小国町

2019年05月06日

☆★山笑う母のふるさと、カタクリの丘

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<横川ダムの水没林>



   ◆「安全登山入門編2019」参加者募集中!



  きょうで超大型のGWが終わります。

  次男が前半に、そして後半には長男が入籍したての伴侶を連れて帰省しました。

  普段は静かなわが家も久々に賑やかになりました。

  5日、長男夫妻とともに、小国町の母のふるさとの親戚の家を訪ねました。

  そのお宅の娘さんがまだ二十代だったときに病気で亡くなったのが5月4日だったことで、毎年その前後に伺っているのです。


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<横川ダム湖畔から見る飯豊本山>


  母が今の横川ダム上流の集落の出身で、その実家はずいぶん前に移転して今はありません。

  横川ダム湖畔からは、まだ真っ白な飯豊本山を見ることができます。


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<飛泉寺の大イチョウ>


  ダム湖の中ほどに、かつて「市野々(いちのの)」という集落がありました。

  ここは越後街道の宿場の一つだったところです。

  「飛泉寺」という寺の境内に大きなイチョウの木があったのですが、ダムの建設でそのままでは水没するところだったのです。

  それを、水没しない高さまで移動する工事が行われて、今も元気に立っています。

  長男夫妻がそのイチョウの根元にいることで、木の大きさがわかるでしょうか?


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<満開のカタクリ>


  長男がまだ幼い頃、私の母、彼にとってはおばあちゃんと一緒に訪ねたカタクリの丘はまだそのままありました。

  離れたところからでも斜面が赤紫色に染まっているのがわかるほどの大群落です。

  親戚のお宅に伺うと、手作りのパウンドケーキや山の幸の煮物などを準備して待っていてくださいました。

  「ここで暮らしていてよかったと思うのは今の時季」としみじみ語った言葉の意味を知るためには、この地の冬を体験しなければわからないかもしれません。

  関西生まれの新たな娘が、この山形にこれからも心を寄せてくれることを願っています。




  ☆「葉っぱ塾こんなことできます2019」


  ☆週末保養「森の休日」ボランティア募集


  ☆好評、三刷! やぎりんの新著『わくわくオーケストラ楽器物語』!『わくわくオーケストラ音楽物語』表紙



  ☆「葉っぱ塾」のリーフレットできました!
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  ※配布にお力添えください。

  ☆「葉っぱ塾の被災地支援活動中間報告」


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2018年10月26日

☆★里の紅葉進み、きょう母の命日

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<「子子見トンネル」付近の紅葉>


  週末の古道歩きのツアーが近づいてきたので、25日はバスとの合流場所の確認や移動のルートなどの最終確認のために、朝食後すぐに関川村まで車を走らせました。

  確認作業は順調に終わり、あとは当日を迎えるばかりとなって、国道113号線を戻りました。

  小国町の伊佐領から沼沢にかけての国道沿いの山の斜面が、いい色合いに色づいていました。

  以前、勤務先が小国だった頃、5年間毎日通いましたが、そのときもあまりの美しさに車を止めたことが何度もありました。

  「子子見トンネル」付近は、西日を浴びると赤く燃え上がるような斜面だったことは印象に残っています。

  この日は紅葉はまだ半ばといったところでしたが、美しく色づき始めていました。


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<「片洞門」の紅葉>


  「子子見トンネル」から短いトンネルが3つ続きますが、このトンネルと次の「綱取トンネル」の間の橋の上から「片洞門」を見ることができます。

  ここは車が初めて通るようになったときの旧国道で、崖の片側をくり抜くように道路を通したところです。

  この下を流れている「桜川」が、狭い渓谷をしぶきを上げて流れています。

  橋の上で写真を撮っていると、通り過ぎる車の轟音と橋の振動に落ち着かない気持ちになります。

  このあたりの紅葉はあと1週間ほど先が「真っ盛り」となるのではないでしょうか。

  里の紅葉が進み始めた今日10月26日、母の命日です。

  27年前のこの日もよい天気だったことははっきり覚えています。





  ☆今年も開講「スクールインタープリター養成講座」 in 山形大学

 

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2018年05月23日

☆★飯豊連峰大展望台・倉手山へ下見山行

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<倉手山山頂からの展望(22日)>


  今週末の27日、「葉っぱ塾」では小国町の倉手山への登山を予定しています。

  その下見を兼ね、22日早朝、倉手山に登ってきました。

  いつもの年のこの時期であれば、登る途中何度か雪の上を歩きますが、今年はほとんど雪はなくなっていました。

  ただ、山頂手前では雪が融けてまもないという場所がありましたし、山頂風下側の平坦地はまだ雪に埋もれていました。


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<倉手山山頂のヤギおじさん>


  イワカガミ、ヤマツツジ、ハクサンシャクナゲ、タムシバ、イワウチワ、カタクリなどの花が見られました。

  山頂からはカメラでは全貌が収まりきらないほどの大きさで飯豊連峰が見えますが、やはり今年の山の雪は少ないようです。

  車は、倉手山登山口の駐車場まで入ることができます。

  まだ仮設のトイレは設置されていませんでした。


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<朝日連峰の展望>


  下山するとき、正面には遠く朝日連峰を眺めることができます。

  大朝日岳の右下に祝瓶山のピークがあるのですが、写真ではわかりにくいかもしれません。

  今週末、予報はあまり悪くはないようですが、せっかく登るのですから、大展望を期待しています。





  ☆「葉っぱ塾」当面の予定


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  ☆「木星音楽団」ニューアルバム『鳥たちの詩 海の詩』完成!
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2018年05月09日

