ふっきーの演劇ワークショップ日誌

演劇ワークショップと言ってもいろいろ。自分の考える「演劇」や「ワークショップ」を、現場だけでなく率直な言葉で発信していきたいと思い、このブログを作りました。が、最近は地元葛飾区立石の関係の発信が多くなってきております。

February 2007

金夜コース 第四回2

実際の川を題材に芝居を作るというグループに同行する。
早く打ち上げに顔を出したいという思いをのぞけば、町歩きは楽しい。

「ワークショップで三軒茶屋の町歩きは何度かしているんですけど、
夜ははじめてなんですよ」
「じゃあ、デビューですね」
「?まあ、そうですね」
「じゃあ、ただひこさん(←今回のWSネーム)のデビュー祝いということで一軒行きましょう」
男性の参加者との会話。どう考えても変な展開である。
いつもお酒をひとりで飲んで帰る彼は、みんなでお酒を飲みに行きたかったらしい。

「あたしは帰ります!」若い女性参加者からはっきりとした一言。
自分も「今日は打ち上げがあるので」と遠慮させてもらう。
彼はちょっとさびしそう。申し訳ないけど。

夜の緑道を歩くのは楽しかった。
実際にマンホールの下を水が流れる音が聞こえてくる。
「みんなで音を聞くシーンは演劇にできるんじゃない」
「匂いは?」
「けっこうくさい」
「でも、そこに公衆便所があるよ」
やはり素材が具体的なのはいい。みんなの声が生き生きしてくる。
自分も参加者にまぎれて楽しませてもらう。
途中、緑道沿いのマンションの駐車場で鳥居を見つけ、
ついつい先頭に立って寄り道をする。
自分の後ろを何人かの参加者がついてくる。
水神さまかと思ったのだ。
駐車場に入り、ロープをまたいで不法侵入をする。
暗かったので具体的なことはわからなかったのだけれど、
場違いなほどに古い鳥居と小さい神社。
なぞだけど、やはり楽しい。そればかりだ。

これがどのように芝居に反映されるかわからないけど、
それぞれ楽しんでくれたようだ。
仕事を終えて、二軒目で飲んでいるという打ち上げ組に合流する。
拍手でお出迎え。いやいや長い一日でした。

金夜コース 第四回1

ゴールドスミス分校における芸術家のためのコースという、
長いタイトルのワークショップが終わるやいなや、
同じ会場で自分が進行アシスタントをつとめる地域の物語ワークショップがあった。
すぐさまワークショップを受ける側から進行する側へ。
劇場側の人も自分もこのスケジュールはちょっと酷だ。
だって、みんなは盛り上がったまま、打ち上げに向かっているのに。
別れ際、いろいろな人に「がんばれ」と声をかけられる。
ついていきたい気持ちを抑え、
いったん劇場を出て軽く食事を取りながら気持ちを切り替える。

本日はグループ作業が中心の日だった。
さっそく、自分がふたつほどゲームを進行させてもらう。
こーたさんもフォローしてくれたけれど、いままでとは違った意識でできた。
でも、まだまだ。技術が未熟な上、進行に余計な自意識がつき始めている。
どうやって落とすかが当座の課題である。

三つのグループに分かれての作業。
それぞれのグループで、芝居作りに向けて話し合いが始まる。
基本は参加者がやることがのぞましいから、自分たちは進行することはしない。
歯がゆいときもあるのだけれど、必要なときにだけ必要なことをする。
見ていると、それぞれのチームの雰囲気がわかっていておもしろい。

終盤間際、ひとつのグループが散歩をすることになった。
近所の蛇崩川緑道を実際に歩いてみようというのだ。
こーたさんから「行ってくれば」と水を向けられる。
確かに町歩きは大好きだし、
そこで発見したことを芝居にする場合、
いっしょに行っておいた方が具体的な意見が言える。
でも、今日は前のワークショップの打ち上げに一刻も早く行きたい。
そんな葛藤はそっちのけで、グループの人は出発の準備をしている。
結局、着いていくことになった。

