ふっきーの演劇ワークショップ日誌

演劇ワークショップと言ってもいろいろ。自分の考える「演劇」や「ワークショップ」を、現場だけでなく率直な言葉で発信していきたいと思い、このブログを作りました。が、最近は地元葛飾区立石の関係の発信が多くなってきております。

祖母の死と娘の誕生

私はおばあちゃん子でした。

トイレに行くにも一緒について行き、
いなくなると探しまわり、
祖母のベッドは自分のお布団よりも
落ち着きました。

子どもの時は家の中でも
自分を守ってくれる
安心と優しさの
象徴だったように思います。

長い年月が過ぎ、
大人になって、
いつしか祖母も病気をし、
時々転倒して入院し、
物忘れもするようになり、
守られる立場から守る立場になりました。

最後の2年半は
私の勤めるデイサービスにも
週一回通ってくれて、
「この子にはここに行かないと
会えないのよ」
と冗談交じりに言っていました。
職員にも利用者さんからも好かれる
自慢のおばあちゃんでした。


最近は、
息子と孫の区別も
つかなくなっていましたが、
いつ会っても
「身体は大丈夫?みんなは元気?」
と私のことを心配してくれる
優しいおばあちゃんでした。


103歳のスーパーおばあちゃん。


1か月前まではあんなに元気で、
デイサービスにも通っていたし、
たくさんお話もしました。


でも、突然お別れのときが来ました。
4月6日に腸閉塞で入院、9日に逝去。


長い間、苦しまなくてよかったね。


今年の2月26日に、
娘が産まれました。
あいにくのコロナ騒動で、
会えたのは1カ月健診の時の一回きり。


でも、娘を抱いてくれて、
「かわいいね。かわいいね」
と何度も言ってくれました。


今、娘は私の隣に寝ています。

この子はひいおばあちゃんに
抱かれたことなど記憶にないでしょうが、
いつかおばあちゃんのことを
たくさん話したいなと思います。

大好きだったおばあちゃん、さようなら。

D508BD4D-DB1D-4A9B-B6DD-A099C6271860

ふっきーの演劇ワークショップ日誌について

1.水俣について
私がこのブログを始めるきっかけになった事業です。
2006年4月から11月まで、水俣病公式確認50年事業のため、
熊本県水俣市に滞在しました。

「第一回演劇ワークショップが始まった。でも・・・」(2006.4.16)
「第三回ワークショップ終了。今回の進行はひとりでした。」(2006.6.4)
「わからないものは怖いですか?」(2006.8.4)
「本番リポート1」から「大きな拍手のカーテンコール」まで(2006.10.14)


2.立石での活動について

2007年、地元の葛飾区立石の再開発計画をめぐる活動に始まり、
徐々に町や人の魅力を紹介する演劇をつくりようになりました。

「宣戦布告」(2007.4.26)
 ↑若気の至りですが、当時の勢いみたいなものが現れています。
「立石再開発をチョット学んでみよう!会〜上演〜」(2007.12.9)
「立石再開発をチョット学んでみよう!会〜客席から次々と〜」(2007.12.9)
「中立まちづくり宣言」(2008.9.27)
「『呑んべ横丁を物語る日』御礼&当日レポート」(2008.11.17)
「『立石様万華鏡コース』その1〜駅の立石様〜」(2009.9.21)
 ↑町歩き移動劇「立石散策劇場」の発表レポートです。


3.葛飾区市民活動支援センターでのお仕事について
2008年、立石の活動の延長で始まった
葛飾区市民活動支援センターのお仕事。
中間支援組織の運営を通じて、
広報やマネジメントを学ぶことになりました。
ここでつながった人たちも大きな財産です。

「駐輪場のスタッフを全員が引き受けてくれた」(2010.10.22)
「2010コラボかつしかまつりご報告」(2010.11.9)
「百聞は一見に如かず〜葛飾版社会起業塾」(2011.7.27)
「2011コラボかつしかまつり ボランティア大活躍」(2011.11.21)
「市民活動支援センター退職のごあいさつ」(2011.12.28)


4.葛飾での事業について

2012年ほぼ1年使って、葛飾で
社会的な事業を興そうと挑戦した記録です。

「かつしか希望の若者シンポレポート」(2012.4.6〜16)
「私のやりたいことと『勝手公共』」(2012.8.18)
「『葛飾散策劇場』始動!」(2012.9.11)
「『呑んべ横丁はしごツアー』も開始!」(2012.9.17)
「『立石働き方大図鑑』もようやっと始動!」(2012.9.20)
「2012年ふりかえり」(2012.12.31)


