置賜三十三観音

2017年04月02日

☆★フラワー長井線利用で、フクジュソウの里と置賜三十三観音めぐり

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<遠慮がちに開いていたフクジュソウ>


  1日は「葉っぱ塾」が企画した「フクジュソウの里ハイキング」。

  4年前初めて歩いてみて、翌年の春企画はしたものの、参加者がなかったのですが、今年は4名の参加がありました。

  ですから、「葉っぱ塾」としては初めてのハイキングとなりました。

  この時期としては気温が上がらず、日中の最高気温は7℃ほどの肌寒い日ではありましたが、期待を裏切らないほどのフクジュソウに出会えたハイキングとなりました。


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<高玉観音で参拝>


  また、この日はもう一つ、「置賜三十三観音」の4つを巡ってみましょうという目的もありました。

  白鷹町は三十三観音のうち9つの観音様があります。

  この日は「高玉観音(第7番札所)」、「広野観音(第22番札所」、「杉沢観音(第9番札所)」、「松岡観音(第29番札所」の4つを巡りました。


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<大わらじのある杉沢観音で>


  「置賜三十三観音」が制定されたのは江戸時代初期とも言われていますが、観音堂の由来を説明する看板を見ますと、ご本尊が7世紀に作られたというようなところもあって、それぞれの地域に深く根差した観音信仰があったことがうかがわれます。

  私たちは、フラワー長井線荒砥駅に集合し、そこからいったん長井線に乗って「蚕桑(こぐわ)駅」まで乗車。

  そこから観音様を巡りながら荒砥駅まで歩いて戻って来るというルートでした。

  一筆書きのルートで計画し、地図上でおよその距離を測り、予定所要時間を計算していましたら、ほとんどぴったり午後3時に荒砥駅に戻ってきました!

  フクジュソウの他、アヅマイチゲ、キクザキイチゲも咲き始めていましたが、気温が低いせいか花が開いていなかったのは残念でした。


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<初めて内部を見た長井線の食堂車>


  この日、朝の荒砥駅で初めて食堂車を間近に見ました。

  ホームに停車し、内部のテーブルを設置する作業中に見せていただきました。

  20万円ほどで貸切にできるそうです。

  列車に乗りながらにぎやかにパーティなんて、楽しそうです。


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<長井線の「最上川橋梁」>


  列車が荒砥駅を出るとまもなく最上川を渡るのですが、その最上川にかかる鉄橋がまた由緒あるものなのです。

  そのことを紹介したブログ記事を見つけましたので、参照してください。

  長井線から見る葉山連山は、残雪と黒っぽい地肌とがまだら模様になってきています。

  手前に広がる水田地帯の雪はほとんど消えています。

  もうじき桜やブナの新緑が美しい季節を迎えます。

  今回のハイキングは、来年は3月31日(土)に実施しようかと考えています。

  ご参加いただいた4名のみなさん、お疲れ様でした。

  ご参加ありがとうございました。





 ☆「葉っぱ塾」は「共謀罪」の成立に強く反対します!  賛同署名に   ご協力ください。



 ☆「葉っぱ塾の被災地支援活動中間報告」



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2017年03月23日

☆★春の里山ウォーキング〜フクジュソウの里と三十三観音巡り参加者募集中!

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<里山のフクジュソウ>



     フクジュソウの里と三十三観音巡り

  葉っぱ塾 春の里山ウォーキング2017



      ※終了しました。  
 
                                 
  3月に入ると、日がずいぶん伸びたことに気づきます。風が冷たく吹いても、光に春の気配を感じるようになりました。

  白鷹町の里山を歩きながら、「置賜三十三観音」のいくつかをめぐり、一部、古道をたどってフクジュソウの里を訪ねてみませんか?

  春の里山と、遠くの残雪の朝日連峰の風景を楽しみながら歩きましょう!



【期 日】    2017年4月1日(土)     雨天中止
          
【参加費】   ¥2000 
       (保険料、写真代を含む。列車運賃は各自払い。)

【募集人数】  8名 (先着順)

【締め切り】  3月28日  ※ただし定員に達し次第締め切ります。

【集合場所】   フラワー長井線「荒砥駅」集合 午前10時
           ※荒砥駅の駐車場に車を置いていきます。

【行 程】   荒砥駅(長井線)⇒蚕桑駅 → フクジュソウ群落 →         荒砥駅(午後3時ごろ予定)
           ※歩行距離 約8キロ

【持ち物】  昼食、雨具、タオル、帽子、飲料水、おやつ
         ※履物は履き慣れたものをご準備ください。
         ※両手があけられるようにリュックサックなどをご準備く          ださい。

【申し混み) 葉っぱ塾 代表八木文明
         日本山岳ガイド協会認定ガイド
         日本自然保護協会自然観察指導員
       TEL 090-5230−8819  FAX 0238-84-1537
       メール happa-fy★dewa.or.jp
        (送信の際は★を@に変えてください。)




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2014年03月29日

☆★フクジュソウ咲く里山を歩く三十三観音めぐりハイキング

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<長井線の車窓からの風景>


  昨年3月末に歩いてみて、素晴らしいフクジュソウの里を「発見」し、今年は「葉っぱ塾」の行事としてハイキングを計画したのですが、告知が遅れて申し込みはありませんでした。予定していた30日は予報も良くないこともあって、28日に一人で歩いてきました。

  朝は霧が出ていましたが、長井線に乗って蚕桑駅に向かう頃にはそれも消えて、ハクチョウたちが餌をついばむ雪解けした水田の背後に葉山の山々が輝いていました。


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<「広野観音堂」>


  フラワー長井線を「蚕桑(こぐわ)駅」で下車し、最上川を渡って間もなく、置賜三十三観音の第22番札所の「広野観音」があります。

  このあたりはもともと雪の少ないところで、参道の雪もすっかり消えていました。


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<残雪の峠道>


  さらに東に進み、集落のはずれで舗装道路が終わると、その先は未舗装の峠道です。標高330mほどの峠ですが、さすがにまだ雪が残っていました。


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<葉脈だけになった枯葉>


  雪の上にたくさんの枯葉が落ちていました。数日前に強い風が吹いた日にでも飛ばされてきたものでしょうか。

  真新しいニホンカモシカの足跡が残っていました。足跡は途中で道をはずれ、山林の中へと向かっていました。


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<残雪とフクジュソウ>


  峠を下ったところの小さな集落からが「フクジュソウの里」です。農作業に出ておられた年配の女性と会いましたので「こんにちは!」と声をかけました。

  「峠を越えできたな?」とびっくり顔でした。昔は、この集落の中学生は毎日この峠を越えて、歩いて通学したものだと教えてくださいました。「山の中でタバコなんかいたずらしてよ」などと笑顔で語っておられました。