ゴールドスミス分校 ワークショップ三日目〜だれに見せるか〜2

自分たちのグループは芝居作りの速さについていくのが精一杯で、
いつの間にか焦点がずれてきてしまった。
つながらない人をネットで救済するということに話の展開が行きすぎて、
実際にどんな問題が起こっているかを掘り下げることができなかった。
だから、描写が中途半端なものになってしまったと思う。
素材が生のものを扱うときの怖さはそこにある。
情報不足を個人のイメージや物語の構成で補おうとするあまり、
見た目はよくても浅いものができてしまう可能性があるからだ。
短時間であっても、問題の根っこをつかまえ、
その中で自分の立場でできることをしなけらばならない。
男性だからと割り振られた、ネット環境でつながれない母親の夫役は
自分にとって想像しがたく、短時間で演じるには少々きつかった。

この日はほかのグループの発表のしかたに収穫があった。
人工授精の問題で賛成と反対で場所を移ってもらったり、
赤ちゃんポストからあぶれた赤ちゃんを観客に預けたり。
それぞれに観客を巻き込む方法に工夫があり、新鮮だった。

四日間で学んだことのすべては書ききれないのだけれど、
どの日の作業も現在の自分を改めてふりかえる上でとても勉強になった。
ワークショップをするだけでなく、
ときには違うワークショップに参加することは健全だと思った。
機会を与えてくれたパブリックシアターや、
実際にワークショップを進行したクリッシーとディディに感謝。

ゴールドスミス分校 ワークショップ三日目〜だれに見せるか〜1

三日目は、それぞれが関心のある新聞記事を持ってきて、
グループでそれをもとに芝居作りが中心のワークショップだった。

自分は朝日新聞の「公共事業は『宝』を破壊する」という特集記事を持っていった。
広島県福山市の鞆の浦港に公共事業でバイパスの道路が作られようとしており、
それに反対する住民が主体となって、
歴史的な建造物や港の保全運動がされているという記事である。
立石の再開発の問題とも重なってくる。
集団で演劇にするには視覚的で具体的な情報が少なすぎるとは思ったが、
それ以外のものは持っていく気になれなかった。
みんなは興味を持ってくれたけど、案の定演劇にしづらい。
というわけで、自分たちのグループは
「子育て支援ドットコム」という記事をもとに芝居作りをすることになった。
その記事の内容はというと。
現在、子育てをする若い母親を支えるような地域のつながりがなく、
それを支援するインターネット環境の整備がすすんできたというもの。
最初、全員で相談なしに記事から受けた印象をもとにひとりずつポーズをとり、
一枚の静止画を作る。
ひとりの人が思いついたイメージをもとに、
次の人が立体的な構成と物語を考えて、順番に絵に加わっていく。
最後に全体で記事の内容が伝わるようにするのだ。
みんなはネット環境でつながっている人たちを演じたので、
逆に自分はネット環境から取り残された人を演じた。
記事は肯定的に書かれていたけれど、パソコンを使えない人は現実にいるし、
その人たちはどうするのだろうと自然に思ったからだ。
当然、その後のグループの作業では、つながれない人のことが問題になった。

ディディから段階をおって具体的な注文が入る。
「だれを対象に劇を見せたいか考えてください」
「観客を劇の中に組み込んでください」
劇を単なる劇で終わらせないための注文。
アウグスト・ボワールの「『観客』は悪い言葉だ」という言葉が頭に浮かぶ。

ゴールドスミス分校 ワークショップ二日目〜演劇はすごい!〜2

参加者はめいめい、個人の印象深い体験を絵に描いたり、
身体表現をしたりして見せ合う。その都度、ディディのこまかい指示が入る。
かなりの早さ。着いていくのが精一杯である。
考える間もなく、与えられた課題をこなしながら、
徐々に集団での創作作業になっていった。

人の話もそれぞれの想いがつまっていておもしろい。演技から体温が伝わってくる。
でも、グループで選ばれたのは自分の小学5年生のときの話だった。
まずはグループ内で質疑応答の時間。自分はほかの人から質問を受ける。
自分ではあたりまえだと思っていたことが人にはあたりまえではない。
客観的に見えなくなっていたのだなぁ、と思う。
例えば、グループの三人はその先生が女性だは思わなかったみたいだ。
さらに彼女が身体障害者であったことも。
腰が原因で身長が伸びない障害らしかった。みんなから驚きの声が上がった。
弱者としてのコンプレックスのしわ寄せがもろに子どもに向かったのかもしれない。

