ふっきーの演劇ワークショップ日誌

演劇ワークショップと言ってもいろいろ。自分の考える「演劇」や「ワークショップ」を、現場だけでなく率直な言葉で発信していきたいと思い、このブログを作りました。が、最近は地元葛飾区立石の関係の発信が多くなってきております。

July 2006

競り舟見られず

24fb4e9b.JPG今日は年に一度の競り舟の日です。地区ごと、団体ごとに舟を出し、早さを競うそうです。水俣ではとても大きなイベントだそうで、そのために、ワークショップの予定も変更しました。
お昼に、会場の水俣川の下流の橋を車で通ったときには、いよいよという雰囲気だったのですが、一度家に帰るとぐったり。再び、モチベーションを整えて、3時前に行くと、もうすでにあとかたもなく、いつもの川の雰囲気に戻っていました。これが本当のあとの祭りです。
はあ、ついていない。

ハードな一日

a684d27b.JPG今日は精神的にとてもハードな一日でした。

朝一でメールチェックをする
→急遽、鹿児島空港まで港さんを迎えに行く
→港さんびっくり
→レンタカーを借りて出水まで
(さつま町、出水市など水害の被害地域の様子がつぶさにわかります。港さんはゴーストタウンと表現していました。本当にひどいです。)
→港さんの運転にびっくり→出水で自分の車を拾う
→昼食、魚料理、港さんにおごってもらう→港さんは詩人の季村さんと待ち合わせ
→自分はほっとはうすのサマーフェスティバルに顔を出す
→アサヒ・アートのことで主催者と緊急打ち合わせ→一時帰宅、ぐったり
→港さんと季村さんと合流、もやいホールへ会場の下見
→喫茶店で季村さんにおごってもらう
→ミーティングと思いきや、夜市のコンサートへ
→そのあと、飲み会へ→港さんは飲み会に出ずに帰る
→11時終了、恋龍祭の総踊り参加できず・・・

写真は夜市のコンサートでウタサガシ★ライブに参加する光山さんがうたっているところです。
はあ、疲れた。

やっと話してもらった!!

今日は、自分にとって、とても大きなことがありました。
いままで、毎回ワークショップがあるごとに、その内容を伝える新聞をいろいろな場所に配っています。しかし、ある施設ではほとんど相手にされず、最近ではその施設に行くのもいやだなとさえ思っていました。(一度は「(10部わたしたところ)1部でいい」と返されたこともありました。)しかし、今日はいつもと雰囲気が違いました。

なんと相手から話しかけてきてくれたのです。天気の話や、先日の水害の話から始まり、今回の50年事業の話になりました。
一昨年の能不知火のイベントで力を出し切って、しばらくイベントにかかわるのはよそうと思っていたこと。今回、50年に一度みたいに一部で盛り上がっているが、自分たちには一年一年が大事で同じようにはとても盛り上がれないこと。50年だからということでなにかをするというのではなく、逆に沈黙することも表現になると思っていたこと。もしなにかやるのであれば、毎回同じ人ではなく、新しい若い人たちが出てこなければ意味がないと思っていたこと。外から熱意のある若者(←私?)が入ってきてくれるのはうれしいこと、などを話してくれました。
そして、演劇ワークショップのことや自分たちの目的を話すと、とてもうれしそうに聞いていただきました。
結局、電話がかかってきたので、話の途中で退出することになったのですが、はじめて話ができたうれしさで、飛び上がらんばかりの気持ちで帰ってきました。

最近では新聞を置きに行くと、どの場所でも必ず立ち話になります。お茶をいただいたりして、予想外の時間をとられることもしばしば。参加はしてくれないまでも、応援してくれる人が大勢いることは、水俣で自分が活動する上で大きな支えになっています。