☆★カタクリ山、水没林、パッチワーク〜母の故郷の風景

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<満開の「カタクリ山」>


  GW最後の6日午後、思い立って小国町の叶水(かのみず)に行ってきました。

  従姉の娘さんが若くして亡くなったのが26年前の5月4日ということで、毎年GWのころに一度は出かけています。

  叶水は母の故郷でもあるのですが、横川ダム建設によって実家は移転し、一年の中で最もダム湖の水位が高いこの季節には、その跡地も水没しています。

  裏山のあちこちにカタクリの自生地があったのですが、それらは今も保たれています。

  地域の方々が、保全策を講じてくださっているのではないでしょうか。

  雪の多い叶水では、今まさにカタクリが見頃を迎えていました。


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<横川ダムの水没林>


  叶水に向かう途中で横川ダムを通り過ぎ、ダム湖を遡ってゆくのですが、途中、市野々集落があったあたりでは、水没林がこの時期だけ見られます。

  水の上に新緑の若葉が茂っている風景は幻想的です。

  朝に行けば、冷たいダムの水と温まった空気との接触で、湖上を霧が漂ったりしていることもあります。


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<従姉が作ったパッチワークの作品>


  従姉の家では得意のパッチワークの作品を見せてもらいました。

  手先の器用さは人の追随を許さないほどですから、その作品も芸術品の風格があります。

  「ログキャビン」という手法で作ってあったベッドカバーは、なんと2300枚以上の小さな布を縫い合わせたものでした!

  今高校3年生のお孫さんのためにということでしたが、一生ものとはまさにこんなもののことを言うのではないでしょうか?

  目の保養をさせてもらい、帰途につきました。





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2017年11月17日

☆★観光にも「種まき」が必要だ!

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<16日朝の宇津峠(飯豊町側から見る)>


  山形にたくさんのお客様を呼び込みたい。

  観光に関わる仕事をなさっておられる方であれば、誰しもが思うことでしょうね。

  今回は、「先行投資」あるいは「種まき」とも呼べるような事業のお手伝いを、ちょっとだけさせていただきました。

  県外のツアー会社の方々をご案内する3日間の旅の最終日のガイドを依頼され、16日朝、ご一行と小国町内で合流しました。

  当初は倉手山に登る予定だったのですが、冬の到来を思わせる雪模様ということで、直前に予定を変更していました。

  朝、長井から小国へと向かう際に越える宇津峠付近は、道路がシャーベット状の雪。

  1週間前に冬タイヤに交換していてよかった!


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<雪景色の黒沢峠をご案内>


  前々日に小国町役場からいただいてきた「越後街道十三峠」の資料をみなさんに配布し、バスに同乗して、黒沢峠入り口へと向かいました。

  湿った雪が降ったり止んだりの天候でしたが、さすが、ツアー会社の添乗員などを務める皆さんは足達者。

  雪景色の敷石道なんて、私も歩くのは初めてでした!


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<鈴木酒造では新社長直々のご案内>


  飯豊町の温泉旅館「がまの湯」さんでお風呂につかったあとに、これまた直前にお願いしていた長井市内の鈴木酒造長井蔵さんに伺いました。

  新酒の仕込みの時期でお忙しい中、新社長直々にご案内をしてくださいました。

  今回の取り組みが、新たなお客様の開拓に繋がることを心から願っています。

  私にガイドとして声をかけてくださったのは、昨年の「安全登山入門編」の受講生、Aさんでした。

  人のつながりはありがたい!




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2017年10月06日

☆★「アジアの桃源郷!」〜イザベラ・バードも歩いた宇津峠を通り抜ける

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<宇津峠飯豊町側の「落合地蔵堂」>


  今月末に「越後街道十三峠」の案内を依頼されています。

  5日はその中の「宇津(うつ)峠」を歩いてきました。

  上杉藩の藩都・米沢から越後へと通ずる道にあった十三の峠のうち、今も通行可能なのは8つでしょうか。

  十三の峠の中で最も険しい難所と言われていたのがこの「宇津峠」です。

  私はもう十年以上前に一度歩いたことがありますが、途中から藪がひどくなって、通り抜けするのを諦めたことがありました。

  出発地点は旧国道の峠の登り口にある「落合地蔵堂」にしました。


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<「はだか杉」と呼ばれる大木>


  地蔵堂の裏に標識があって、刈り払いされた道が登っていました。

  道はところどころで、トンネル開通前の古い未舗装の車道と交差しながら登ってゆきます。

  誰もいないだろうと思った峠道の途中で、長井のOさんとばったり出会いました。

  道の整備を手伝いながら、倒れたり切られたりした木を時折燃料用に運んでいるのだそうです。

  この峠の道にも詳しくて、その先の道路状況などをOさんから仕入れて登ってゆきました。


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<峠頂上付近の「馬頭観音」>


  標高500mに近い鞍部(コル)が、今通ることのできる「峠」の頂上でした。

  その近くには「馬頭観音」の石碑があり、近づいてみると「天保十年」という年号が刻んでありました。

  西暦では1839年でしょうか。

  その奥150m付近には茶屋跡や「宇津峠明神」の石碑などがありました。

  しかし、峠道の小国町側は、古道の復元はなされていないようで、「馬頭観音」までいったん戻り、古い車道をたどって小国側へと下りてゆきました。


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<前の「宇津トンネル」(小国側)>


  今の国道113号線との合流点の手前に旧国道にあった「宇津トンネル」の出口が見えました。

  かつて小国町の高校に勤めていたときに5年間通い続けたのはこの道でした。

  大型トラックどうしがすれ違うのがやっとの狭いトンネルで、トラックの荷台の屋根の角がトンネルに擦れて火花を散らしたのを何度見たことでしょう。

  辿った道は「杉立沢橋」で現在の国道113号線と合流します。

  一息ついて、今度は来た道を引き返しました。


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<「イザベラ・バード展望の地」からの眺望>


  この地を1878年に旅したイギリス人女性、イザベラ・バードは、『日本奥地紀行』という紀行文を著していますが、「十三峠」の最難所であるこの「宇津峠」を越える時に見えた置賜盆地を、「東洋のアルカディア(桃源郷)」と記しています。

  彼女が置賜盆地を最初に眺めたであろう場所には現在、案内板が建てられ、展望が得られるように、刈り払いもなされていました。

  バードが歩いたのは7月でしたから、水田が青々と見えたのではないでしょうか。

  正面に見えるのは蔵王の山々でした!

