ふっきーの演劇ワークショップ日誌

演劇ワークショップと言ってもいろいろ。自分の考える「演劇」や「ワークショップ」を、現場だけでなく率直な言葉で発信していきたいと思い、このブログを作りました。が、最近は地元葛飾区立石の関係の発信が多くなってきております。

ふっきーの演劇ワークショップ日誌について

1.水俣について
私がこのブログを始めるきっかけになった事業です。
2006年4月から11月まで、水俣病公式確認50年事業のため、
熊本県水俣市に滞在しました。

「第一回演劇ワークショップが始まった。でも・・・」(2006.4.16)
「第三回ワークショップ終了。今回の進行はひとりでした。」(2006.6.4)
「わからないものは怖いですか?」(2006.8.4)
「本番リポート1」から「大きな拍手のカーテンコール」まで(2006.10.14)


2.立石での活動について

2007年、地元の葛飾区立石の再開発計画をめぐる活動に始まり、
徐々に町や人の魅力を紹介する演劇をつくりようになりました。

「宣戦布告」(2007.4.26)
 ↑若気の至りですが、当時の勢いみたいなものが現れています。
「立石再開発をチョット学んでみよう!会〜上演〜」(2007.12.9)
「立石再開発をチョット学んでみよう!会〜客席から次々と〜」(2007.12.9)
「中立まちづくり宣言」(2008.9.27)
「『呑んべ横丁を物語る日』御礼&当日レポート」(2008.11.17)
「『立石様万華鏡コース』その1〜駅の立石様〜」(2009.9.21)
 ↑町歩き移動劇「立石散策劇場」の発表レポートです。


3.葛飾区市民活動支援センターでのお仕事について
2008年、立石の活動の延長で始まった
葛飾区市民活動支援センターのお仕事。
中間支援組織の運営を通じて、
広報やマネジメントを学ぶことになりました。
ここでつながった人たちも大きな財産です。

「駐輪場のスタッフを全員が引き受けてくれた」(2010.10.22)
「2010コラボかつしかまつりご報告」(2010.11.9)
「百聞は一見に如かず〜葛飾版社会起業塾」(2011.7.27)
「2011コラボかつしかまつり ボランティア大活躍」(2011.11.21)
「市民活動支援センター退職のごあいさつ」(2011.12.28)


4.葛飾での事業について

2012年ほぼ1年使って、葛飾で
社会的な事業を興そうと挑戦した記録です。

「かつしか希望の若者シンポレポート」(2012.4.6〜16)
「私のやりたいことと『勝手公共』」(2012.8.18)
「『葛飾散策劇場』始動!」(2012.9.11)
「『呑んべ横丁はしごツアー』も開始!」(2012.9.17)
「『立石働き方大図鑑』もようやっと始動!」(2012.9.20)
「2012年ふりかえり」(2012.12.31)


5.なぜか人気の記事

「山谷に嫉妬したくなるような名店を発見」(2009.2.3)
「葛飾区の河川が氾濫したら」(2011.6.2)
「日本人の仕事観に対する大きな疑問〜『仕事と日本人』を読む〜」(2011.9.27)
「東京シューレ中学校「大葛祭」で廃校利用について考える」(2011.11.16)
「祝!祝!祝!嬉しい!Cafeゆうじ屋オープン」(2012.3.6)
「灰皿を投げる演出家は今もいるのだろうか」(2013.2.3)
「協同労働の働き方の問題点」(2013.2.8)

地域の物語「生と性をめぐるささやかな冒険」女性編と男性編を観てきた

SPT_chiki_p_0217-1-724x1024

















どちらも「ささやか」では全然ない!
というのが、第一の感想だ。

3月26日(日)、世田谷パブリックシアター主催の
2017年度の地域の物語の発表会
を見に行ってきた。
(「女性編」のプレビューと「男性編」の長編)