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<異色のカップル>


  この集落には第9番札所の「杉沢観音」があります。観音堂の前に立派な仁王門があり、そこに大きなワラジが奉納されている光景がユニークです。

  峠を下りたあたりからもうそちこちにフクジュソウが咲いていました。今の私たちの周りであちこちに咲いている黄色い花といえばセイヨウタンポポではないでしょうか? ここではまるでそんな感じでフクジュソウが咲いているのでした。

  場所によってはキクザキイチリンソウと一緒に咲いているところもありました。それもまた見事な眺めです。


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<「松岡観音堂」>


  その集落からは舗装道路をほぼ北にたどるのですが、第29番札所の「松岡観音」まで、フクジュソウの群落は耐えることなく現れました。

  途中で写真を撮っていましたら、年配の男性に声をかけられました。フクジュソウの生育に土が合うのだろうとのことでした。

  「松岡観音堂」の前にベンチがあって、ちょうどお昼となりました。ぽかぽか陽気の空の下でほお張るコンビニおにぎりの何とおいしいことでしょう。


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<「長寿観音」で>


  荒砥に入って、列車の発車時刻まで少し余裕があったので、「八乙女八幡宮」に寄り道しました。ここには「置賜桜回廊」の名木にリストアップされている「八乙女の種蒔き桜」があります。雪が解けたばかりの神社はひっそりしていました。

  その神社の裏手に「長寿観音」というのがありました。これまで訪ねたことがありませんでしたので、境内に踏み入れてみました。

  比較的新しい時代になってから奉納されたたくさんの仏像が並んでなかなか見事でした。


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<荒砥駅資料館の「お膳雛」>


  この日のハイキングの終点はフラワー長井線の「荒砥(あらと)」駅。休憩や寄り道も含めて4時間弱の行程でした。実際にお客様と歩けば、5時間ぐらいかかることになるでしょうか。

  駅の一部が資料館になっていましたが、今の季節だからでしょうか、たくさんのお雛様が展示されていました。明治、大正のころのものだそうですが、古いお膳に飾られていました。なかなか素晴らしいコレクションでした。

  歩いているときにはさほど感じませんでしたが、帰る列車の中あたりから目がかゆくなりました。スギ花粉に反応しているのです。しばらくは、花粉に親しむ時期となりました。

  来年こそは、参加者ありで実施したいハイキングです。

  ※山野草保護のため、あまりはっきりした地名を出さないで記事を書きましたことをご了承ください。



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2014年03月23日

☆★フクジュソウ咲く里山ハイキング〜置賜三十三観音めぐり

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 葉っぱ塾 置賜三十三観音めぐりウォーキング

      フクジュソウ咲く里山と置賜三十三観音!


 ☆終了しました。

                                   
  この置賜地域には古くから人が住み、集落を形成し、それぞれの時代に独特の文化を培ってきました。科学技術が未発達の時代の信仰は、今とは比較にならないほど、人々の生活の中で重要な位置を占めていたはずです。

  歩きながらでなければわからないこの地方の良さを体感しながら、フクジュソウ咲く里山を歩いてみませんか?

  ただし、このウォーキングは、ご朱印をもらうことを目的とするものではありません。ご朱印所が遠く離れていたりする場合があるのです。その点ご了解の上、お申し込みください。

  ☆昨年の「下見ウォーク」の報告


【期 日】   3月30日(日)     小雨決行
          
【参加費】  ¥2000 
     (保険料、写真代を含む。列車運賃は各自払い。)

【募集人数】  10名程度
     (子どもは小学校4年生以上が目安です。)

【締め切り】   3月27日(木)  
      ※ただし定員に達し次第締め切ります。

【集合場所】 フラワー長井線「長井駅」集合 午前8時15分
      ※長井駅の駐車場に車を置いていきます。

【行 程】   長井駅(長井線)⇒蚕桑駅 →  広野観音 → 杉沢観音 → 
松岡観音 → 荒砥駅(午後2時30分ごろ予定) ⇒ 長井駅

【持ち物】 昼食、雨具、タオル、帽子、飲料水、おやつ、小銭
      ※履物は履き慣れたものをご準備ください。
      ※両手があけられるようにリュックサックなどをご準備ください。

【申し込み】 葉っぱ塾 代表八木文明
   日本山岳ガイド協会認定ガイド 
   日本自然保護協会自然観察指導員
   TEL 090-5230−8819 
   FAX 0238-84-1537
e-mail happa-fy★dewa.or.jp
   (送信の際は★を@に変えてください。)



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2014年03月04日

☆★「葉っぱ塾」3月の企画、参加者募集中!

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<長井橋のたもとでの夕焼け>


  ずいぶん日が長くなってきました。写真は先日、山形市からの帰りに最上川にかかる長井橋のたもとまで来た時の夕焼けです。

  長井市のご出身で、名誉市民でもあった長沼孝三さんの作品が置かれています。

  春になると、「葉っぱ塾」の行事も多彩になってきます。これまで発表しているものを含め、まとめてみました。

  みなさんのご参加をお待ちしています。


■3月 6日(木) 紅花染め体験(白鷹町内) 終了!
      陸前高田の女性たちをお迎えしています。
      ご一緒にいかがですか?