  当時は残雪も見えていたかもしれません。

  以前歩いたときに比べると格段に歩きやすく整備されていました。

  いつか「葉っぱ塾」でもこの峠道を歩いてみたいものです。





  ☆「木星音楽団長井公演」は10月14日!
       「葉っぱ塾」でチケット受け付けています!
木星長井公演2017チラシ最終


   【チケットのお申し込み】 葉っぱ塾 八木
           電話090-5230-8819
           happa-fy★dewa.or.jp
        (送信の際は★を@に変えてください。)


  ☆やぎりんの新著『わくわくオーケストラ楽器物語』発売!

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2017年05月18日

☆★倉手山、下見山行〜山頂からの絶景独り占め

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<国民宿舎「梅花皮荘」やや下流から望む主稜線>



 ☆「葉っぱ塾」は「共謀罪」の成立に強く反対します! 賛同署名に   ご協力ください。



  「葉っぱ塾」では21日に、小国町の倉手山への登山を予定しています。

  その下見を兼ねて、17日早朝4時前に自宅を出発し、登山口へと向かいました。

  途中の国道113号線宇津峠の温度計は「6℃」を示していました。

  ひんやりしていましたが、ほぼ無風。

  登山口近くの「梅花皮(かいらぎ)荘」やや下流から見える飯豊連峰の主稜線は、残雪が、朝の赤みを帯びた光に染まっていました。


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<下界は霧の海>


  車は倉手山登山口の駐車場まで乗り入れ可能でした。

  駐車場を5時出発。

  トレーニングを兼ね、ハイペースで登ります。

  振り返ると、小玉川の集落は霧の海に沈んでいました。

  標高800m付近で登山道がまだ雪に埋もれている箇所があり、30mあまり、雪の急な斜面を通ることになります。

  特に下山時は滑落に注意が必要です。


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<山頂から望む「石転び大雪渓」と北股岳(右)>


  およそ1時間で山頂に立ちました。

  空気がひんやりし、しかも澄んでいました。

  眼前にある飯豊の大展望が、覆いかぶさってくるようです。


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<一面残雪の山頂、独り占め!>


  三脚を忘れて、自撮り写真は無理かと思っていましたが、山の神さまに撮っていただくことができました。

  聞こえてくるのは谷底からの水音と鳥たちのさえずり。

  人工的な音が全くしない心地よさ。

  おにぎりをほおばり、しばし風景に見とれていました。


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<山頂近くからみえた朳差岳>


  「葉っぱ塾」で7月下旬に登る予定の朳差岳(えぶりさしだけ)の堂々たる姿は、いつ眺めても素晴らしいものです。


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<輝くブナの斜面>


  下山する頃には、光の色は昼のように白くなってきました。

  斜面に並び立つブナの新緑は、まるで葉っぱそのものが光を放っているように輝いて見えました。

  登山道で見られた花の中でこの日最も目立ったのはハクサンシャクナゲです。

  この時期に登ると、さながら「シャクナゲ・ロード」といった感じです。

  21日が楽しみです。

  きっと賑わうことでしょう。




 ☆吉永小百合さんからの復興支援Tシャツ


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2016年05月19日

☆★新緑の中にたたずむ貴婦人に会いに〜飯豊連峰展望台、倉手山下見山行

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<旧小玉川小中学校付近から見た飯豊の稜線>


  22日は、「葉っぱ塾」が主催する倉手山登山です。

  18日、その下見を兼ねて早朝4時過ぎに家を出発しました。

  前日は昼過ぎまで雨が降り、16日の夏のようだった気温が一転、寒冷前線の通過とともに寒気が入りました。

  18日朝の国道の温度表示は「8℃」でした。

  ずっと霧や低い雲に覆われた国道や県道でしたが、小玉川集落が近づいたあたりで青空がのぞいてきました。


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<振り返ると広がっていた雲海>


  国民宿舎「梅花皮(かいらぎ)荘」入口から奥の「飯豊山荘」に入る道はゲートが開いていましたが、車で入れるのは倉手山登山口駐車場まででした。

  夏のシーズンにはここに設置されるプレハブのトイレは、今年はまだ設置されていませんのでご注意ください。

  トレーニングを兼ねて急登を登ってゆき、振り返ると、小玉川集落へと続く細い谷筋は雲海の下に沈んでいました。


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<どっしり構える朳差(えぶりさし)岳>


  標高780mを超えたあたりで、登山道は山頂からほぼまっすぐ北に伸びる尾根に出ます。

  この少し先の鞍部からは、飯豊連峰北端の名峰、朳差(えぶりさし)岳を一望できます。

  その尾根沿いではシャクナゲの花がたくさん咲いていましたが、やや盛りは過ぎていました。


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<花盛りだったムラサキヤシオの花>


  山頂が近づくと、ブナの新緑の中に、鮮やかなムラサキヤシオツツジが咲いていました。

  花言葉を調べてみましたら「優美、貴婦人」などとありました。

  あふれるほどの緑の中で、しっかりとその存在をアピールできる赤紫色の花。

  なるほどその花言葉にふさわしいと感じます。


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<山頂独り占め!>


  途中で雪の上を歩くのは、山頂の手前でわずか。

  ここは一両日中に雪は登山道から退くでしょう。

  山頂もまだ少し雪はありますが、これもあと一週間ほどでなくなるかもしれません。

  山頂に着いた時にはすでに日の出直後の赤みを帯びた光は白い光に変わっていました。

  カメラのフレームに収まり切らないこの雄大な山塊!