次は配役である。四人でだれを演じるか。
物語を構成する役は、殴られた子ども、先生、それを見ていた友だちふたり。
グループの人の提案で自分は先生を演じることになった。
まずは集団で劇を作る前に、物語上、個人がどのような時間を過ごしていたかを
ひとりひとりがからだと声でたどっていく。
自分は教室に入る前から先生の物語を始めることにした。
やってみて思ったのは、
いままで先生の気持ちなんて考えたことがなかったということ。
自分が演じた先生は必要以上に子どもを恐れていた。
教室に入るまで怖くて怖くて仕方がなかった。
自分たちがあんなに恐怖を抱いていた先生がこんなにも弱い人だとは思わなかった。
結局、ひとりの作業では教室に入ることができなかった。
自分の中でなにが起こるかわからず、怖かったからだ。
グループ内で見せるときになって意を決し、なにも考えずに演じる。
とにかく仲間を信じてやってみようというかんじ。
ここまでかなり丁寧に作業をやっているので、大胆に表現をすることができた。
特に殴る箇所は。
グループの人たちからは当時見たことを忠実に再現しているみたいだと言われた。

その後は集団創作。やはり集団で立体的な演出の目が入ると楽しい。
物語で見せたい箇所が自然に整理されてくる。ここでも新たな発見があった。
殴られた自分だけでなく、それを見ていた友だちも同様に傷ついていたことだ。
いや、むしろ殴られなかった分、強く傷ついていたのかもしれないと思った。
だから、グループの演出では殴られる子どもとそれを見る関係が
わかりやすくなるような見せ方を考えた。
殴られる側と見る側が先生を間に対照的になるようにした。
言葉よりも子どもたちの目のやりとりを見せたかった。

全体での発表のあと、何人かの人たちから感想をもらった。
「すごくよかった」「つらい話を提供してくれてありがとう」
自分自身、虚構だけれど仲間の中で実際に先生の物語を生きたことは大きい。
あれだけ嫌いで、考えるのも嫌だった先生をちゃんと受けとめることができた。
いまなら彼女とも大人として話ができると思う。やっぱり演劇はすごい!!

ゴールドスミス分校 ワークショップ二日目〜演劇はすごい!〜1

二日目は、個人的な体験をどうやって集団での芝居作りにつなげていくかが
中心のワークショップだった。
本日のワークショップは自分にとって、とても大切な発見を伴う「旅」だった。
そのことを書こうと思う。

まずは個人作業。自分の人生の中で印象深い体験を思い出し、
その記憶をからだや声で表現してみる。自分は小学5年生のときの体験を選んだ。

以下は、自分が小学五年生のときの体験である。
新学期でクラス替えがあった4月。5時間目の授業が始まろうとしていた。
クラスのほとんどの同級生が昼休みの興奮冷めやらず、
先生が来ないのをいいことに遊んだり、騒いだりしていた。
子どもならあたりまえの風景である。でも、そのときの担任の先生は違った。
教室では、子どもたちの想像をこえることが次々と起こっていった。
彼女は自分たちの騒々しさを見るなり怒号をあげ、全員が席の前に立たせられた。
一瞬にして、嬌声は異様な緊張感と静けさに変わる。
彼女がとった行動は見せしめだった。
かつて学級委員や代表委員などをやったことのあるリーダー的な子どもが5,6人、
みんなの前に呼び出された。リーダーが注意しなかったことが悪いらしい。
そして、その5,6人がクラスの代表で次々とビンタを受けた。
その中に自分もいた。ひたすら怖かった。
「明らかに間違っている」と思ったけど、声が出せなかった。
それが彼女が担任になったあいさつだったのだろう。
かなり長い時間だったことは覚えているけど、
自分が殴られた後、どうだったか記憶がない。
圧倒的な暴力を前に人生で一番屈辱的な出来事だった。
みんなで一時間近く立ち続けた。いまから考えれば軍隊みたいだ。

