ふっきーの演劇ワークショップ日誌

演劇ワークショップと言ってもいろいろ。自分の考える「演劇」や「ワークショップ」を、現場だけでなく率直な言葉で発信していきたいと思い、このブログを作りました。が、最近は地元葛飾区立石の関係の発信が多くなってきております。

February 2009

山谷の朝に葛飾とのつながりを思う

朝9時起床。その晩もぐっすり眠りました。どこでもぐっすり眠れるのが自分の特技です。と言っても、朝方はいつもとは違う雰囲気の中で、何度か目を覚ましました。部屋のあちこちから人の寝息が聞こえてきます。
人から聞いた話によると、長期宿泊者の中にはアパートを借り、自立することを嫌がる人もたまにいるそうです。理由は電気・水道・ガスなどのお金を払うことなど管理面の負担が増えることが大きいようですが、隣の人の寝息が聞こえる中で暮らせる安心感もあるのかなとも思いました。都会の孤独死も多くなってきていますからね。

朝、トイレで友人が窓を開けると、目の前にはゴミ捨て場のような土地が広がっていました。空き地には不用品みたいなものが山のように積まれています。その向こうからはおじさんたちの集団のだみ声が聞こえてきます。井戸端会議でもしているのでしょうか。見てはいけないものを見てしまったようで、すぐに窓を閉めました。明らかに他の町とは違います。

チェックアウトが10時。荷物を持って、そのまま外に出ました。
まずは朝の散歩です。
本当にここらへんは宿が多いのがわかります。吉野通りを中心に裏通りまで至るところに宿泊施設を目にします。
近所の玉姫公園にはホームレスと思しき人たちがぎっしり。彼らは宿泊施設にさえ泊まれない人たちなのでしょう。どこで一晩を明かしていたのでしょうか。ホームレスの人たちの再会の儀式のように見えてきます。
日本の休日の見慣れた朝の風景とは一線を画する風景が広がっていました。でも、その横にはどこの地域にもあるような建売住宅があったり、お出かけに行く子ども連れの家族なんかもいたりします。この風景が山谷のひとつの日常なのでしょう。いままで全く知らなかった世界です。

明治通りを歩きながら、高度経済成長期には山谷のたくさんの労働者がこの道を車に乗っけられて、葛飾の公共事業や宅地開発、中小工場などの労働に駆り出されたのだろうなと思いました。もちろん、葛飾だけではありませんが、都心部が担いきれなくなった都市生活者や給与所得者を受け入れるベッドタウンが広がっていくにつれて、大量の土木関係の労働者が必要だったわけです。
山谷の年配の労働者ももう忘れてしまっているかもしれないし、葛飾区の住民も忘れてしまっているかもしれません。でも、必ず現在と過去はつながっていて、自分たちはいまの生活の恩恵を受けているのではないかと想像します。いまのところ想像しかできませんが。

山谷に宿まった夜の出来事

女性の友人を南千住の駅まで送り届けたのち、本日の宿泊所えびすやの門限まであと1時間。友人ともう1軒行こうということで、高架下のお店に狙いをつけ、扉に手をかけようとしました。すると、お店の人に慣れた手つきで、入口の照明を切られました。
仕方なく別のお店に。入ったお店はこじんまりとした居酒屋で、メニューも簡単なものばかり。簡易宿泊所に泊っていそうな若者がふたり、スポーツ新聞を片手にちびちびとお酒を飲んでいます。メニューの脇に翌日の競馬の予想が書いてあったのが印象的でした。

その後、泪橋のセブンイレブンでビールを買い込んで、宿泊所に戻ることにしました。一応、長期滞在の宿泊者に遠慮して、ビールは発泡酒。つまみは誰でも取りやすいようにとチーズたらを選びました。ふたりでお酒を飲み、あわよくば、だれかを巻き込んで友だちになってしまおうと思ったのですが、えびすやにはそんな交流スペースがありません。相部屋とは言え、個室のようなベッドで宿泊者同士の交流があるのかどうか気になります。結局、友人は煙草を吸うこともあり、喫煙スペースで立ちながら三次会を始めました。