  残雪が輝き、新緑とコントラストをなすさま。

  谷底から聞こえてくる水音。

  ウグイス、コルリ、センダイムシクイなどの野鳥の声。

  全て一人で味わった早朝の山頂でした。


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<帰り道で見つけたトチの花>


  帰りの県道沿いで、トチの花がたくさん咲いているのを見つけました。

  ブナの森の最大の蜜源樹だと聞いています。

  蜂蜜を採る人たちは、将来を見据えてこの木を山に植えているという話も聞いたことがあります。

  今年はどうやらトチの花は豊作年にあたっているようでした。

  22日の登山のお申し込みは、本日(19日)中であれば保険の加入に間に合います。

  ご希望の方はご連絡ください。

     【連絡先】 葉っぱ塾 八木
           電話090-5230-8819
           happa-fy★dewa.or.jp
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2016年05月01日

☆★飯豊の大展望台、倉手山へ!〜参加者募集中!

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<新緑の倉手山山頂から見る朳差(えぶりさし)岳>



       いつかは目指すぞ、あの飯豊!
       葉っぱ塾 飯豊連峰展望台、倉手山へ2016

  平地は新緑の季節を迎えていますが、置賜盆地から見る飯豊連峰はまだたくさんの雪が残っています。

  初夏の日差しの中、飯豊連峰の大パノラマを眺めにおいでになりませんか? 

  飯豊の大展望台でもある倉手山から、飯豊の大きさを感じてください。そして「いつか飯豊へ!」という決意も固めてしまいましょう。

  (標高差約600m、初〜中級向き)

【期   日】    5月22日(日)  悪天中止 
※前泊ご希望の方には、宿泊の紹介もいたします。

【参加費用】   ¥3000  (保険料・写真代等含む)

【募集人数】   先着10名(申込みは19日まで)
           ★5月12日までに8名受付。
※19日前でも、定員に達したら締め切ります。

【集合・受付】  長井市「白つつじ公園北側駐車場」
           (長井市民文化会館北側) 7時
     または、飯豊町「道の駅いいで」 7時20分 
            (国道113号線、飯豊町添川)
※どちらかご都合のよいほう

【日   程】    7:00    集合・出発(7:20 「道の駅いいで」)
           8:40     梅花皮荘(トイレ休憩)
           9:00    登山口発
          11:30ごろ  山頂着・昼食
          12:30     山頂発
          14:20     梅花皮荘着(その後入浴)
          15:20ごろ  梅花皮荘発
          16:10     「道の駅いいで」
          16:30     長井「白つつじ公園」着・解散

【持ち物】   雨具、水(最低1リットル)、タオル、帽子、着替え、昼食、非常食、手袋、入浴用具、敷物
                
【連絡先】     葉っぱ塾・八木文明
             日本山岳ガイド協会認定ガイド
             日本自然保護協会自然観察指導員
               TEL  090-5230−8819
               メール  happa-fy@dewa.or.jp
※集合場所の地図が必要な方はお知らせください。









    ☆モンベルの「アウトドア義援隊」、熊本への支援活動開始!

    ☆「いちよ・たかこ・やぎりんトリオ」飯豊、寒河江公演

    ☆「葉っぱ塾の被災地支援活動中間報告」
           (Yamagata1)



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2016年01月15日

☆★ヒメサユリ咲く山里の小さなできごと〜ある同人誌に書かれた1944年初夏のこと

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<『路』第24号表紙>


  先日、白鷹町にお住いのKさんが、『路』という同人誌の第24号をわざわざ届けにおいでくださいました。

  直前にいただいたお電話で、この中に、Oさんという方が書かれた文章が載っていて、それは私の母と、その父の戦中の苦難について触れられており、弟にそれを送ってくださるために住所を知りたいとのことだったのです。

  「私にもコピーでよいのでくださいませんか?」とお願いしましたら、余分にありましたから、とご丁寧においでくださったのです。

  Oさんは、1943(昭和18)年に女子師範学校を卒業後、私の母の郷里、現在の山形県小国町叶水(かのみず)にあった叶水国民学校に赴任されたようです。

  勤務二年目になる44年6月、母方の祖父、渡部弥一郎が、キリスト教独立学園の鈴木校長とともに、検挙、拘留されるという「事件」が起きました。

  悪法で名高い「治安維持法違反」の疑いということだったのです。

  同人誌のOさんの文章は、その当時の母の実家の様子について詳細に思い起して書かれており、私も知らないでいた当時の様子をも知ることができました。

  祖父が拘留されていた数か月の間、監視にあたっていた警官の中に、このOさんのお父様の末弟、すなわち叔父さんがおられ、親切にしてくださったということは、この文章で初めて知ったことです。

  Oさんはこのことを母の生前に知らせてくださっていて、それに母が返信した便りの一部も引用されていました。

  その便りの交換の後一年ぐらいで母が亡くなったと記されていますので、Oさんが母にお手紙をくださったのは90年ぐらいのことだろうと想像しています。

  また、祖父が連行された直後、この家で育てられていた三歳の女の子が病気で急死し、家族が悲しみにくれている場にOさんが訪ねられたということも書いてありました。

  その家には国民学校の教頭先生が下宿されていて、小さな柩に、近くの山からとってきたヒメサユリの花をいっぱい入れてあげたとの描写があって、見たこともない風景に鮮やかな色が付け加わりました。