5.なぜか人気の記事

「山谷に嫉妬したくなるような名店を発見」(2009.2.3)
「葛飾区の河川が氾濫したら」(2011.6.2)
「日本人の仕事観に対する大きな疑問〜『仕事と日本人』を読む〜」(2011.9.27)
「東京シューレ中学校「大葛祭」で廃校利用について考える」(2011.11.16)
「祝!祝!祝!嬉しい!Cafeゆうじ屋オープン」(2012.3.6)
「灰皿を投げる演出家は今もいるのだろうか」(2013.2.3)
「協同労働の働き方の問題点」(2013.2.8)

学芸会で見た『いじめについて考える劇』の衝撃

   先日、子どもの小学校の学芸会に行ってきた。

小学生の劇なんて、先生が本来の授業の合間にやるものだし、
演劇を学んだことのある人も多くない。
または逆に芝居好きな先生の思い入れが強すぎて、
痛々しいものになる場合もあるんじゃないかと心配したりして、
正直に言うと、そこまで期待していなかったのだ。

 

 でも、いい意味で期待を裏切られた。

 

 衝撃的だった演目は、葛飾区本田小学校6年生による
『いじめについて考える劇〜それが、いじめなんだよ』

 写真



















 
学芸会にありがちな昔話やミュージカルではないし、

既成の台本も使っていない。

 それだけでも驚きだが、劇はフォーラム・シアター(討論劇)だった。

 フォーラム・シアター
ブラジルの演出家アウグスト・ボワールが考え出した手法だ。
身近な問題を含む劇をつくり、観客に何が問題か考えて意見を言ってもらう。
そして観客は意見を言うだけでなく、劇の中の登場人物になって、
問題を解決するための行動をとる、観客参加型のお芝居である。

 もちろん、今回のお芝居では、私たち観客はそこまで求められなかったが、
「いじめだと思うかどうか」意見を表明したり、
ジョーカー(進行役)の子どもからどう思うか聞かれたりする機会があった。
従来の学芸会では見たことのない風景だった。

 

 「いじめについて考える劇」は次のような場面で構成されている。(私の記憶)

 

1.じゃんけんでだまされて、ランドセルを持たせられる男子

2.違う待ち合わせの公園で待たされた女子

3.持っていないLINEで悪口を言われる女子

4.いじめをした人、された人の割合の違い

5.「いじめ」の構造

6.クラスで発生するいじめをやめるには

7.全員のふりかえり

 

 

1〜3は「ショーケース」。

 子どもたちの中でありそうな具体的なエピソードを紹介し、
シーンの最後に観客に
「これはいじめだと思いますか?思ったら頭の上で〇、
思わなかったら×のしぐさをしてください」と問いかける。
戸惑っていた保護者も多く、
〇や×の意思表明をしていないブロックもあったみたいだが、
私たちの周りは全員参加していた。

 そして、ジョーカー役の子どもが
一番前の保護者席の中から人を選び、意見の理由を聞いていくのだ。
親自身も子ども同様に、
劇の中の「いじめ」と向き合うしかけになっているところが面白い。

 

 子どもたちの熱演によるカタルシス(精神浄化作用)や
感動を期待してきた親たちにとって全然想定外の劇になったのではないか。


 4では、子どもたちはいじめの一般的なアンケートの結果を発表した。
「したことがある」と答えた人は17パーセント。
「されたことがある」と答えた人は64パーセント。(私の記憶でうろ覚えです。)
そして、子どもたちは自分たちで考えた
「いじめをした人たちは自覚がないのではないか」という仮説を紹介する。


 5では、いじめの4層構造「被害者」「加害者」「観衆」「傍観者」を紹介する。
ここらへんは劇というよりも発表に近い。
見ている親自身も「いじめ」の劇に非参加的な態度をとり続けると
「傍観者」になる可能性もあり、見ていてもドキドキした。


6「クラスで発生するいじめをやめるには」は、
参加する子どもたち全員がひな壇に並び、
1人の子が身体的にも精神的にも集中的にいじめられる芝居。
「加害者」だけでなく、クラス全員が
5で紹介した「観衆」「傍観者」になっている状況が表現される。


 同時に、「先生に告げ口したら、自分がいじめられかも」
「先生に言っても変わらないんじゃないのか」と言った
「傍観者」役の子どもたちの葛藤も表現されて、
いじめの問題の根の深さも垣間見えた。