■3月 8日(土) ガラス工芸体験(山形市内) 終了!
      参加者まだ募集中です。

☆3月 9日(日) 雪の巨大迷路(小国町内)
      他団体主催に参加。

■3月11日(火) 鎮魂のキャンドルイベント
      文翔館前で午後4時から。県主催事業。

■3月15日(土) 春の長井葉山へ
      参加者募集中

■3月16日(日) マイ味噌づくり体験(長井市「なごみ庵」)
      参加者まだ募集中。

■3月21日(祝)〜23日(日) 春の子どもキャンプ
      福島市近辺の子どもたちに声をかけています。

■3月25日(火) 春の長井葉山へ

■3月29日(土) 「森の休日」サポーター研修交流会
      山形市総合福祉センターで開催。

■3月30日(日) 置賜三十三観音めぐりハイキング
       フクジュソウ咲く里山歩き。



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2013年10月02日

☆★秋空の下、「置賜三十三観音」めぐり〜参加者募集中

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<気持ち良い青空が広がった!>


  10月になりました。1日の朝はどんよりした曇り空でしたが、「置賜三十三観音」めぐりハイキングの下見に出かけて歩き始めるころには青空が見え始めました。

  この冬からずっと続けている三十三観音めぐりを、今月初めて「葉っぱ塾」の行事として実施してみようと計画しました。

  フラワー長井線に乗って「蚕桑(こぐわ)駅」まで行き、そこから歩き始めました。車に乗るのとは違って、歩くと小回りがきくのがなかなかいいものです。寄り道、近道、回り道、自由自在です。


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<食用菊「もってのほか」>


  この時期、こんなに花が咲いているのにもびっくりしました。主役はコスモスや菊の仲間です。民家の周囲の畑や道路沿いにはたくさん咲いていました。この地域で食用菊として栽培されている「もってのほか」も、きれいに咲き始めていました。


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<民家の庭先のコルチカム>


  数は少ないけれど、あちこちの庭先ではコルチカム(イヌサフラン)が咲いていました。春に咲くクロッカスを大きくしたようなピンクの花ですが、クロッカスはアヤメ科で、こちらはユリ科です。

  座右に置いてある鳥海昭子(とりのうみ あきこ)さんの『誕生日の花と短歌365日』に9月7日の花として紹介されています。

  載っている短歌は

   イヌサフラン名のさみしくて近づけば
           
       涙をつつんでくれそうな花


とありました。やわらかなピンクの花弁がまるで優しい母親の掌のようにも見えます。歩くことで、車に乗っていては見過ごすような小さな風景にも目が届きます。


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<こんなところにお文殊様が!>


  道沿いに「文殊堂」という石柱がありましたのでその参道をたどってみると、立派なお堂が建っていました。近くにいた男性に声をかけてみましたら親切に案内してくださいました。

  「置賜三十三観音」の番外として高畠町にある「亀岡文殊」があるのですが、ここの文殊様はそこから分祠されたものだと説明版にありました。見上げると、素晴らしい竜の彫刻が周りににらみを利かせていました。

  ハイキングを予定している19日は、長井線が1913(大正2)年に赤湯と梨郷(りんごう)間で開通してから100周年を祝うイベントが開催されるそうです。その長井線に乗って、一緒に出かけてみませんか?

           * * * * *

     祝 長井線赤湯〜梨郷間開通100周年!


葉っぱ塾 置賜三十三観音めぐりウォーキング

                                   
  この置賜地域には古くから人が住み、集落を形成し、それぞれの時代に独特の文化を培ってきました。科学技術が未発達の時代の信仰は、今とは比較にならないほど、人々の生活の中で重要な位置を占めていたはずです。

  「葉っぱ塾」では「置賜三十三観音」をめぐるウォーキングを計画してみました。もちろん1回で全部というわけにはいきません。何度かに分けての実施を予定しています。

  歩きながらでなければわからないこの地方の良さを体感しながら、稲刈りが終わった田園地帯の中を歩いてみませんか?

  ただし、このウォーキングは、ご朱印をもらうことを目的とするものではありません。ご朱印所が遠く離れていたりする場合があるのです。その点ご了解の上、お申し込みください。

【期 日】    10月19日(土)    小雨決行
          
【参加費】   ¥1500 
       (保険料、写真代を含む。列車運賃は各自払い。)

【募集人数】  15名程度
       (子どもは小学校4年生以上が目安です。)

【締め切り】   10月16日 
        ※ただし定員に達し次第締め切ります。

【集合場所】   フラワー長井線「長井駅」集合
               午前8時15分
        ※長井駅の駐車場に車を置いていきます。

【行 程】   長井駅(長井線)⇒蚕桑駅 → 高玉観音 → 広野観音 → 五十川観音 → 森観音 → 宮観音 → 長井駅(午後3時ごろ予定)
        ☆歩行距離 およそ14km

【持ち物】  昼食、雨具、タオル、帽子、飲料水、おやつ、小銭
        ※履物は履き慣れたものをご準備ください。
        ※両手があけられるようにリュックサックなどをご準備ください。

【申し込み】 葉っぱ塾 代表八木文明
   日本山岳ガイド協会認定ガイド
   日本自然保護協会自然観察指導員
   TEL 090-5230−8819  FAX 0238-84-1537
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2013年09月26日

☆★「深山観音」〜置賜三十三観音第8番札所

第8番深山観音参道

<深山観音堂に登る石段と杉並木>


  このところ「置賜三十三観音」のことをアップしませんでした。春以降、いろいろな行事などがあって、なかなか記事にすることができないでいましたが、三十三観音めぐりは続けています。

  数えてみましたら、これまでに25の観音様を訪れていました。残っているのは米沢市内の8つの観音様と、番外となっている高畠町の亀岡文殊様です。

  今日報告する深山(みやま)観音へは4月10日に訪問しています。まだ春浅い時期でした。

  白鷹町鮎貝から北西に向かうと、二こぶラクダの背中のような山が正面に見えてきます。頭殿山(とうどのさん)です。白鷹町深山は、今ではその頭殿山の麓で道路が行き止まりになるようなところにある集落です。

  しかし、車ではなく人の足が重要な移動の手段であった時代、この地は行き止まりではなく、頭殿山を越え、朝日連峰の麓を通り、月山や湯殿山へと向かう主要な街道沿いの集落だったのです。


第8番深山観音

<深山観音堂は国の重文!>


  この観音堂は、9世紀初頭にお堂が創建された記録があるという古いものですが、現在のものは室町時代後期に再建のものだそうですから、500年以上も経っているでしょうか。山形県内最古の建造物ということで、国の重要文化財に指定されています。

  ご本尊は千手観世音菩薩坐像ということですが、火災で下半身を焼失してからでしょうか、お参りすると腰から下の痛みが治ると信仰を集めているそうです。

  「葉っぱ塾」では私が「置賜三十三観音」すべてを巡り終えるのを待たず、この秋に観音巡りハイキングの第1回目を計画してみました。

  この深山観音はその第1回には入っていませんが、白鷹町と長井市の5つの観音様をめぐるハイキングを10月19日(土)に予定します。まもなく要項を作成しますので、ご検討いただける方は要項をご請求ください。

