ふっきーの演劇ワークショップ日誌

演劇ワークショップと言ってもいろいろ。自分の考える「演劇」や「ワークショップ」を、現場だけでなく率直な言葉で発信していきたいと思い、このブログを作りました。が、最近は地元葛飾区立石の関係の発信が多くなってきております。

December 2007

立石再開発をチョット学んでみよう!会〜客席から次々と〜

dfe08f4f.JPG演劇が終わった後、客席から感想や意見を求めた。後方の若い男性からすぐに手が上がる。「土地を持っていないが借りて営業している地権者はどうなるのか?」という質問だった。彼は立石駅の南口で居酒屋をやっている人らしい。でも、こちらも勉強不足ですぐに答えられるわけではない。その様子を察してくれた反対派の方の提案で、賛成派の代表と反対派の代表が交互に答えることになった。俄然、会場が盛り上がる。内容は専門的でいまいちわかりづらい。司会的な立場にいた自分も論旨のすり合わせがしづらく、とりあえず、両者の熱意は伝わったので、一度収めてもらう。内容はともかく公共の場で賛成派と反対派が討論できたことはよかった。
次は下北沢で再開発の住民運動にかかわっている建築家の方の意見。「下北沢では反対派の力が強すぎて、賛成派は意見も言えない状況にあり、立石がうらやましい」とおっしゃっていた。違う立場からの客観的な意見に、会場はさらに沸く。狙い通りだったので、素直にうれしい。多様な意見や見方が発露される場の豊かさとは、こういうことなのだよ!さらに、彼は立石の近くには中川が流れており、駅前よりもむしろ再開発の余地が残されている川のほうに目を向けるべきではないかとの意見も披露してくれた。実は自分も立石の地域資源として中川には注目しているので、この意見も拾って展開させたかったのだが、時間がオーバー。もっと数人に意見をもらいたかったのだが、安井さんのプレゼンに時間を譲った。
安井さんは立石の懐かしさが漂う路地や昭和の雰囲気を残すお店を写したスライドを紹介しながら、「再開発」の当て字の「再会・初」のまちづくりについて語っていく。片付けながらだったので、ちゃんとは聞けなかったのだが、地権者の人たちにも外部の人たちにも改めて立石の魅力を伝えられたのではないだろうか。
とにもかくにも無事に終了。大きな拍手で会が終わった。来ると言っていた行政の人が来てくれていなかったのが非常に残念だったが、まずはスタートをすることができた。ご協力してくださったみなさん、当日いらしてくれたみなさん、本当にありがとうございました。