そんな中、一人の子どもが「戦う者の歌が聞こえるか」という
『レ・ミゼラブル』の「民衆の歌」を歌いだし、
徐々に歌声が広がっていく。
ここらへんは先生の希望と演出が入り、
少しカタルシスっぽいところを入れてバランスをとったかもれない。
(学芸会なので仕方がないのだろうが。)


 最後が圧巻だった。カーテンコールのように、
子どもたち一人一人がひな壇の一番上に立って、
お辞儀をしていくのだが、
同時に舞台奥にあるホリゾント幕に
子どもたち全員の「劇をつくったふりかえり」が映像で流されていく。

 私は拍手そっちのけで、一文字一文字を追うことに夢中になった。

 「悪口を言うのをやめようと思った」など率直だが、
私たち見ている人たちへの宣言のように見えるものが多かった。
また「学芸会でこんな劇をやるなんてどうかと思ったが、勉強になった」
というものもあり、
子どもたちが劇を通じて、
「いじめ」について調べたり考えたりした痕跡がわかった。

 

 この意欲的な劇を企画し、演出した先生たちと、
チャレンジした子どもたちに拍手を送るべく、
久しぶりにブログを更新してしまった。
自分が住む地域でフォーラム・シアターが見られるとは思わなかった。
いや、ほんとにすごかった。

閉店前の「宮城」の思い出

ガラリと扉を開けると、
独特のすえたようなにおいとともに、
不思議な世界が広がっていた。


東四つ木、木根川商店街の奥にある
中華料理「宮城」である。
IMG_2803










2月17日。日曜日の昼下がり。
閉店間際と聞き、私は連れ合いと2人で訪れた。


左側の奥のテーブル席には、
初老の常連客とおぼしき2人組。
右側のカウンター席には、
ラーメン屋さんには場違いな
花の植木鉢があり、
その下には猫が食べ散らかしたような
固形のえさがこぼれ落ちたお皿がある。

奥には急な階段と年代物のストーブ。
ストーブの上には
今にも落っこちそうな鍋が置かれていた。

そして、カウンターの奥には
初老の女将さんがいた。

「いらっしゃい」と言われたかどうかすら、
お店の雰囲気が衝撃的で覚えていない。



これから食事をするのか?はたまたできるのか?
と思うに十分な(正直に言ってしまうと)汚さだった。


常連客に「どうぞどうぞ」とうながされ、
入口近くの空いているテーブル席に
おそるおそる座る。
連れ合いの顔も、
当初あった笑顔が消え、ひきつっていた。


年代物の献立を見る。
IMG_2801









失礼ながら初老の女将さんが
できるとは思えないほどのメニューの数。
そして、値段も最近の物価高とは
関係ないように安い。


私は「味噌ラーメンと餃子にしようかな」と言うと、
連れ合いは「ラーメンでいい・・・」と引き気味。
餃子を引っ込める。
カウンターごしに注文をすると、
後ろの常連客から
「俺のは後でいいから。先に作ってあげて」と言われた。
「ありがとうございます」
下町ならではの人情を感じる。


しばらくすると、
カウンターのわきにある
板の下をくぐって、
女将さんが出てきた。

ストーブの鍋から取り出した厚揚げの煮物。
そして、水菜のごま和え、菜の花のお浸しが
卓上にトントンと置かれていった。
すべての食べ物に無料のお通しが
3品つくシステムなのだ。
さすがにこんなに食べられそうにないので、
勢いにつられビールを頼んでしまった。
IMG_2800









よく見ると、
厚揚げの煮物の小皿には
砂っぽいものがついていた。
後から来たビールグラスにも
長年洗い残しがたまったような
痕がついている。

東四つ木にいながらアジア
旅行している気分になれる!と思いこみながら、
乾杯をして喉を潤す。


そのうちに常連客の一人が退店。
入れ代わりにこれまた初老のおばさんが入ってきて、
先ほどの男性が座っていた席に座った。
いつの間にはおじさんのテーブル席には
ティッシュの上に柿の種が広げられていた。
「これ美味しいんだよね」とおばさん。
「そうだよね」と女将さん。

ラーメン屋なのに、持ち込みOKなのだ。
さらに新たなお客さんが入ってきた。
今度は私と同世代ぐらいの男性で、
この場所とは縁遠そうなさわやかそうな雰囲気だが、
慣れたようにカウンター席に座る。
全員が見知った常連客なのだ。


「俺のは後でいいよ」と先ほどのおじさん。
「あ、あたし、頼んでいたっけ?」とおばさん。
「まだだね」と女将さん。
慣れたように「チャーハンとおつゆ」とおばさんが返す。
先ほどの青年は、これまた慣れたように
どこからかグラスと炭酸を持ってきて、
勝手に飲み始めた。