今回は昨年に引き続き、テーマが「生」と「性」。
誰もが当事者であるのに立ち止まることがなければ、
またはきっかけがなければ、
誰もが当事者だとは思いづらいテーマである。
そして語るのに勇気がいるテーマだとも思う。
舞台では、参加者たちが自らの「性」を手掛かりに
ワークショップを通じて「生」について考えてきた様子が発表される。


まずは「女性編」。
「ゆきのおばあちゃんの話」がとても印象的だった。
おばあちゃんの遺品である、
90歳のときの日記を、舞台上で20代の女性(孫)が読み始める。
おばあちゃんは子どもを埋めず、
病弱だった弟の子どもを引きとって
自分の子どもとして育てたそう。
歳をとってなお、
「子どもを産まなかったこと」を自問自答していたり、
自分の行動の結果、生まれてきた孫娘を愛おしく思ったり。
とつとつと読む女性が祖母の葛藤と愛情を
そのまま引き受けているように見える。
数十年を超えた家族の物語とつながりが垣間見えた瞬間だった。
前年は「男性性」を強く意識した「女性性」が強く出ていて、
同時に怖さも感じた発表だったが、
今年度はいい意味で肩肘が抜けた分、
それぞれの人たちのメッセージが強く伝わってくる舞台だった。


次は「男性編」。
発表はシアタートラムから打って変わって、
稽古場Aに。
発表場所やワークショップの回数も鑑みて、
ある意味、後発で「女性編」のカウンターパートだと油断していたら、
あまりにも堂々とした発表で「女性編」以上に衝撃を受けた。
ゲイやトランスジェンダーの人、アブノーマルな趣味の人、
軽そうな若者からストレートな初老の男性まで
参加者が幅広い。
冒頭の「はぎさんのモノローグ」で出てくる
女性を初めて意識したという「フォークダンス」の話から、
舞台は参加者全員のフォークダンスのシーンに。
いきなりこれでやられてしまった。
全員が男性で、ペアになって手に手を取り合い踊る。
そして音楽に合わせて、パートナーを替えていく。
圧巻!
男性同士で踊るユーモラスさがありながら、
多様性を尊重することが表現されていて、見ていてとても心地よい。

さびしさを感じる男性が知り合いに
ただ「上にのってほしい」と頼み、
身体の上に覆いかぶさるシーンがあったり、
ひたすら「〇〇年〇〇回」
(その年のセックスの回数を暗示し、後でわかる)と叫ぶ人がいたり。
発表の仕方が自然体で自由。
また途中で出てくる異性とのエピソードも
すべて男性参加者?が演じるため、
性への見方もマヒしてくる感覚があった。


極めつけは、最後に出てきた「まんこにいさん」だ。
性同一性障害(身体は女性、心は男性)の20代の若者が
性別にとらわれてきた過去をふりかえり、
最後に「ただいまんこ」と言い放つ。
いやあ、すごいなあ。


両方を観た後、観る前とでは、
自分の「生」と「性」への距離が
あきらかに変わっていることがわかる。
そして、自分の歴史を誰かにしゃべりたくなっていた。


「ささやか」と書いておきながら、
「ささやか」では全然なかった発表会。
今年度は大いにだまされた。

「SHIBAMATA FU−TEN」に泊まってみて思ったこと

「柴又についに宿泊施設ができたんだってよ!!!」

そう叫びたい気分だった。
有名な観光地なのに、宿泊施設がない。
遅きに失した感もあるが、ついにできたのである。
葛飾区民として単純に嬉しい。
喜びついでに、地元の飲み仲間と行ってきた。
葛飾区の旧職員寮を改装したそうである。
内部は予想以上にオシャレで、快適だった。

IMG_1254











さてさて、内部はいろいろな人が紹介しているので、割愛。
強く思ったのは、柴又が周遊型の観光地から、
滞在型の観光地へとシフトできるかどうかが
問われているということだ。

周遊型では、数時間楽しめればいいが、
滞在型では、1日以上楽しむコンテンツがなくてはならない。
その準備が果たしてできているだろうか。
体験をふりかえると同時に課題を考えてみる。

〕漆をどこで調達するか

宿には自炊設備はあっても、食事はついていない。
そこで、私たちは食事を持ち寄ることにした。
待ち合わせは宿に19時。
用意がいいHさんは柴又駅前にある
「Pizzeria luna e Dolce」の
ピザを2枚予約していた。
「このお店、ミシュランにも載っているんだって」
と下調べも欠かさない。さすが!