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<ヒメサユリの花(朝日連峰)>


  いまは低地ではなかなか見られなくなったヒメサユリの鮮やかなピンクの花々が、緑深まる山間にたくさん咲いていた様子がうかがえます。

  民主主義の時代のすぐ前に、こうした暗い、辛い時代があったことを知っているのは、今の日本国民の中では少数派になっています。

  こうした時代に後戻りしないよう、しっかりと歩まなければならないと改めて思ったところです。

  Kさんのご配慮に感謝申し上げます。ありがとうございました。



    ☆「葉っぱ塾」・モンベルのコラボイベント

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2015年12月05日

☆★母のふるさとに立ち寄る〜小国町叶水、横川ダム付近

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<横川ダム湖の中に立ち枯れた木>


  昨日(12月4日)は、亡き母の誕生日でした。

  母が亡くなってもう24年経ちますが、もし生きていたなら86歳になっていたはずでした。

  2日、小国町の倉手山に登った帰り道、母の生家があった小国町叶水(かのみず)の横川ダムを通ってみました。

  母の生家は、このダム湖が満水になる一時期だけ水面下になってしまう、ダム湖の最上流部にありました。

  ダムの建設に伴って移転を迫られ、その家の親戚たちは今は長井市内に住んでいます。

  雪の季節が近くなり、夏場より少しは水位が高くなったダム湖は、静かでした。


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<横川ダム湖畔から見えた飯豊山>


  私がまだ小学生だった頃、ここにあった母の生家によく遊びにきたものです。

  小学生にとって、鉄道(当時国鉄)を2本乗り継ぎ、下車駅からバスに乗り換えての旅は、それだけでも、ある種の冒険でした。

  一つ年下の従弟がいたので、よい遊び相手でした。

  二人で川に入り、魚を捕まえたり、山に行ってセミやトンボを追いかけたり。

  思い返せば、私の自然体験の原点がそこにあった気がします。

  ダムが完成して風景が変わってしまいましたが、ダム湖にかかる橋の上に立って周囲を眺めると、かすかな記憶がよみがえってくるような気がしました。

  子どもの頃は、この橋の上の高さから景色を眺めることなどできませんでしたから、飯豊山が見えるなどとは想像だにできませんでした。

  冬は豪雪のこのあたりですが、雪解けから新緑の季節は、また素晴らしい風景が広がります。



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2015年12月03日

☆★倉手山山頂で日の出を待ち構える!〜山眠る季節へ

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<日の出前の朳差(えぶりさし)岳>


  週間天気予報でずっと「晴れ」のマークが出続けていた12月2日。

  飯豊連峰の大展望台、倉手山に早朝行くことに決めていました。

  家を3時半過ぎに出発。「梅花皮(かいらぎ)荘」入口から歩かねばならないかと思って車を走らせて行くと、意外にもゲートは開いていました。

  倉手山登山口の駐車場の先からが通行止めでした。

  準備をしてちょうど5時出発。


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<朱鷺色に染まる朳差岳>


  まだ真っ暗でしたが、標高600m付近までは登山道に雪はありませんでした。

  その先は標高を稼ぐほどに積雪は増えてゆき、山頂付近は30センチほどありました。

  予想以上の雪で、所々で足を取られ、日の出前に山頂に着けるか心配しましたが、何とか間に合いました。


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<朝日射す飯豊主稜線>


  山頂に着いて5分も経たないうちに、稜線のてっぺん付近から染まり出しました。

  この日、東の空にも雲はなく、山肌が赤く染められたのは、時間にして15分ほどだったでしょうか。

  太陽が山影から出てしまうと、光は白っぽくなってしまいました。


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<明けゆく東の空>


  東へと向かう飛行機が吐き出した飛行機雲が、朝日に輝いて見えました。

  こうして写真で見ると、流れ星のようでもあります。


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<展望独り占め!>


  聞こえるのは、下の沢からの水音だけ。

  風もほとんどなく、穏やかな日の出直後のひとときを山頂で過ごしました。

  こんな風景を見たら、きっとどんな人でも自分と自然との関わりについて何かしら考えるのではないか、などと思いながらしばらくたたずんでいました。


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<秋の名残り>


  下山のとき、雪の上に顔を出しているナナカマドの赤い実を見つけました。

  次の寒波の降雪で雪に埋もれてしまいます。秋が最後のメッセージを発信しているようにも見えました。


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<大雲海と朝日連峰>


  倉手山からの下山のときには、正面に朝日連峰が横たわっています。

  県道が通っている玉川沿いの谷筋から、ずっと向こうの朝日連峰の麓まで、一面の雲海でした。

  中央よりやや右にある三角形のピークが大朝日岳です。


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<青空に映える朳差岳>


  途中まで下りて朳差岳のほうを見ましたら、すっかり白一色の山体に変わっていました。

  青空をバックにした雪の山。これもまた見事です。

  ここ2年間はこの山に登っていませんでした。来年はぜひこの「日本二百名山」の山旅を楽しみたいものです。

  この週末は天候が荒れ模様のようです。高い山は本格的な雪になること間違いなしです。

  ついに「山眠る」季節の到来です。



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2015年05月07日

☆★母のふるさとの風景など〜新緑したたる季節

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<横川ダム湖から見た飯豊本山>


  5月4日は、小国町に住む従姉の娘さんの命日。若くして白血病で亡くなったのです。もう23年が経ちます。

  GWでもあるし、いつもこの時期に線香あげがてら訪ねています。

  葉祥明さんを大好きだった娘さんでした。

  葉さんの最初のエッセイ集『地平線の素描帖』がこの娘さんの部屋に遺されていてびっくりしたことがあります。

  今年は絵本『ひろいかわのきしべ』を携えて訪ねました。


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<ダム湖に立つ樹木>


  横川ダムは、雪解け水を満々とたたえ、一年で最も水位が高い時期です。

  母の実家もこのあたりにあったのですが、満水時にダム湖に沈む場所にあったために、今は移転してしまいました。

  かつて川の近くにあった樹木たちが、何とか生きながらえて、湖水に浸りながら若葉を芽吹かせているものがありました。

  ダム建設と引き換えに整備された高速道路のような立派な道は、ほとんど車が通ることもありませんが、まもなく、観光ワラビ園の時期になると、少しの間にぎわいます。


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<母の実家の裏山のカタクリ群生地>


  母の実家の近くの山の麓に、カタクリの自生地があります。

  まだあちこち雪が残っていたので開花していないかと思いながら訪ねてみましたら、足の踏み場もないほどに、今を盛りと咲いていました!

