ふっきーの演劇ワークショップ日誌

演劇ワークショップと言ってもいろいろ。自分の考える「演劇」や「ワークショップ」を、現場だけでなく率直な言葉で発信していきたいと思い、このブログを作りました。が、最近は地元葛飾区立石の関係の発信が多くなってきております。

高齢者が演劇をやる意味

私がこひつじデイサービスわが家に
入職してから8年が経った。
自分としてはもっと短い間の
仕事のつもりだったけど、
自分の上の人たちがどんどん辞めて、
リーダーシップを取らざるを得なくなり、
役職がつき責任も重くなるにつれ、
途中で投げ出すことも
引き継ぐこともできなくなってしまった。

仕事も経営に管理に広報、
介護の現場仕事、送迎から排泄介助まで、
まさになんでもござれ。

人と接するのも、マネジメントも、
デザインも嫌いではないから、
時間さえあれば、どんどんとやれた。
ても、一つだけ心残りが、
自分の専門である「演劇」を
できていないことだった。


パートナーは私のそんな気持ちを
見透かしていたのだろうか。
「デイサービスで演劇活動をやらない?」
と言ってきた。

入ったばかりの頃、
一度だけプログラムの時間をもらって
利用者さんたちと
演劇ワークショップをやったことがある。
認知症や重度の障害を持つ方々を前に
結果は散々。
それ以来、自分の気持ちも臆病になり、
デイサービスで演劇をやることから
遠のいてしまった。


私の演劇に言葉と指針を与えてくれた
アウグスト・ボワールの『被抑圧者の演劇』の中に
こんな一節がある。

「真に革命的な演劇グループは、
民衆に、民衆じしんがつかうことのできる
演劇的な生産手段を手わたすべきだ」


高齢のみなさんの多くは、
年齢を重ねるに従い、
できることが少なくなり、
判断力が衰え、
生活を1人で維持することが難しくなり、
介護を受ける。
かつて主体性があった方も
家族が介護し、ケアマネが入り、
介護者が多数関わることで、
いつの間にか
主体性を放棄せざるを得ないような
システムができてしまっているのが現状だ。

わが家のビジョンは
「どんなに重い病気や障がいによって
要介護状態になったとしても
地域のつながりの中で
自分らしく暮らせる社会」だ。

高齢者が自分らしく暮らせるためには、
高齢者自身が使える
演劇的な生産手段を手わたすべきではないか、
とミッションを置き換えて、
デイサービスで演劇活動をすることにした。

2021年2月から、
毎週火曜日に30分から40分程度。

パートナーに背中を押されて、
とにかくやってみる、
続けることを自分に課した。

自分らしく生きられているか

仕事も楽しいです。子育ても楽しいです。

どちらもたくさんの問題がありますが、
パートナーにも恵まれ、家族や親戚にも恵まれ、
かつて抱えていたような大きな課題や切迫感はありません。

 

でも、時々思います。

これで自分らしく生きられているのか、と。

 

もともとは演劇で身をたてたいと思ってきました。

大学で如月小春さんの講義を受けてから、
その想いは強くなり、自分で劇団を立ち上げたり、
老舗の養成所に入って勉強をしたりしてきました。
現在は企業組合演劇デザインギルドにも所属して、
活動も細々とですが続いています。

 

次に世田谷と水俣での演劇活動や
ボランティアコーディネート体験をもとに、
地元の葛飾区のコミュニティづくりに興味を持ちました。

葛飾区市民活動支援センターという場所で、
区内のNPO支援の仕事もしてみました。
こちらも私のキャリアと能力のすべてが
問われるような多岐にわたる仕事でした。

 

2012年は自分で地域の事業を起こしたい
と一念発起しましたが、
さすがに一からは実力不足で断念しました。

 

そして現在は介護や福祉の経験を活かし、
葛飾区の通所介護施設で副施設長をしています。
小さな地域の事業所のため、
利用者さん集めや職員募集、
日々のマネジメントにも苦労していますが、
やりがいとそれなりの収入(多くはないですが)もあり、
楽しい生活を送れています。

 