立石再開発をチョット学んでみよう!会〜上演〜

076057b4.JPG15時開始。賛成派、反対派の地権者だけでなく、下北沢の再開発に関係している人を始めとして、外部からも多数の参加者があった。全部で30人強くらいか。想像以上に知らない人が多いことがうれしい反面、プレッシャーでもある。
最初は自分のあいさつ。なぜ今回演劇をやったのか話をしようと思ったのだけれど、会の説明やら、それに至った経緯やらを誰も説明していないので話す。結局、準備してきた話はひっこめた。まぁ、話がそんなに得意ではない自分の話は短ければ短いほうがいいのだ。再開発のことも含め、地元にいる人が地元のことを知らないことに危機感を持っていることを簡単に話す。
そのあと、会のメンバーによる立石再開発の概略説明。京成線沿線の高架事業、バス通りの拡幅事業、駅前広場の三つの都市計画の決定事項を中心に説明する。特に、パソコンで用意してくれた現在の行政案の三つの高層ビルのイメージ図はとてもわかりやすかった。一週間前に聞いたときは準備不足で一番心配した部分だったのだけれど、だいぶわかりやすくなっていてほっとする。お客さんもなんとか集中力は保ってくれている。
次は演劇。まずは賛成派と反対派が分かれていく経緯を年表をスライドにうつしながら簡単におっていく。実際に行政、賛成派、反対派を演じる人たちが前に出てきて、話し合っていたころから、分裂し、心配する人の会(反対派の会)や、準備組合を結成していくまでを描いてみた。(←なぞってみたという程度)
そのあとは取材劇。実際に各所に取材をして、聞き書きという形でまとめたものを、そのときに聞いた雰囲気を大事に読んでいく。
最初は自分が演じるまちづくり事務所の人のお話だ。実際の取材ではお役所的でないおもしろい部分があったのだが、確認の段階で個人的な見解の部分は削られた。だから、自分としては内容は行政の広報を読んでいるようであまりおもしろくない。印象的だったのがワイシャツにネクタイ、さらに腕まくりをしていたことだったので、説明に慣れている様子できびきびと語っていく。要するに、再開発をするのは都市計画決定がかかった三事業が行われたまま、放置されれば立石の町が衰退していくという論調である。
二番手は賛成派の再開発の準備組合の理事長。とても堂々として落ち着いている方だった。演じる安井さんもコツを心得ていて、入場からコートを丁寧に脱ぐところなど細かいしぐさを大切にしてくれている。賛成派とはつながりがなかったのだが、理事長は立石の昔話をたくさんしてくださった。立石の町に対しての愛情が感じられたのは大収穫だった。安井さんもそのことを含めて、表現してくれたように思う。
三番手は反対派の代表者とメンバーの人の話。お客さんが少々疲れてきたように感じたので、代表者を演じる女性に実際に前にすわっている人に話しかけるようにとアドバイス。男性から女性に声が変わったのがよかった。さらに、メンバーを演じる年配の人と交互に聞き書きを読むので、全体の構成にアクセントがついた。反対派は論理的には弱かったと思うが、再開発に対する切実な気持ちは伝わったのではないか。
最後に全員で舞台に集まり、今回、演劇をやってみた感想をひとりずつ言う。これもよい意味でバラバラ。バラバラなのだけれど、全員でいっしょにやれたのがとてもいい。なにより感想を語るみんなの表情が明るかったのがうれしかった。

立石再開発をチョット学んでみよう!会〜世田谷からのお客様〜

660c7207.JPG12時30分会場入り。みんなで打ち合わせがてら昼食後に設定したのは正解だった。と言っても、大幅に遅れたのは自分だけだったが。
会場のセッティング、ライト、パソコン・プロジェクター、受付準備とてきぱきと進めていく。二度ほどやっているので、みなさんとても手際がよい。
そして、残すは光が差し込んでくる窓の処理。ひとりの方の提案でお店からダンボールをもらってきてふさぐことになった。これはこれでとても楽しい作業。実際に身体を動かしながらなので、冗談が飛び交ういい雰囲気である。不完全ながらもいびつに窓を隠すダンボールはあやうい我々の会を見ているようで、とてもいとおしい。おそらくみんなもそうだろう。災い転じて福となすとはこのことだ。
作業後は、急いで通し稽古。大した稽古ではないが、自分は当日フォローがしづらい役になってしまったため、段取りを入念に確認しておくことが大事だったのだ。あとはしっかり声を出しておくことも。本当に最低限のチェックだけをして、あとは間違ってもいいから堂々とやってもらうことを全員にお伝えした。

14時30分。開場。
前日、留守番電話に世田谷の下北沢で再開発の運動にかかわっている障害者の方から「行きます」という伝言があったのだ。彼女は車椅子。会場自体、2階にあったり、トイレがせまかったりと対応ができてない。夜中の印刷と同時に、パソコンで立石駅周辺の障害者用のトイレをさがしたり、駅の設備を調べたりし始めた。恥ずかしい話、世田谷で障害者の介助をやっていながら、地元に障害者が来る(いることも含めて)なんてことはイメージできていなかったのだ。予想通り、障害者用のトイレは見つからず。近くの病院や福祉施設まで検索をかけたがわからず。ああ、本当に恥ずかしい!こういうことも背景にある再開発なのだと改めて実感する。(とは言っても、行政だって障害者の立場から町を作っていくなんてことは少しも考えていないだろうけど。)会場となる地区センターも、聞けば裏口にエレベーターがあるということだったが、管理しているのが別の会社?で、前もって予約していない動かせないというお粗末さ。結局、若い人たちが車椅子を抱えて、2階まで上がってもらった。トイレのことを伝えると「大丈夫」と言われた。穴があったら入りたい。でも、勇気を持って遠方まで来ていただいた彼女のおかげで、会のメンバーや住民たちもちょっとは違う視点が持てたはずだ。彼女の存在は大きかった。