そうこうしているうちに、
私たちの味噌ラーメンとラーメンができあがり、
カウンターに置かれた。
あうんの呼吸のように、
青年が私たちのテーブルまで運んでくる。 


ああ、私たちは宮城のコミュニティに
お邪魔をしているよそものなのだ。
「す、すみません」

「どこから来たの?」と女将さんに聞かれたので、
「奥戸から」と答えると、「遠いね」と一言。
川を隔てて反対側でも「遠い」という感覚である。
でも、私たちのような一元客にも
疎外感を感じさせないのがこのお店のよさである。

IMG_2802






恐る恐る手をつけた味噌ラーメンはふつうに美味しかった。
連れ合いが頼んだラーメンはシンプルなしょうゆ味。
メンマにチャーシュー、シナチクがのっていて、
ふつうに美味しかった。

しめて、1,260円。安い、安すぎる。


こうして3,40分ほどの小旅行は終わった。


店を出るなり、どちらともなく
「すごいお店だったね」との言葉が流れた。
   
閉店1週間前の貴重な思い出になった。


IMG_2814












IMG_2813

マンホールカードのいいところ

IMG_2798











マンホールカードはすごくよくできた仕組みだと思う。
各地で工夫していたマンホールの蓋のデザインを
カードにして配布する。
私にコレクターの趣味はなかったのだが、
面白かったのではまってしまった。

マンホールカードのいいと思うところは三つある。


,金がかからない
マンホールカード自体は無料である。
だから、実際にかかるのは電車賃と
移動にかかる時間ぐらいである。


地域に詳しくなる
マンホールカードには、
その地域の特産品や文化が
描かれているものが多く、
自然と詳しくなるのだ。
(ゆるキャラが描かれているものは、
底が浅く、ちょっとがっかりする。)


いろいろな出会いがある
マンホールカードをもらうには、
それぞれのカードを配っている
場所に実際に行かなくてはならない。
(郵送・予約などはおこなっていない)
しかも役所や下水道局、観光協会などの
公共施設に置いていることが多いから、
普段乗らないような電車に乗って、
絶対に行かないような駅で降りて、
観光とは関係ない場所を通って
目的地まで歩くことになる。
その道中に地域ならではの
いろいろな出会いがあって面白いのだ。


そして、最終的には
もらえたマンホールカードが並んでいくので、
達成感がある。
あとから見返して、
カードをもらった地域のことや
その時のエピソードをふりかえることができるのだ。


カード集めはしばらく続きそうだ。

マンホールカード集めにはまる

最近、つとに下水道に詳しくなっている。


マンホールが丸いわけとか、
水はドロップシャウトを通って下に落ちるとか、
シールド工法で作られるとか。

なぜかというと。


まずは旅先で
息子が全国津々浦々にある
マンホールカード集めにはまった。
カードが配布される場所は
役所や下水道施設が多く、
さすがに小3一人で
行かせるわけにはいかないから
着いていくと同じカードをもらう。

この過程が想像以上に楽しく、
性に合った。
カードをきっかけに、
知らない街に行けるし、
カードに描かれたものも学べる。



今日行った場所は、蔵前水の街。
1EBFAAE9-D8CB-49C5-8AA8-F6E50B4E929F











案内人がすごく熱心な方で、
ほぼマンツーマン。
30メートルの地下に降りて、
下水道の仕組みについて
みっちり講義をしてもらえた。
48A72BC3-1B30-493B-BFD9-CA042D3805D8












その後、マンホールカードを
もらえるという仕組みだ。
image5








ちなみにこの施設、
もともとは蔵前国技館があったところで、
地下に降りる階段の途中には、
お相撲さんの手形なんかもある。


地元学の基本は
「水のゆくえ」だから、
マンホールカード集めのついでに
水がどこに行くかを意識するようになる。


子どもは子どもで、
下水道だけでなく、
大人も知らないような自治体を訪れ、
カードに描かれた名産品や文化に
詳しくなる。
E532A18E-2FE8-424E-B9CB-B152AB5CC0D7







一石四鳥ぐらいか。


この新たな趣味、しばらく続きそうだ。





作文とブログ

去年、子どもができた。
と言っても、
結婚した方がシングルマザーだったので、
突然、9歳児の父親になったのだ。
(養子縁組等は今年中にやる予定です。)