  【連絡先】葉っぱ塾 電話090−5230−8819


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2013年06月18日

☆★「高岡観音」〜置賜三十三観音第27番札所

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<高岡観音堂>


  「置賜三十三観音」の記事のアップがしばらく途絶えていましたが、観音巡りは続けています。

  白鷹町にある「第27番札所 高岡観音」を訪ねたのは4月10日ですから、もう2か月以上経ってしまいました。この直後から始まった「森の休日2013」の準備に、Asahi自然観に向かう途中で立ち寄ったのです。

  長井市から朝日町に向かうとき、県道9号線をたどれば、白鷹町鮎貝を通り、最上川にかかる「黒滝橋」を渡って国道287号線に出ます。その橋の少し手前左側に、高岡観音の入り口があります。

  他の観音様もそうでしたが、ここも、「三十三観音巡り」を始めるまでに何十回も通っていたのに、訪れることもなくただ門前を通過していたところでした。観音様には申し訳ないことです。

  やや長くゆるやかな参道の石段を登ってゆくと、杉木立の中に観音堂は建っています。ご本尊は青銅製の十一面観世音菩薩立像とのことです。


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<見事な竜の彫り物>


  この観音堂で見事だったのは、お堂の前に立って見上げたところにある彫り物です。かなりの技術を持った職人が作ったものだと思われます。

  参考にしたガイドブックによれば、もともとの「第27番札所」は、現在の南陽市内にあったものだそうです。明治初期の神仏分離令のときに、この地に住まう安部家が霊場番号を譲り受けたものだといいます。とすれば、古くとも150年ほどの建造物ということになります。

  今、大河ドラマは明治に入ろうとする日本の混乱と、その中で翻弄される様々な人々を描いていますが、東北の片隅のこのあたりに住んでいた先人たちは、どんな思いでその風を感じていたでしょうか。そして、観音堂の「誘致」に、どのような願いを込めたものでしょうか。


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2013年05月10日

☆★「置霊観音」〜置賜三十三観音第14番札所

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<ダリア公園に上る道沿いの仁王門>


  山形県の南部を「置賜地方」と呼びます。行政用語としては「おきたま」ですが、日常的には「おいたま」と呼ばれることも多くあります。JRの米沢の一つ北の駅は「おいたま」です。

  ここ川西町の「置霊観音」はこれで「おいため」と読むそうです。これが「置賜」の語源になっているという説があるようです。

  川西町はダリア園で有名です。そこにゆるやかに登ってゆく道があって、その途中の左側に仁王門があります。ここは何度も通っていたところですので、この門のことは知っていましたが、その奥に観音様があったとは、三十三観音めぐりを始めるまで知りませんでした。


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<第14番「置霊観音」>


  観音堂は松光山大光院というお寺の境内に建っています。この寺の創建は貞観元(859)年、空海の高弟・真済(しんざい)によるとされているそうですから、今から1150年以上も前の平安時代ということになります。ご本尊は木造の聖観世音菩薩坐像とのことです。


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<複雑な木組み>


  置賜地方には現在は3市5町あるのですが、川西町にはここ1か所だけとなっています。米沢からは最も北に離れた白鷹町に9つ、その南の長井市に6つあることを考えると、三十三の観音を定めるときの何らかの根拠がそこにあるような気がしてなりません。

  ダリア園は夏から秋にかけて開園です。近くにはほぼ同時期に開園のハーブ園もあります。坂を登りきったところは「まどか」という温泉宿泊施設ですし、近くには「ライブスペース・ジャム」というユニークなスポットもあります。


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2013年05月05日

☆★「鮎貝観音」〜置賜三十三観音第16番札所

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<鮎貝観音堂>


  これまで訪ねた観音堂の中で、探すのに一番手間取った観音様でした。辿りついてみれば、ときどき通っていた道路沿いにあったのですが、ガイドブックに載っていた不正確な地図に惑わされ、全く見当違いのあたりを何度かさまよっていたのです。

  鮎貝観音堂は、「白鷹高等専修学校」のすぐ裏手の丘の上に建っていました。道路をはさんですぐ向かい側は「スポーツ公園」で、桜回廊の名木「子守堂の桜」からはすぐ近くです。

  訪ね当てたのは3月下旬の朝。ジョギングしているときに、少し足を伸ばしてみたのです。道路から石段を登るようになっています。


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<現地の案内表札>

  
  この観音堂のご本尊は黄金の聖観世音菩薩像であるということです。私はあまり御詠歌には興味を持っていませんでしたが、ここの御詠歌は「まつかわの はるばるなみを ながむれば きよきながれに すずしかるらん」というのだそうです。

  「まつかわ」は、ここから500mほど離れたところを流れる最上川のことでしょう。今は堤防が築かれていますが、昔、川は自在に流れ、もっと近くを流れていたのかもしれません。成長した杉木立がなければ、高台からの眺望もよかったことが想像されます。

  鮎貝地内には「赤坂の薬師桜」という名木もあって、その桜は別名「舟つなぎ桜」と言われていたそうですので、川が氾濫したときなどは、この鮎貝観音のすぐ下までも水が及んだことも考えられます。

  すぐ近くの「鮎貝八幡宮」は、もとは鮎貝城跡です。この近くだけでも史跡めぐりができるかもしれません。


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2013年04月06日

☆★「仏坂観音」〜置賜三十三観音第20番札所

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<県道沿いには馬頭観音の石柱が立つ>


  これまで「置賜三十三観音」を意識しないまま過ごしてきたので、何度も通っている道沿いに観音様があったことに驚くことが再三あります。

  第20番札所の「仏坂観音」もそんな一つです。白鷹町の十王で、国道348号線から県道17号線に入り、しばらく北進すると、温泉宿泊施設「パレス松風」に登るところが交差点になっています。そこをさらに少しだけ北に進むと、左側の山のふもとに写真のような石柱とのぼりが立っています。ここが観音堂の参道入り口です。

  県道17号線をこのまま進めば、白鷹町の中山を通り、白鷹山の中腹を半時計回りにまくようにして、山辺町畑谷、そして山形市街地を見下ろす富神山などを経て、山形市内へと通じています。

  今は国道の裏道のような存在ですが、その昔は人馬の行きかう主要な街道であったそうです。馬頭観音という別名も、人が馬に頼って行き来していたことを示すものでしょう。


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<まだ新しい仏坂観音堂>


  杉林の中に石の階段があり、そこを登ってゆくとほどなく観音堂がありました。まだ新しいのもそのはず。この観音堂は、2007年に建てられたものだと説明板にありました。19世紀に建てられたお堂が、1967年に豪雪のため倒壊し、以来、仮のお堂だったそうです。