悪しき民主主義より、いい独裁を目指しなさい

久々にYさんとお話しました。
今日は「悪しき民主主義より、いい独裁を目指しなさい」という言葉をいただきました。なるほど、まさに民主主義の弱点をついた言葉です。
なんでも話し合って、多数決で決めればいいものではない。大事なことは、信頼できるひとりに任せることも大事。要は、そのひとりが間違ったことをやったなら仕方がない、というくらいまで本当に信頼されているかということでしょう。
演劇の作り方も似たようなところがあります。もちろん、ワークショップの仕方も。水俣ではワークショップの運営の仕方も。
一歩間違うと、ワイマール憲法後に、ナチの独裁政治があったようなことが起こりうるのかもしれません。含蓄の深い言葉です。

はじめての出前ワークショップ

5b68a8f5.JPG今日は朝から花作り管理事業所で、出前ワークショップをおこなってきました。
本編のワークショップは「胎児性水俣病患者・障がい者の想いを伝える創作舞台芸術」という名前がついています。そのため、多くの患者や障がい者の人に参加をしてもらいたいと考えているのですが、水俣ではいろいろな事情でなかなか参加できない人たちも多いという現状がわかってきました。ならば、こちらから施設や団体に出向いてワークショップを行い、関心を持ってもらおう!ということで、出前ワークショップをやることになったのです。
とは言っても、こちらから出向いておこない、さらに参加したい人が参加をするわけではないので、いつも以上に制限があります。まずは参加者の負担にならないこと。次に、施設や参加者のニーズに対応することです。

今回いただいた時間は朝のミーティング時の15分。炎天下での作業が待っているため、疲れずに眠気を覚ますようなものをということでした。
そこで考えたのが、顔のストレッチ。からだのストレッチはやっても、顔はあまりやらないんですよね。ふつうの人は。顔のやわらかさは気持ちを表現する上で、とても大切なのですが。

簡単にからだを動かしたあと、顔のストレッチに入ります。お手本で顔を開いたり、閉じたりすると、それだけで歓声が。自分でやる恥ずかしさも手伝って、笑う人も続出。そう、笑うだけでも柔軟になります。何種類かやったあとは、喜怒哀楽を顔で表現しました。笑顔、怒った顔・・・と、これは難しかったようで、途中で断念。最後に、みんなで大きな声であいさつをして、帰って来ました。

短時間ですが、こういう形の交流も地道にやっていけたらいいなと思っています。

久木野中学校に棒踊りの練習を見に行く

4ded07b8.JPG夜は、再び久木野に棒踊りの練習を見に行ってきました。今回はIさんの撮影に同行したというかんじです。

こないだとは雰囲気が違い、今回は二つのグループに分かれて練習をしています。話を聞くと、小学生は寒川の棒踊り、中学生は日当野の棒踊りと別々の踊りを練習しているところだそうです。だから、中学生は全員、小学生のときに習った寒川の棒踊りを踊れるということでした。

大人がああでもない、こうでもないと真剣になって、子どもに踊りを教えています。もちろん、習う子どもも真剣そのものです。教えているのは棒踊りの保存会の人たち。先生でない地域の人たちが入って、地域の踊りを教えるというのはいい文化だなと思いました。

そのうち、親に連れてこられた小さい女の子ふたりが棒を使って、棒踊りの真似事を始めました。そのしぐさは不恰好なのですが、女の子の棒踊りに対する憧れみたいなものが伝わってきて、ほほえましく思えました。

8月19日のウタサガシ★ライブには棒踊りの発表もあります。いろいろな事情があって、当初の目的とは微妙に違ってきてはいるのですが、こういう思いがけない出会いもあり、とても楽しみです。

昼間からエッチなうたを♪

5d27d0bb.JPG8月19日にもやいホールでウタサガシ★ライブがおこなわれます。今日の午後はそのためのうたさがしに行ってきました。県境の袋にあるMさんのお宅に、胎児性の人たちや施設の職員、撮影をしてくれるIさんに自分を含め、計8人がうかがいました。大所帯です。