今は毎日の仕事、
そして家族との生活・子育てに追われています。

家事が終わって、横になれば、すっと眠ってしまい、
休みの日でも子ども優先でまとまった時間がとれません。
自分の健康を維持するのがやっとです。

 

デイサービスのビジョンは
「どんなに重い病気や障害により要介護状態にあったとしても、
地域のつながりの中で自分らしく暮らせる社会」です。

 

私が入職当時にいた職員でワークショップをして作ったビジョンですが、
この中の「自分らしく」という部分がずっと気になっています。

 

利用者さん以前に私自身が「自分らしく」暮らせているのか、と。

 

私らしさとは何か、と。


 

演劇やワークショップを生き生きとする自分は、
確かに自分らしく思います。

仕事や生活に追われる自分は、
自分らしいのか・・・と言われると、自信が持てません。

たぶん、はたから見ると「私らしい」と言われそうですが、
自分はそれだけを「自分らしい」とは思えないでいるのです。

もちろん、それが書生的な悩みであると
言われることは覚悟しています。

 

2021年の冒頭にあたって。

コロナ禍で、子育てで時間は限られながらも
「自分らしさ」を追求する一年でありたいと思います。

2020年ザクっとしたふりかえり

1月 自身が胃腸炎で体調不良に。
2月 娘が誕生。コロナ禍でギリギリ立ち会い出産。
3月 学校が休校。家族は家にこもる。
   デイサービスの施設長代行として、
   コロナ対策に大わらわ。
4月 祖母103歳で亡くなる。大往生。
5月 演劇デザインギルド初のズーム会議
6月 娘のお宮参りとお食い初め
7月 コロナ禍の中、新しい人事の決断
8月 オリックス監督更迭、中嶋監督になってから
   野球観戦が楽しい。
9月 三家族にぎやかなお墓参り
10月 娘、保育園入園決定。
11月 パートナー職場復帰。荷が降りる。
12月 子どもの親子野球で筋肉痛がひどい。

子育ての時間は、子どもからの贈り物

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娘が産まれてから10ヶ月が過ぎました。
産まれる前から覚悟はしていましたが、
生活が彼女中心になり、一変しました。

どこにいようと、
何をしていようと
オギャーワギャーと
泣き叫ばれるたび、
駆けつけて問題解決をしなければならない
ゲームをしているようです。

休みであっても、
自分のまとまった時間は皆無。
何をするにしても
子どものことが最優先です。
大好きな掃除や整理ですら、
彼女を起こさないように
そそくさするようになりました。

もともとの支援者気質のケア体質ですから、
子どもの面倒を見ることは
苦ではありません。

積極的にお風呂に入れ、
ご飯を食べさせ、
寝かしつけや着替えもやります。
男性が嫌がるという
うんちのオムツ交換ですら、
高齢者や障害者に比べれば、
全然大変ではありません。


側から見たら「イクメン」なのでしょう。

でも、この言葉は好きではありません。

私の頭の中では、
彼女の生活の中で、
パートナーや上の子と一緒に
自分ができることを
最大限担うというぐらいの感覚です。
もちろん、母親であるパートナーが
主たる部分を担ってくれているからこそ、
こんなふうに思えるのだと思いますが。

パートナーから
「子育てをする時間を持てるのもあっという間。
子どもからの贈り物だと思う」
と言われて、至極納得。

彼女の成長はめざましく、
新たな大変さに気を取られ、
過去の大変さはどんどん忘れていきます。

大変さも含めた楽しさを
味わいたいと思うこの頃です。

祖母の死と娘の誕生

私はおばあちゃん子でした。

トイレに行くにも一緒について行き、
いなくなると探しまわり、
祖母のベッドは自分のお布団よりも
落ち着きました。

子どもの時は家の中でも
自分を守ってくれる
安心と優しさの
象徴だったように思います。

長い年月が過ぎ、
大人になって、
いつしか祖母も病気をし、
時々転倒して入院し、
物忘れもするようになり、
守られる立場から守る立場になりました。

最後の2年半は
私の勤めるデイサービスにも
週一回通ってくれて、
「この子にはここに行かないと
会えないのよ」
と冗談交じりに言っていました。
職員にも利用者さんからも好かれる
自慢のおばあちゃんでした。