見事、待ち合わせ時間に全員遅れてきていたので、
ピザを持ったHさんを誘って、
19時20分に居酒屋に入るという暴挙に出た。
入ったお店は駅前の「やきとり福茂」。
見事あたり!焼きそら豆をあてに生ビールを飲む。
IMG_1252









まさに幸せ。
入って10分後、
遅れてきたN夫妻から連絡があったので、
私はこのお店の焼き鳥とポテトサラダを
テイクアウトで持っていくことにした。
そして、飲み物と乾きものは近くのコンビニで調達する。
IMG_1264









正直に言うと、立石の仲見世商店街あたりで
総菜を買ってしまおうか迷ったのだ。
でも、せっかくなので、柴又で買う挑戦をしてみたかった。
19時でも買える店は少ないので、
時間が遅ければ遅いほど、
駅前のコンビニ頼りになってしまうだろう。
柴又の夜のお店、ぜひとも頑張ってほしい。

あと宿泊施設にはシャワーしかない。
お風呂に入りたい人は銭湯が遠い・・・。

朝食をどこでとるか

朝はNさんの通勤とNさんご子息の通学の都合で7時集合。
残されたHさんとNさん妻と私の三人は
朝食をとれるところを探すことにした。
あてにならないのは、Rettyというページ。
「柴又で朝食がとれる19店」と書いてあるのに、
後半のほとんどのお店は隣町、高砂である。
また7時から開いている店はなく、
高木屋は開いてはいたが、草団子の仕込みをしていただけで、
食べられるわけではなかった。
そこで、朝食をとれるお店をさがす。
駅前で2軒あった。

ひとつはコーヒースタンド。もうひとつはおそば屋さんである。

17360615_1337913419602543_1222465027_n








「煙草吸えます」と必要以上に大きく、
何個も書いてあるところが
喫煙しない私にとっては恐ろしい。
悩みに悩んだ末、コーヒースタンドに入る。

これが正解だった。
82歳のおばあさん(←そうは到底見えない)が
一人で切り盛りしているお店。
シンプルながらトーストが美味しく、居心地もよかった。

IMG_1281








正直言って、もう少し選択肢があると楽しい。
特に参道のお店、開けてくれないかな。

D食をとった後、どうするか

私たちが朝食を終えたのが8時過ぎ。
観光地に行くにも時間が早すぎるので、
柴又八幡神社の古墳探しを皮切りに、
住宅街を散策した。
私は用水路の上の道を発見したりで、
かなり楽しかったのだが、
さんざん歩かされた2人はお疲れのご様子。
高木屋さんでお茶休憩をして、
柴又帝釈天にお参りをしに行くことになった。
IMG_1287









その後、シクロポリタンタクシーに乗れればよかったのだが、
その日はあいにくお休み。
仕方なく、矢切の渡しに乗ろうということになった。
私の中ではこの体験が一番楽しかった。
川に囲まれた町、葛飾なのにもかかわらず、
葛飾で船に乗ったのは生まれて初めて。
とても新鮮で気持ちがよい体験だった。
IMG_1297












そして、せっかくなので、野菊の墓散策へ。
ひたすら畑の中を歩く。

IMG_1295








私は「野菊の墓」はDVDで見たことがあるが、
同世代は小説も映画も見たことのない人の方が多いだろう。
まして外国人は・・・。
特に「野菊の墓」の世界観が初心者でもわかるものもなく、
物足りなく感じた。
記念碑まで行き
帰りは三人でなぞなぞをして帰ってきた。