その後の二年間、自分も含め子どもたちは去勢された。
彼女の言いなりになり、秩序だったクラスが作られた。
親たちの評判はすこぶるよかった。
自分はそのクラスで彼女に気に入られ、生徒会長にもなった。
二年間で人から求められることを提供する技術を磨いた。
同級生ともうまく折り合う、嫌な子だった。
でも、常に罪悪感があり、早く中学生になりたくて仕方がなかった。
小学校を卒業してからも彼女の影響は思いのほか強く、大学で演劇と出会うまで、
自分自身の本当の想いが開放されることはなかったと思う。

ゴールドスミス分校 ワークショップ一日目〜参加者の立場〜2

当初、自分は気恥ずかしかった。なにせワークショップである。
同じようなことをやっていたり、めざしていたりする人たちの前で
自分をさらさなければならない。しかも会場の世田谷パブリックシアターは
自分が仕事をしている場所でもある。
表向きはとりつくろいながら、内心かなりやりにくいなと思った。
だから、始まる前は人にどう見られるかで、からだが硬直していた。
ぎこちなかったと思う。

ワークショップに入ると意識がひとつひとつのことに集中していく。
自然な形で表現の機会が与えられ、進行役のディディは的確に拾っていく。
そうそう、自分は純粋にワークショップを楽しむ参加者に簡単になれるのだ。
しかし、今回は目的が違う。楽しむことと同時に、
自分の中で起こった気持ちの変化を全体に提供しなければならない。
能の「離見の見」だ。役に憑かれている自分を離れて見る自分。
役者として必要な能力である。

初日で自分が学んだのは、エクササイズを用いる必然性を
進行役がどれだけ理解できているかということだった。
自分はいままで忙しさにかまけて、必要だとわかっていながら
ひとつひとつのエクササイズを検証する時間を持っていなかった。
だから、実際の場でそれらを効果的に使えていなかったのではないかと
改めて反省した。

また自分自身が緊張していたように、みんなも緊張していたことがわかった。
初日はどんなに慣れている人でもだれしも緊張する。
進行役はその緊張を解きほぐすために必要なことをすればいい。
目新しいことよりも、着実なことだ。
ワークショップでは目新しいことはおそらく個人の中にある。
進行役はそれが生まれるように、産婆役に徹しなければならない。
細かく気づいたことはもっとたくさんあるのだが、それは自分の中に。
進行役としてもっともっと習熟しなければと心から思った一日だった。

ゴールドスミス分校 ワークショップ一日目〜参加者の立場〜1

本日はエクササイズから演劇作りに至るまでのワークショップの一日を
参加者として体験、過程をていねいに検証していく日だった。
講師のディディはワークショップを説明するのに「旅」という言葉を使う。
個人で体験する「旅」とみんなで体験する「旅」の二通りだ。
自分の言葉に言い換えると、前者は自分との対話、後者は他人との対話である。
でも、ディディの「旅」のほうが詩的で素敵だ。
(最近、「対話」という言葉を使うと、北朝鮮を連想されてしまう。
本来、もっと豊かな意味をもつ言葉なのに、安部ちゃんが苦い顔をして
「対話と圧力」という言葉を連呼するから違う印象を持たれてしまう。
もっとも「対話」よりも「圧力」のほうが強調されているかんじがするのだが。
やはり、しばらくは「旅」を使おう。)

現在、自分の演劇ワークショップの進行役としての課題のひとつは
初対面の人たちを進行していく能力だと考えている。
自分が見知って、いくらか特徴や性格、問題を知った人たちなら、
ある程度のことはできる自信がある。
しかし、ワークショップの当日にはじめて会い、
短期間で即座にその人の持つ可能性を引き出せるか、
また場所をそのような環境にできるかということはまだまだおぼつかない。
それはひとえに経験だと思うのだが、ワークショップ自体新しい分野で、
体系だって若手を育てる環境がないし、
自分自身まだ見つけられていないのが現状である。
(まあ、演劇自体教えられてできるようなものではないと思うのだけれど。)
自分の力と今後の可能性を知る上で、飛び込んだ今回のワークショップだった。

ゴールドスミス分校における芸術家のためのコース レクチャー

世田谷パブリックシアター主催の「ゴールドスミス分校における芸術家のためのコース」のワークショップが始まった。イギリスのロイヤルナショナルシアターのエデュケーション部の当コースのディレクターが講師として来て、そのコースの講義をしてくれる。だから、アーチストやワークショップを進行する側に向けての講義である。本日から4日間。初日がレクチャーで、後の3日間がワークショップである。