  1345年に観音堂が「再興」されたとの記録があるそうですから、もともとの歴史は古いようです。上杉軍と最上軍とが対峙した「東北の関が原」のときも、この観音堂の下を、直江兼続に率いられたたくさんの武士たちが行き来したはずです。

  参道入り口の県道の向かい側に、広い駐車スペースがあります。


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2013年04月01日

☆★「杉沢観音」〜置賜三十三観音第9番札所

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<奉納された大わらじがある山門>


  2月上旬、白鷹町にある杉沢観音堂を訪ねてみました。置賜三十三観音の第9番札所になっています。

  前回報告した松岡観音から南の方角におよそ2キロあまりのところにあります。国道287号線からは東へ2キロほど離れた山間の集落、上杉沢にその観音堂はありました。

  思川という川が集落を北に流れ下っていますが、その川の右岸に大きなわらじが下げられた山門が建っていました。嘉永年間(1848〜1854)に建立されたという、赤仁王が収められているその山門をくぐると、立派な観音堂がありました。


第9番「杉沢観音」IMG_0289

<杉沢観音堂>


  もともとの観音堂が建立されたのは大同年間といいます。9世紀の始めの頃ですので、ずいぶん古い歴史があります。しかし、1906(明治39)年の火災で本堂とご本尊を焼失し、その翌年に本堂が再建。現在のご本尊は、長井市出身の彫刻家、長沼孝三氏が1952(昭和27)年に収めた聖観世音菩薩立像とのことです。

  今では山間の行き止まりの集落の印象のあるここ杉沢ですが、ここから南陽市北部に抜ける道もあるようです。もしかすると昔は、城下町の米沢からこの集落を通って人が歩いて行き来していたのかもしれません。その通行の際の安全を願うことが、大きなわらじに込められているのではなかろうか、などと想像してみました。


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2013年03月31日

☆★春の里山ハイキング〜置賜三十三観音めぐり構想

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<オオイヌノフグリの可憐な花>


  きのう(30日)予定していた「春の葉山」には申し込みがなく、「こんな日は新しいことの準備」と思い立って、このところ訪ね歩いている「置賜三十三観音」をたどるハイキング・ルートの下見をしてきました。

  この地域に点在している観音様を、どこから歩き始め、どのルートで巡って、どこを終点とすればよいのか、一般の方々を募る前に、自分で歩いてみる必要がありました。できればフラワー長井線も使うことで貢献もしたいという思いもありました。

  歩くと、路肩の小さな花々が咲き始めているのにも気がつきます。どこにでもあるオオイヌノフグリは、近づいてみるとなかなか美しい花です。

  花の名前が、その可憐な美しさとは結びつかないものであることが不思議だったのですが、古来から日本にあったイヌノフグリとよく似た果実をつけるものが明治20年ごろに渡ってきて帰化したものなのだということを図鑑で知りました。

  「誠実、清浄」などという花言葉があるそうで、目立たないけれど美しいその花にはぴったりです。


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<フクジュソウの群落>


  車が通ることのできない峠道がありました。一つの集落から山を越えてその向こうへ。まだ残雪も少しありました。峠の頂上には石碑が立っていて、昔ここを足しげく行き来していた人々の目印だったのかもしれません。

  道を下り集落に入って驚きました! 人の気配もほとんどしない小さな集落のあちこちに、フクジュソウの群落がこれでもかというばかりに点在していたのです。


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<フクジュソウは黄色いパラボラ>


  遠めに見たときにはセイヨウタンポポかと思ったほどでした。しかし、近づいてみるとそのパラボラは、間違いなくフクジュソウでした。

  この観音様を初めて訪ねたのは2月のはじめでしたので、まだ雪がたくさんありました。今、この時期にしか見られない光景があるのですね。

  このルートを歩くのは今のこの時期が最適なのかな、などと、計画の夢が広がります。


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<荒砥橋のたもとの最上川ビューポイントから>


  白鷹町の荒砥は、国道沿いでもあるので車でいつも通っていますが、「ここにこんなものが!」と驚くもの2つに出会いました。

  一つは昔の荒砥村と鮎貝村の境を示す石標です。今では最上川をはさんで東が荒砥、西が鮎貝ですが、堤防のなかった時代、川の流路が変化するために、川とは別の目印として建てられたと説明板にありました。

  そしてもう一つは、「荒砥橋」の東側のたもとの「最上川ビューポイント」の標識です。そこに立てば、手前を流れる最上川、その上をフラワー長井線の古い鉄橋が横切り、向こうには雪をまとった葉山連山が横たわる、なかなかの風景です。

  車で通っていただけでは気づくこともなかったのです。

  結局この日は、五つの観音様をまわりました。距離はおよそ14,5キロあったのではないでしょうか。万歩計が2万歩を超えていました。私の足で4時間強。これを一般の方々と歩けば6,7時間はかかることになります。健脚向きにはいいかもしれませんが、これは2回に分けて歩くのがよいかもしれません。

  スギの花粉が舞っていて、帰ってからは目がかゆくてしょうがありませんでした。これが今の時期に歩く難点ではあります。

   ※貴重な植物の保全に配慮し、場所が特定されるような書き方を極力避けましたことご了承ください。


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2013年03月21日

☆★「松岡観音」〜置賜三十三観音第29番札所

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<参道の入り口に立つ石柱>


  2月上旬、第13番札所の「関寺観音」を訪ねたその足で、第29番の「松岡観音」へと立ち寄りました。

  白鷹町荒砥にある町立白鷹東中学校の裏手の山の中腹にありました。「岡応寺」と書いて「おかおうじ」と読んでよいのでしょうか。そこに至る坂道が除雪されていなかったので、いまは住職が不在のお寺のようでした。


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<第29番「松岡観音」の観音堂>


  寺の前を過ぎて、そのまま細い道を登った平坦地に、「松岡観音」がありました。この前に訪ねた「関寺観音」のお堂が大きな建物であったのとは対照的で、軒先の周囲で3m四方といったところでしょうか。

  参考にしているガイドブックによれば、もとは南陽市の熊野神社にあったものを、明治初期の神仏分離令によって、明治9(1876)年に、霊場番号とともにこの地に移されたものだとあります。