  わが家の庭のカタクリはおそらくここから株で、あるいは種で運ばれたものだと思います。


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<「紅葉橋」付近の新緑>


  山菜や野菜料理をおみやげにいただき、帰路につきますと、国道113号線も素晴らしい新緑!

  まだあちこちに山桜も咲いていました。

  かつて小国に通勤していた頃大好きだった「紅葉橋」付近。ほぼ手つかずの広葉樹の原生林の四季の風景に、どれほど心癒されたことでしょう。

  人生の曲がり角に立っていたあの頃、この風景を見ながら通ったことで、何とか立ち直ることができたのかもしれないと振り返っています。

  深い谷の底に、雪解け水が轟々と流れる桜川が光っていました。


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<ウワミズザクラの花>


  午後は、「森の休日」の準備でAsahi自然観へ。

  前回から20日が過ぎようとしていましたが、この間に高温が続き、あのときまだ一面の残雪だったのに、今は様々な色合いの緑色に満ちていました。

  桜も終わったこの時期に目立ち始めたのがウワミズザクラ。

  花だけ見れば桜だと思う人はまずいないでしょう。

  台所で使うブラシのような形に集まったたくさんの花。小さい一つひとつの花が5枚花弁です。

  近づくと、ほのかによい香りがしてきます。樹皮がまぎれもなく桜であることを主張しています。

  華やかな桜に目を奪われ、ちょっと疲れていた目を、こうした質素な花々と新緑がいたわってくれるような気がします。



※長井市広報映像『水の都 長井』



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2014年06月03日

☆★涼しいうちに倉手山へ〜飯豊連峰の大展望独り占め

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<小玉川集落から見上げる朝焼けの稜線>


  好天が続いて、うずうずしていました。

  昨夜思い立って、今朝はジョギングの代わりに小国町の倉手山に行ってきました。朝3時半過ぎには家を出発。

  一年で一番日の長い時期にはいっていますので、もう東の空が白々明るくなり始めていました。


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<5時40分、山頂に立つ>


  国民宿舎の「梅花皮(かいらぎ)荘」入口から、奥の飯豊温泉に通ずる林道はすでにオープンしていましたので、車は登山口まで入ることができました。

  ただ、夏から秋にかけて設置されてきた簡易トイレは、今年はまだ設置されていませんでしたので、ご注意ください。

  地元の方々のご好意で整備されている登山道を、気持ちよく登りました。

  一人ですので、こんな時にはトレーニングを兼ねます。日中はこの日も30℃以上の予報でしたが、朝の気温は13℃ほど。ほとんど暑さを感ずることなく1時間で山頂に立ちました。


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<石転び大雪渓と北股岳(右)>


  続いた好天にも少し陰りが見え始め、薄雲がかかっていましたが、風は穏やかな山頂でした。

  このところの暑さで急激に雪解けが進んだのでしょう。山頂の平坦部に少し雪が残るだけで、途中の登山道では全く雪はなくなっていました。


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<倉手山山頂から見る朳差(えぶりさし)岳>


  眼前に覆いかぶさるように広がる飯豊連峰の稜線のボリューム感を、私のカメラではなかなか表現できません。

  しばらく眺めていたら、雪崩の音が響いてきました。急斜面から沢筋へと、氷のように固まった雪が崩れ落ちたのでしょう。

  今年の夏に登る予定にしている朳差岳は、その左側に目立つピラミッドの鉾立峰を従えて、どっしりと構えていました。飯豊連峰最北端のピークです。


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<朝日連峰を展望する>


  おにぎりを頬張り、水を飲んで下山にかかりました。途中で朝日連峰が正面に見える場所があります。霞んではいましたが、こちらも長い縦走路がスカイラインとなって見えていました。いよいよ夏山シーズンが始まろうとしています。

  「葉っぱ塾」ではこの倉手山への登山を6月15日に計画しています。参加者を募集中です。一緒に飯豊の大展望を楽しみませんか?

  登りに2時間半、下りに1時間半ほどかけて、ゆっくり歩きます。初心者向けの登山です。

  【連絡先】葉っぱ塾 八木 
       電話090−5230−8819



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2014年05月05日

☆★母の故郷はまだ早春〜カタクリと春紅葉

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<小国町のカタクリ>


  明け方まで強い風が吹いていた4日、風は次第におさまって好天となりました。

  帰省している娘と妻と三人で小国町方面に出かけてみました。ところが、小国の町に入ろうとするあたりから道路が渋滞。「シャクナゲ祭り」と「熊祭り」が同時に開催されていて、その人出のための渋滞のようでした。

  あまり混雑しない方向へ行き先を変更して昼食とし、午後は母の故郷の親戚の家に向かったのです。この日が亡くなった娘さんの命日でもありました。

  母の実家は横川ダムの建設に伴って移転し、今はありません。母の実家の近くにカタクリの咲く斜面があって、その場所に行ってみると、昔と変わらずにたくさんのカタクリが今を盛りと咲いていました。

