ふっきーの演劇ワークショップ日誌

演劇ワークショップと言ってもいろいろ。自分の考える「演劇」や「ワークショップ」を、現場だけでなく率直な言葉で発信していきたいと思い、このブログを作りました。が、最近は地元葛飾区立石の関係の発信が多くなってきております。

January 2008

ふざけた記事

先日、ようやく水俣と世田谷の交流イベントが終わった。
ここ2ヶ月、ほとんどかかりきりで準備をしてきたので、
肩の荷が下りたとはこのことだ。
まだ後片付けや会計などが残っているが、まずは一息といったところである。

今日、ネットサーフィンをしていたら、偶然、今回のイベントについて書かれた記事を見つけた。
朝日新聞のネット版の地方記事だ。

http://mytown.asahi.com/kumamoto/news.php?k_id=44000000801240002

あまりにも事実と異なる内容が書かれていたので腹が立った。
確かに水俣のことは自分が熱を入れてやっていることだから、記事にしていただけるのはありがたいし、うれしい。また主観が入るのは当然だから、どんな考えがあるにせよ、客観的に書いてほしいとも思わない。限られた字数だというのもわかる。でも、書く以上、記者倫理に照らして、なんのために書くのか誠意は見せてほしい。ここまで取材対象を自分の記事の素材(モノ)として使うことに恥ずかしさはないのだろうか。

事実と大きく異なる点は三つ。(それ以外にも言いたいことはあるのだが)
一点目。「実方さんは自らカレーなどのレシピを考案し、ボランティアの協力で宅配サービスを運営している。」
念のため、実方さん本人に確認したところ、店長としてスタッフに賃金を払って運営をしているとのこと。ふつうのお店と同じである。「ボランティアの協力」とはどこから出てきた言葉だろうか。いままでの実方さんの努力が無になるような言葉。怒りを禁じえない。

二点目。
「坂本さんや長井さんは昨年9月、実方さんを水俣市に招いて講演を聞き、『私たちも自立した生き方をしたい』と今回の交流を企画した。」
坂本さんや長井さん個人が実方さんを招いたのではなく、彼らと仲間が作った”水俣ば生きる会”が実方さんを招き、今回の交流を企画したのである。会のことにふれていないのはわざとだろうか。書いた人は胎児性患者や障害者が自由に語りあえるように作った”水俣ば生きる会”のことを知らないのではないだろうか。

三点目。
「首都圏の障害者や支援者と語らう『トークセッション』も予定している。」
この一行が全く理解できない。
確かにコンサートの中で水俣の徳冨さん(おれんじ館館長・障害者)と世田谷の荻野さん(世田谷ミニキャブ区民の会事務局長・障害者)の『ウェルカムトークセッション』があった。そのことを指しているのであれば、個人名を出すべきだ。
この文章では坂本さんや長井さんが首都圏の障害者や支援者と語らうと誤解を与える可能性がある。また語らう相手が世田谷ではなく、首都圏となっている理由がわからない。さらにわからないのは支援者という言葉。どこから引っ張り出してきたんだろう。だれがだれの支援をしているのだろうか。水俣病史の文脈で言えば、患者の支援者という意味になるのだろうけど、坂本さんと長井さんを支援している人は自分たちの水俣世田谷交流実行委員会にはいない。また世田谷の障害者ともお互い支援をしたり、されたりする関係にはない。意味不明。どうせなら応援者や声援者と書いてくれたほうが、まだおもしろい。

これを書いた記者さん。なんのために書いたのでしょうか。
予定調和な、埋め合わせ記事を書くのであれば、もっと害のないテーマで書いていただきたい。
おととし、水俣で創作舞台を上演した際、翌日の朝日新聞の記事には、劇中どこにもなかった内容が書かれていたことを思い出した。こんなにきつい言葉で書くことはめったにないのだが、今回の記事はマスコミによる言葉の暴力とさえ思ったので、ささやかながらブログに書かせてもらった。後味悪くてごめんなさい。

明日から水俣世田谷交流

今日も一日準備でした。
世田谷の実行委員会のメンバー何人かと会ってきました。
「あっと言う間だね」とあいさつのように言われます。
みなさん、遠足の前の子どものようにいい表情をしていました。