彼とは去年の春にやった立石での演劇ワークショップで知り合いました。自分よりかなり年上のお兄さん?で趣味で下町を中心としたまち歩きを仲間たちとやっています。その歩き方がおもしろいのです。
彼はまず行ったことがないところを3日かけて調べ上げる。歴史・地理からお店、名物、名所にいたるまで。さらにはグーグルのストリートビューなんかも利用して、徹底的に疑似体験をしておきます。そして、まち歩き当日、仲間たちといっしょに歩きながら、地元の人顔負けの案内をするというようなことをやっていたらしいのです。
立石も自分の個人ブログを見つけて来たらしいのですが、そのときのテーマは下調べをせずに地元の人(つまり自分たち)と歩くことだったそうです。幸い、立石のまち歩きと演劇ワークショップが意外とおもしろかったようで、それ以来、頻繁に立石に足を運んでもらっています。

その夜、彼はお酒を飲んでいるせいか、周りを気にしないたちなのか、声の調節がうまくできないのか、声が大きいのです。それとなく静かにするように合図を送るのですが、あまり変わらず、とうとう、
どこかの部屋から「全然眠れねぇーじゃねぇか!」とお怒りの声がしてきました。しかたなく、お酒を持って、10時以降使用ができなくなっている浴室へと移動。三次会を続けます。

すると、浴室の脇にある誰も入っていないはずのトイレから物音が。トイレのドアに向かって、カタカタと足音が近づいてきます。明らかに人がこちらに向かってきます。バタンとドアが開きました。





若い男性がひとり。
「こんばんは」門限に間に合わず、トイレから入ってきた人でした。
こんな抜け道があるのですね。その日は1時半でお開き。
泊まる用意をなんにもしてこなかったので、服も着替えずにベッドに戻って休みます。一応、財布は枕の下に。なぜか靴下を片方だけ脱いで。いつの間にか眠ってしまいました。健康的な就寝です。

山谷に嫉妬したくなるような名店を発見

e7572f37.jpg宿が決まったので、今度は食事をするお店さがしをしました。
歩くないなや、三人とも文句なしでここしかないというお店を発見。昭和の大衆居酒屋の王道を行くような看板と堂々とした門構えの「大林」というお店です。暖簾に吸い込まれるように入りました。

さらにすばらしいのが店内です。高い天井。カウンター席とテーブル席の間に大胆なスペースを設けたつくり。しかもカウンターは使いこまれた木製の机。温かみを感じさせる木製のイスも並んでいます。奥には神棚なんかもあります。一つ一つの調度品に風格が漂っています。
ここでも、反射的に女性の友人が「すばらしぃ!!!写真撮ってもいいですか?」と写真を撮ろうとすると、ご主人が奥から無言で札を持ってきて、我々の目の前にパチリ!見ると「撮影禁止」「携帯禁止」と書かれています。ダメ押しに「うちはダメなんだよ」とそっけない一言が浴びせられました。

その日は自分たちがはじめてのお客さんだったみたいです。
無愛想そうに見えたご主人が「こっちのほうがストーブがあるからいいよ」と中央のカウンター席に案内してくれました。
とりあえずビールで乾杯。あじフライ、モツ煮、ニラ玉炒めというような定番ものを頼みます。どの品も丁寧でおいしいです。せっかくなのでハイボールを頼むと、焼酎を目の前で入れて、炭酸で割ってくれます。注ぎ方のおいしそうなこと。濃さも味もまがい物のハイボールではありません。
こんなにいいお店が山谷にあるとは・・・。立石の数ある名店にも負けず劣らずのお店で、少々嫉妬してしまいます。

われわれがかなりこのお店を楽しんでいるのが伝わったのか、無口な職人肌のご主人が少しずつ変わってきます。
途中でちょっとかわいく「焼き銀杏があるんだけどどう?」と声をかけられました。さすがに「いりません」とは言えません。しばらくすると銀杏が殻つきのまま出てきました。ご主人の右手には小さなすりこぎ棒が。「こうして食べるんだよ」と棒でお手本に殻を割ってもらいます。アツアツの実をまるさんがおいしそうに食べます。一種の参加型の演出なのですね。自分も続いて挑戦すると、力が強すぎたため、殻とともに実もつぶれました。ふたりは大笑い。ご主人も満足そう。
友人がなにか別の飲み物を頼もうとしていると、「焼酎のミルク割なんていうのもあるんだけど」とご主人。無愛想だった人がちょっとかわいくなる。ツンデレの法則でしょうか。こんなふうに言われたら、どんな人でも断れないでしょう。
これも意外といけました。焼酎がカクテルのカルアミルクみたいな飲みやすい味になるのです。