柴又帝釈天近辺以外にもう少し楽しめるコンテンツがほしい。
葛飾に広げれば、
水元公園や立石の居酒屋はしごなどがよいだろうか。

いずれにせよ、宿泊施設のスタッフには
外国人にせよ、日本人にせよ、ニーズに合わせた
高度なコーディネート機能が求められる。
そして、柴又地域では、
食事や娯楽のコンテンツの充実が課題だ。

宿泊施設ができたことを機に、変わるチャンスである。
大いに頑張ってほしい。

音声ガイド付き映画会を目をつむって楽しめるか

image1 - コピー
















目が見えない人はどうやって映画を見るのか。
その疑問を解明するチャンスがある映画会が
近所の立石図書館でありました。
今まで、図書館の映画会を見に行ったことはありません。
もし行くとしても、通常のレンタルサービスでは
見られないような貴重な作品をやっていたり、
作品を作った監督や出演者のお話が
セットになっていたりする場合だけでしょう。

今回は作品に特に興味があるわけでもなく、
スペシャルゲストがいるわけでもありません。

でも、行ってみたのは、
飲み仲間の原ミユキさん(通称ハラミさん)
葛飾で初めて音声ガイドをする上映会だったから!
当日行ってみると、会場は大盛況。
定員の50名を超える人でにぎわっていました。
しかも中には、盲導犬と一緒に来ている
視覚障害者の方も複数いらっしゃいました。
*ちなみに私の母親まで偶然いました(笑)

まずはハラミさんが
なぜ音声ガイドをやったかというお話。
以前会った視覚障害者に
「どの作品に音声ガイドがついていたらいいか」を聞いたところ、
「すべての作品」と答えたそう。
その方は「選ぶ自由」がほしいのだそうです。
確かに!
映画館だって、レンタル屋さんに行ったって、
健常者には選ぶ自由が担保されています。
視覚障害者にも、アダルト作品も含めて、
すべての作品が楽しめるように
配慮されている社会こそ、
成熟した社会だと思います。

会場の明かりが暗くなって映画開始。
ハラミさんの音声ガイドを信じて、
目をつむりました。
セリフを邪魔しないように
最低限のガイドが入ってきます。
特に重要なのは「形容詞」と「形容動詞」。
ここに言葉を選ぶハラミさんのセンスが出てきます。
以前、大学の映画の授業で篠崎誠監督が、
「好きな映画を繰り返し見るとき、
目をつむって音だけ聞いてみるのもよい」
と言っていたのを思い出しました。
確かに、ハラミさんの音声ガイドが
演出意図を鮮やかに切り取ってくれるシーンが何度もありました。
しかも他のお客さんの笑い声もよく聞こえます。
視覚的なもので笑っているのか、
それともシチュエーションで笑っているのか、
目をつむるとよくわかります。

約1時間強で終了。
音声ガイドをしたハラミさんに大きな拍手がそそがれました。

終了後、ハラミさんから。
「ポテチの意味、わかった?」と聞かれ、
「ポテトチップスの音が印象的だった」と的外れなことを言った私。
私に不満そうに意味を伝えてきます。
いやいや、それなりに楽しんだのですよ。

でも、今回わかったのは、
目をつむっての鑑賞も、それなりに経験が必要だということ。
ダイアログ・イン・ザ・ダークで、
慣れている視覚障害者が暗闇を案内するように、
楽しむコツがあるのだと思います。

不思議で楽しい視覚障害者体験の1時間でした。

ブログの目的と私の専門性

このブログを開設したのは、2006年3月のこと。
今は2017年だから、11年がたった。
細々とだが、これまで続けてこられたのは、
自分の考えていることを表現したい、
表現する場を持っておきたいと思ったからだ。