  先の「岡応寺」そのものの創建は天正年間(1573〜1592)とのことですので、織田信長が活躍した時代ということでしょうか。


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<三十三の石仏のひとつ>


  本尊は聖観世音菩薩立像とのことですが、他のところと同様、直接拝顔することはできません。

  これまで訪ねた観音様と異なる特徴といえるのは、このお堂からさらに上に続く山道沿いに、三十三の石仏が並べ置かれていたことです。

  一つひとつ姿勢や表情の異なる観音様が、凝灰岩とおぼしき石に浮き彫りにされていました。この場所だけで三十三観音を拝めるようにとの考えだったものでしょうか。

  三十三の観音像をたどり終えたところは小さな平坦地になっていました。もしかしたら昔はここに何らかの建物が建っていたのかもしれません。

  毎年5月5日にご祈祷祭が行われているとのことです。


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2013年03月03日

☆★「関寺観音」〜置賜三十三観音第13番札所

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<参道にあった杉の大木>


  置賜三十三観音第13番札所「関寺観音」を訪ねたのは2月上旬、立春の直後で、気温が上がった日でした。

  長井と山形を結ぶ国道348号線が新しくなってからは旧道を通ることはほとんどなくなっていました。その旧道に入ってみて、いつのまにかもとの「十王小学校」がなくなっていることに気づきました。その跡地には地区の公民館が建っていました。

  公民館から荒砥方向に少し下り、お地蔵さんのあるT字路を右折すると、赤い橋が見えてきて、それがいかにも観音堂が近いことを感じさせました。

  杉木立の中に斜面を登る石段がありました。このときは雪がまだ少なく、石段が半分は現れていたのです。正面にお堂が見えてきたところにある杉はひときわ太く、その根元が祠のように空洞になっており、その中に小さな石仏が数体祭られていました。


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<どっしりした観音堂>


  関寺観音堂の創建は807(大同2)年とのことですから、非常に古い歴史があります。しかし、1872(明治5)年に火災で焼失し、現在のお堂は1873年に再建されたものだそうです。

  大きな観音堂が再建された背景に、当時の人々の厚い信仰心があったことが伝わってきます。帰ってからガイドブックを見ますと、三十三観音中、2番目の大きさのお堂であるそうです。

  ご本尊は慈光大師の作といわれる十一面観世音菩薩とのことですが、火災で焼け焦げ、秘仏となっているとのこと。比較的新しく、三十三体の金色の観音像が納められているそうです。

  この観音堂がある山の斜面をそのまま登ってゆくと、町の温泉施設「パレス松風」があります。雪のない時季であれば、遊歩道をたどって温泉に抜けることもできるのでした。

  石段を下り、赤い橋をわたって振り返ってみても、杉木立の中にそんな大きなお堂があるとは全く気づきません。
 

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2013年02月20日

☆★「黒沢観音」〜置賜三十三観音第3番札所

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<県道沿いにある案内標識>


  第6番札所の「時庭観音」は長井市の南西端に近く、第3番札所の「黒沢観音」は、飯豊町の北東部にあるので、地図で確かめてみると、直線で1.5kmほどしか離れていません。

  県道251号線に案内標識がありました。「高傳寺(こうでんじ)」というお寺の境内に観音堂があるということです。JR米坂線の「萩生(はぎゅう)駅」が最寄駅となっています。


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<高傳寺の入り口>


  高傳寺は遠くからでもすぐにわかる目立つ屋根の寺院でした。私が訪ねたときには、ちょうど住職さんが除雪機で、山門前を除雪しておられました。


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<山門とお稲荷さん>


  おや? と思ったのは、山門の内側に赤いお稲荷さんが建っていたことでした。お寺の境内に神社か、と不思議に思い、住職さんにそれを尋ねましたら、昔、寺が焼ける前までは山門の外にあったものが、移されたものらしいとのことでした。神も仏もあがめていた昔の人々の寛容さの現れでしょうか。

  寺院は比較的新しい建物であるのに対して、この山門は焼けなかったために、かなり古い時代のものだそうです。


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<黒沢観音堂>


  観音堂は軒先が5m四方ほどあったでしょうか。1735年に建立されたものが、昭和6年に国鉄米坂線が敷設される工事の際に、この寺の境内に移築されたものだそうです。

  お参りしてからさらに住職さんに尋ねましたら、ご本尊の十一面観世音菩薩像は、昨年初めて公開されたのだそうです。そのせいもあってか、昨年だけで6000人ほどもこの観音堂を訪ねてこられたとのことでした。


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<立ち並ぶ「六地蔵」>


  観音堂の前に、六体のお地蔵様が並んで立っておられました。赤い頭巾をかぶせてもらったお地蔵さんたちは、みな違ったお姿と表情をしておられました。比較的新しく奉納されたもののようです。どんな方がどのような願いを込めて奉納されたのでしょうか。

  ここから車で10分ほどもかからないところに、2つの温泉があります。一つは「しらさぎ荘」、そしてもう一つは「がまの湯」です。お参りのあとの温泉もいいかもしれません。


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2013年02月17日

☆★「時庭観音」〜置賜三十三観音第6番札所

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<観音堂入り口の標識>


  フラワー長井線の「時庭(ときにわ)駅」のすぐ南の県道の踏切を西側へと越え、しばらく進むと、寺院らしき建物が見えたので、それが「時庭観音」と思いましたが、そこはご朱印所の正法寺でした。

  その正法寺で尋ねると、老婦人が応対してくださって、観音堂はまだこの先であること、雪で入れないかもしれないことをお聞きしました。

  飯豊町方面に通ずる県道を西に数百m進むと、道路脇にこの標識が立っていました。しかしそこから観音堂は見えなかったのですが、民家の裏手に杉木立が見え、それを目指して進みました。民家への道からはずれると、踏み跡もなく、スノーシューを履いて進みました。


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<杉木立の中に立つ観音堂>


  民家の北西側に、観音堂は静かに建っていました。雪の下に参道が埋もれているらしく、その両側に一対の石柱が立っていました。

  「時庭」というのはこのあたりの現在の地名です。この観音堂はもともとは「屋山原観音堂」と呼ばれていたそうです。


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<雪囲いされた観音堂>


  この観音堂の創建は、ご朱印所になっている正法寺と同時の1354年とのことですから、もう六百年をゆうに越えるものです。現在建っている観音堂は、1768年に再建されたものと解説板にありました。それでも250年を経過しています。