立石再開発をチョット学んでみよう!会〜ハプニング続出〜

9d9a7b1c.JPG12月8日。イベント前日。朝から晩まで仕事。
チラシにも広報にも資料代とあるのに、パンフは1部たりとも刷り上っていない。作業を始めたのは夜の12時を回っていた。資料自体はあらかた集まっており、若干の修正をすればよいだけ。当初予定していたものよりもボリュームが少ないが、いまは前日。しかたがない。手直しと同時に印刷を始める。ところが、表紙も刷り上らないうちにプリンターが故障。説明書を見ると、致命的な故障のようである。得てしてこういうことはよくあることなのだ。気を取り直して、もう一台ある父親のプリンターを稼動させることにした。インクが多めにあったのが、不幸中の幸いだ。
3時間ほどの睡眠をとりつつ、翌朝も続行。このときほど性能のいいプリンターがほしいと思ったことはない。なにしろ遅いのだ。集合時間を過ぎてまで印刷をする。
おまけにこの会のことは家族には内緒。駅前や商店街にも堂々とポスターが貼られているのに内緒。はじめての会なので、どうなるか予測がつかなかったからだ。自分の家族なら知らせれば必ず来るだろう。でも、余計なしがらみの中には入ってもらいたくないという思いもあり、結局、今回は知らせることを見送った。まぁ、それどころではないほど忙しかったということもあるのだけれど。自分は行政の人の役なので、ワイシャツにネクタイ姿、もちろん革靴を履く。年に数回しかない格好だ。いつもと変わらないふりを装って家を出た。
会場につくと、さらに新たなハプニングに遭遇。会場には高い位置に窓があり、電気を消しても暗くならないのである。明るいとスライドがほとんど見えない。いつもは夜に練習をしていたので、気づかなかったのだ。まだ、台本ができてから一度も通していないのに。さあ、どうしましょう。

『立石再開発物語』台本完成まで

0d7b600c.JPG立石チョット学んでみよう!会のチラシの中で『立石再開発物語上演』と銘打って、演劇の広報をしてみたものの、稽古はもちろん、一週間前に構成台本が完成していなかった。というのも、当初から取材が順調に進んでいたわけでなく、半ば会の進行をはかりながらだったためだ。会の中では、会の方針をめぐって考えに違いがあり、プログラムが定まったのは本番ほぼ2週間前。はっきりとしたプログラムを出して、実行にうつしたのが自分の演劇だけだったので、会のほかのメンバーにお願いをして演劇をすることになった。
当時、行政代表、賛成派代表と、反対派のひとりと再開発についての取材をすすめていた。なぜ反対派だけ代表ではないかというと、以前から接触があり、新鮮な気持ちで聞きづらかったからだ。しかし、台本の構成を考えるとなにぶんバランスが悪い。そこで、急きょ、本番の10日前に改めて反対派の代表者に取材をさせてもらった。その後、メンバーの人と死に物狂いで文章起こしをして、反対派の人と行政のところへ確認作業に飛び回る。
本番前々日の午前中。行政の人から、反対派だけ代表者とメンバーがいるのは不公平ではないかとクレームがついた。事情を説明した上、「この劇がすべてではないし、われわれにも限界はあるから、足りない部分は当日いらっしゃって意見を言ってほしい」と伝えるが、なかなかわかってもらえず。一時は行政の構成部分の全部をあきらめようとした。当日は行政が拒否した経緯を説明するつもりだった。その覚悟が伝わったのか、あっさり帰ろうとした自分は引き止められ、行政の人は一部分だけを使うことをしぶしぶ認めてくれた。
午後に構成台本をみんなに添付ファイルでメールをする。さらには、町の風景を写真に収め、当日劇とともに映す、テロップ&写真をパワーポイントで用意した。夕方からは世田谷でミーティングがあったため、ここまで。当日はぶっつけ本番。どうなるのか考えると恐ろしいが、新鮮な素材はなんとか準備できた。