あっという間の2時間を過ごしました。かなり飲んで食べて三人で6,600円。お茶目なご主人とも出会える。贅沢とはこのことです。
こんな優良店なのに、2時間自分たちの独占。
かつては仕事帰りの労働者でさぞかしにぎわったお店だったのでしょう。入口付近には小さな手洗いスペースがあったりして、建築関係の労働者とかは、手を洗ってから店に入ったのだろうなと想像しました。
本当にいいお店というのは、食べ物の味も建物も人も記憶に残るのだと思います。

ここで、女性の友人とはお別れ。南千住の駅まで送り届けて、ほろ酔い加減のふたりで再び居酒屋をさがします。(つづく)

山谷で泊るところは・・・

三人で泪橋付近の通りを一通り歩くと、一月の寒さが身に堪えます。山谷の宿は門限があると聞いていたので、食事の前にとりあえず宿をさがすことにしました。
目的は下町好きの外国人と知り合うこと。スーパーからビニール袋を持って出てきたヨーロッパ系?の髭の白人を見つけるやいなや、追跡を開始しました。が、ガタイのよい白人は歩くスピードが速い速い。すぐに見失ってしまいました。なにせ山谷は通りの表裏を問わず、いたるところに宿があります。どこに消えたのやら。以前、泪橋の交差点に車待ちをする労働者があふれている昔の光景をテレビで見たことがありますが、その人たちを抱えるだけのたくさんの宿泊施設があったということなのでしょう。

結局、宿は表通りにあった「ほていや」というホテルにしました。なぜなら、宣伝がわかりやすく、外国人や一元さんにも門戸を開いているように見えたからです。せっかくなので、あえて一泊1,500円の相部屋にしてみることに。(女性の友人は翌日仕事なので、食事までのお付き合い。)
受付に座っていた上下白のスウェットのお兄さんに声をかけると「あなたたち、こういうところ泊まったことあるの?」とそっけないお答え。アジア旅行が専門だった友人が「外国でよく泊まりましたよ」と答えます。自分も海外や地方で演劇するときは泊まるところを選ばないので大丈夫です。
支払が終わると、お兄さんはいきなり受付に「不在」のボードを置いて立ち上がりました。「泊まるところは別なんすよ」と鍵を持って、当然のように外に出て行きます。慌ててついていく三人。予期せぬ展開です。

表通りから一転裏通りの道をすたこら歩きます。おととし行った香港でもこんな泊まり方があったのを思い出しました。
「ほていや」に泊るつもりがなんと「えびすや」になりました。
最近、えびす様について調べていたので、偶然ですが、ちょっとうれしかったです。(えびすさまは福の神で、七福神の中では唯一日本の神様と言われています。ほかにもそれらしいところもあり、山谷のような地域でえびす信仰があるのはとても興味深いと思いました。余談)

玄関には靴箱がありました。お兄さんは「もし心配でしたら靴は部屋に持って行ってください。ここに置いておくとなくならない保証はありませんから」とさらりとおっしゃいます。靴はなくなったら確かに困るよなと思ったので、言う通りにしました。
案内された部屋は二段ベッドが左右に3つずつ並んでいる部屋。と言ってもユースホステルよりは個室制が高く、カプセルホテルのアナログ版というかんじです。一室一室にテレビも付いており、ちゃんと横になれる分だけ、ネットカフェよりよいのではないでしょうか。
ベッドに腰かけてお弁当を食べていたおじさんに「こんばんは」とあいさつをしながら奥のベッドに向かいます。右上のベッドには自分より年下とおぼしき若者がいます。自分たち以外は慣れている雰囲気なので、ここの住人なんでしょうか。

とりあえず、部屋とベッドを確認。門限の11時までは自由時間ということで、めっぽう酒好きの三人で付近の居酒屋散策をすることにしました。俄然、テンションは上がります。(つづく)
♪ラブ・ユー立石(先輩&友人柳田さんの人気ブログ)
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