ふっきーの演劇ワークショップ日誌

演劇ワークショップと言ってもいろいろ。自分の考える「演劇」や「ワークショップ」を、現場だけでなく率直な言葉で発信していきたいと思い、このブログを作りました。が、最近は地元葛飾区立石の関係の発信が多くなってきております。

September 2010

ぐるぐる再会

9月11日。

「誰かと思ったよぉ〜」

この方との出会いはいつもこんなかんじ。
喜怒哀楽が激しく、
喜ぶときも怒るときも思いっきり。

そして、私は同姓の方がいる
熊本県の職員といつも間違えられる。

以前、1年ぶりぐらいに電話がかかってきて。
その方「いま、どこ?」
私「お久しぶりです。東京ですけど?」
その方「東京?熊本じゃないの?」
私「・・・熊本にはしばらく行けませんね」
その方「あらら。あんた、誰?」

あははと、ふたりで大笑いして終わり。

今回も正味30分程度の再会でしたが、
お互いの近況報告をして別れました。

朝は湯堂港にちょこっと寄りました。
とても懐かしかったので、写真を一枚。IMGP2670

午前中はもやい館で同行者が取材。
途中、私が「あれれ、ふっきーさんでしょ」と
もやい館の喫茶のオーナーに声をかけられました。
こちらもイベントがあるたびごとにお世話になった方。
なので、昼食は喫茶”花”でチーズカレーを食べました。IMGP2673

会話に花が咲く、いい時間でした。

大好きな久木野へのドライブ

IMGP2661
ペーパードライバーだった私が
車の運転をできるようになったのも水俣。
広大な市内を時間と関係なく動き回るには、
車が不可欠です。

本当に便利。仕事の忙しさも手伝って、
終盤はほとんど車に頼りっぱなし。
食べ物もおいしかったせいか、
はたまたストレスも多かったせいか、
水俣ではこれまでの人生で一番太りました(笑)

IMGP2660
仕事の合間ができたので、同行者に
「山の方に行きましょう!」と半ば強引に声をかけ、
久木野に行ってきました。
久木野は山間部の地域。
4年前の仕事では
中学生たちの棒踊りの伝承を取材させてもらったところです。
(2006年7月27日の記事参照)

車を走らせる右側には立派な棚田が広がります。
ここを通るときは、
人間関係が複雑な市街の喧騒から少し離れて、
落ち着く心持ちがしました。

時間があるときは、途中で車を降りて棚田を眺めます。
その気持ちがよいこと。
今回も堪能してきました。

その後は愛林館で一休み。
IMGP2662


それにしても入口の階段のところにある
この切り株はなんだろう?
いつ来ても疑問です。職員に聞けばよかった。
IMGP2664


ここで見ず知らずの中学生から
「ふっきー」と呼ばれたことを思い出しました。
イベントの説明で会っていたようです。
みんな、大きくなっているのだろうなぁ。

森と棚田で考えた―水俣発◎山里のエコロジー
森と棚田で考えた―水俣発◎山里のエコロジー

水俣のどこで何をたべようか

9月10日。
仕事の傍ら、食いしん坊の私はずーっと考えていました。

水俣で舌がだいぶ肥えてしまった私。
東京に帰ってからは
大手のハンバーガーチェーンや牛丼屋の
ファーストフードをほとんど食べなくなりました。
塩分にも敏感になりました。
旬の素材をふつうに料理すれば
はるかにおいしいんです!

そして、地元である立石にもモツ焼きほか
おいしいものがたくさんあることを知ってしまいました。
が、魚だけは水俣にはかなわない。

午後には「養老の瀧」ならぬ
水俣駅前の「曽木の瀧」でランチをしました。
当初、「太刀魚定食」を頼みたかったのだけれど、
私の連れで終わり。
代わりに「アジの刺身定食」を頼みました。IMGP2658
アジフライもついていて700円。安い。

東京と違って醤油も甘いんです。
あぁ、水俣に戻ってきた・・・至福の時間でした。

夜の集まりの前には、
幾度となくお世話になった「おふくろ」で
お目当ての「豚足」を食べました。IMGP2669
ここの「豚足」は絶妙にこんがり焼かれて出てきます。
中のお肉はジューシーで、噛むと肉汁が
口いっぱいに広がります。

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店内には水俣出身の漫画家
江口寿史さんの落書きもありました。
この遊び心。楽しい!

ほっとはうすの大きな木

IMGP2650
9月9日。
3年ぶりの水俣ということは・・・3年ぶりのほっとはうす。
ほっとはうすは水俣病患者と障害者が通う共同作業所だ。
4年前、私は以前の場所にあったほっとはうすの上の
ワンルームマンションを借りてもらい、約半年間住んだ。

今回は新築されたほっとはうすを初めて訪れた。

施設長の加藤たけ子さんは不在だった。
メンバーと北海道に
水俣病を伝えるプログラムに行っているとのこと。
終わってからも東京で仕事があり、
ちょうど入れ違いだった。
この方なしには私の水俣での大変な仕事は語れないだけに、
今回はお会いできなくてとても残念だった。
・・・が、少しほっとしたのも事実(笑)

残っているメンバーや世田谷から引っ越してきた方とも再会。
「俺んちに泊まりに来い」とありがたいお誘いを受けたが、
この時点で夜の予定が目白押し。
「次の機会に」と謝り、断らせていただいた。

ほっとはうすは以前から話をしていた
「レスパイト」を始めていた。
「レスパイト」とは、介護から離れられずにいる家族を
障害者の介護から一時的に開放する支援のこと。

そこで、主な事業として「ショートステイ」がある。
つまり、ヘルパー付きの宿泊設備が3部屋整っているのだ。
中には週に3日や4日使っている人もいると言っていた。

昔からは考えられないほど立派な建物ができていた。

施設の中央を支えるのが、
元水俣市長の吉井さんが寄贈したという杉。

今回、お会いした水俣病患者・障害者も
「見に行った」「入ることを考えている」とおっしゃっていた。
水俣では福祉の大きな受け皿となっていることがうかがわれた。

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おじさんが来るのかと思っていました

201009231119000
9月8日。
初対面の相思社の職員(20代の女性)の方から言われた言葉。

その方には電話で何度か取り次いでもらっていたのに。

また水俣にいたときは、
その方のお父様に大変お世話になっていました。
相思社からの冊子で
「あぁ、面白そうな人が入ったのだなぁ」と
こちらは勝手に半ば知り合いのつもりでいたので、
少々ショック!