『ミツワ』と『知花子』

dffa8bab.JPG本日は仕事がお休みだったので、日中は家で黙々と週末のイベントの準備をしていた。
夕方近くになって、立石の町の用事を二件ほど済ませようと、外出準備をしていたら、会のメンバーから突然電話があり、立石の呑んべ横丁の一軒に取材のお願いをしにいくことになった。
呑んべ横丁はとてもレトロな飲み屋街で、地元に生まれ育った自分でもおいそれとは顔が出せない雰囲気が漂う場所である。先日、運よく、そこの土地を持っている人に話をうかがうことができ、昭和30年頃、そこはいろいろなお店がテナントして構える「立石デパート」だったらしいことを聞いた。その前は防毒マスクの工場だったという説もある。歴史好きの自分としては立石でなんとも心が躍る場所なのだ。

ひょんなことから今日は二軒のお店で飲み食いした。
一軒目は立石の仲見世にあるミツワ。立石で「宇ち多」「江戸っ子」と並ぶ有名なモツ焼き屋さんの一軒だ。前の二軒は行ったことがあったのだが、ミツワははじめて。思ったよりも店の奥行きは広く、店員さんも初めての自分でも接しやすいかんじの方だった。なによりも、メニューに説明があるのがいい。内臓系の肉は説明がないと、どの部分かわからずに食べなければいけないのだ。どれもおいしかったのだが、今回、一番おいしかったのは、アブラ、頭身と言われる部分である。その名の通り、脂ののったこの肉は口に入れるなり肉汁が広がり、とても幸せな気持ちになる。食べ物の圧倒的なすばらしさを感じさせる瞬間だ。自分は特定の食べ物に恋することはなはだしいのだけれど、立石でまたひとつ出会った食べ物のひとつだ。
二軒目は呑んべ横丁の入り口にある「知花子」というスナック。当初は取材のお願いだけだったのだけれど、ママさんと話をしているうちについつい盛り上がってしまい、一杯飲んでいくことになった。川の話や子育ての話に花が咲く。
着実に立石に居場所ができている。それがうれしい。

変わったこと、変わらないこと

先日お伝えしたように、立石で地元の人たちを巻き込みながら
演劇を作っている。
もちろん、地元に演劇の知識や経験がある人などいるわけがないから、
言いだしっぺの自分の負担は大きい。とても大きい。
かと言って、従順な人などほとんどおらず、
むしろ自己主張が強い人のほうが多い。これは大変だ。
でも、いままで自分がやってきたことをふりかえるに、
自分の負担が小さかったことなどほとんどないのだ。
その多くが自分が中心となる企画で、自分がやりたいことをやってきた。
自分は常に企画がおもしろくなるようにまわりの人たちを盛り立てていく役回りだ。
やっている最中は思い通りに進まずにいらいらすることもあるけれど、
価値観がばらばらな人の中でしぶとく合意を
取っていくやり方がきっと性に合っているのだろう。

これからも基本的なスタンスはそんなに変わらないんだろうなと思う。
はたから見れば、大変に見えるだろう。まぁ、実際大変なのだけれど。
以前は演劇の中で役者やスタッフとやってきたことが、
いまは町の人たちとやっているだけの変化だ。
自分にとって、この変化はとてもおもしろい。
いつだって一年前には想像もしていないところにいるのだなぁ。
家族のみなさん、安定しない息子でごめんなさい。
♪ラブ・ユー立石(先輩&友人柳田さんの人気ブログ)
Profile

ふっきー

Recent Comments
Recent TrackBacks
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

  • ライブドアブログ