Mさんはとてもユーモアあふれる方で、ふたつのうたを披露してくれました。
まずはじめに土突きうた。家をたてるときに、土台となる地盤をかためるときに、大人が棒のようなもので地面をつきながら、歌ったそうです。その内容のあけっぴろげでエッチなこと。

     ばあさんが小便すれば すずめが笑う よいよい 
     一羽 二羽 三羽 やっこら しゃばしゃば

     娘17,8 電車に乗る
     はやく乗らねば やっこら 人が乗る

     娘17,8 電車の車掌 よい
     通るで やっこら 前あけろ

     わたしとあなたは すりこぎよ
     すればするほど やっこら すがる

はっきりと聞き取れないところがあるので、違う部分もあると思いますが、とりあえず一部を。自分も調子にのって思わず「いい家が建ちそうですね」と言ってしまいました(笑)。

続けて亥の子餅うた。むかしは亥の月(10月)の亥の日、亥の刻(午後9時頃)に多産で丈夫な猪(イノシシ=亥)にあやかろうと、その姿を模った餅を食べ、子孫繁栄、無病息災を祈る行事があり、子どもが地域の家々にお餅をもらいに行くときにうたったそうです。 

     ここでひとつ 祝いばしよう
     亥の子餅 子持ち くれるもんなら ●●だって ●●
     ●●はえた ●● わっしょいわっしょいわっしょい

     よんでこらった嫁ご ●●ふんで足袋ふんで
     股割り柿の種 ひっちゃげて・・・

うーん、方言が多く、録音状態も悪く、しかも笑い声が混じっていたりするので、聞き取りにくい。断念。(●●はすべて卑猥な言葉が入るわけではなく、聞き取れなかった箇所です。入っているところもあると思うけど)このあと、昼間からみんなで「柿の種」について盛り上がりました。

これらのエッチなうたは、学校の先生によって歌詞を替えられたりしたそうなのですが、Mさんの地域までは及ばず、エッチな歌詞のまま伝承されていたということでした。(なんて余計なことをする先生がいたんだ!!)地域で、エッチなうたがちゃんと性教育の役割も果たしていたんですね。大人と子どもが唄を通じて、性の楽しさ、大らかさを共有できる文化があるのは、うらやましいことです。どうしてなくなったのか、いまはこういう文化の代わりになっているものはなんなのか。真剣に考えるととても怖い気がします。(現在では、多少ジェンダーの問題に触れる箇所があるかもしれませんが・・・)

うたさがしの魅力を満喫できました。

どうにも止まらない〜♪

最近、ちょっと太ったような気がしていました。なので、お昼休みにその話題を出したところ、人から総合体育館(←先日避難したところ)のトレーニングルームを勧められました。なんと300円で使えるそう。都会のジムに比べれば、破格の値段です。
そこで、夕食後に行ってみることにしました。ところが、そこでは室内シューズが無いと機具が使えないらしいのです。受付の人に「バランスボールだったらできますよ」と言われました。でも、ひとりバランスボールだけやっていてもね。周りの人からよほどバランスボールが好きなのかと思われるし。ひとりで黙々とバランスボールをやっているのはどこか間抜けだし。
本日はトレーニングルームを使うことを断念して帰ることにしました。しかし、一度動かそうと思っていたからだの欲求は抑えられません。結局、そのまま自転車で、市街を回ってしまいました。夜の町をぐるぐると回ること1時間くらい。帰宅をすると、次にからだを伸ばしたくなったので、ストレッチを始めました。確かに、使っていない部分の筋肉が硬くなっているのがわかります。筋肉がほぐれてきたところで、次は無性に走りたい衝動にかられました。そこで、水俣川沿いを軽くジョギングしに行くことに。自分の体重を足に感じて、足の裏では地面の抵抗を感じて。久しぶりにていねいに地面と対話をしている感じがします。(最近、車での移動に慣れきっていたからなぁ。)30分ほど、地面と心地よい対話を楽しみました。帰ると、なんだか身体中がほてって楽しくなってきていて、勢いで腕立て、腹筋、背筋、ストレッチをやってしまいました。それが終わる頃には、汗を激しくかいていたので、そのままシャワーを浴びようとしたのですが、ゆっくりした動きも試したくなり、なんちゃって太極拳に突入しました。
かなり充実した運動ができました。これが毎日できればなぁ。