  お堂の傷みが進んでいるようで、大勢であがらないようにとの注意書きがありました。


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<観音堂脇に立っていた石仏>


  観音堂の脇に、いかにも古い石仏が立ってました。風化が激しく、顔の表情がわかりにくくなっていたことも、時代の古さを物語るようでした。

  最上川とその支流の白川からはやや距離をおいて建っているのは、水害を避けるためだったのでしょうか。ご本尊の聖観世音菩薩立像は、傷みが激しく拝顔できないとのことでした。代わりに聖観音坐像が鎮座しているとのことです。


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2013年02月09日

☆★「高玉観音」〜置賜三十三観音第7番札所

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<最上川にかかる睦橋からみた葉山連山>


  白鷹町にある「広野観音」を訪ねたその足で、最上川のちょうど対岸の集落にある、第7番札所「高玉(たかだま)観音」にも足を運んでみました。

  最寄の駅はフラワー長井線の「蚕桑(こぐわ)駅」です。いかにも養蚕が盛んだったことを思わせる駅名です。広野観音から車で来る場合は、最上川にかかる大きな「睦橋」を渡ることになります。この橋からは、葉山連山の眺めがとても素晴らしく、好天の日には、川の堤防に車を止めて、ゆっくりと風景に見入ってしまいたい場所です。


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<高玉観音堂>


  現在の県道9号線の旧道沿いの円福寺の境内に「高玉観音」があります。ここのご本尊は、聖観世音菩薩立像で、奈良時代前期の特徴をもつものとのことで、県内でも最古のものではないかといわれているものだということです。県の指定文化財にもなっているようです。寺の創建が796年とも伝えられているそうですので、歴史の古いものだということになります。

  この観音堂は、1841(天保12)年に再建されたものとのことです。大きくはないけれど、がっしりとした作りの建造物でした。


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<観音堂内部>


  観音堂内部を覗いてみても、ご本尊は見ることができませんが、正面に飾ってある写真が、もしかしたらご本尊を写したものなのかもしれません。


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<境内にある大杉>


  境内には大きな杉の木が立っていました。幹に裂け目が入ったようにも見えます。正面の門を車道に出ると、坂道になっています。この観音堂が建っているところは、河岸段丘面の上なのです。朝日連峰が隆起したことを示す地形です。

  最上川の治水がままならなかった古い時代、こうした段丘面が、人々の生活の場となったわけでしょう。災害のない世の中や養蚕が栄えることを願いながらつつましく暮らしてきた人々の思いが、境内の空気の中に漂っているようにも思えました。


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2013年01月29日

☆★「広野観音」〜置賜三十三観音第22番札所

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<「広野観音」を示す石柱>


  日中ほぼ全部を除雪作業に追われた日曜日、置賜三十三観音の第22番札所の「広野観音」を訪ねました。

  これまで訪ねた観音堂が石段を登っていった小高いところに建っていましたが、ここは石段もなく、平地にあります。すぐ隣がここ白鷹町広野地区の公民館「広翔館」です。


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<どっしりした観音堂>


  石段はありませんが、入り口の石柱から杉木立の参堂があり、その奥にどっしりした風情の観音堂があります。周りがプラスチックボードで囲われているのは、雪囲いということなのか、あるいは建物の保全のため、通年のものかは不明です。

  観音堂の建立は宝永2(1705)年とのことですので、これまでみたいくつかの観音堂よりも古い建造物ということになります。


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<観音堂内部>


  お堂の内部を覗くことはできましたが、秘仏とされるご本尊の「聖観世音菩薩立像」は見ることはできません。ガイドブックによれば、左手に「包帯」を巻いている像だとのことで、手の病にご利益があるとされているそうです。


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<彩色された銅鑼>


  見上げると大きな銅鑼があり、彩色されたもののようでした。太い綱を引いて銅鑼を鳴らし、手を合わせました。去年の除雪で痛めた肩まではご利益はないものでしょうか。


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<「蚕國宮」と刻まれた石碑>


  お堂の脇に「蚕國宮」と刻まれた自然石の石碑がありました。長井市もそうですが、ここ白鷹町も、昔から養蚕が盛んなところでした。この広野観音は、最上川右岸にありますが、すぐ前の県道を通って最上川にかかる「睦橋」を左岸に渡ると、「蚕桑(こぐわ)」というフラワー長井線の駅があります。

  昔はこのあたりにも、桑畑がたくさんあったのでしょう。蚕を飼っている農家の方々のよりどころであったのかもしれません。


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<「睦橋」から見た最上川と葉山連山>


  広野観音をあとに「睦橋」まで来ると、いつもは南西の方向から見ている葉山の連なりを、北東の方向から見ることになります。冬の午後遅くの鈍い光をわずかに反射して、山々は眠っているように横たわっていました。


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2013年01月23日

☆★「五十川観音」〜置賜三十三観音第31番札所

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<雪景色の「五十川観音」>


  先週、小雪の降る朝のジョギングで、置賜三十三観音の第三十一番札所である「五十川観音」を訪ねてみました。「五十川」と書いて「いかがわ」と読みます。

  五十川は、長井市がその北側の白鷹町と接する地域で、最上川をはさんだ右岸(東)に「東五十川」が、左岸(西)に「西五十川」があるのですが、この「五十川観音」は東五十川にあります。

  先に紹介した「森観音」の北東およそ1.5キロのところにあります。昔の国道をたどって東五十川の集落に入ると、観音堂の入り口になるところには、「當国三拾一番観世音」と達筆で書かれた石柱が立っています。ここから旧国道をそのまま50mも進めば白鷹町に入ります。

  石段を2つ登ると杉木立となり、登りつめると、開けた平坦地に観音堂が静かに立っていました。幾度かの火災に遭い、今の観音堂は1759(宝暦九年)に再建されたものだそうです。


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<「大悲閣」と読める額>


  雪に踏み跡がありました。こんな時期にも訪ねる人があるようです。正面の石段を登ると、「大悲閣」と書かれた大きな額が掲げてありました。人々の様々な悲しみを受け止め、慰めてくれるということなのでしょうか。ご本尊は「聖観世音菩薩像」とガイドブックにはありましたが、拝顔することはできませんでした。

  この額の上には見事な竜の頭部の彫り物がありましたが、お堂をめぐると、十二支の彫り物を見つけることができるそうです。見事な彫刻でした。


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<明治の頃に奉納された絵>


  明治25(1892)年と書かれた鮮やかな色彩の絵が掲げられていました。色の修復はあとから施されたもののようですが、お座敷で楽しげに舞い踊る女性たちの姿が描かれていました。観音堂のお祭りのときの様子なのかもしれません。