たまたま介助のほうの仕事のスケジュールが出ていないときに、この情報に出会ってしまったため、これは「やれ」ということだと思い込み、迷わず応募した。最近、本格的な芝居作りから離れているため、危機感があったことも背景にある。二週間前からかなり楽しみにしていた。

初日はレクチャー。前半はディレクターのクリッシーからゴールドスミス分校ができた経緯やその概要の説明があった。彼女の「21世紀がアーチストにとって孤立した状態ではないように」との言葉が印象的だった。演劇が社会にどう受け入れられていくか、またどう収入を得ていくか。会場も専門の人が多いため、内容がとても濃く、質疑応答も真剣そのものだった。
後半は講師のディディから、彼女の半生と分校での講義・活動内容の説明。彼女たちが道を切り開いてきたのだろうけど、自分にとってはどれもうらやましい環境。ただワークショップをするだけでなく、自らの学びの機会(作品作りや自己診断)にもちゃんと時間が割かれており、アートマネージメントの方法なども学ぶ。実に健全だと思った。
演劇デザインギルドの将来を思い描くときにぼんやりとしたものはあったのだが、本日はとてもいい具体例を聞かせてもらった。

立教大学の同期生とも7年ぶりの再会があった。でも、自分はあまり覚えておらず。話をしてみると、如月さんの講義でなんと、いっしょに劇を作ったことがあった。お互いびっくり!失礼しました。

当事者の気持ち

e917eaa9.JPG立石の地区センターで埼玉大の経済学部のゼミの学生が、立石の再開発についての研究発表をするというので聞きに行った。立石に外部の学生が入ってくれているとは知らず、どのような観点で見てくれるのだろう、また今後どのように関わってくれるのだろうかとひそかに楽しみにしていた。

しかし、期待していたものとはちょっと違い、発表を聞いているうちに無性に腹が立ってきた。内容は、学生たちが、現在の立石の再開発プランの問題点をふまえた上で、自分たちなりの町づくりプランを考えるということだった。再開発の視点から考えるグループと、現在の町のよさを生かすところから考えるグループのふたつがあった。でも、どちらのグループも現地の調査をあまりしておらず、全国の町づくりの成功事例をもとにしたプランが並ぶ。彼らはよかれと思って考え発表しているのだろうけど、彼らの理想をもとに自分たちの町が好き勝手にされていくような気持ちになる。なにせ自分の家がある人もいるのだ。自分の家がある場所をこうしたほうがいいなんて、いくら善意でも気持ちのいい話ではない。程度の差こそあれ、行政の説明みたいだなと思った。

事実、地元の人から住民の厳しい現実をもっと知ってほしいという意見があった。なんで再開発をするのか考えてほしいという意見もあった。会場のお客さんから拍手が起こった。学生も地元のお客さんの意見を真剣に聞いていたけれど、自分たちの気持ちがどの程度伝わったのだろうか。学生の中には公務員を目指している人も多いらしい。きっと将来、町づくりや都市計画に関わる人も出てくるのだろう。

確かに学生が関わってくれることはありがたい。でも、その関わり方が相互に影響を与えるものでないかぎり、意味は持たない。彼らの町への思い入れはそんなにないように感じた。なにかをすればなんらかの影響を与えられるはずだという考えは傲慢だと思う。特に、外から地域に入る場合。

きっと、この感情はかつての水俣で多くの市民が持ってきた感情なのかもしれないと思った。外から水俣病支援の人はたくさん来てくれる。でも、相手にするのは水俣病関係のことだけで、水俣の町全体のことは考えてくれない。
実際、自分が水俣に行った当初も、一部の人たちを除いて、現地の人たちの自分たちに対する目は厳しかった。当時、自分はその意味がわかっていたつもりだったけど、今夜、身をもって実感した。まさに当事者にならないとわからない気持ちである。
次年度、学生は違う町を研究するらしい。なんだか、とても悲しかった。こんな気持ちになるのははじめてである。
♪ラブ・ユー立石(先輩&友人柳田さんの人気ブログ)
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