ふっきーの演劇ワークショップ日誌

演劇ワークショップと言ってもいろいろ。自分の考える「演劇」や「ワークショップ」を、現場だけでなく率直な言葉で発信していきたいと思い、このブログを作りました。が、最近は地元葛飾区立石の関係の発信が多くなってきております。

December 2008

ふりかえる。

今年は新たに活動の幅を広げた年でした。
年初に世田谷パブリックシアターのワークショップの仕事で
手書きのかわら版づくりコースというのを担当してから、
やけっぱちでイラストを描いたところ好評で、チラシの絵を頼まれたり、
センターだよりに描かせてもらったりしました。

自分は話し下手だと思っているのですが、
大学の講義やシンポジウムなどで話をする機会が増えました。
今後も増えると思うので、
演じるように思っていることを
わかりやすく伝えるコツをつかみたいものです。

立石でも数々のイベントやワークショップをやれたことも
大きな自信につながりました。
呑んべ横丁の方々は最たるものですが、
ゆるやかなネットワークが地元にできてきたのはうれしいことです。

自分としては7月から8月にかけての父親の入院が大きなニュースでした。
家族の老いをどう迎えるかは切実なテーマになってきています。
その姿は地域や日本の老いとも重なっていて。
この時代を自分自身がどう生きていき、
後ろの世代になにを伝えていけるかを
考えていかなくてはならなくなってきました。
来年は経済をテーマに活動していきたいなと思っています。

今年はみなさまに本当にお世話になりました。
来年もよろしくお願いします。

支援することのいかがわしさ

12月19日。今年も恩師の如月小春さんの命日が過ぎた。
如月さんは「演劇が社会にどうコミットしていくか」という視点を明確に教えてくれた人だった。ご存命だったら今頃どこでなにをしていたのだろう。この危機的な社会情勢の中、どんなに新しい世界を見せてくれていたのだろうか。どこでなにをやっていても、如月さんだったらどうするかなということが常に頭に浮かぶ。いまでもお聞きしたいことばかり。早すぎる死が惜しまれる人だ。

今年、葛飾区の市民活動支援センターの職員として働き始めた。
が、この中で一番違和感があるのは「支援」という言葉。(区だから区民活動だっていいじゃないか、下町だから庶民活動でもいいじゃないかとも思うのだけど)自分は支援のすることのいかがわしさを常に感じている。支援は、困っている人がいて、その人の手助けをしてあげる行為を意味する。当然困っている人のほうが立場が弱く、手助けをする人は弱い人よりも力関係が強い場合が多い。

障害者の自立生活支援にかかわったときに彼らから多くのことを学んだ。
その中の一つにヘルパーセラピー原則というのがある。「援助をする人がもっとも援助を受けている」という言葉は特に印象に残っている。つまり、介助者は障害者の介助(支援)をすることで、満足感や学習の機会、社会的な承認を受けていることが多いというものだ。しかも、そのためには両者が対等な関係であることが前提条件である。「支援」という言葉の違和感が消え、ヘルパーの仕事の意味は腑に落ちた。

演劇のワークショップを説明するときも、「一般の人の演劇づくりをサポートする」とか言っているけど、要は参加者の表現を引き出すのと同時に、ファシリテータである自分自身がなにを学びたいか、ワークショップでなにをやりたいかを考えられるかが大切なのだと思う。実際、そのことが明確になっているときほど、参加者自身が生き生きとしだすことが多い。
如月さんは参加者をのせるのが実にうまい人だった。一緒にワークショップをやったときは、如月さん自身が一番おいしいところを持って行ったり、楽しんだりしているときがあって、ずるいと思うこともしばしば。しかし、だからこそ自分自身も貪欲に学ぼう、楽しもうと思ったものだ。参加者が本当に楽しみながら表現しているときの充実感はなにものにも代えがたいものだ。

「市民活動支援センター」は自分で作った言葉じゃないからやっかいだ。
「支援しています」と言うより「支援され上手」と言われたいなと思う。

早稲田大学の事故から学ぶこと

10月から早稲田大学でキャンパスハラスメントをテーマにフォーラムシアターを作っていました。問題意識を持って集まってくれた学生のみなさんと、日ごろイヤだなとか、変だなとか感じる学生生活のエピソードなんかをおしゃべりして題材を選び、台本ができ、ようやく芝居づくり自体に熱が入ってきたところでした。
ところが、先日、主催のハラスメント防止委員会で学内の相談リストの流失事故が発覚し、ニュースや新聞で報道されました。(実際の相談と演劇の内容は無関係です。私たちもかかわっていた職員の方々も、どういう種類の相談が多いのかということすら知りえない状況でした。)
http://www.asahi.com/national/update/1202/TKY200812010425.html

昨日、重い気持ちのまま、早稲田大学に行ってきました。
ハラスメント防止委員会の方々とフォーラムシアターを委託されていた私たちギルドのメンバー、学生たちが集まり、委員長の悲痛な状況説明と謝罪を聞きました。

演劇の中止は前日のメールで知っていたのですが、状況がかなりひどいことになっており(詳しいことは書けませんが)、学内にはマスコミが多数潜入し始めているらしいです。中には相談の窓口まで狙っている輩もいて、まさにハイエナのよう。防止委員会に非があるのは確かですが、ネット上、マスコミ、学内・・・被害になった相談者のことは考えずに人間のエゴばかりが目立ちます。今回の演劇の中止は、学校側が純粋に出演してくれた学生たちを守れないと判断したことによります。

学生の中には授業で講師に「君は(流失した相談リストに)出ていなかったね」と言われて、腹が立った人も。
内部でさえ危機感や想像力がなく他人事。本当に腹立たしい!

とは言え、もっとも機密性が高い相談情報の流失が起こってしまったのも事実。
もちろん、大学側は責任はとらなければいけませんが、今後どうするかが問われています。自分はこの危機的な状況に水俣病を思い出しました。
原因企業のチッソも住民も国も初期の対応が間違っていなかったら、被害の拡大は最小限に防げたはずなのです。そして、世界はいまなお教訓を生かせず、各地で公害病や水俣病を起こしています。(もちろん日本も)
今後、IT技術が不可欠な現代社会では、同様の情報の流失事故は絶対に起きてきます。今回のような絶望的な状況もありえます。そのとき、どのような状況がどのような過程で起こって、当事者の人たちはどのような対処の仕方をしたかを記録することは意味があることだと思います。特にマスコミや伝達過程をめぐる二次被害を記録しておくことは重要だと思います。現実を見つめていく作業はかなりつらいことですが・・・。

現在つとめている葛飾区市民活動支援センターでも市民活動の相談業務や多くの個人情報を扱っています。人のふり見て・・・ではありませんが、なおいっそう注意をしていきたいと思っています。(個人の努力・人材だけでなく、セキュリティの管理には安定した賃金と労働環境が必須なことを付け加えておきます。)
♪ラブ・ユー立石(先輩&友人柳田さんの人気ブログ)
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