しかし、先日、知人にこんなことを言われた。
「最近、ブログが滞っているね・・・」


確かに。なぜ滞っているのだろう。
ふりかえってみる。


そもそもこのブログを作ったきっかけは、
2006年に私が水俣で
演劇ワークショップを住み込みでやりにいったことだ。
当時は現地の複雑な状況下で、
ワークショップの運営や
それを支える組織づくりをやっていたため、
出せる範囲で私の考えや本音を
伝えられる場がほしかった。
続けていくと、身内以外にも読者ができて、
大いに勇気づけられたものだ。

そして、葛飾に帰ってくると、
2007年以降は立石の再開発問題に
かかわるようになる。
一時は区役所の担当課にチェックされていた?
という噂もあるほど、
立石関連の記事が並んでいた。

そして、葛飾区市民活動支援センターに
勤め始めた2008年以降は、
立石と並行して、NPO関連の記事が増えてくる。

2012年は起業に挑戦したため、
立石・NPO・起業・演劇が
ごっちゃになっている。

そして、2013年、
こひつじデイサービスわが家に勤め、
現在に至る。


2013年以降、知り合った人たちは
私のことを福祉や介護業界の人だと思っている。
それ以前は、NPOの中間支援だと思っている人もいる。
自分の中でのベースは「演劇」なのだけれど、
そのこと自体を忘れ去られている可能性もある。
※自分自身も忘れている場合もあるけれど(笑)


さて、結論。

今はデイサービスの運営にどっぷりとつかっているため、
内部の情報や考えていることをなかなか外に出せません。
少なくともこのブログでは。
それが滞っている原因です。

でも、ここ数年、デイサービスで職員や地域の人たちと
演劇的な取り組みを始めることができ始めています。
「福祉+地域+演劇」という、私にしかできないことを
実践する場としてデイサービスを選んでいます。

もう少しラフな形で、完成度を求めず、
頑張って書いていきます。
今後ともよろしくお願いいたします。

2017年新年の抱負

明けましておめでとうございます。

どのぐらいの頻度で更新できるかわかりませんが、
本年もブログは続けていくつもりです。
お付き合いをよろしくお願いいたします。 

今年の新年の抱負は
「ワークライフバランスの実現」にします。 

詳しくは以下のことです。


…冥蟆雜郢業を安定させ、残業を減らす。

▲僉璽肇福爾叛婚。将来の家庭の基盤を築く。

1薹爐鮖箸辰特楼菠餝腑吋▲轡好謄爐鬚弔るイベントをする。


,皚△皀廛蹈札梗体は
かなり細かいことになるので、
ここでは割愛します。


私の夢は、当事者性を持って仕事や生活をすることです。
なので、現在の高齢者の通所施設も、
自分や家族が通うことを想定して
サービスをしたり、改善したりしています。

結婚すれば、しただけの課題がありますし、
それに伴い、仕事に比重を置きすぎる
生活のスタイルも改めなくてはなりません。


地域で豊かに暮らすためにはどうすればいいのか。
またそのために必要なものは何かを考え、
実践していく一年にしたいと思います。

は2015年「葛飾インフォーマルサービス・フォーラム&シアター」
2016年「最期まで暮らせる地域を一緒につくる交流会」
の延長の企画となります。
私の強みを存分に活かした事業をやって、
葛飾区ならではの地域包括ケアシステムづくりをしていきたいです。


以上、いい年になりますように、
楽しみながら頑張ります! 