以前にも私の描いた絵を見てから会った人に
「匂ってきそうなおじさんが来ると思っていた」と言われました。
(ちなみに写真は仕事で使っている名刺の裏側のイラストです。)

褒め言葉?
それとも爺くさいということ?

童顔なので、年齢以上に若くは見られるのですが、
これってどうなのだろう?

相思社での深夜のバーベキュー

2008年3月、埼玉大学の学生が演劇をつくるのを
サポートするお仕事をした。

9月8日。
偶然、そのときの学生たちが上級生になり、
今度は下級生を連れて水俣に来ていた。
最終日ともあり、
水俣病センター相思社でバーベキューで打ち上げ。
その日は22時まで調査に付き合っていたので、
23時すぎに合流。仲間に混ぜてもらった。

「ふっきーさん、あの時はつらかったんですよ!」

私は日常の慌ただしさの中で、
無情にもどんな劇をつくったのかも
忘れていた部分があったのだけれど、
学生のみなさんは鮮明に覚えていたようで、
楽しい(本人たちは大変だった!?)思い出を
たくさん聞かせてもらった。

水俣でのゼミの経験を劇にして伝えたいという
学生からの申し出。
その過程の中で学生のみなさんが
独自に台本をつくってきたのだった。

台本はみんなが一生懸命作ったことが伝わってきた。
でも、粗かったり、背伸びをする部分があったり、
内容的にもちょっと偏っていたり。
例えば、未認定の水俣病患者の人の話を聞いて、
不真面目な学生が変わっていくシーンがあったのだけれど、
人間がそんなにすぐに変われるのだろうか、
というような突っ込みを入れたくなるような台本だった。続きを読む

解放感

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9月8日。鹿児島空港に午前9時前着。
この空港にも何度来たことか。
なにもかもが懐かしい。

鹿児島空港から水俣に行くにつれ、
どんどんと見慣れた景色になっていく。

4年前。
我ながら大変な仕事をしたと思える水俣。
来た当初は本当にひとりきり。

でも、今回は知っている人や会いたい人が
たくさんいる。
水俣に着いた頃には同行者の存在も気にせず、
歓声を上げていた。
大好きな町に帰ってきた感覚だ。

あぁ、嬉しい。

お昼すぎには、埋立地に寄った。
慰霊式やイベントで何度も来た場所。
地面の下には水銀と汚染魚が入ったドラム缶が埋まっている。

涼しげな空を眺めながら、
人が横たわったように見える恋路島。
私の気持ちも久々の解放感でいっぱいでした。
(半分、お仕事の旅でしたが・・・)

ただいま、葛飾・・・立石

201009111803000
昨晩遅くに帰ってきました。

3年ぶりに行った水俣。
5日間。たくさんの再会がありました。
あたたかく迎えてくれたみなさま、
そして、あたたかく見送ってくれたみなさま、
本当にありがとうございました。

自分の3年間をふりかえるような旅。

「また来てね」「次はいつ来る?」

ありがたい言葉の数々。

「今度はこっちにも来てね」と応じます。

自分にとって、水俣は「第二の故郷」です。

さてさて、今日は午後からはお仕事。
きっと山のように仕事がたまっていることでしょう。
またプライベートでも近日中の締め切り論文がひとつ。
現実に戻ります。

後日、落ち着いてから改めて報告します。

*写真はおれんじ館から見た夕日です。

3年ぶりの水俣行き

8日から水俣に4泊5日で行ってきます。
障害者の地域生活の研究者と一緒の旅で
彼のコーディネートをするのが私の役割。
ですから、半ばお仕事での水俣行きです。

私もいろいろと調べたいことがありますので、
合間を縫って、人に会って話を
聞いてこようと思っています。
用意はなにもできていませんが、
すごく楽しみです。

あのとき、やんちゃだった子どもたちも
すくすくと成長しているとのこと。

私も彼ら以上に成長しているかなぁと、
欲張りな私は思います(笑)

明日も仕事ですが、最後のひと踏ん張り。
私がいない間、みんなの仕事が止まらないよう
最低限のことをやっておきます。

帰ったらご報告します。

私が書きたかったのは・・・

おととい、支援センターのおまつりの
メインイベント検討会というのを開催した。
一週間前に日程が決まったのにもかかわらず、
20人以上の人が集まってくれた。

この会ではテーブルを置かず、
いすを丸の形に並べてみた。
無防備で変なかんじ。でも話しやすい。
結局、メインイベントはやらないことになったのだが、
議論が白熱したいい会議だった。
一歩一歩前に進んでいて嬉しい。

ひとつ大きな反省。

私がいろいろな団体の人に
この会をお誘いする旨のFAXをしたとき、
「前回の会合にご参加いただきありがとうございました」と書いた。

送り終わった後、あ、これ違うなと思った。

本当は「お疲れさまでした」と書きたかったのだ。
言葉ひとつとってみても、距離が表れてしまう。

いかんいかん。
♪ラブ・ユー立石(先輩&友人柳田さんの人気ブログ)
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