息子の毎日の宿題に「作文」がある。

ちなみに、
ふだんは「お父さん」と呼ばれないのだけれど、
その作文の中では、私は「お父さん」として
登場する。不思議なものだ。


で、毎日書くものだから、
時々、終わってない宿題をせかすと
「今日はネタがない」と言われる。

「ネタがないなら、そのこと自体をネタにしては」
とアドバイスをすると、
また馬鹿なことを言っているとあきれられる。
9歳の男の子は真剣なのだ。


と、私も年に数回しか更新していなかった
このブログも同じではないかと、はたと気づいた。

なので、こうして頑張って書いている次第だ。

今年の目標のひとつ。


「ブログを復活する」
image1[4390]













あと演劇ワークショップの予定も作ってみよう。

私がブログを書かない理由

今日も大変な日だった。

先日、ちきりんさんの著者
「自分の時間を取り戻そう」を読んでから、
残業をできる限りせずに帰ることを
一つの目標にしている。

残業することは、
自分の時間を削ることなので、
一定の成果を出したとしても、
時間対効果の生産性は上がらないからだ。


でも、私がいくら頑張っても
他の人のフォローで
時間をとられることもある。


今日は夕方からそんな一日だった。



ここで書くと、
当事者の人たちは
自分の考えや想いを読むことになるし、
個人情報保護の観点からも
具体的なことはなかなか書けないし、書かない。


だから、今一番
コミットしている仕事のことは
書きづらいのだ。


夕方以降は、自分のミスで
指を切ったり、鍵を忘れてきたりと
踏んだり蹴ったり。

でも、妻が用意してくれた
焼き肉が最高に楽しかった。

あと、大阪なおみさんの全豪オープン優勝。
国とか関係なく、
人としてかっこよかったなあ。

今年はブログの復活ができるか!?

今年初めての更新。

このブログを始めてから
13年が経とうとしている。

タイトル名は
「ふっきーの演劇ワークショップ日誌」。

文章を書くのも好きだし、
人の目に触れる緊張感も悪くない。

でも、ここ数年は、
仕事の通所介護の尋常ならざる忙しさや、
自分自身の生活の大きな変化で、
ブログにかける時間の優先順位が
低くなっていた。


またタイトルの演劇ワークショップも
年に数回ほどで、
思考をまとめたり、
情報を発信したりする
機会が少なくなっていた。


介護業務をしていても、
地域のことをやっていても、
子どもと遊んでいても、
私の考えの原点は、演劇にある。


今年は考えたことを
思考の断片のまま、
出していってみたいと思う。


ちなみにこれもスマホからの投稿だ。
かつてはパソコンで
下書きも書いていたほどだが、
これくらいの気軽さがよいのではないか。

さあ、がむばる。

2018年をふりかえる

今年2回目のブログ更新が年末になってしまいました。


今年の目標は
「ワークライフバランスの実現」でした。


今年、生まれて初めて、結婚をして家庭を持ちました。

結婚をした方が同じ職場で同じ管理職だったため、
公私ともにパートナーになりました。
さらにその方が子どものいるシングルマザーだったため、
結果的にお父さんになりました。

年明けから結婚式や旅行、新生活への準備。
4月の終わりに結婚式、子どもと一緒の新婚旅行。
そして転居しての共同生活。
子どもが中心になる生活になって、当惑しながらも楽しみました。


子どもは9歳の男の子。
生活が子ども中心になるということは、
ある程度、想像していたものの、
実際に生活してみるとびっくりすることの連続でした。

朝は一人で起きられないので、どう起こしたらよいか。
共働きなので、放課後をどう過ごしたらよいか。
自分の作る夕食を食べてもらうにはどうしたらよいか。
宿題をどうしたら先にやってもらえるのか。
そして、どうしたら自分が家族の一員として、うまくやっていけるのか。


子どもなので、ちょこちょこと病気もあったし、
永久歯が抜ける大きな怪我もありました。
そのたびに自分の予定を変更し、時間をとられます。


でも、パートナーと一緒に考え、
最善の策を練り、実行します。この繰り返し。

どこの家庭でも同じことをやっているのでしょうが、
自分にとっては新鮮なことばかりでした。
これが今年の一番大きなことです。


仕事では、介護報酬の改定による経営の変化や、
長い利用者様とのお別れ、
ベテラン職員の退職など、
一言では言い表せない大きな変化がありました。
演劇も市民活動も時間をさけず、
ほとんどできませんでした。




でも、信頼できる家族と
大きな一歩を踏み出すことができた一年だったと思います。


かかわってくださったみなさま
本当にありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。

IMG_2404

♪ラブ・ユー立石(先輩&友人柳田さんの人気ブログ)
Profile

ふっきー

Recent Comments
「最新トラックバック」は提供を終了しました。
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

  • ライブドアブログ