2016年をふりかえる

訪れてくれたみなさま、ごめんなさい。
ブログの更新が半年以上も滞ったのは初めてです。

でも、今年をふりかえるために戻ってきました。

ブログに書くのは、不特定多数の人に向けて
公式に書くということなので、
フェイスブックに書く以上に
体力がいることなのだと思います。
頑張ります。 

 

今年はデイサービスで三つの加算をとった上に、
人事が安定せず、常に仕事に追われていました。
でも、思い切り駆け抜けた一年でした。


 

’知症を予防するプログラムをつくり、広げる。


自分でも書いていることですが、
これは大風呂敷を広げすぎました。
実際にできているのは、今まであるプログラムを言語化し、
認知症の人への有用性や対応の仕方を
説明できるようにすることです。
(まだ途中です。)
認知症の予防が科学的に実証できるような
プログラムをつくれたら、それこそ世紀の大発見で、
一介護職員が担えるようなものではありません。
これは来年、目標の立て方を少し変える予定です。


  

▲僉璽肇福爾鮓つける。


見つけました。4歳年下の方と
一緒に生活するために準備をしています。

※すみません。相手のこともあるので、
 ここでは深く書けません(笑)

 
 

寝る時間、考える時間を確保する。

これはひどかったです。寝る時間は4時間なんて日がざら。
全く変わりませんでした。
考える時間も、反射神経みたいに考えるときばかりで、
休日にもなかなかまとまってとれませんでした。
その証拠がこのブログの放置です。

イベントや事業をやっても、
報告やふりかえりがおざなりになってしまいました。

 



今年、一番印象に残ったのは、
私が勤めるこひつじデイサービスわが家で、
1123日に「最後まで暮らせる地域を一緒につくる
交流会(ワークショップ)」というイベントをやれたことです。

 

本当に忙しい中だったのですが、
デイサービスの職員、ご家族、サポーター、地域の人たち、
行政の担当者、各事業所の人たちと一緒に、
実際の問題を含んだお芝居を3つ作ることができました。
これは私の演劇の専門性と、これまでのネットワークが
合わさってできたような企画です。
全然違う立場の人たちが
ワクワク感を共有できたことで、
地域包括ケアシステムを
具体的につくる際の原動力になればと思っています。

 
 

思い返せば、来年への「布石」のような1年でした。
越えなければいけない壁や課題ははっきりしています。
来年は大きな勝負に出ます。
自分の人生を目いっぱい楽しみます。

 

みなさま、今年も本当にありがとうございました。

「卓球フレンチ」はあるものさがし!?

昨年10月。

居酒屋でNさんと飲んでいた時、

たまたまテレビでプロ野球をやっていた。


「そう言えば、Nさんってスポーツに興味があるんですか?」


Nさんとはイベントをしたり、飲食をしたりすることはあれど、

スポーツをやったことはなかったからだ。


ならば、「スポーツ」+「飲食」+「イベント」を

かけ合わせたらどうなるのだろうという

好奇心が湧き上がってきて、

こんなイベントをやることになった。



名づけて「卓球フレンチ」。

12640511_944455872299651_1415761358568495401_o














↑会場表記も「卓球フレンチ様」


ルートはこんなかんじ。

まず、私の勤めていた葛飾区勤労福祉会館で卓球をやる。

そして、駅までの帰り道にある

フランス料理店「ビストロサイジョウ」で、

フランス料理を食べる。


調べると「ビストロ」とはフランス語で「居酒屋」とある。

大衆酒場のメッカ立石で、

さすがフランス料理をやろうと思ったご主人である。

きっと気軽にフランス料理を楽しんでもらおうと思ったに違いない。
(と勝手に思う・・・。) 


なので、あえて「卓球」でさわやかな汗を流した後、

「フレンチ」を優雅に食べてみたくなった。

こんな楽しみ方ができるのは立石だけかもしれないからだ。


そして当日。

集まったのは子どもも含めて10人の男女。

中には遅くなってから参加できるけれど、

やはり「卓球」をしてからじゃないと、

「フレンチ」は食べたくないと

泣く泣く欠席をした方もいた。


image5 2













まずは適当にペアになって、打ち合いをする。

これが楽しい!!!

イベントやら、活動やら、仕事やらで

いつも顔を合わせている人たちだけれど、

一緒にスポーツをするのは初めて。

体を動かすことでテンションも上がり、

いつもとは違ったコミュニケーションをとっているかんじになる。

さすが卓球!さすがスポーツ!

