場所の地図が必要な方はお知らせください。




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2009年09月25日

好天の大里峠ハイキング

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<大里峠頂上で>

  昨日は仙台C社の大里峠(おおりとうげ)ハイキングのガイドとして行って来ました。29名のお客様を歓迎するように気持よい晴天となりました。

  この道は1878(明治11)年に、イギリス人女性、イザベラ・バードが歩き、『日本奥地紀行』という著書にその見聞をまとめたことが、今もなお歩かれていることへとつながっているのだと思います。

  彼女がここを歩いたのは7月中旬。梅雨の時期で、蒸し暑さにだいぶ苦しんだようです。また、通過する村々の貧しい生活ぶりが著書の随所に出てきます。

  新潟県関川村にある「わかぶな高原スキー場」のビジターセンターでトイレをお借りし、そこから歩き始めました。はじめの1時間ほどは車も通れる林道歩き。大部分が植林されたスギ林の中を歩きます。途中には戦時中の鉱山跡などもあります。

  いよいよ峠道にさしかかると、沢の水音が聞こえ、ブナやナラをはじめとする二次林となります。スキー場を出発し、途中で2回の休憩をとり、およそ2時間10分ほどで峠の頂上に着きました。標高470m前後の峠です。

  この裏手の高圧鉄塔のところに登ると、空気が澄んでいれば日本海が見えるはずなのですが、霞があってこの日は見ることはできませんでした。


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<玉川集落の林道に立つ看板>

  峠からは山形県に入ります。森の活用の仕方などが違っていたのだと思いますが、新潟県側と異なって、ブナの大きな木がだいぶ残っています。原生林というのではありませんが、深い森という風情があります。

  下りはおよそ1時間20分で、バードが「まことに頼りない集落」と表現した玉川というところに出ます。今はそんなに頼りないわけではありませんが、過疎化が進む寂しさは漂っていました。

  こんな時期にも咲く花はあって、ミゾソバ、カメバヒキオコシはずっと見ることができました。峠の山頂手前にはオヤリハグマがありました。また峠を下る途中ではテンニンソウやキバナアキギリが見られました。華やかさはありませんが、「山の花」です。

  添乗員のKさんと、この十三峠の別の峠も歩いてみたいですね、と話をしました。歩くことでしか移動できなかった時代の人々のことを思いながら、峠道をたどる。スローな生活を自らの足で体感することに、何か大切な意味があるような気がしています。

  ゲストの皆様、気持ちの良い峠歩きをご一緒できましたこと、心から感謝申し上げます。一番楽しんでいたのはたぶん私です。



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2009年09月18日

大里(おおり)峠を歩く

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<峠の頂上に立つ祠>

  来週、仙台C社のツアーをご案内することになっている大里峠を、下見を兼ねて歩いてきました。

  山形と新潟を結んでいるのは今は国道113号線ですが、明治の中ごろまでは、人や牛馬が通る細い道が街道だったのです。米沢市から新潟県の村上市に至る道は、山形側の人からは「越後街道」、新潟側の人からは「米沢街道」と呼ばれていたそうです。

  この街道にはかつて十三の峠があったそうです。車が通る道ができてからは人の往来も途絶え、道は荒れたり、埋もれたりしたようですが、近年、刈り払いや敷石の発掘などが行われ、通れるようになった峠道がいくつかあります。大里峠もその一つです。

  峠の西側の入り口は新潟県関川村の沼集落、東の入り口は山形県小国町の玉川集落です。つまりこの峠は県境を越える峠道なのです。

  1878(明治11)年に、イギリス人のイザベラ・バードという女性が、東京から北海道までおよそ3ヶ月以上かけて旅行した記録があります。彼女はそのときの記録を『日本奥地紀行』という本にして出版し、当時の欧米社会に日本の現状を紹介したのだということです。その紀行文の中に、この十三峠のこともかなり書かれています。

  来週のツアーは、このイザベラ・バードが辿ったと同じように、新潟側から入り、山形側へと抜ける片道コースを歩くことになっています。昨年は下見をしたのですが人数が集まらずに中止でした。今年はようやく実現します。

  道の刈り払いもなされ、標識もしっかり立っているので、一人でおいでになったとしてもまず迷うということはなく歩けると思います。県境をはさんで、新潟と山形では森の様子が違っていたりするのも面白いです。峠の頂上に建つ祠の裏手の高台に登ると、遠くに日本海が見えます。沢の水音をずっと聞きながら歩くことのできる気持ちのよい道です。葉が繁っていれば、頭上に高圧線が通っていることはあまり気になりません。

  ツアーの当日の好天を願いながら、資料も準備しておこうと思います。



 

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