米沢街道
2018年10月30日
☆★紅葉の「十三峠古道」を新潟側から山形側へと歩いた二日間
<鷹ノ巣峠への登りの途中>
新潟側からの呼び名が「米沢街道」という古道の最初の峠は、関川村下川口から登り始める鷹ノ巣峠です。
この古道は、かなり整備された道であるにも関わらず、地形図には描かれていません。
「米沢街道→」の標識が所々にあって、林道と交差していてもまず間違う心配のない道です。
<鷹ノ巣温泉開祖記念碑広場>
荒川の「大内淵」と呼ばれるあたりで国道113号線にいったん出ます。
その直前右手に石段があって、そこを登ると「鷹ノ巣温泉開祖」のお墓や記念碑が建った広場がありました。
眼下に鷹ノ巣温泉の一部を眺めることができます。
榎峠にはそこから国道113号線沿いを小国方面に1kmほど歩いて「榎峠入口」の標識がある石段から登り始めることになります。
峠頂上を少し下った杉林の中に、人の背丈ほどの石碑があって、これは「戊辰戦争」の激戦地だったこのあたりで亡くなった兵士たちの慰霊碑を、地元の寺の住職さんが明治元年、まさに「戊辰戦争」直後に建てたものでした。
米沢藩士12名、新政府軍の徳島と鳥取出身の兵士2名が亡くなったとの記録があるそうです。
<沼集落から榎峠を振り返る>
榎峠からの古道は関川村の沼集落へと下りてゆきます。
バスが先回りして待機した場所から榎峠を振り返ると、確かに稜線がぐっと低くなったところを狙って道が通っていたことがわかります。
<宿は高瀬温泉「かじかの宿」>
一日目の歩行距離はおよそ5km。
荒川の右岸にある高瀬温泉「かじかの宿和らぎ荘」がその日の私たちの宿舎でした。
火山が近くにないこのあたりで、70℃近い高音の温水が湧き出すとは不思議なことです。
<大里峠に向かう林道の途中で太陽が!>
二日目は前日よりも天候が回復傾向でしたが、雨はときどき降ってきました。
気圧配置が弱い冬型だったので、日本海側ほど天候が悪かったのです。
それでも、大里(おおり)峠に向かう林道の杉林の中で雲が切れ、太陽の光が差し込んできました。
<大里峠への登り>
2km余りの林道歩きの終点近くに「畑(はた)銅山跡」があります。
1945年まで操業していたそうで、最盛期には300人もの人々が住み、働いていたそうです。
大里峠への山道はそのあたりから始まります。
途中には茶屋の跡もあって、往時の人々が休みたくなるような絶妙な場所であることに感心させられました。
<大里峠頂上の祠(左新潟県、右山形県>
大蛇伝説のある大里峠の頂上には祠が建っています。
その背後の高圧鉄塔の足元から、天気が良ければ日本海が見えるはずと登ってみましたが、この日の日本海側は暗い雲に覆われ、海を見ることはできませんでした。
この頂上が、新潟県と山形県の県境にもなっています。
<玉川集落公民館の階段で>
美しいブナの森の中、絶え間なく渓流の音が聞える大里峠を下りたところが小国町の玉川集落です。
下見の際に、ここでトイレをお借りするお願いをしていました。
おりしもお昼時。
小雨がぱらついてきたものですから、玄関に上がる階段に荷物を置かせていただきました。
食べているうちにまた空が晴れてゆき、午後は雨具を着ることなく歩くことができました。
<あちこちで見つけたノブドウ>
萱野峠は、その名の通り、地元の方々が昔、萱を刈ったところからつけられたものです。
途中に「萱場跡」という平坦地があって、確かにそのあたりには萱が生育していました。
この時期は植物の果実が目につきますが、クサギやコマユミ、そして多彩な色合いのノブドウが目を楽しませてくれました。
<萱野峠途中の紅葉>
標高300mに満たない萱野峠ですが、沿道のブナの森はすっかり紅葉していました。
ブナに混じっているコハウチワカエデやヤマモミジなどが見事に赤く染まり、雨に濡れてしっとりしていました。
安達太良山に行ったときのように、上から見下ろす紅葉も素晴しいのですが、山道を歩きながら紅葉を見上げると、まるでステンドグラスの廊下を歩いているような気がしてきます。
大里峠の入り口から歩き始めたのが午前8時20分ごろ、萱野峠を越えて小国町の足野水集落着が14時10分ごろ。
二日目は二つの峠あわせて10.7kmほどの距離を歩いたことになります。
<大里峠玉川集落側にあるブナ大木>
1878年に英国人女性、イザベラ・バードも辿った古道「十三峠」を歩くツアーは来年、この続きを同じ時期にやってみようということになっています。
今回の参加者の中には、先月の天狗山ツアーにもご参加くださった方がたくさんいらっしゃいました。
また、遠く横浜からご参加の方も!
継続してのご参加、遠くからのご参加、ほんとうにありがたいことです。
二日間ご一緒でき、私自身も楽しみました。
これからの企画にもぜひご参加下さい。
ありがとうございました。
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2018年09月08日
☆★鷹ノ巣峠、榎峠を歩く〜秋のツアーの下見を兼ねて
<鷹ノ巣峠入り口の標識>
10月下旬に予定されている仙台C社の古道歩きの下見を兼ねて、6日、新潟県の関川村にある「鷹ノ巣峠」と「榎峠」を歩いてきました。
ツアーのときの天候はその日の運ということにもなりますが、下見はできれば好天の日にしたいと思っています。
この日は上々のハイキング日和でした。
私たち山形県人は「越後街道」と言い習わしている古道は、新潟側の人々は「米沢街道」と呼んでいるのです。
「鷹ノ巣峠」は、新潟から米沢に向かうと、最初の峠と言うことになります。
ここは新潟県の関川村で、日本海に注ぐ荒川の下流に位置し、かつての豪商渡辺家が繁栄していたところでもあります。
<峠の向こうは?>
峠道を歩くということになると、出発点と終着点が離れてしまいますので、どうしても自分の車のところに戻る必要があります。
「鷹ノ巣峠」は小さな峠ですので、峠を越えて、今の国道を通って車に戻るのも20分ほどで済みました。
地域の方々が、今でもしっかりと整備してくださっている道はとても歩きやすいものでした。
<散り始めていたイタヤカエデ>
「榎峠」は、「鷹ノ巣峠」のすぐ西側の峠です。
こちらのほうが峠道を歩く距離は長いです。
かつてこの峠を歩いた人々が置いた石碑や石仏があることも、古道の雰囲気をよいものにしています。
途中、榎峠の最高点付近で、足元にイタヤカエデの黄色い葉が散っているのを見ました。
本格的な秋を待たずに早々と黄葉して散っているものがありました。
<榎峠途中の「無名戦士の碑」>
関川村の沼集落へと下ってゆくと、「無名戦士の碑」が立っています。
これは戊辰戦争の犠牲者を悼んで、地元の寺の住職さんが建立されたものだとのことです。
いまからちょうど150年前、幕府軍側の米沢藩と新政府軍との間に激しい戦いが繰り広げられた古戦場でもある峠です。
イギリス人女性イザベラ・バードが旅をするのは、そのわずか10年後のことでした。
ツアーは10月下旬。
きっとその頃は、これらの峠道は紅葉が真っ盛りになっているはずです。
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