クールな人が意外と負けず嫌いだったり、

ひねくれている人が意外と素直な卓球をしてきたり。

小学校で卓球クラブの経験がある私は

この中でも強い方だったらしく、

最後のトーナメント戦では優勝してしまった。

主催者なのに恐縮・・・。


12646648_944455348966370_9081824857184076269_o

















第二部は「ビストロサイジョウ」に場所をうつして、

フランス料理を楽しむ。

 image6














コースではなく、メニューを見て適当に頼む。

「マグロカナールロティ」なる

意味がわからないものを頼むようなかんじ。


美味しいお酒に美味しい料理。
初めての人たち同士の会話も自然と弾む。
 

12615368_944455948966310_8486276127427007792_o













ふとした瞬間、これって、

外部の人の目線を借りてやる

「あるものさがし」なんじゃないかなと思った。

今回の企画で身近に卓球場があることを知った人もいたし、

全員が懐の大きなフランス料理店が立石にあることを知った。

そして、新たな出会いもあった。


企画自体も「あるもの」と「あるもの」を組み合わせて、

結果的に楽しみが二重三重になった。


かかったお金も両方で4,000円ほど。

地域でお金をかけずにこんな楽しみ方ものできるのだ。


「スポーツ」+「食べ物」


次は「水球もんじゃ」か「相撲寿司」か「トランポリンゲバブ」か。

夢がふくらむ1日となった。

12628528_944455912299647_8770747048192385552_o

3/6(日)本番!新作が作れるか「姥捨山」

12034323_1633322876932776_5506233694344571891_o























変に思ったことは私なりのやり方で

落とし前をつけさせてもらう。


なんちゃって。


昨年、ひとつの紙芝居からオリジナル物語を作った。

時間がなかったので、製作時間は2時間ぐらい。


のほほんやというイベントの中で上演された

大人の紙芝居「金色夜叉」を見て、

持った違和感を自分なりに続きの物語にして、

発表してみた。

そしたら、すごく評判がよかったのだ。


尾崎紅葉の「金色夜叉」は

「来年の今月今夜のこの月を僕の涙で曇らせてみせる」と

貫一がお宮を蹴り倒すシーンが有名な物語だ。

お宮はお金に目が眩んで貫一を見捨てて、

富豪の富山との縁談を選んだのだ。


私は考えが書生っぽく、暴力をふるった貫一には

全く感情移入はできなかったけれど、

見た目を信じ現時的な判断をしたお宮と、

身分を利用してお宮をてなづけた富山には共感した。


なので、その後の二人の不幸と、

二人の想像を超える再生の物語を書きたかったのだ。

それが私なりの「続金色夜叉」である。

ちらっと紹介すると、

富山の第7夫人までが出てくる物語にになっている。


3月にこの話と新作「姥捨山」をやる予定だ。

「姥捨山」は山に捨てる風習がある村で、

母親を捨てられなかった息子が母の知恵を借りて、

国を救う物語だ。

私が持つ違和感は母親が知恵を持っていたから

国を救い、家に残ることを許されたのではないかということだ。


これでは、国を救えない、使えない人は

山に捨てるというロジック自体は

変わらないことになってしまう。


これは大きな違和感だ。

なので、国を救った母親が

認知症になった物語を書いてみたいと思う。

乞うご期待。


***********************************


「大人向け紙芝居上映会」


【日時】2016年3月6日(日)13:30〜16:00

【場所】金町地区センター4階和室で行ないます。

【木戸銭】500円(お茶、お菓子、くじびき付き)

【主催】のほほん屋


観客に笑いと明日への活力を与え、

大好評に終わった福原忠彦氏上演の

オリジナル紙芝居「続金色夜叉」。

氏が新作を引っ提げて、再登場!