最近は、
息子と孫の区別も
つかなくなっていましたが、
いつ会っても
「身体は大丈夫?みんなは元気?」
と私のことを心配してくれる
優しいおばあちゃんでした。


103歳のスーパーおばあちゃん。


1か月前まではあんなに元気で、
デイサービスにも通っていたし、
たくさんお話もしました。


でも、突然お別れのときが来ました。
4月6日に腸閉塞で入院、9日に逝去。


長い間、苦しまなくてよかったね。


今年の2月26日に、
娘が産まれました。
あいにくのコロナ騒動で、
会えたのは1カ月健診の時の一回きり。


でも、娘を抱いてくれて、
「かわいいね。かわいいね」
と何度も言ってくれました。


今、娘は私の隣に寝ています。

この子はひいおばあちゃんに
抱かれたことなど記憶にないでしょうが、
いつかおばあちゃんのことを
たくさん話したいなと思います。

大好きだったおばあちゃん、さようなら。

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ふっきーの演劇ワークショップ日誌について

1.水俣について
私がこのブログを始めるきっかけになった事業です。
2006年4月から11月まで、水俣病公式確認50年事業のため、
熊本県水俣市に滞在しました。

「第一回演劇ワークショップが始まった。でも・・・」(2006.4.16)
「第三回ワークショップ終了。今回の進行はひとりでした。」(2006.6.4)
「わからないものは怖いですか?」(2006.8.4)
「本番リポート1」から「大きな拍手のカーテンコール」まで(2006.10.14)


2.立石での活動について

2007年、地元の葛飾区立石の再開発計画をめぐる活動に始まり、
徐々に町や人の魅力を紹介する演劇をつくりようになりました。

「宣戦布告」(2007.4.26)
 ↑若気の至りですが、当時の勢いみたいなものが現れています。
「立石再開発をチョット学んでみよう!会〜上演〜」(2007.12.9)
「立石再開発をチョット学んでみよう!会〜客席から次々と〜」(2007.12.9)
「中立まちづくり宣言」(2008.9.27)
「『呑んべ横丁を物語る日』御礼&当日レポート」(2008.11.17)
「『立石様万華鏡コース』その1〜駅の立石様〜」(2009.9.21)
 ↑町歩き移動劇「立石散策劇場」の発表レポートです。


3.葛飾区市民活動支援センターでのお仕事について
2008年、立石の活動の延長で始まった
葛飾区市民活動支援センターのお仕事。
中間支援組織の運営を通じて、
広報やマネジメントを学ぶことになりました。
ここでつながった人たちも大きな財産です。

「駐輪場のスタッフを全員が引き受けてくれた」(2010.10.22)
「2010コラボかつしかまつりご報告」(2010.11.9)
「百聞は一見に如かず〜葛飾版社会起業塾」(2011.7.27)
「2011コラボかつしかまつり ボランティア大活躍」(2011.11.21)
「市民活動支援センター退職のごあいさつ」(2011.12.28)


4.葛飾での事業について

2012年ほぼ1年使って、葛飾で
社会的な事業を興そうと挑戦した記録です。

「かつしか希望の若者シンポレポート」(2012.4.6〜16)
「私のやりたいことと『勝手公共』」(2012.8.18)
「『葛飾散策劇場』始動!」(2012.9.11)
「『呑んべ横丁はしごツアー』も開始!」(2012.9.17)
「『立石働き方大図鑑』もようやっと始動!」(2012.9.20)
「2012年ふりかえり」(2012.12.31)


5.なぜか人気の記事

「山谷に嫉妬したくなるような名店を発見」(2009.2.3)
「葛飾区の河川が氾濫したら」(2011.6.2)
「日本人の仕事観に対する大きな疑問〜『仕事と日本人』を読む〜」(2011.9.27)
「東京シューレ中学校「大葛祭」で廃校利用について考える」(2011.11.16)
「祝!祝!祝!嬉しい!Cafeゆうじ屋オープン」(2012.3.6)
「灰皿を投げる演出家は今もいるのだろうか」(2013.2.3)
「協同労働の働き方の問題点」(2013.2.8)

