ハッピー昭和クラブ

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話 あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

昭和大好きブロガー達による、昭和歌謡と映画のこぼれ話
あの映画は、あの曲はまさにそんな事だったのか!と感動再び!

平尾さんが三味線でロック! 「東京ロマンス・ウェイ」

平尾昌晃(当時、昌章)さんは「女は抵抗する」(1960 弓削太郎監督)で「ロック 通りゃんせ」を披露しましたが、「三味線ロック」を歌うシーンがあるのが「東京ロマンス・ウェイ」(1959 吉村廉監督)です。
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この映画は、その前年に出来たばかりの東京タワーをフィーチャーした1時間ほどの小編です。ヒロインのカズコ(中村万寿子さん)は東京タワー内のレストラン「森永スカイ・キャビン」で働いています。お客で来る外車のディーラーに言い寄られたりします。(演じる西村晃さんが中年のいやらしさを出していいて絶品のコメディ・リリーフです) 同僚のミチコは「少々いやらしくてもお金を持ってればいいわ」というドライな娘で、西村さんに「カズコを連れてきてあげるから」とか言ってドレスを買ってもらう約束をとりつけたりします。
一方、二谷英明さん演じる運転手が、どこかのマダムに迫られて困っていて、通りかかったカズコに「ちょっと恋人のフリして助けて」と言ったのがきっかけで知り合います。逆に、ミチコに連れられてきたダンスホールで、カズコが西村さんにダンスを迫られ困っていると、たまたま来ていた二谷さんがダンスの相手をしてくれて助かります。そんなこともあって二人は親しくなります。二谷さんはカズコに「イミテーションだけど」と言って指輪を贈ります。カズコが調べてみると、それは30万円もする本物で、ちょうど宝石泥棒のニュースがあったせいで、二谷さんを疑います……。
さて、平尾さんはカズコの住むアパートの住人で売れない歌手の役です。ギターの代金も払えず楽器屋に持っていかれてしまっています。何とかお金を稼ごうと、観光名所になった東京タワーに目をつけ、相棒と一緒に無許可の「東京タワーのパンフ」を行列を作っている観光客に売ったりしています。「今だったらカラーの絵ハガキがついて100円だよ!」とか言って。でも全然売れなくて、ギターを取り戻せません。そこで、仕方なく近所のおばさんの三味線で「三味線ロック」を披露するのです。平尾さんは、主題歌も歌っています。(というか、歌が先にある歌謡映画かも)これもなかなか良い曲でした。 (ジャッピー!編集長)

平尾さんも出演、「ロカビリー・マダム」の伝記映画

平尾昌晃さんはロカビリーの人気スター(当時の「昌章」)でしたから、当然映画にも何本か出ています。スクリーン初登場は石原裕次郎さん主演で爆発的な大ヒット作となった「嵐を呼ぶ男」(1957 井上梅次監督)です。オープニングのジャズ喫茶の場面です。(クレジットに出ていないかもしれません)
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撮影前に井上梅次監督、奥様の月丘夢路さん、そして渡辺美佐さんの3人が平尾さんが出ていたジャズ喫茶に来て出演を決めたとのこと。井上監督は平尾さんのステージを見て「椅子からひっくりかえりそうになった」と衝撃を受けたと語っています。当時の平尾さんはジャズ喫茶に出ると大人気で、その年のクリスマス・イヴには何と3000人(!)という大劇場なみのお客さんが集まったそうです。
さて、その時に同席した渡辺美佐さんは渡辺プロの代表として「ロカビリー・マダム」と呼ばれたブームの立役者です。その美佐さんをモデルとした映画が「女は抵抗する」(1960 弓削太郎監督)です。美佐さんをモデルとした美枝を演じるのは若尾文子さん、ジャズ・バンドのメンバーで美枝に苦言やアドバイスをするうちに恋仲になるのが川口浩さん、つまり渡辺晋さんがモデルです。
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ベテランの興行師だった父が失意のうちに亡くなり、女子大生の美枝が跡を継ぎ、米軍キャンプ巡り、人気バンドとの契約などに奮闘し、外タレの興行で騙され負債を負ったりしながらも、徐々にプロダクションが整っていきます。「嵐を呼ぶ男」にも出てきますが、人気バンド同士のジャズ合戦を企画し、見事に川口浩さんのバンドが勝ち、相手のバンドが所属するライバル・プロの代表が美枝の父を裏切った男(高松英郎さんが演じてます)で、復讐を果たした形になります。そして、劇場側の反対を押し切り、ウエスタン・カーニバルを企画、成功させるのです。平尾昌章さんや山下敬二郎さん、井上ひろしさん、ダニー飯田とパラダイス・キングなどが登場、その熱狂をきっちり再現しています。
こういったサクセス・ストーリーなのですが、面白いのは「ロカビリー・ブーム」がアッという間に下火になるところまで描いているところで、ラストは美枝がザ・ピーナッツをデビューさせようとするシーンです。ロカビリーから次のポップスの時代に進むことを示して映画は終わります。
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平尾さんは劇中、ロカビリー歌手という等身大の役で「ロック 通りゃんせ」を披露します。ちなみに平尾さんと川口浩さんは慶應高校で同学年だったそうです。ただ、川口さんの方が1つ年上で「浪人したのか留年したのか知らなかったけれど、スマートさと不良っぽさを兼ね備えたトッポイ人だったよ」と平尾さんはその印象を述べています。    (ジャッピー!編集長)