  貧しかったであろうこの時代に、数百年の雨風に耐える建造物を建てるということは、財政的には大変な負担であったことでしょう。しかし、あえてこうしたお堂を建てた背景には、自然に対しての人間の謙虚さがあったのではないでしょうか。


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2013年01月17日

☆★「森観音」〜置賜三十三観音第32番札所

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<森集落内の案内標識>


  一週間ほど前の朝のジョギングで、長井市森地内にある「森観音堂」を訪ねてきました。「置賜三十三観音」の第32番札所です。

  長井市の森地区は、最上川右岸にある集落で、国道287号を長井市から白鷹に向けて進むと、右手の山の麓にある集落です。今の国道がこの集落の西側を通っているために、「そのつもり」でなければ、この集落の中に入ることはありません。


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<石段下のお地蔵さん>


  先に訪ねた「芦沢観音」もそうでしたが、集落内に蔵が目立つのは、古いお屋敷が多いということでしょう。標識を見て、その方向に進むと、身の丈2mほどのお地蔵さんが立っていました。そこからは、石段を登ることになります。


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<石段脇の「庚申塔」>


  石段の上部で、観音堂が見えてくると、右側に高さ50センチほどの丸い石がたくさん並んでいました。近寄ってみると、「庚申塔」と刻んでありました。

  庚申信仰は江戸時代に最も盛んであったということですが、この塔は大正9年のものだということです。「かのえさる」の年に、人々が何らかの願いを込めて立てたものなのでしょう。それぞれの庚申塔が、地区内の家々が立てたものだとすれば、今とは比べ物にならないぐらいのたくさんの人々がこの地で暮らしていたことを示してもいるようです。


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<森観音堂>


  石段を登りきった平坦地の杉木立の中に、「森観音堂」は静かに建っていました。案内板を読むと、今のこのお堂は享保7年(1722年)に再建されたものだとのことです。火災で消失する以前のものの歴史は明らかではありません。

  ご本尊は「十一面観世音菩薩」とのことですが、秘仏とのことで、見ることはできません。

  このブログを書いているのは1月17日朝。さきほど5時46分でした。18年前、阪神淡路大震災が発生した日です。あの災害と、それ以降の数々の災害、そしてまもなく2年になる東日本大震災で亡くなられた方々に、静かに手を合わせます。


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2013年01月09日

☆★「芦沢観音」〜置賜三十三観音第17番札所

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<道路沿いにある表示板>


  8日朝のジョギングで、長井市内の伊佐沢地区に向かいました。ここには「置賜桜回廊」の銘木「久保桜」があります。

  伊佐沢郵便局のある交差点から川西町西大塚に抜ける県道を数百m南に進むと「河合葡萄園」の看板が立っているТ字路があります。急に思い立ってそこを左に折れ、およそ700mゆるやかな上り坂を進んだ左側に、上の写真の表示板が掲げてあります。

  ここに石段があるようでしたが、雪に埋もれていたところをみると、住職さんは住んでおられないようです。


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<石段の上にあるお堂>


  先の表示板を20mほど過ぎて、左手に石段があるのがかろうじてわかりました。まだ夜が明けきらない時間帯で、薄暗い杉並木にはさまれるような石段の上に、観音堂が建っていました。

  杉の木立で雪が阻まれ、石段はほとんど露出していましたが、お堂の周りは雪。人が参拝した形跡はなく、雪面に野ウサギの足跡がついていました。ウサギも参拝するのでしょうか。


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<お堂両脇にはたくさんの幟旗>


  お堂の正面両脇には、「三十三観音」を示す赤い幟がたくさんはためいていました。お堂はずいぶん古い建物と見受けました。帰宅してから参照したガイドブックのコピーには、「1723年全面改装」とありましたので、300年近く経ったものということになります。


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<これがご本尊?>


  お堂の正面に、懐中電灯が吊り下げてありました。これで内部を照らして観音様のお顔を拝顔するということなのでしょう。

  中には穏やかな顔の「十一面観音」がすらりと立っておられました。しかし、帰宅してから疑問が湧いてきました。先のガイドブックのコピーには、「秘仏であるため、拝顔した人はいない」とあったのです。

  もしかすると私が見たのは拝観者用の「レプリカ」のようなもので、本物はその奥のほうに格納されていたのか、などとも考えたところです。正確なことは、御朱印所をやっておられる方にお尋ねしてみなければわかりません。御朱印所は、石段の上り口右側のお宅でした。

  周辺は昔からあった大きなお宅が多く、蔵が目立ちました。昔の人々がどんな思いでこの地を訪ね、ここに住まっていた人々はどのように受け入れていたものでしょうか。


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2012年12月25日

☆★「九野本観音」〜置賜三十三観音めぐり構想

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<第五番「九野本観音」>


  ジョギングしたり、車でこの地域をまわってると、ところどころに赤い幟が立っているお堂があるのに気づいていました。その幟には「置賜三十三観音」と書かれています。

  市立図書館からお借りした資料では、上杉の時代、直江兼続の妻、お船(おせん)が選定したという説もあるといいますから、ずいぶん古くから、信仰の対象として人々に巡られていたものなのかもしれません。

  寒かったけれど風がなく穏やかだった昨日の朝、ジョギングの途中で思い立って、これまで通らなかった道に入り、第五番の「九野本(くのもと)観音」を訪ねてみました。

  その名も「観音寺」というお寺の境内にこのお堂が建っていました。帰宅して資料を見ましたら、ご本尊は「十一面観世音菩薩立像」とありました。


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<近くにあった立派なクリ(?)の木>


  この周辺は「散居村」という集落形態となっています。広い水田地帯の中に、屋敷林に囲まれた住宅が点在しています。

  屋敷林は必ずと言っていほど、住居の西側にあります。冬の西からの季節風から家を守るのです。

  「九野本観音」の近くに、見事な姿の、たぶんクリの木を持つお宅がありました。冬になって、すっかり葉を落とした二本のクリの木は、その見事な枝振りを寒気にさらしていました。二百年以上の樹齢はあるのではないかと想像しました。蔵を持つこの家の歴史も古そうでした。

  「葉っぱ塾」では、今後、この「置賜三十三観音」をめぐるハイキングを提案したいと考えています。しばらくは、自分が訪ね歩き、ルートなどを検討してみようというところです。


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