学芸会で見た『いじめについて考える劇』の衝撃

   先日、子どもの小学校の学芸会に行ってきた。

小学生の劇なんて、先生が本来の授業の合間にやるものだし、
演劇を学んだことのある人も多くない。
または逆に芝居好きな先生の思い入れが強すぎて、
痛々しいものになる場合もあるんじゃないかと心配したりして、
正直に言うと、そこまで期待していなかったのだ。

 

 でも、いい意味で期待を裏切られた。

 

 衝撃的だった演目は、葛飾区本田小学校6年生による
『いじめについて考える劇〜それが、いじめなんだよ』

 写真



















 
学芸会にありがちな昔話やミュージカルではないし、

既成の台本も使っていない。

 それだけでも驚きだが、劇はフォーラム・シアター(討論劇)だった。

 フォーラム・シアター
ブラジルの演出家アウグスト・ボワールが考え出した手法だ。
身近な問題を含む劇をつくり、観客に何が問題か考えて意見を言ってもらう。
そして観客は意見を言うだけでなく、劇の中の登場人物になって、
問題を解決するための行動をとる、観客参加型のお芝居である。

 もちろん、今回のお芝居では、私たち観客はそこまで求められなかったが、
「いじめだと思うかどうか」意見を表明したり、
ジョーカー(進行役)の子どもからどう思うか聞かれたりする機会があった。
従来の学芸会では見たことのない風景だった。

 

 「いじめについて考える劇」は次のような場面で構成されている。(私の記憶)

 

1.じゃんけんでだまされて、ランドセルを持たせられる男子

2.違う待ち合わせの公園で待たされた女子

3.持っていないLINEで悪口を言われる女子

4.いじめをした人、された人の割合の違い

5.「いじめ」の構造

6.クラスで発生するいじめをやめるには

7.全員のふりかえり

 

 

1〜3は「ショーケース」。

 子どもたちの中でありそうな具体的なエピソードを紹介し、
シーンの最後に観客に
「これはいじめだと思いますか?思ったら頭の上で〇、
思わなかったら×のしぐさをしてください」と問いかける。
戸惑っていた保護者も多く、
〇や×の意思表明をしていないブロックもあったみたいだが、
私たちの周りは全員参加していた。

 そして、ジョーカー役の子どもが
一番前の保護者席の中から人を選び、意見の理由を聞いていくのだ。
親自身も子ども同様に、
劇の中の「いじめ」と向き合うしかけになっているところが面白い。

 

 子どもたちの熱演によるカタルシス(精神浄化作用)や
感動を期待してきた親たちにとって全然想定外の劇になったのではないか。


 4では、子どもたちはいじめの一般的なアンケートの結果を発表した。
「したことがある」と答えた人は17パーセント。
「されたことがある」と答えた人は64パーセント。(私の記憶でうろ覚えです。)
そして、子どもたちは自分たちで考えた
「いじめをした人たちは自覚がないのではないか」という仮説を紹介する。


 5では、いじめの4層構造「被害者」「加害者」「観衆」「傍観者」を紹介する。
ここらへんは劇というよりも発表に近い。
見ている親自身も「いじめ」の劇に非参加的な態度をとり続けると
「傍観者」になる可能性もあり、見ていてもドキドキした。


6「クラスで発生するいじめをやめるには」は、
参加する子どもたち全員がひな壇に並び、
1人の子が身体的にも精神的にも集中的にいじめられる芝居。
「加害者」だけでなく、クラス全員が
5で紹介した「観衆」「傍観者」になっている状況が表現される。


 同時に、「先生に告げ口したら、自分がいじめられかも」
「先生に言っても変わらないんじゃないのか」と言った
「傍観者」役の子どもたちの葛藤も表現されて、
いじめの問題の根の深さも垣間見えた。

そんな中、一人の子どもが「戦う者の歌が聞こえるか」という
『レ・ミゼラブル』の「民衆の歌」を歌いだし、
徐々に歌声が広がっていく。
ここらへんは先生の希望と演出が入り、
少しカタルシスっぽいところを入れてバランスをとったかもれない。
(学芸会なので仕方がないのだろうが。)