演劇デザインギルドってどういう意味ですか?

fbdb43b9.jpgと、人から聞かれました。昨日のことです。
恥ずかしながら、自分としてはうまく答えられませんでした。さらには、知り合いにまでフォローされる始末。いやぁ、ほんと恥ずかしい。でも、名前を決めるときに、これを提案したのは花崎さんだし。(と言い訳を。)
そこで、成沢さんが書いてくれた説明を読み返しました。

<名称由来>
 演劇は人々があらたな認識を獲得するための道具です。
 楽しみながら、おもしろがりながら、からだを動かし、頭を働かせて、現実や自分たち自身を表現してみる。そして、そこで発見されたことを表現して他の人に伝える。
 「演劇デザイン」とは、そうした演劇を成立させる環境を設計するという意味です。
 「デザイン」とは人々が集まり作業する際の進行方法や場の作り方を含めた方法の工夫を指し、ギルドは、その方法の職人仲間という意味です。

(ちなみに写真はメキシコで演劇をしたときのものです。この説明文のところにいっしょに使われていたのでのせてみました。)

なるほど。演劇を道具に、現実や自分たち自身を表現してなにかを発見する。その発見を伝えるための演劇を成立させる環境を設計するのが「演劇デザイン」ということですね。
とするならば、自分がいまやっているワークショップはもちろん、サポーター集めや、参加者集め、参加者・関係者からの情報集め、人つなぎ、関係調整、場所取りなどは、すべて「演劇デザイン」ですね。なにせ、発表やワークショップの成立に向けての環境を整えているわけですから。
そうか、自分は毎日演劇デザインをしていたわけか。なんだかいいな。かっこいいなぁ。次からは「なにをしているんですか?」と聞かれたら、自信を持って「演劇デザインをしています」と答えようと思っています。いかがでしょう。

ちなみに演劇デザインギルドのメンバーは6人。日々、演劇デザインをしている?人たちです。

あるリポーターの質問

はじめて集中豪雨のニュースを見ました。いろいろな人から、水俣のことがテレビで報道されていると聞いていたのですが、自分の家にテレビがないので、ふだんはテレビとは無縁の生活をしています。隣の出水市や水俣の山のほうの浸水の映像がうつるたび、改めて怖さを感じました。

あるテレビで、ちょうど水俣と県境にある大口の避難所の様子をうつしていました。年配の人も多く、見ていてもつらそうな様子が伝わってきます。リポーターがひとりのおばあさんに取材をしていました。
「眠れますか?」
「眠れません」
「早く家に帰りたいですか?」
「帰りたいです」
その質問はどういう意味でしょう。おばあさんからなにを引き出そうとしているのでしょう。表情でしょうか。雰囲気でしょうか。答えはわかっています。「よく眠れます」とか「避難所のほうがいいです」なんて答えるわけはありません。(特に、避難を経験してしまったので気持ちはわかります。さらにお年寄りだったら、なおさらつらいだろうということも)
取材をするというのは、まずは自分が知るということ。さらにそれをどう捉えたかを伝えるということだと思います。自分にはこのリポーターがなにを知りたかったかが見えませんでした。テレビの前にいる曖昧模糊な視聴者ではなく、目の前のおばあさんとちゃんと向き合ってほしいなと思いました。
(でも、昨日の総合体育館のようなほのぼのした雰囲気のところは映像には使えないのでしょうか。マスコミの目的や意味なんぞに思いをはせています。)
♪ラブ・ユー立石(先輩&友人柳田さんの人気ブログ)
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