追悼・平尾昌晃さん

作曲家・歌手の平尾昌晃さんが79歳で亡くなりました。
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平尾さんというと、僕なんかが子供の頃は、ヒット曲連発の作曲家というイメージですが、その昔はロカビリー歌手として爆発的人気を誇っていたのです。(当時の芸名表記は平尾昌章さん)山下敬二郎さん、ミッキー・カーチスさんと共に「ロカビリー三人男」として大活躍。
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リアルタイムでは見ていませんが、当時の日劇ウエスタン・カーニバルの映像など見るとギターをかき鳴らす平尾さんたちに客席の女の子たちが絶叫し、しまいにはステージに乱入して、平尾さんたちがステージに倒されて寝っ転がったまま歌っている……という熱狂ぶりがすさまじいです。images (3)

「ロカビリー三人男」という売り出し方は、のちの「御三家」「新御三家」や「たのきん」などの男性アイドルの先駆ですし、何より、この日劇ウエスタン・カーニバルの熱狂はファンの在り方を変えたと思います。それまでは大人しく歌を聴いて拍手をおくるみたいな感じだったのが、能動的になったというか、いわゆる「親衛隊」の走りといえます。敗戦後、10年以上が経って社会も安定してきたし、女性が前に出て主張する時代になってきたということもあったのでしょう。
平尾さんはロカビリーで人気者になりましたが、元々は戦後どっと入ってきたジャズ(当時は広義の洋楽をさしていました)に魅了され高校生の頃から、ティーブ釜萢さん(ムッシュかまやつさんのお父様)がやっていたジャズ学校に通っていました。そこでカントリー・バンドの「チャックワゴン・ボーイズ」が歌手を探しているとオーデイションをすすめられて選ばれたのです。その後、小坂一也さんがいた「ワゴン・マスターズ」が小坂さんの脱退で、「チャックワゴン・ボーイズ」と合併、「平尾昌章とオールスターズ・オブ・ワゴン」となります。
平尾さんのすごいのは、1958年発売の初ソロ・アルバム「平尾とロック」に平尾さん編曲の「五木の子守唄ロック」が入っていたり、その後も「ロック おてもやん」「ロック 島原地方の子守唄」「ロック 夕焼け小焼け」など、民謡から童謡までなんでもロカビリーにアレンジしたことです。この才気が作曲家に転身してからも、アイドル・ポップスから演歌まで幅広く活躍できた源だったのでしょう。ちなみに平尾さんが作詞・作曲した最初のヒット「ミヨちゃん」は実体験から書いたそうですが、♪ちっとも美人じゃないけれど~ という所は「ちょっとランクを落として書いたんだよ。とびっきりの美人なんて書いたら、ファンの人がミヨちゃんに自分を投影できないからね」と仰っています。ダウンロードmiyo
さすが!
ロカビリー歌手から作曲家として昭和の歌謡界の歴史を築いた平尾昌晃さんのご冥福を心よりお祈りいたします。    (ジャッピー!編集長)
北方義朗
ジャッピー!編集長
ハピイ氏橋
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