 最後が圧巻だった。カーテンコールのように、
子どもたち一人一人がひな壇の一番上に立って、
お辞儀をしていくのだが、
同時に舞台奥にあるホリゾント幕に
子どもたち全員の「劇をつくったふりかえり」が映像で流されていく。

 私は拍手そっちのけで、一文字一文字を追うことに夢中になった。

 「悪口を言うのをやめようと思った」など率直だが、
私たち見ている人たちへの宣言のように見えるものが多かった。
また「学芸会でこんな劇をやるなんてどうかと思ったが、勉強になった」
というものもあり、
子どもたちが劇を通じて、
「いじめ」について調べたり考えたりした痕跡がわかった。

 

 この意欲的な劇を企画し、演出した先生たちと、
チャレンジした子どもたちに拍手を送るべく、
久しぶりにブログを更新してしまった。
自分が住む地域でフォーラム・シアターが見られるとは思わなかった。
いや、ほんとにすごかった。

閉店前の「宮城」の思い出

ガラリと扉を開けると、
独特のすえたようなにおいとともに、
不思議な世界が広がっていた。


東四つ木、木根川商店街の奥にある
中華料理「宮城」である。
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2月17日。日曜日の昼下がり。
閉店間際と聞き、私は連れ合いと2人で訪れた。


左側の奥のテーブル席には、
初老の常連客とおぼしき2人組。
右側のカウンター席には、
ラーメン屋さんには場違いな
花の植木鉢があり、
その下には猫が食べ散らかしたような
固形のえさがこぼれ落ちたお皿がある。

奥には急な階段と年代物のストーブ。
ストーブの上には
今にも落っこちそうな鍋が置かれていた。

そして、カウンターの奥には
初老の女将さんがいた。

「いらっしゃい」と言われたかどうかすら、
お店の雰囲気が衝撃的で覚えていない。



これから食事をするのか?はたまたできるのか?
と思うに十分な(正直に言ってしまうと)汚さだった。


常連客に「どうぞどうぞ」とうながされ、
入口近くの空いているテーブル席に
おそるおそる座る。
連れ合いの顔も、
当初あった笑顔が消え、ひきつっていた。


年代物の献立を見る。
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失礼ながら初老の女将さんが
できるとは思えないほどのメニューの数。
そして、値段も最近の物価高とは
関係ないように安い。


私は「味噌ラーメンと餃子にしようかな」と言うと、
連れ合いは「ラーメンでいい・・・」と引き気味。
餃子を引っ込める。
カウンターごしに注文をすると、
後ろの常連客から
「俺のは後でいいから。先に作ってあげて」と言われた。
「ありがとうございます」
下町ならではの人情を感じる。


しばらくすると、
カウンターのわきにある
板の下をくぐって、
女将さんが出てきた。

ストーブの鍋から取り出した厚揚げの煮物。
そして、水菜のごま和え、菜の花のお浸しが
卓上にトントンと置かれていった。
すべての食べ物に無料のお通しが
3品つくシステムなのだ。
さすがにこんなに食べられそうにないので、
勢いにつられビールを頼んでしまった。
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よく見ると、
厚揚げの煮物の小皿には
砂っぽいものがついていた。
後から来たビールグラスにも
長年洗い残しがたまったような
痕がついている。

東四つ木にいながらアジア
旅行している気分になれる!と思いこみながら、
乾杯をして喉を潤す。


そのうちに常連客の一人が退店。
入れ代わりにこれまた初老のおばさんが入ってきて、
先ほどの男性が座っていた席に座った。
いつの間にはおじさんのテーブル席には
ティッシュの上に柿の種が広げられていた。
「これ美味しいんだよね」とおばさん。
「そうだよね」と女将さん。

ラーメン屋なのに、持ち込みOKなのだ。
さらに新たなお客さんが入ってきた。
今度は私と同世代ぐらいの男性で、
この場所とは縁遠そうなさわやかそうな雰囲気だが、
慣れたようにカウンター席に座る。
全員が見知った常連客なのだ。