イベント成功しますように。いい出会いがありますように。
また改めて報告します。

葛飾探検団に参加

625f3933.JPG1月5日。郷土と天文の博物館からのお誘いで、葛飾探検団の町あるきにはじめて参加することになった。とは言っても、今年の一回目は葛飾区ではない。お正月恒例の下谷七福神めぐりらしい。
日比谷線三ノ輪駅に集合。区の博物館の企画なので、少しは若い人もいるかなと思ったが、行ってびっくり!30名以上いるのに、20代はおろか30代は自分しかいない。多くの人は50代か60代であろう。男女比は同じくらい。地元で若い人とつながりたかっただけに少々期待はずれである。まぁ、町を歩くことは大好きなので、とりあえず着いていくことにする。みなさんも変な若者だと思ったことだろう。
団体では七福神を目指して歩く。途中、なんとなくペースがつかめてきたので、ひとり脱線。古くて立派な家やお店があるとわざわざ寄り道をして写真を撮ってみる。楽しい。何人かもつられて来るのがおもしろい。
思わぬ発見もあった。台東区の区画では、町のいたるところに消火器があった。常に目立つところに置いてある。おそらく木造の建物が多く、初期消火の大切さを徹底しているのだろう。我が家がある東立石地区はもっと密集しているにもかかわらず、これほど消火器はないし、自分も把握していない。もし大地震があれば、被害で差が出るのだろうと思う。葛飾区は関東大震災当時は農村が多く、密集地域でなかったから過去に学べていないのだ。
帰り道、町に設置されている消火器の数をかぞえてみた。うちまで6つ。ボックスは空色が多く、全く目立たない。だから、何千回と通っていても気づかないのだ。行政は使うことを前提に考えられないものか。葛飾はとてもおもしろい地域なのに、区がやっていることは再開発計画を含めセンスが悪く、不満が多い。


水神さま発見!

a6212c25.jpg今年は家族で正月らしい正月を楽しみました。
人に話したら「若者なのに」と言われました。でも家族で正月を過ごすのは意外と大切なことなのではと思っています。新年のあいさつをして、おせち料理やお雑煮を食べ、地元の神社に行く。たったそれだけのことですが、節目を感じさせてくれているいい伝統だなと思うのです。ことに、グローバル化や効率化がすすみ、正月もあわただしくなってきている現在では。

また今年は、家族でハプニングが続きました。年末年始、大掃除がたたったのか、父は腰痛に。さらに先日、健康が自慢の母は胸に原因不明の痛みがあり、一日寝込んでお医者さんに行きました。皮肉にも91歳の祖母が一番元気です。おのずから両親も歳をとったなぁと感じる正月でした。そう言えば、弟の結婚の報告もありました。

1月2日に腰痛の父を置いて、みんなで中川を散歩に行きました。川沿いの公園の近くに水神さまを発見しました。と言っても、昔からずっとあったのに、気づいていなかっただけで。どうやら、昔の用水路の水神さまだそうです。

新年

あけましておめでとうございます。
新年だというのに、なんだか日々あわただしいです。

こうしてパソコンに接しているおかげで
日々処理をしなければならない情報がたくさん入ってきて
ふつうの人間はこれに対処できるのかなどと考えてしまいます。

言葉が少々足りないような気がしたので補足を。
パソコンがない昔だったら、毎日あちこちから来るたくさんの情報を
相手に仕事などはできなかったはずなのですよ。
それがパソコンがあるおかげで、アクセスさえすれば
24時間どこでも可能になったわけで。
携帯電話だって、携帯メールだってそう。
常に情報に追われていて、それをうまく処理できる人間が
仕事ができるのだとすれば・・・。おそろしい。

目標は人間らしい生活。
本年もよろしくお願いします。



あけましておめでとうございます

ブログを更新するのが難しかった一年です。
精神的には水俣にいたよりもはるかに余裕があったのですが、都会にいると思うように時間がとれないものですね。常時仕事がある世田谷に行ってしまうと、往復約3時間はかかります。しかも朝晩など満員電車に乗ることが多く、アナログ人間の自分はなにかを考えたり、やったりという状況にはなりません。

さて、今年は1日、2日は家族や親戚とお正月らしいお正月を送っています。こういうのもなかなかよいです。

今年も立石を中心に活動をしていきたいと思います。
去年、実際に活動してみて、やればやるほど、地元のことを知れば知るほど、直接的に自分のためになることの喜びを知りました。改めて、自分の直感を信じて、人とは違った演劇をやってきたこと、思い切って水俣に行ったこと、重度障害者のヘルパーをやってきたことなどが、連鎖的につながってきたと思っています。
想像がつかないほど大変なことは山ほど出てくるでしょうが、ねばりづよく、明るくやっていきたいと思います。
♪ラブ・ユー立石(先輩&友人柳田さんの人気ブログ)
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