今度は会場に何を巻き起こしてくれるのか!?

乞うご期待!

紙芝居上映後には

「私の昭和本」を自由に楽しめます(参加費無料)
よろしければ、あなたも「昭和を感じるおすすめの1冊」をお持ちください。


福原 忠彦(ふくはら ただひこ) さん

通称ふっきー。企業組合演劇デザインギルド所属。
「立石呑んべ横丁物語」「葛飾散策劇場」
「葛飾インフォーマルサービス・フォーラム&シアター」等、
演劇を使って、地域の課題を考え魅力を伝える催しを多数実施。
のほほん屋で、去年、冗談で作った
「続・金色夜叉」が好評だったので、調子に乗って二度目の挑戦!


ぜひお越しください。

メールでも参加受け付けています。

nohohonya.2015@gmail.com

自分が認知症になったら〜『認知症になった私が伝えたいこと』を読んで その1〜

ここ1年、このことをずーっと考えています。

なので、最近は人にも質問しています。

「あなたは認知症になったら、どうなると思いますか?」

 

すると、「徘徊すると思う」とか、
「好きなことしかやらないんじゃないかな」とか、
「人に厳しいかも」とかけっこう面白い答えが返ってきます。

 
 

なぜ私がそう考えているのかというと。

デイサービスの仕事で関わる認知症の方々の
生活をどう成り立たせるかを考えるとき、
自分自身のことをイメージしないと
当事者性が持ちづらいからです。
別の言葉で言うと、距離を持って
相手をサポートするためには
自分の中に必然性や理由、想いが必要だからです。



 そんなとき、よい本に出会いました。

 『認知症になった私が伝えたいこと』佐藤雅彦著


 

 

佐藤さんは45歳のとき、
仕事の会議の議事録が書けなくなったことをきっかけに、
徐々にいろいろなことができなくなり、
200510月に51歳で
アルツハイマー型認知症の診断を受けます。
そして、2006年に25年勤めた会社を退職します。

 

「はじめに」に書かれた言葉はすごく勇気をもらいます。
 

 

認知症になると、たしかに不便ですが、けっして不幸ではありません。自分がどのように生きていくかは、自分で決めて、自分でつくることができるのです。

 
 

施設入所しか道がないと考えていた
彼が悩みに悩んで気づいたのは、

「自分のマンションに戻って、一人暮らしを続けたい」
という自分の欲求でした。
そこで、三つのことを実行していきます。
 

  生活の中の自分の不自由を具体的にメモし、
自分なりにできる工夫をすること。

  散歩したり、楽しいことを見つけて出かけたりすること。

  認知症当事者の会に出ていくこと。

 

う〜ん、すごいとしか言いようがありません。
 

  は日常生活の課題を設定と対策。

  は体調管理と自分のQOL(生活の質)の向上。

  はピアカウンセリングを兼ねたネットワークの構築。

 

たとえ、認知症になったとしても、課題をクリアし、
前向きに生きていくことは可能なのです。
さらに佐藤さんはこんな言葉も紹介しています。


 

あきらめだって、ひとつの「希望」になるのです。


 

私たちはついつい自分の「できること」だけに
目を向けがちですが、
「できない」と自覚しあきらめることで、
何かを工夫したり、人とつながったりする
可能性も出てきます。
それは認知症の方ゆえの優先順位をつけていくことであり、
高度な生存戦略に他なりません。

私は佐藤さんの本を読んで、
ビジネス書を読んでいる錯覚に陥りました。
というのも、課題があって、仮説をたて、分析をし、
実行をしていくというプロセスが
同じのように感じられたからです。
認知症の当事者がここまでできるなんて。

 

自分が認知症になったとしても、
いろいろな可能性を想起させてくれる
貴重な本に出会いました。

♪ラブ・ユー立石(先輩&友人柳田さんの人気ブログ)
Profile
Recent Comments
Recent TrackBacks
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

  • ライブドアブログ