「俺のは後でいいよ」と先ほどのおじさん。
「あ、あたし、頼んでいたっけ?」とおばさん。
「まだだね」と女将さん。
慣れたように「チャーハンとおつゆ」とおばさんが返す。
先ほどの青年は、これまた慣れたように
どこからかグラスと炭酸を持ってきて、
勝手に飲み始めた。


そうこうしているうちに、
私たちの味噌ラーメンとラーメンができあがり、
カウンターに置かれた。
あうんの呼吸のように、
青年が私たちのテーブルまで運んでくる。 


ああ、私たちは宮城のコミュニティに
お邪魔をしているよそものなのだ。
「す、すみません」

「どこから来たの?」と女将さんに聞かれたので、
「奥戸から」と答えると、「遠いね」と一言。
川を隔てて反対側でも「遠い」という感覚である。
でも、私たちのような一元客にも
疎外感を感じさせないのがこのお店のよさである。

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恐る恐る手をつけた味噌ラーメンはふつうに美味しかった。
連れ合いが頼んだラーメンはシンプルなしょうゆ味。
メンマにチャーシュー、シナチクがのっていて、
ふつうに美味しかった。

しめて、1,260円。安い、安すぎる。


こうして3,40分ほどの小旅行は終わった。


店を出るなり、どちらともなく
「すごいお店だったね」との言葉が流れた。
   
閉店1週間前の貴重な思い出になった。


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マンホールカードのいいところ

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マンホールカードはすごくよくできた仕組みだと思う。
各地で工夫していたマンホールの蓋のデザインを
カードにして配布する。
私にコレクターの趣味はなかったのだが、
面白かったのではまってしまった。

マンホールカードのいいと思うところは三つある。


,金がかからない
マンホールカード自体は無料である。
だから、実際にかかるのは電車賃と
移動にかかる時間ぐらいである。


地域に詳しくなる
マンホールカードには、
その地域の特産品や文化が
描かれているものが多く、
自然と詳しくなるのだ。
(ゆるキャラが描かれているものは、
底が浅く、ちょっとがっかりする。)


いろいろな出会いがある
マンホールカードをもらうには、
それぞれのカードを配っている
場所に実際に行かなくてはならない。
(郵送・予約などはおこなっていない)
しかも役所や下水道局、観光協会などの
公共施設に置いていることが多いから、
普段乗らないような電車に乗って、
絶対に行かないような駅で降りて、
観光とは関係ない場所を通って
目的地まで歩くことになる。
その道中に地域ならではの
いろいろな出会いがあって面白いのだ。


そして、最終的には
もらえたマンホールカードが並んでいくので、
達成感がある。
あとから見返して、
カードをもらった地域のことや
その時のエピソードをふりかえることができるのだ。


カード集めはしばらく続きそうだ。

マンホールカード集めにはまる

最近、つとに下水道に詳しくなっている。


マンホールが丸いわけとか、
水はドロップシャウトを通って下に落ちるとか、
シールド工法で作られるとか。

なぜかというと。


まずは旅先で
息子が全国津々浦々にある
マンホールカード集めにはまった。
カードが配布される場所は
役所や下水道施設が多く、
さすがに小3一人で
行かせるわけにはいかないから
着いていくと同じカードをもらう。

この過程が想像以上に楽しく、
性に合った。
カードをきっかけに、
知らない街に行けるし、
カードに描かれたものも学べる。



今日行った場所は、蔵前水の街。
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案内人がすごく熱心な方で、
ほぼマンツーマン。
30メートルの地下に降りて、
下水道の仕組みについて
みっちり講義をしてもらえた。
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その後、マンホールカードを
もらえるという仕組みだ。
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ちなみにこの施設、
もともとは蔵前国技館があったところで、
地下に降りる階段の途中には、
お相撲さんの手形なんかもある。


地元学の基本は
「水のゆくえ」だから、
マンホールカード集めのついでに
水がどこに行くかを意識するようになる。


子どもは子どもで、
下水道だけでなく、
大人も知らないような自治体を訪れ、
カードに描かれた名産品や文化に
詳しくなる。
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一石四鳥ぐらいか。


この新たな趣味、しばらく続きそうだ。





♪ラブ・ユー立石(先輩&友人柳田さんの人気ブログ)
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