  大好きな歌人、鳥海(とりのうみ)昭子さんの短歌そのままの風景です。

   雪解けの 山の斜面を埋めて咲く

       カタクリの花 そよぎやまざり



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<春紅葉の斜面>


  私が住む町に比べると圧倒的に積雪の多いこの地域は、今が桜が満開。山肌は新緑前の「春紅葉」でした。

  膨らみ始めた新芽の色が、樹種によって異なります。秋の鮮やかな紅葉ではありませんが、淡いながらもその色の多彩さが、「春紅葉」という言葉の由来だと思います。


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<横川ダム湖>


  横川ダムは、一年の中で雪解けのこの時期だけ満水になります。母の実家があった場所は、このときだけ水にぎりぎり沈むのです。

  他の季節には陸化しているので、根が水に強いヤナギの仲間は生育を続けることができるのでしょうか。湖面に突き出た新緑の枝が水鏡に写っていました。

  このあたりはかつて「市野々(いちのの)」という集落があったところです。越後街道十三峠の黒沢峠と桜峠の間の小さな宿場でもあったと聞いています。

  湖面に出ている木々は、かつてここに人の暮らしがあったということを、見る者に伝えようとしているかのようでした。



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2014年02月08日

☆★小国町の「ボランティア研修会」で講話

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<震災や「森の休日」の写真を使って説明>

 ※写真はいずれも担当の阿部さんに撮っていただきました。


  立春寒波が一段落した7日昼過ぎ、小国町に向かいました。小国町の教育委員会から「ボランティア研修会」での講話を依頼されていました。

  児童生徒や学生向けにボランティアについて語ったことはありますが、社会人向けのものは初めてでした。

  20名ほどの参加者がありましたが、みなさんは地域の中で学校支援のボランティア活動などに関わっておられる方々がほとんどで、ボランティアについての関心は高く、熱心に私の話を聞いてくださいました。

  大震災後の「アウトドア義援隊」の活動や、その後継続している東松島や陸前高田のお手伝いのこと、そして福島の子どもたちのための「森の休日」こと、また、昨年夏の県内での豪雨災害のことなどを例に出しながら、被災者のことを想像しながら、できるだけ継続的に活動を行っていただきたいとお伝えしました。


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<講話を終えてホッと一息>


  また、災害というと義捐金や支援物資を送ることだけが「支援」と思われがちですが、被災者の心の支援というような、目立たないところでのサポート活動の重要性についてもお話ししました。

  講演を終えて、担当者と懇談している中で、「スクールインタープリター養成講座」のことを紹介しましたら、とても興味を持ってくださいました。

  学校支援に関わる方であれば、まさにうってつけの講座となる可能性があります。町の協力を得て講座開催ができるのであれば、ほんとうにありがたいことです。

  小国はかつて高校教員として勤務していたところです。そこから転勤したのがもう20年前。そのときは生まれていなかった高校生も一人参加してくれていました。

  関係者の皆さま、お招きありがとうございました。



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2013年11月15日

☆★雪と紅葉のコラボレーション〜小国町の風景

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<朝日に輝く雪の山>


  14日、天候が良くなるとの予報に、急に山行きを決め、小国町の倉手山に向かいました。

  国道113号線から小玉川集落に向かうにつれて雪が多く残っており、高い山々が朝日に照らされる頃、国民宿舎「梅花皮(かいらぎ)荘」入口に着きました。


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<飯豊の主稜線を望む>


  「梅花皮荘」入口から奥の「飯豊山荘」に通ずる林道は、除雪はされていましたが、「一般車両通行止め」の掲示があり、車を置いて15分ほど歩き、登山口へ。除雪された道路はシャーベット状の雪が凍ってツルツルしていました。

  この冬初めての雪だからそれほど多くはなかろうとスノーシューも持たずに来たのは間違いでした。登り口ではくるぶしが埋まる程度だった積雪が、1時間ほど登ると、もう膝上まで潜るほどになりました。

  展望のきく場所で飯豊の主稜線を眺め、下山を決断。しばし写真を撮りながら大きな峰々を展望しました。


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<雪に映える紅葉>


  車まで戻る道々、雪と紅葉が織りなす光景にたびたび足を止めました。やはり初雪がこんなに積もるというのは珍しいことです。


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<赤芝峡の紅葉>


  国道113号線に出ると、そこから小国の町の入口までは「赤芝峡」と呼ばれ、荒川が狭くなって両側が切りたっています。

  紅葉の盛りといってもいいかもしれません。そこに雪が降ったものですから、一段と色鮮やかに感じられるのです。


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<市野々の大イチョウ>


  山の帰りに親戚の家にカレンダーを届けに回りました。そのお宅で「青山(せいざん)に雪降れば、秋長し」と昔の人は言っていた、ということを聞きました。

  山がまだ十分紅葉もしない頃に雪が降ると、秋が長く、その分本格的な冬の訪れは遅い、ということだそうです。はたしてこの後、どうなってゆくのでしょうか。


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<横川ダムの紅葉>


  親戚の家をあとにして、横川ダム湖畔を通過しましたが、ここも雪景色の中の紅葉が見事でした。

  かつては市野々(いちのの)という集落があった場所は、ほとんどダム湖に沈んだのですが、大きなイチョウの木は水の届かない場所に移され、今も記念樹のようにそびえています。みごとに黄葉していました。


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<横川ダムから見る飯豊本山>


  ダム湖対岸の紅葉に見とれて車を止め、写真をとって振り返ると、飯豊本山が思いのほか大きく見える場所でした。高い山々の雪はもうこのまま根雪になることは確実でしょう。

  山頂を踏むことはできませんでしたが、山の空気は心地よく、雪と紅葉のコラボレーションを楽しんだ午前中でした。



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2012年10月20日

☆☆☆徳網山、紅葉すすむ

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<「りふれ」付近から見た徳網山>


  24日に、仙台C社の徳網山ツアーのガイドを依頼されていました。しばらく登っていない山でしたので、何も用事が入っていなかった19日、下見を兼ねて出かけてきました。

  徳網山は小国町の北部にある宿泊施設「りふれ」から見ることができます。右に傾いたピラミッドのような姿をしています。山の雑誌『山と渓谷』10月号の「全国隠れ名山」に紹介されましたので、今後登山者が増える可能性があります。


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<三合目付近で見つけたブナの巨樹>


  「りふれ」入り口から県道を1.5kmほど北進し、標識から左の農道に入るとおよそ400mほどで登山口です。車5、6台は入りそうな駐車スペースがあります。この日は新潟県胎内市のマイクロバスが団体客を運んできていました。

  標高およそ300mの登山口から登り始めると、最初少しは杉木立ですが、すぐに広葉樹の森に入ります。山道はよく踏まれていて、以前来たときとは比較にならないほど山道らしくなっていました。

  三合目あたりとおぼしきところで、山道から少し離れたところに、ブナの巨樹を見つけました。ゴツゴツして太く、このあたりの主のような威厳がありました。


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<505m独立標高点付近から見る朝日連峰>


  ほぼ東へ向かう尾根の中間あたり、505mの独立標高点付近から北の方角が開け、朝日連峰の眺望がすばらしいものでした。上の写真の一番右のピークが大朝日岳です。古寺鉱泉から登るときに見える大朝日岳を裏側から見ていることになります。

  このあたりで、尾根の反対側遠くには飯豊連峰の全景が見渡せます。


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<山頂標識>


  地図上で636mの独立標高点のあたりで、山頂から南西に伸びる尾根に出ます。道はここから北東へと向きを変え、一気に頂上へと向かいます。ところどころ尾根が細く、険しい部分もあるので、転落注意です。

  最後の急斜面は、「初心者の山」と思って来ると、「ええ! こんな急なの!?」と驚くかもしれません。しかしそれもつかの間です。すばらしい展望の山頂(標高787.5m)に標識が立てられています。


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<徳網山山頂から見た紅葉する祝瓶山>


  北に大朝日岳、そして北西に祝瓶山が見えます。祝瓶山の山頂付近が紅葉しているのがはっきりとわかりました。そして振り向けば南には飯豊連峰を眺めることができます。


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<山頂のミズナラの紅葉>


  紅葉の本番はこれからというところですが、あちこちで色づき始めています。仙台からのツアーがお見えになるころには一段と進んでいるのではないでしょうか。

  天候が良いことを祈りながらお待ちしています!


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2008年12月04日

水没した母のふるさと

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  亡くなった母は1929年12月4日生まれ。生きていれば今日が79歳の誕生日でした。母が生まれたのは山形県と新潟県の県境にある小国町叶水(かのみず)というところで、その中の「下叶水」という集落に家がありました。しかし現在この集落は近年建設された横川ダムのダム湖の底に沈んでしまいました。

  先週、カレンダーを届けている親戚の家に来年のカレンダーを届けに行ってきたときは、このダム湖が満水になっていました。かつて集落があり、田畑があり、里山があったところは一面の水で、湖畔の水面にかろうじて生き残った立ち木がまだ葉を落とさずにいました。見方にもよるのかもしれませんが、溺れる人が必死で水面から手をあげている姿とだぶりました。

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  こちらの大きなイチョウの木は、下叶水の一つ下流の集落、市野々(いちのの)の小学校の校庭にあったものです。もともとの場所はダム湖に沈んでしまうことから、元の場所よりも高い所に移しかえられたものです。見事な枝ぶりは昔の姿を保っていました。このイチョウの木を見下ろす駐車スペースには、かつての集落の様子を俯瞰した図が石碑となって建てられており、どの家が誰の家であったかまで記されていました。この集落での生活の体験や記憶があり、やむなくここから立ち退かざるを得なかった人々にとっては、見るのもつらい光景であり石碑であるかもしれません。

  母の実家が建っていた場所は、ちょうどダム湖の最上流部にあたっていました。少しでも水位が下がれば、家のあった場所が現れます。橋のたもとに建っていたので「橋元」という屋号で呼ばれていたあの家でいとこたちと遊んだ記憶は40年以上を経た今でも鮮明に残っています。

  ダムを作ると、そこには多額の資金がつぎ込まれます。数百人という人しか住んではいないその上流部に通じる道は、まるで高速道路のようです。1日にいったい何台の車が通るのでしょうか。もちろん地元の人々には「町に近くなった」と喜ばれているわけですが、なんだか金で人の頬をひっぱたいているような気がしてなりません。

  ダムの建設には、計画段階から数えれば20年以上もの歳月がかかっているはずです。20年前の日本の状況はバブルへと向って全てが「大きく大きく」なっていたころです。しかしその後バブルが崩壊し、人口が減り始め、その当時のエネルギーや水の需要の見込みも大きく下方修正しなければならないはずでした。しかしダムの建設が止まることはありませんでした。

  パーティに10人集まると思って準備し始めたすき焼きがあるとして、その最中に「今日は行けなくなった」と次々と電話が入ったら、みなさんならどうしますか? そのまま作り続けるのも一つの選択です。しかし、「やめる」や「一部は冷凍保存する」や「他のものに転用する」などもあるのではないでしょうか。公共事業にはそうした転換の柔軟性がありませんね。その結果は、住民が背負っていかねばならないというようなことになっていきます。

 このようなことは、あちこちのダムでも同じ状況にあると思います。ダムだけでなく、県内で建設が進んでいる高速道路などにもあてはまるかもしれません。立派なダムや道路ができていく中で、十分な社会保障が受けられない人々がいるという現実があります。この国は「豊かさ」の履き違えをしてしまったのではないかと思われてなりません。



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